やさしいキスの見つけ方

神室さち

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君は僕に似ている

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「あ、噂聞こえたのかな。中二トップグループがこっち見てる」
 背中にちらちらと視線を感じながらも、この頭髪の色の為に方々で注目されやすい未来が気づかないふりをしているのに、ラテを飲み終えた都織が視線の主に笑顔で手を振っている。振り返ってみると、都織の言うとおり、中等部二年生の中でもとりわけ有名なメンツが食事を終えたらしく立ち上がっているところで、実冴にターゲットにされていると言う礼良が会釈して消えていく。
「んー やっぱり、似てるよねぇ」
「何が?」
 今日の気分で納豆をぶち込んだ味噌汁をすすりながら、二品目であるベーコンエピにかじりつく都織のセリフに未来が問う。
「あの二人」
 そう言われて、再び後ろを振り向く。食堂の出入り口に向かう背の高いのが二人、低いのが二人だと思うが、低い方は同じく食堂を後にする生徒の人垣に埋もれて見えない。
「誰と誰が?」
「井名里君と氷川君」
「ハァ!?」
 都織の答えに、素っ頓狂な声を上げた未来に瞬間視線が集まる。言葉を続けない未来に、その視線はすぐに散った。
「………どこが? あの二人のどこが」
「えー だって、そっくりじゃない?」
「全然似てないでしょう」
 身長も、顔かたちも、醸す雰囲気も。対極と言うほどではないが、かけ離れた二人だと思う。高等部の未来はそこまでこの二人と面識があるわけではないが、この間、行われた体育祭で、片方の氷川哉については割と身近で観察できた。本当に、全然喋らない子だった。行事自体にはまじめに取り組んでいてくれたと思うが、イマイチ真剣さに欠けると言うか、何をしていても表情が全く動かず、つかみどころのない子だった。
「昔の都織と氷川君がなんとなく似てるって言うんならともかく、ホントに。何言いだすの」
「えー 似てないよ、僕と氷川君となんか。全然。あんなあけっぴろげにはできないし。どっちかって言うと僕は井名里君派だったと思うけど」
「あのねぇ 都織。お前自分が二年前までいつでもどこでも超仏頂面で協調性なくて性格極悪だったってこと覚えてる? 今現在も僕以外の異母兄弟と君はほぼ絶縁状態でしょうが……ホント時々、いや結構度々、都織の言ってることが分からないんだけど、それはこっちが悪いの?」
「んー? そりゃ仕方ないと思うよ。だって、未来ちゃんは僕と違う人間なんだし、わかんなくて。ってか、未来ちゃんは他のバカどもと違って割と僕のこと理解してる方だと思うから大丈夫!」
 きれいな顔に天使のような笑顔をたたえた都織に、溜息しか出てこない。
「そんなに理解とかしたいとも思わないんだけどね。あっ! もうこんな時間じゃないか」
 食堂の壁に掛けられた大きな時計の長針が八時を指そうとしているのを見て、未来が慌てて朝食の残りをかきこんで立ち上がる。
「ごめん、トレイ片付けといて。じゃ、昼休みにいつものところで」
 中等部の方が授業開始の時間が遅いので、当然まだ時間に余裕のある都織がベーコンエピの最後の一切れを口に入れて、無言のまま了解と手を振ると、隣の空いたイスに置いていたカバンを掴んで未来が食堂を出ていく。
 厨房が閉まる時刻が近づいた食堂には、もうほとんど人が残っていない。
「あー そろそろこのはちゃんと真里菜に会いたいなー」
 トレイを返却しながらラテを片手に、もう片方の手を頬に当て、都織が一人ごちる。傍に未来がいたならば、三日前に会ったばかりじゃないかと突っ込んでいたに違いない。
 飲み干したラテのカップとベーカリーの袋をごみ箱に捨てて食堂を出ると、ちょうど玄関へ向かう途中だったらしい、礼良たちの一団とすれ違う。
「んー……あんなに似てるのに、なんで誰も気づかないかなぁ」
 小首を傾げて呟いた都織の言葉は、誰に聞きとめられることもなく、他愛のない雑談よりも容易く空気に溶けて消えた。


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