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第1章 棲家と仕事
第1話 新しいお家
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リルケルラは言った。
「人に見られると騒ぎになって魔王に勇者の末裔がこの世界に戻ってきたことがバレてしまってもまずいので~アオイさんはまず少し人里から離れた安全な場所へとご案内しますねぇ~」
そして蒼と翔それぞれに、次に向かう場所を伝えた。だがこの世界の管理官が翔へ伝えた内容を蒼は知ることができない。
「アオイさんが魔王にチクるなんて思ってるわけじゃないですよ~! でも魔王軍には相手の秘密を抜き出す力を持ったヤツもいるんでぇ!」
と言われてしまっては、黙ってリルケルラが翔へ向かってコソコソ話しているのを聞かないよう耳を塞ぐしかない。
「アオイさんはアスティア王国のトリエスタという街の近くにお送りします~。そこにカルロ・グレコという男性がいるのでお困りのことがあれば彼を訪ねてくださ~い」
「管理官って一般人の知り合いがいるんですか!?」
このリルケルラはずいぶんと普通だが、どう考えても立場としては人間を超越した存在だ。
「そりゃいますよ~! 彼には私からしっかり話をつけときますねぇ!」
バチンとウインクをするほど自信満々のリルケルラを見て、そういうもんなのか……と蒼も翔もそれ以上追求しなかった。
◇◇◇
「うぉぉぉい!」
蒼は急いで自分の手で自分の口を塞ぐ。記念すべき異世界での第一声が、うぉぉぉい! ということに気がついたからではない。目の前に深い森が広がっているからだ。
その中で蒼は一人だった。静かで、空気が澄み過ぎていると感じた。怖いくらいに。
(なんつーところに降ろしてくれたんだあの管理官~~~!)
道らしきものもない。もちろん人の気配は皆無。安全な場所とは? とインターネットがあったら検索したくてたまらない状況だ。
(魔物いないでしょうね!?)
魔物以外の野生動物だって蒼にはどうしようもない。体は頑丈になったが、戦えるわけではないのだから。
(しょうくんの方は大丈夫なの!?)
かわいい弟分が心配になる。だがそれはおそらく大丈夫だろうと思わせるのは、明らかにこの世界を救う勇者の末裔への対応が自分より手厚かったのを見ているからだ。
木々の間から漏れた光を見て、今が日中だということがわかった。先程までリルケルラを質問攻めにしてある程度この世界の概要を聞いていた蒼は、ひとまず落ち着くために深呼吸をする。
(地球とほとんど同じって言う話は本当みたいね)
太陽があって月があって土があって海があって空気があって重力があって風があって……地球は丸いのだそうだ。
(でも魔法がある……)
これによってどう世界が違うのか全く少しの想像もつかない。そして残念ながら魔法を使うために必要な魔力は蒼には備わっていなかった。
『魔力は遺伝が重要なので異世界からやってきたアオイさんにはありません!』
『体作り変えたならついでに組み込んでくれてもよかったのでは!?』
『わ! 本当ですねぇ~! 言ってくれたらよかったのに~!』
と、リルケルラは蒼に加護は与えたものの、魔力は与えることはなかった。
(気がきくのかそうじゃないのか……いや、最大限できることはしてくれたんだし、そこに感謝しよう)
そして胸元に光る金色の鍵を手に取った。ドキドキと心臓が大きく動く、これが蒼の頼みの綱だ。
「あ……!」
鍵を強く握りしめると、突然目の前に大きな門が現れた。同じく金色の鍵穴に手に持った鍵を差し込むと、
ーーガチャン
重々しい音が手のひらを通じて蒼に伝わってきた。ほんの少し震える手に気づかない振りをして、彼女は大きなドアのぶを掴む。目の前の重そうに見えた門は触れてみると羽のように軽い。スッとその木の扉を押すと明るい日差しが、蒼の目に飛び込んできた。
「わぁ!」
小さな一軒家。それも庭つきだ。これがリルケルラが蒼に与えた『衣食住の保障』だった。
リルケルラは語った。
『異空間に詰め込むことにしま~す』
『なにをですか?』
『衣食住です!』
この管理官はいい考えが閃いたとばかりに嬉しそうにおしゃべりを続けた。
『異空間に家と食料と衣類を用意しておきますねぇ。そしてアオイさんには、どこにいてもそこへ行ける鍵をお渡ししまーす!』
『移動しても大丈夫ってことですか』
『そうですそうです~。たとえ危ない場所にいても、鍵を開けてそこへ逃げ込めば怖い思いをしなくてすみますし~』
『な……なるほど!』
願ったり叶ったりだ。そんな空間があれば、魔王が台頭し魔物がいる世界への不安は緩和される。
『そこでできるだけ前の世界と同様の暮らしを送れるようにしますね』
『なんか……そこまでしていただいて……私、めちゃくちゃ態度が悪かったのに……』
急に申し訳なさが湧いた蒼だったが、
『いえいえ~! このくらいしないとショウさんが気になって勇者の末裔として思いっきり動けないと仰るので! それならこのくらいのことは全然許容範囲ですよ~!』
『そ、そうですか……』
言っちゃった……と、翔が隣で苦笑している。コソコソ話をしている時にそんな要望も出してくれていたのだ。
(まあでも……)
リルケルラの自主的な好意ではないにしろ、ありがたいことに変わりはないので蒼は二人に向けて深く頭を下げたのだった。
蒼が与えられたこの空間はぐるりと円形の石垣に囲まれていた。石壁の一角になにかの紋章のようなものが形どられたレリーフがあり、そこから水が流れている。浅い水瓶に一定量を溜め続け、小さな水面がキラキラと光っていた。
「どこから来てる水……?」
そしてその水はどこへ流れていっているのか。今の蒼には少しもわからない。それを横目に見ながら家へと続く石畳を歩く。まずはメインのこちらから確認だ。
赤い屋根の二階建て。見える扉は二つ。一つは家の入り口で、もう一つはその大きさから倉庫かなにかだろうと検討がついた。なんともメルヘンな可愛らしい外観だ。
(ん? 三階建て?)
よく見ると小さな窓が二階のさらに上にある。どちらにしても一人で暮らすには十分な広さがあることが外から見てもわかった。
「なんか見覚えがあるんだよな~……なんだっけ? ……あっ!」
玄関を開ける直前に気がついた。これは小さな頃遊んでいたドールハウスの外観にとてもよく似ていると。
(ということは、あの窓の部分は屋根裏部屋かな)
リルケルラが自分の記憶の端からとってきたのかもしれないかと思うと、ちょっと恥ずかしい。あんなゆるゆるな雰囲気を全面に出していても、この空間を与えてくれたのはあの管理官だ。そういう能力があっても少しもおかしくない。
カチャリ。と小さな音を立てて朱色の扉が開いた。
「綺麗……」
塵一つ落ちていないその家の中に入る前に、蒼はハッとしながらビーサンを脱いだ。彼女はいまだに半袖半パン、そしてビーチサンダルスタイルだった。なんともこの家と世界観が合わない。
靴箱を開けると、ロングブーツとショートブーツが一足ずつ入っている。これがこの世界の一般的な靴なのだと蒼は判断した。
「キッチンがある部屋にダイニングテーブル……リビングは別なのね……ってテレビあるし!」
試しにリモコンを触ってみるが、何も反応しなかった。
部屋はそれぞれ分かれている。長らくリビングダイニングが繋がった部屋に住んでいた蒼には新鮮だ。他に一階には手洗い場に風呂にトイレ、それにランドリールームまであった。
「洗濯機! 洗濯機もある!」
だがその形状は蒼が知っているものとは違う。少しレトロな、それこそドールハウスにありそうな姿になっていた。使ってみたい気持ちをグッと抑えて先へと進む。
二階には寝室が三部屋。大きな寝室と小さな寝室が二部屋だ。それに書斎らしき部屋も。それにクローゼットも別にある。
「お~これがこの国のスタンダードな服なのね~……ん? 冒険者っぽいのもある……ん!? これドレス!?」
衣類はそこそこ数が用意されていた。シンプルなワンピースのような服もあればご令嬢がきそうな重そうなものまで。袖の長さもそれぞれあるので、蒼はこの国に四季があるのだとわかった。そして女性向けの動きやすそうな冒険者衣装もあるということは、そういう職業も一般的にあるのかもしれないと、ますます濃くなるファンタジー色に少しだけワクワクする。
階段の下はそれぞれ収納部屋になっている。そして三階は予想通り屋根裏部屋だった。窓の外からは先程までいた森が見える。
ざっと見て回った後は詳細の確認だ。水は問題なく出るし、コンロの火もついた。キッチンの戸棚を開けると、なんと炊飯器まで出てきた。そうしてドキドキしながら冷蔵庫を開けると、
「うわこれ……わかっちゃったかも」
この家の中にある家電、そして食料は蒼が異世界に転移するその日に触れたものだ。
(これ、タイミングによってはこれからの人生大きく変わっていたのでは?)
直前に買ったものばかりが冷蔵庫の中に入っている。蒼はいつも一度の買い物でかなりの量を買い溜めるので、冷蔵庫の中も冷凍庫の中も充実していた。特に今日は大型スーパーまで行っていたので、いつもよりさらに買い込んでいたのだ。
ただし、食糧の入っているパッケージはなくなり、木や陶器やガラスの皿、それに紙袋に入れられていた。どの家電もレトロなので、リルケルラの趣味なのかもしれない。いまだに半袖半パンの蒼の格好だけが浮いている。
(大掃除の仕上げをしてなかったらどうなってたんだろ)
逆にないものを確認する。アイロンにコーヒーマシーン、それにシュレッター……思い出さないだけで他にもありそうだ。
早足で外に出て今度は倉庫と思われる小さな建物の扉を開くと、テントに防災グッズ、それに自転車が入っていた。
「あ、防災グッズの中身もちゃんとある」
リルケルラの考えていることなどわからないが、これらも転移当日に整理整頓したものだ。
「ていうか……食料ってあれだけ……?」
現時点で量はかなりあるが、これがなくなった後は? この空間の中の詳細は詰めていなかったことを激しく後悔した。いつもなら執拗なほど確認するのに、流石に奇想天外な出来事の中でいつも通りの思考ではいられなかったのだ。
「うわああああ! どうしよう~~~!」
蒼の叫び声だけが、その空間の中の唯一の振動だった。
「人に見られると騒ぎになって魔王に勇者の末裔がこの世界に戻ってきたことがバレてしまってもまずいので~アオイさんはまず少し人里から離れた安全な場所へとご案内しますねぇ~」
そして蒼と翔それぞれに、次に向かう場所を伝えた。だがこの世界の管理官が翔へ伝えた内容を蒼は知ることができない。
「アオイさんが魔王にチクるなんて思ってるわけじゃないですよ~! でも魔王軍には相手の秘密を抜き出す力を持ったヤツもいるんでぇ!」
と言われてしまっては、黙ってリルケルラが翔へ向かってコソコソ話しているのを聞かないよう耳を塞ぐしかない。
「アオイさんはアスティア王国のトリエスタという街の近くにお送りします~。そこにカルロ・グレコという男性がいるのでお困りのことがあれば彼を訪ねてくださ~い」
「管理官って一般人の知り合いがいるんですか!?」
このリルケルラはずいぶんと普通だが、どう考えても立場としては人間を超越した存在だ。
「そりゃいますよ~! 彼には私からしっかり話をつけときますねぇ!」
バチンとウインクをするほど自信満々のリルケルラを見て、そういうもんなのか……と蒼も翔もそれ以上追求しなかった。
◇◇◇
「うぉぉぉい!」
蒼は急いで自分の手で自分の口を塞ぐ。記念すべき異世界での第一声が、うぉぉぉい! ということに気がついたからではない。目の前に深い森が広がっているからだ。
その中で蒼は一人だった。静かで、空気が澄み過ぎていると感じた。怖いくらいに。
(なんつーところに降ろしてくれたんだあの管理官~~~!)
道らしきものもない。もちろん人の気配は皆無。安全な場所とは? とインターネットがあったら検索したくてたまらない状況だ。
(魔物いないでしょうね!?)
魔物以外の野生動物だって蒼にはどうしようもない。体は頑丈になったが、戦えるわけではないのだから。
(しょうくんの方は大丈夫なの!?)
かわいい弟分が心配になる。だがそれはおそらく大丈夫だろうと思わせるのは、明らかにこの世界を救う勇者の末裔への対応が自分より手厚かったのを見ているからだ。
木々の間から漏れた光を見て、今が日中だということがわかった。先程までリルケルラを質問攻めにしてある程度この世界の概要を聞いていた蒼は、ひとまず落ち着くために深呼吸をする。
(地球とほとんど同じって言う話は本当みたいね)
太陽があって月があって土があって海があって空気があって重力があって風があって……地球は丸いのだそうだ。
(でも魔法がある……)
これによってどう世界が違うのか全く少しの想像もつかない。そして残念ながら魔法を使うために必要な魔力は蒼には備わっていなかった。
『魔力は遺伝が重要なので異世界からやってきたアオイさんにはありません!』
『体作り変えたならついでに組み込んでくれてもよかったのでは!?』
『わ! 本当ですねぇ~! 言ってくれたらよかったのに~!』
と、リルケルラは蒼に加護は与えたものの、魔力は与えることはなかった。
(気がきくのかそうじゃないのか……いや、最大限できることはしてくれたんだし、そこに感謝しよう)
そして胸元に光る金色の鍵を手に取った。ドキドキと心臓が大きく動く、これが蒼の頼みの綱だ。
「あ……!」
鍵を強く握りしめると、突然目の前に大きな門が現れた。同じく金色の鍵穴に手に持った鍵を差し込むと、
ーーガチャン
重々しい音が手のひらを通じて蒼に伝わってきた。ほんの少し震える手に気づかない振りをして、彼女は大きなドアのぶを掴む。目の前の重そうに見えた門は触れてみると羽のように軽い。スッとその木の扉を押すと明るい日差しが、蒼の目に飛び込んできた。
「わぁ!」
小さな一軒家。それも庭つきだ。これがリルケルラが蒼に与えた『衣食住の保障』だった。
リルケルラは語った。
『異空間に詰め込むことにしま~す』
『なにをですか?』
『衣食住です!』
この管理官はいい考えが閃いたとばかりに嬉しそうにおしゃべりを続けた。
『異空間に家と食料と衣類を用意しておきますねぇ。そしてアオイさんには、どこにいてもそこへ行ける鍵をお渡ししまーす!』
『移動しても大丈夫ってことですか』
『そうですそうです~。たとえ危ない場所にいても、鍵を開けてそこへ逃げ込めば怖い思いをしなくてすみますし~』
『な……なるほど!』
願ったり叶ったりだ。そんな空間があれば、魔王が台頭し魔物がいる世界への不安は緩和される。
『そこでできるだけ前の世界と同様の暮らしを送れるようにしますね』
『なんか……そこまでしていただいて……私、めちゃくちゃ態度が悪かったのに……』
急に申し訳なさが湧いた蒼だったが、
『いえいえ~! このくらいしないとショウさんが気になって勇者の末裔として思いっきり動けないと仰るので! それならこのくらいのことは全然許容範囲ですよ~!』
『そ、そうですか……』
言っちゃった……と、翔が隣で苦笑している。コソコソ話をしている時にそんな要望も出してくれていたのだ。
(まあでも……)
リルケルラの自主的な好意ではないにしろ、ありがたいことに変わりはないので蒼は二人に向けて深く頭を下げたのだった。
蒼が与えられたこの空間はぐるりと円形の石垣に囲まれていた。石壁の一角になにかの紋章のようなものが形どられたレリーフがあり、そこから水が流れている。浅い水瓶に一定量を溜め続け、小さな水面がキラキラと光っていた。
「どこから来てる水……?」
そしてその水はどこへ流れていっているのか。今の蒼には少しもわからない。それを横目に見ながら家へと続く石畳を歩く。まずはメインのこちらから確認だ。
赤い屋根の二階建て。見える扉は二つ。一つは家の入り口で、もう一つはその大きさから倉庫かなにかだろうと検討がついた。なんともメルヘンな可愛らしい外観だ。
(ん? 三階建て?)
よく見ると小さな窓が二階のさらに上にある。どちらにしても一人で暮らすには十分な広さがあることが外から見てもわかった。
「なんか見覚えがあるんだよな~……なんだっけ? ……あっ!」
玄関を開ける直前に気がついた。これは小さな頃遊んでいたドールハウスの外観にとてもよく似ていると。
(ということは、あの窓の部分は屋根裏部屋かな)
リルケルラが自分の記憶の端からとってきたのかもしれないかと思うと、ちょっと恥ずかしい。あんなゆるゆるな雰囲気を全面に出していても、この空間を与えてくれたのはあの管理官だ。そういう能力があっても少しもおかしくない。
カチャリ。と小さな音を立てて朱色の扉が開いた。
「綺麗……」
塵一つ落ちていないその家の中に入る前に、蒼はハッとしながらビーサンを脱いだ。彼女はいまだに半袖半パン、そしてビーチサンダルスタイルだった。なんともこの家と世界観が合わない。
靴箱を開けると、ロングブーツとショートブーツが一足ずつ入っている。これがこの世界の一般的な靴なのだと蒼は判断した。
「キッチンがある部屋にダイニングテーブル……リビングは別なのね……ってテレビあるし!」
試しにリモコンを触ってみるが、何も反応しなかった。
部屋はそれぞれ分かれている。長らくリビングダイニングが繋がった部屋に住んでいた蒼には新鮮だ。他に一階には手洗い場に風呂にトイレ、それにランドリールームまであった。
「洗濯機! 洗濯機もある!」
だがその形状は蒼が知っているものとは違う。少しレトロな、それこそドールハウスにありそうな姿になっていた。使ってみたい気持ちをグッと抑えて先へと進む。
二階には寝室が三部屋。大きな寝室と小さな寝室が二部屋だ。それに書斎らしき部屋も。それにクローゼットも別にある。
「お~これがこの国のスタンダードな服なのね~……ん? 冒険者っぽいのもある……ん!? これドレス!?」
衣類はそこそこ数が用意されていた。シンプルなワンピースのような服もあればご令嬢がきそうな重そうなものまで。袖の長さもそれぞれあるので、蒼はこの国に四季があるのだとわかった。そして女性向けの動きやすそうな冒険者衣装もあるということは、そういう職業も一般的にあるのかもしれないと、ますます濃くなるファンタジー色に少しだけワクワクする。
階段の下はそれぞれ収納部屋になっている。そして三階は予想通り屋根裏部屋だった。窓の外からは先程までいた森が見える。
ざっと見て回った後は詳細の確認だ。水は問題なく出るし、コンロの火もついた。キッチンの戸棚を開けると、なんと炊飯器まで出てきた。そうしてドキドキしながら冷蔵庫を開けると、
「うわこれ……わかっちゃったかも」
この家の中にある家電、そして食料は蒼が異世界に転移するその日に触れたものだ。
(これ、タイミングによってはこれからの人生大きく変わっていたのでは?)
直前に買ったものばかりが冷蔵庫の中に入っている。蒼はいつも一度の買い物でかなりの量を買い溜めるので、冷蔵庫の中も冷凍庫の中も充実していた。特に今日は大型スーパーまで行っていたので、いつもよりさらに買い込んでいたのだ。
ただし、食糧の入っているパッケージはなくなり、木や陶器やガラスの皿、それに紙袋に入れられていた。どの家電もレトロなので、リルケルラの趣味なのかもしれない。いまだに半袖半パンの蒼の格好だけが浮いている。
(大掃除の仕上げをしてなかったらどうなってたんだろ)
逆にないものを確認する。アイロンにコーヒーマシーン、それにシュレッター……思い出さないだけで他にもありそうだ。
早足で外に出て今度は倉庫と思われる小さな建物の扉を開くと、テントに防災グッズ、それに自転車が入っていた。
「あ、防災グッズの中身もちゃんとある」
リルケルラの考えていることなどわからないが、これらも転移当日に整理整頓したものだ。
「ていうか……食料ってあれだけ……?」
現時点で量はかなりあるが、これがなくなった後は? この空間の中の詳細は詰めていなかったことを激しく後悔した。いつもなら執拗なほど確認するのに、流石に奇想天外な出来事の中でいつも通りの思考ではいられなかったのだ。
「うわああああ! どうしよう~~~!」
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