ケンカ王子と手乗り姫

神室さち

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 かなり色々なことが起こった謁見が終わってユナレシアは先ほどと同じ部屋に通された。

 暫く待っていると、ドアの向こうから何やらやかましく言い争う声が近づいてくる。

 降ろして降ろさないの問答が、形式的なノックの後、ドアを開けたマイセルの後ろから聞こえて、アッシュの腕に乗せられたままミーレンがやってきた。


「ユナレシアさんっ!」

 部屋の中にユナレシアを見つけて、ミーレンが無意識なのだろうが全く頓着しない力加減でぐいっとアッシュの頭を押しのける。首を傾けてアッシュが仰け反っていようがお構いなしだ。

 それでもアッシュの腕が離れないと知ると、足まで使っている。

 わき腹を靴底で押されて、やっとしぶしぶアッシュがミーレンを床に降ろす。跳ねるように着地して、ミーレンがユナレシアに向かって走ってきた。


 がばっと胸にしがみついてきたミーレンに踏鞴(たたら)を踏んで二歩ほど下がって受け止める。


「大丈夫だった?」

「はい」

 存外元気そうなミーレンに、ユナレシアがほっと息を吐く。


 信頼しきってユナレシアを見上げるミーレンと、きりっとした目じりさえ柔和に見えるほど優しいまなざしでミーレンを見るユナレシアに、マイセルは目を細めた。


「王子。眉間、眉間」

 微笑ましい状況なのに、アッシュが険しい顔をしたので、マイセルが小声で言う。アッシュは図体はでかいが、心は狭い。

「この後中央食堂で王子と夕食を共にしていただき、その後一刻ほどこちらで用意した部屋でお支度の時間を。こちらから迎えをやらせていただきますので……」

「ゆう、しょく?」

 この場にユナレシアがいたことでとりあえず解放されると思っていたらしいミーレンが、マイセルに問いを返す。

「はい。並ぶものの半分ほどはアリストリアの料理になりますが、食材はエルダストの物なので奇抜なものはないと存じますが……何か食べられないものでも?」

「……好き嫌いは、ない、ですけど……」

 ミーレンは子豚を見るのが大好きだが、だからこそ豚肉が食卓に上ったら、他の物などそっちのけで無理をしてでも全部食べる。でないと、その命が無駄になってしまうからだ。

「けど?」

 あくまで柔和な笑みを浮かべたまま、マイセルが続きを促す。



「……さっき、お菓子を食べすぎたので、もう食べられません……」

「……」



 おずおずそう言うミーレンから視線を外して、マイセルが無言でアッシュに『どれだけ食べさせたんですか』と問うている。

 昔から菓子は別腹とばかりにバクバク食べてもアッシュは食事もきっちり食べるが、アッシュの量につられて食べていたら、常人なら確かに食事に響く。

 実際子供の頃、マイセルはアッシュとともについつい菓子を食べすぎて食事を残しては、アッシュの乳母だった自分の母親に叱られていた。


「んな食わせてねぇ こんな焼き菓子三枚ほどと、こんくらいのチョコ二つくらい」

 手で大きさを作りながら、アッシュが憮然と反論する。

 その量の少なさに、マイセルが『ウソつけ』とばかりに笑顔のままアッシュを睨む。


「ウソじゃねぇって!」


「ホントです。私、アリストリアのお菓子は甘くてこってりしてるので、昼過ぎにそのくらいの大きさの焼き菓子を二枚も食べたら夜までおなかが空かなくて……夕食が食べられなくて、よくユナレシアさんに叱られてるくらいで……」

「本当ですか?」

 マイセルがミーレンに向き直る。

 頷くミーレンは、確かに食が細そうな体型をしているが……成長して味覚が変わり、最近は甘いものをあまり食べないマイセルだって、そのくらいの量は普通に食べて支障ない。

 ミーレンくらいの少女は、逆に甘いものが好きである場合が多いので、マイセルよりも沢山食べても大丈夫ではないかと言う先入観があるのだ。


「本当です。その、ミーレンはしばらく……あまり食べていない時期があって」


 ユナレシアの言葉に、マイセルは謁見の休息の時にユナレシアから聞いたことを思い出し、ふっと息を抜いて頷いて了解の意思を示す。

「では、人が食べているのをただ見ているだけと言うのもなんですし、そうですね、二刻後に迎えを行かせます。ゆっくり休んでからお支度を」

 控えていたアリストリア人に二人を目的の部屋に送るよう指示をして、何か文句が言いたげなアッシュを制する笑顔武装のまま部屋から送り出す。




「なんで帰す。戻ってこなかったらどうすんだよ」

「昔飼ってたネズミじゃないんですから、迎えをやったらちゃんと来ます。王子は夕食召し上がりますよね?」

「食うに決まってんだろうが」

 当たり前だと鼻を鳴らすアッシュを見て、先ほど休憩の終わりを告げにアッシュの控室へ行った時に見た、山ほど用意していたのにあらかた食べつくされた菓子の残骸を思い出す。

 あれだけ甘いものを食べて普通に食事も摂ってこの体型を維持できるのは何かの魔法か。そう思うと、ほんの少しの菓子が過ぎて夕食が食べられないと言うミーレンの方が余程わかりやすい。


「それと、ロシェはすでに城から出しました」

「アレが素直に?」

「いえ。少々手荒になりましたが薬を嗅がせて簀巻きにして馬車に積みました」

 少々どころでなくかなり乱暴だ。が、そうでもしないとロシェがアッシュの下から離れることがないであろうことは、アッシュにも容易く想像がつく。

 何しろこの一年、ほぼ一緒にいてロシェを甘やかせていたのはアッシュだからだ。


「……そうか。まぁ アレも今までかなり無理してきただろうしな」

 少しでも長くアッシュの寵を受け続けるために、その好みに留まれるようにとそれこそ食べることさえ戒めて。

 アリストリア人の平均より頭半分高いところでようやく止まった身長を気にして、折角すらりと均整が取れたきれいな体格をしているのに、いつもなんとなく猫背で。


 何の努力もなく嫋(たお)やかでかわいらしくいられる時期を疾(と)うに過ぎて実際のところすでに媚びて科(しな)を作る様さえ滑稽になる寸前でギリギリ留まっているような。

 きっと本人が、その限界を一番知っていたはずだ。


 それでも傍に置いていたのは長く共にあったことで通じる空気が、何かを始めたいと思わなかったアッシュには心地よかったからだ。

 必死になって時間を止めようとしていたロシェに、ただ過去をそのままに進まなくてもよいのだと錯覚し続けさせてもらっていただけだ。


「アレが何か欲しがるとも思えんが、希望は聞いてやれ。ああ、それと」

 思いついたように右耳の耳朶に付けていた飾りを外し、無造作にマイセルに投げる。

 小さな石がついたそれを、マイセルが慌てて受け止めた。


「王子、これは……」

 マイセルのつけた白い手袋の上に、白金を立て爪にした台座に嵌る繊細に多面加工された、光を屈折させる少し透明な黒い金剛石。

 それ自体が希少であることはもとより、この石はもともとアッシュの母親が持っていたものだ。その時は指輪だったが。


「アレにやる。馬で追えば今ならまだ追いつくだろう?」

「ロシェには何と?」

「……そうだな。忘れるなと。俺も忘れない」


 もっとずっと前に、過去にしなくてはならなかったものを、切り離す。ロシェも、その石も。


「さてと。メシ食うか。メシ」

 僅かな沈黙をくるりと声音を変えてアッシュが破る。

「ええ、エルダストは豚肉料理が種類も豊富で有名だそうですよ」

「ブタか……」


 もうすでに指の痕が消えた頬を撫でて、少し伏せていた眼を開きアッシュがにやりと笑う。




「一時(いちどき)は無理だろうが、早めに始末しろ。家畜以下なら飼う必要もない……いや、楽に終わらせるのも業腹だなァ エサなしで檻に入れて放置しとけ」



「御意に」




 黒く輝く石を握りしめて、マイセルが慇懃に頭を垂れた。



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