ケンカ王子と手乗り姫

神室さち

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本編

4-1

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 東側の標高の低い丘のような山の稜線がほんの少し赤みを帯びた頃、ミーレンはユナレシアに起こされた。

 小さい子供のようにぴったりとくっ付いて寝ていたことにちょっとはにかむような顔をしながら、小さい声で朝の挨拶をする。


「おはよう、ミーレン。今日はいいお天気になりそうでよかった。顔を洗って支度をしましょう」

「おはようございます」

 本人は必死に目覚めようとしているようなのだが、ミーレンは覚醒が遅い。

 上体を起こしているが、まだもごもごと動きが鈍い。

 ユナレシアは先にベッドから下りて簡単に身支度をする。


「冷たい水を貰ってくるわ。着替えを始めていてくれる?」

「はい」

 いつも通り条件反射でお利口な返事をしたが、はっきり目覚めていないミーレンを置いて外の井戸で水を汲んで顔を洗っていると、こちらも起きたらしい子爵と部下たちが顔を洗いにやってきた。

「あの、昨夜バタバタしていて確認を忘れていたんですけど、今日使う馬車を一度見ておいても?」

 子爵たちが顔を洗うのを待って、ユナレシアが思い出したように尋ねると、子爵も外側を見ただけだったようで、一緒に厩の横に置かれた馬車を見に行く。

「急ごしらえだったようですが、大丈夫そうですね」

 ドアを開けて中を改めれば、座席は新しいベルベッドが張られ、中の綿も交換されて程よい弾力だ。

 一帯を治める侯爵家が王都まで移動するための馬車なので、車輪回りも問題ないと明るくなって再確認した子爵もほっとした様子だった。


 子爵たちと一旦別れ、ユナレシアは水を汲んで、部屋に戻る。

 途中厨房の近くを通ったらすでに良いにおいが漂い始めている。


「ハイ、顔を洗って。着替えたら食堂で軽く何か食べましょう。食べたらすぐに出発よ。今日は馬車で行くから、もうこれ以上お尻が痛くなることはないわ」

 ここから先は余り道が良くないと聞いているので、多少揺れるのでつらいかもしれないが、馬の背に乗るほどではないはずだ。


 冷たい水で顔を洗っていくぶんかしゃっきりした顔になったミーレンに、昨日同様胸元に重いほど詰め物を施したアンダードレスを着せて、初めて会ったときに着せた、一番良く似合う、瞳の色に合わせたドレスを着せてやる。

 ミーレンの婚礼用の衣装も作られていたのだが、一旦話が流れた時に仮縫いまで終わっていたドレスは再び解かれて子ブタ姫の物になってしまったので、結局ミーレンは余り体にあっていない既製品のドレス十着ほどしか持ってない。

 
 髪にリボンを添えて、ごく薄く化粧を施す。

 休みに街に出ていた侍女見習いの一人が『ミーレンに似合うと思って』とわざわざ小遣いから買ってきてくれた、瞳やドレスと同じ深緑のベルベッドだ。

 紅を落とさない食事方法を習得する事ができなかったので、仕上げの紅は食事のあとにすることにした。


 一階の食堂に下りたら、すでに子爵たちは食事を摂っていた。鳥のダシが良く出た薄い塩味のスープに焼きたてのパン。

 胡桃が練りこまれたそのパンを一口食べたミーレンがおいしいと笑うのを見て、そう言えばマナーを教える為に一緒に食事をしていたが、こんなにも焼きたてそのままのパンを、ミーレンは一度も食べた事がなかったはずだ。

 一々指導しながらの食事なので、パンのところまで進んだ時には、王族用のもともと冷め気味の食事は、更に冷たくなっていた。

 焼きたてのふんわりとした甘いパンをミーレンが小さくちぎって口に運ぶ。

 最初、パンを見たらがぶりとかぶりつこうとした事が嘘のように、綺麗に食事が出来るようになった。


 楚々と食事を進めるミーレンとユナレシアを見ていて手が止まってしまった男たちは、上司である子爵の咳払いで我を取り戻して食事を再開した。

 幸いな事と言うか、予想の範囲内ではあるが、最上階である四階にいるピリカーシェ姫は未だ夢の中らしく、関の建物の前で馬車を準備しても誰も咎めるものはいなかった。



 これ幸いとばかりにさっさと整えて乗り込み、馬車は予定の時間よりほんの少し早めに関を後にした。





 ピリカーシェ姫一行が乗るべき馬車がない事に気付いたのは、昼過ぎの事だったと言う。



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