幸せのありか

神室さち

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愛し君へ

35 side瀬崎

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 妖怪からの朗報に、もう逃げられないぜ! と、いつになく強気のタイトルと、本文に病院名を書いて送ったら、あっさり、件名なし、本文一文『ばれたか』と返ってきたのでこちらは件名に『今から行きます』で本文なしで送信し、取るものもとりあえず、瀬崎が派遣されたと言うわけだ。



「要件の前におめでとうございます。もうすぐ生まれるんですよね」

「まあ、な」


 カップをテーブルに置いて、哉が窓の外に視線を移す。


「あれ? 超厳戒態勢で入院してるんですよね、樹理さん」

「薬で何とか……言うところだ。少しでも無理をしたら医者からどうなってもおかしくないと言われている」

「あ。あー……すいません」


 視線を逸らしたままの哉に、以前の光景を思い出した瀬崎が小さく謝る。あの時の、あの、いつも何があっても動じない哉が見せた動揺。血の気を失って唇まで白くなった樹理の姿。


「でもなんか、うん。まだわかんなくても、もうすぐ生まれるって聞いたら、良かったなと思うんですよね。あ、そうだ、忘れてた、あれ? ヤバい。ホテルに忘れた」

 もう体の一部と言っていいほど使い慣れたビジネスバッグの中を漁り、ポケットと言うポケットを漁り、瀬崎がガックリ項垂れる。


「いろんな人からお守り預かってきたのに」


 瀬崎がニューヨークへ出張するのが決まったのは、出立の前日であったにもかかわらず、飛行機が午後の便しか取れなかった為、翌日一応出社すると色んな人から渡されたのだ、色んな神社のお守りを。


「気にするな。明日にでも病院に来て直接渡せばいい」

「え。行っていいんですか?」

「別に、面会謝絶ってわけでもないからな。お前はいつまでこっちに?」

「副社長が本社の提案を飲んでくれるまでってことになってるんですけどー」


 飲めば余計に喉が渇くことが分かっていても、今飲めるのは目の前の非常に甘い飲み物だけだし、生来貧乏性の瀬崎には、食べ物を残すことは罪悪しか感じないので、ちまちまと目の前の甘い塊を攻略しながら瀬崎が歯切れ悪く語尾を伸ばす。


「年明けもしくは四月から、こっちの法人勤務、と言ったところか」

「知ってるなら聞かないで下さいよ。」

「確認だ」


「あ、待遇は部長です。無断欠勤のペナルティの降格だそうです。で、どうなんですか?」


 ずぞぞぞぞ、と限界まで液体を飲んで、なんとなく窺うように哉の顔を見る。


「答えたらお前、今日日本に帰らなきゃならんがいいのか?」


「あー……それはちょっと。じゃあ明日以降に聞きます」



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