ケンカ王子と手乗り姫

神室さち

文字の大きさ
36 / 45
IF

1-4

しおりを挟む
 


 そして、アリストリアの間接的な統治が始まって約一年。

 気づいたら、王族のことなど誰も思い出さなくなっていた。

 離宮に本当に暮らしているのかすら、誰も気に留めていない。

 自分たちの暮らしは概ね変化がないので、誰もわざわざ無能な王に返り咲いてほしいとも思わない。


 そんな折、アリストリアの例の王子が視察にやってくるとの噂が上った。火のないところに煙が立たないのは道理で、ユナレシアの耳に噂として入ってきたそれは、数日後正式な通達を以て国民に知らしめられた。

 征服者ではあるが、無用な戦が行われなかったエルダストでは、アリストリアの王子について否定的な意見が少ない。

 もちろん、作為的にいろいろな情報が操作されていたし、王族を事実上廃したのと前後して大量の王子の姿絵が国内に出回った。


 それなりに美化されているのだろうが、第三王女が城内をゴロゴロ、物を壊し暴れまわってでも嫁ぎたいと喚いていたことが頷けるほどに、姿絵の王子は豪華な金髪が緩く巻いた髪に、すんなりとした頬から顎への線。

 意志の強そうな凛々しい眉に、彫の深さをうかがわせる影がついて、涼しげな目元を彩っている。

 すっと通っているのに男らしく整った鼻。ほんの少し上がった口角の笑み。

 ケチのつけどころがないほどに見事な美男子だ。

 実際に彼に会っている人間がほぼ姿絵と変わらないと言いふらして回っていることも相まって、実物には過剰な期待がかかっている。


「……性格悪そう」

 休みに侍女が城下で購入してきたというアリストリアの王子の姿絵を一瞥したユナレシアの感想は簡素だった。

 カッコいいじゃないですかとか、性格は姿絵ではわからないです、など侍女が反論していたが、なんだか気に入らないものは気に入らないのだ。


「そんなものはねぇ 最低五割増しが基本なのよ。そんなのが来ると思ってたら期待を裏切られるわよ。そんな金色の髪なんか、よっぽど北の方に行かなきゃいないわよ。夢見るのもほどほどにしなさいね」


 ハイハイと姿絵を持ち主に返した時、ミーレンが帰ってきた。

 侍女が手にした姿絵を見せて、感想を求めている。


「うーん。きれいだけど……作り物っぽいよね。こういう絵」

 華美に描かれた姿絵を返して、ミーレンが微苦笑を浮かべる。

「あー いいなぁ ミーレンは王子様に会えるんでしょう?」

「会える……って言うか……ただの通訳だから」

 羨望の眼差しで同僚にそう言われて、ミーレンが若干のけぞり気味になりながらボソボソ言う。

 そうなのだ。何がどうしてこうなったのかユナレシアには分かりたくもないのだが、王子の通訳はミーレンでと決定してしまった。


 その黒髪が魅力的らしいが、ミーレンはアリストリア人から絶大な人気を誇っている。

 あれよあれよという間に、たった一年前にミーレンを人身御供よろしく王子に差し出そうとしたことも忘れ去ったのか、エルダストの大臣達もこの案に賛成したらしい。


 そんなことで、ここ数日、ユナレシアの機嫌はあまりよろしくない。

 そんな気配を敏感に察しているグラッザー男爵は、普段ならチャラチャラとユナレシアをからかうくせに近づいても来ない。


「そう言うところに恋の始まりが落っこちてるものじゃない!」

 きゃー もうどうしよう、などと、まるで自分のことのように侍女がはしゃいでいる。


「……でも、ね、この王子って、女の人より男の人の方がいいんだって。趣向がそんなでどうがんばっても子供ができないから、誰がこの巨大王国を継ぐのかって色々問題だってアリストリアの使者の人が困ってたよ。あんまり聞かれたくないことみたいで、コソコソ話してるんだけど、そういう声ほどよく聞こえるんだよねぇ」


 ミーレンの発言に、掃除道具をのせたワゴンを片付けていた侍女が悲鳴をあげた。

「ウソ!? こんな美形で女なんか選り取り見取りっぽいのにっ!」

「ホント。この国に攻めてくる前からずーっとお気に入りの男の人がいて、ほとんどその人ばっかりなんだって。だから、私みたいなのが傍にいても全然気にしないんじゃないかな。ユナレシアさんみたいな美人だったらわかんないけど」


「いくら年増の行き遅れって言われようとも、コレはこっちから願い下げよ」

 姿絵を見ただけだが、物凄くソリが合わない気がする。一時期大量に遠縁の仲人おばさんから持ち込まれたお見合い用の姿絵の男たちにさえ感じたことのない何かを、この王子には感じて仕方ない。

「ユナレシアさんって、理想、高そうですもんね」

 やっと掃除道具を片付け終わったらしい侍女がそう言って、ミーレンまで笑っている。

「……高そう、じゃなくて、高いのよ」


「ユナレシアさんに似合うような男性ってそうそう落ちてないですからね」

 棚から茶器を出しながら、ミーレンが楽しそうにそう言う。

 迷いのない手つきでお茶を量って厨房からもらってきたお湯を注ぎ、ユナレシアの好みの濃さでお茶をカップに注ぎ、勝手知ったる手つきでソーサーを持ってユナレシアの机に置く。

 ミーレンに礼を言って、心の中で、男より嫁がほしいわと具体的に嫁を特定しつつ一人ごちるユナレシアの声は、当然だが誰にも届かなかった。




しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

初夜に暴言を吐いた夫は後悔し続ける──10年後の償い【完結】

星森 永羽(ほしもりとわ)
恋愛
王命により、辺境伯ロキアのもとへ嫁いだのは、金髪翠眼の美しき公爵令嬢スフィア。 だが、初夜に彼が告げたのは、愛も権限も与えないという冷酷な宣言だった。噂に踊らされ、彼女を「穢れた花嫁」と罵ったロキア。 しかし、わずか一日でスフィアは姿を消し、教会から届いたのは婚姻無効と慰謝料請求の書状──。 王と公爵の怒りを買ったロキアは、爵位も領地も名誉も奪われ、ただの補佐官として生きることに。 そして十年後、運命のいたずらか、彼は被災地で再びスフィアと出会う。 地位も捨て、娘を抱えて生きる彼女の姿に、ロキアの胸に去来するのは、悔恨と赦しを乞う想い──。 ⚠️本作はAIの生成した文章を一部に使用しています。

夫と息子に邪険にされたので王太子妃の座を譲ります~死に戻ってから溺愛されても今更遅い

青の雀
恋愛
夫婦喧嘩の末に置き去りにされた妻は、旦那が若い愛人とイチャついている間に盗賊に襲われ、命を落とした。 神様の温情により、10日間だけこの世に戻った妻と護衛の騎士は、その10日間の間に心残りを処分する。それは、娘の行く末と……もし、来世があるならば、今度は政略といえども夫以外の人の妻になるということ。 もう二度と夫と出会いたくない彼女は、彼女を蔑ろにしてきた息子とも縁を切ることを決意する。 生まれかわった妻は、新しい人生を強く生きることを決意。 過去世と同じ轍を踏みたくない……

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

女王は若き美貌の夫に離婚を申し出る

小西あまね
恋愛
「喜べ!やっと離婚できそうだぞ!」「……は?」 政略結婚して9年目、32歳の女王陛下は22歳の王配陛下に笑顔で告げた。 9年前の約束を叶えるために……。 豪胆果断だがどこか天然な女王と、彼女を敬愛してやまない美貌の若き王配のすれ違い離婚騒動。 「月と雪と温泉と ~幼馴染みの天然王子と最強魔術師~」の王子の姉の話ですが、独立した話で、作風も違います。 本作は小説家になろうにも投稿しています。

虐げられた私、ずっと一緒にいた精霊たちの王に愛される〜私が愛し子だなんて知りませんでした〜

ボタニカルseven
恋愛
「今までお世話になりました」 あぁ、これでやっとこの人たちから解放されるんだ。 「セレス様、行きましょう」 「ありがとう、リリ」 私はセレス・バートレイ。四歳の頃に母親がなくなり父がしばらく家を留守にしたかと思えば愛人とその子供を連れてきた。私はそれから今までその愛人と子供に虐げられてきた。心が折れそうになった時だってあったが、いつも隣で見守ってきてくれた精霊たちが支えてくれた。 ある日精霊たちはいった。 「あの方が迎えに来る」 カクヨム/なろう様でも連載させていただいております

仕事で疲れて会えないと、恋人に距離を置かれましたが、彼の上司に溺愛されているので幸せです!

ぽんちゃん
恋愛
 ――仕事で疲れて会えない。  十年付き合ってきた恋人を支えてきたけど、いつも後回しにされる日々。  記念日すら仕事を優先する彼に、十分だけでいいから会いたいとお願いすると、『距離を置こう』と言われてしまう。  そして、思い出の高級レストランで、予約した席に座る恋人が、他の女性と食事をしているところを目撃してしまい――!?

辺境伯夫人は領地を紡ぐ

やまだごんた
恋愛
王命によりヴァルデン辺境伯に嫁ぐことになった、前ベルンシュタイン公爵令嬢のマルグリット。 しかし、彼女を待っていたのは60年にも及ぶ戦争で荒廃し、冬を越す薪すら足りない現実だった。 物資も人手も足りない中、マルグリットは領地の立て直しに乗り出す。 戦しか知らなかったと自省する夫と向き合いながら、少しずつ築かれていく夫婦の距離。 これは、1人の女性が領地を紡ぎ、夫と共に未来を作る「内政×溺愛」の物語です。 全50話の予定です ※表紙はイメージです ※アルファポリス先行公開(なろうにも転載予定です)

夫と愛し合った翌朝、一方的に離縁されました【完結】

星森 永羽(ほしもりとわ)
恋愛
美しい公爵夫人マルグリートは、冷徹な夫ディートリヒと共に、王国の裏で密かに任務をこなす“悪女”。 だがある日、突然夫から離婚を言い渡される。しかもその裏には、平民の愛人の存在が──。 失意の中、王命で新たな婚約者・エルンストと結ばれることに。 どうやら今回の離婚再婚は、王家の陰謀があるよう。 「悪女に、遠慮はいらない」 そう決意した彼女は、華やかな舞踏会で王に真っ向から言い放つ。 「わたくし、人の家庭を壊しておきながら悪びれない方に、下げる頭は持っていませんの。  王族であられる前に、人におなりくださいませ。……失礼」 愛も、誇りも奪われたなら── 今度はこの手で、すべてを取り戻すだけ。 裏切りに燃える、痛快リベンジ・ロマンス! ⚠️本作は AI の生成した文章を一部に使っています。タイトル変えました。コメディーです。主人公は悪女です。

処理中です...