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しおりを挟むそして、アリストリアの間接的な統治が始まって約一年。
気づいたら、王族のことなど誰も思い出さなくなっていた。
離宮に本当に暮らしているのかすら、誰も気に留めていない。
自分たちの暮らしは概ね変化がないので、誰もわざわざ無能な王に返り咲いてほしいとも思わない。
そんな折、アリストリアの例の王子が視察にやってくるとの噂が上った。火のないところに煙が立たないのは道理で、ユナレシアの耳に噂として入ってきたそれは、数日後正式な通達を以て国民に知らしめられた。
征服者ではあるが、無用な戦が行われなかったエルダストでは、アリストリアの王子について否定的な意見が少ない。
もちろん、作為的にいろいろな情報が操作されていたし、王族を事実上廃したのと前後して大量の王子の姿絵が国内に出回った。
それなりに美化されているのだろうが、第三王女が城内をゴロゴロ、物を壊し暴れまわってでも嫁ぎたいと喚いていたことが頷けるほどに、姿絵の王子は豪華な金髪が緩く巻いた髪に、すんなりとした頬から顎への線。
意志の強そうな凛々しい眉に、彫の深さをうかがわせる影がついて、涼しげな目元を彩っている。
すっと通っているのに男らしく整った鼻。ほんの少し上がった口角の笑み。
ケチのつけどころがないほどに見事な美男子だ。
実際に彼に会っている人間がほぼ姿絵と変わらないと言いふらして回っていることも相まって、実物には過剰な期待がかかっている。
「……性格悪そう」
休みに侍女が城下で購入してきたというアリストリアの王子の姿絵を一瞥したユナレシアの感想は簡素だった。
カッコいいじゃないですかとか、性格は姿絵ではわからないです、など侍女が反論していたが、なんだか気に入らないものは気に入らないのだ。
「そんなものはねぇ 最低五割増しが基本なのよ。そんなのが来ると思ってたら期待を裏切られるわよ。そんな金色の髪なんか、よっぽど北の方に行かなきゃいないわよ。夢見るのもほどほどにしなさいね」
ハイハイと姿絵を持ち主に返した時、ミーレンが帰ってきた。
侍女が手にした姿絵を見せて、感想を求めている。
「うーん。きれいだけど……作り物っぽいよね。こういう絵」
華美に描かれた姿絵を返して、ミーレンが微苦笑を浮かべる。
「あー いいなぁ ミーレンは王子様に会えるんでしょう?」
「会える……って言うか……ただの通訳だから」
羨望の眼差しで同僚にそう言われて、ミーレンが若干のけぞり気味になりながらボソボソ言う。
そうなのだ。何がどうしてこうなったのかユナレシアには分かりたくもないのだが、王子の通訳はミーレンでと決定してしまった。
その黒髪が魅力的らしいが、ミーレンはアリストリア人から絶大な人気を誇っている。
あれよあれよという間に、たった一年前にミーレンを人身御供よろしく王子に差し出そうとしたことも忘れ去ったのか、エルダストの大臣達もこの案に賛成したらしい。
そんなことで、ここ数日、ユナレシアの機嫌はあまりよろしくない。
そんな気配を敏感に察しているグラッザー男爵は、普段ならチャラチャラとユナレシアをからかうくせに近づいても来ない。
「そう言うところに恋の始まりが落っこちてるものじゃない!」
きゃー もうどうしよう、などと、まるで自分のことのように侍女がはしゃいでいる。
「……でも、ね、この王子って、女の人より男の人の方がいいんだって。趣向がそんなでどうがんばっても子供ができないから、誰がこの巨大王国を継ぐのかって色々問題だってアリストリアの使者の人が困ってたよ。あんまり聞かれたくないことみたいで、コソコソ話してるんだけど、そういう声ほどよく聞こえるんだよねぇ」
ミーレンの発言に、掃除道具をのせたワゴンを片付けていた侍女が悲鳴をあげた。
「ウソ!? こんな美形で女なんか選り取り見取りっぽいのにっ!」
「ホント。この国に攻めてくる前からずーっとお気に入りの男の人がいて、ほとんどその人ばっかりなんだって。だから、私みたいなのが傍にいても全然気にしないんじゃないかな。ユナレシアさんみたいな美人だったらわかんないけど」
「いくら年増の行き遅れって言われようとも、コレはこっちから願い下げよ」
姿絵を見ただけだが、物凄くソリが合わない気がする。一時期大量に遠縁の仲人おばさんから持ち込まれたお見合い用の姿絵の男たちにさえ感じたことのない何かを、この王子には感じて仕方ない。
「ユナレシアさんって、理想、高そうですもんね」
やっと掃除道具を片付け終わったらしい侍女がそう言って、ミーレンまで笑っている。
「……高そう、じゃなくて、高いのよ」
「ユナレシアさんに似合うような男性ってそうそう落ちてないですからね」
棚から茶器を出しながら、ミーレンが楽しそうにそう言う。
迷いのない手つきでお茶を量って厨房からもらってきたお湯を注ぎ、ユナレシアの好みの濃さでお茶をカップに注ぎ、勝手知ったる手つきでソーサーを持ってユナレシアの机に置く。
ミーレンに礼を言って、心の中で、男より嫁がほしいわと具体的に嫁を特定しつつ一人ごちるユナレシアの声は、当然だが誰にも届かなかった。
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