ケンカ王子と手乗り姫

神室さち

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本編

4-3

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 エルダストから先触れがやってきて、当初輿入れを予定していた方の姫を乗せた馬車が近づきつつあると伝えた。

 しかし先触れはそのアリストリア語しか教わっていなかったらしく、何を尋ねてもそれしか答えなかった。


 仕方がないのでこちらで用意した西側諸国の共通語が話せる通訳を入れてみたが、後どのくらいで到着するのかと言う問いには『恐らく午前中に』としか答えなかった。

「……まったく、使えない。午前中といってもあと一刻半もあるじゃないか……」


 戦の最中なら四六時中寝ても覚めてもそればかりだが、それ以外でアッシュが午前中から目を覚ましていることは少ない。

 しかも、よほど腹に据えかねたのか二日前の一件後、寝室を兼ねた馬車から一度も出てこない。

 食事すら寝所の中と言う体たらく。

 昨夜……と言うより今朝方、やっと解放され、目の下に隈を浮かべたロシェがフラフラ自分の天幕に帰っていくのが目撃されているので、今は一人で眠っているのに違いない。


 が、例え最中でなくとも、事後の匂いが充満したその個室に乗り込むのは気乗りしない。


 しかも、絶対に寝不足で不機嫌なはずだ。

 不機嫌なのは仕方がないが、寝不足なのは自業自得だと思っても、口にはしない。


 だが、例えば自分以外の人間にその役を押し付けたら最悪その不機嫌に無駄な人死にが出かねない。

 そんなことで戦死者を増やすわけに行かないので、必然マイセルがそのドアを叩き、開(ひら)かなくてはならない。

 とにかくアッシュを寝室から引きずり出して天幕にある湯殿に放り込むまでがマイセルの仕事で、その部屋の処理は他人任せだが。


「おーうーじー 入りますよー 昼になりますから起きてくださーい」


 遠慮なくドアをガンガン殴りつけてそう言ってから、マイセルは持っている合鍵を使って応答を待たずに突入を果たす。

 マイセルに隠れるように付いてきた侍従たちが独特の匂いが充満する狭い密室の窓を開けていく。

 もともと、寝室として作られた馬車なので、窓は小さい。しかし、開けないよりはマシだ。


 獣のように気配に敏感で、少しでも違う空気を感じればいつでも跳ね起きて剣を掴むくせに、マイセルの声も物音も全く意に介さず、アッシュは汚れたままのシーツの中で寝たフリをしている。


「湯を用意させました。さっさと入って身支度を。午前中にはエルダストの姫が到着するそうですから、せめて体裁だけ整えてください」

 よっこいしょとシーツごとアッシュの肩を背負って、天幕に付いている湯殿まで文字通り引きずって行く。アッシュのほうがマイセルより身長が頭半分ほど高いので、担いでも足の先が余るのだ。

 アッシュを湯殿に放り込んで、マイセルも着替えをするため自分の天幕に戻る。

 シーツで巻いていても、どこにナニが付いているのか知れない物体を密着させたのでそのままにはしておけない。


 上着を替えて身支度を整えてアッシュの天幕に戻っても、まだ入浴中だということは承知している。

 それどころか、その中まで入って当然体を洗わせているアッシュの前でお篭り期間の報告を行う。


「……と言う訳で、王子が無駄にエルダスト側を脅しつけてくださったので一応将を招集していつでも出撃できる体勢を整えさせてありますが、本気ですか?」

「当たり前だ。が、まぁ これから来るヤツ次第だな。また家畜だったらその場で屠殺してそのまま打って出るぞ」

 体を磨かれながら物騒な事を言って不穏に笑っているアッシュに、マイセルが隠しもせずにため息をついた。

 穏便にことが運ぶかどうかは、こちら側ではなくエルダスト側が命運を握っているのだ。




 自らの命なのだから、せめて粗末にしないで欲しいと願わずにはいられない。




 マイセルとしてはエルダストの国民や貴族王族が何人死のうが構わないが、これまでの己の労力が全て無駄になり、さらに事後処理が膨大になるのだけは、避けたいと願わずにはいられないのだ。



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