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第3章 異世界旅行
第5話 水鉄砲
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(もう少しちゃんと考えるべきだった)
季節というものを。蒼は水の都テノーラスを楽しんだが、その思い出には常に寒いという単語がついて来た。
「フィーラは暖かいんでしょ?」
「そうだね。ここよりはかなり」
花の都フィーラ。蒼とアルフレドは今、そこへ向かって南下中。
定期馬車を乗り継ぎ、荷馬車に同乗させてもらいながらのんびりと旅している。ここでも手軽に食べることができる蒼の軽食と甘く満たされるようなお菓子は大人気で、運賃を十分に稼ぎながら進むことができていた。
蒼の想像が足りなかったのは、馬車のスピードは思っていたよりもずっと早く、そしてよく揺れることだ。お尻が痛いのには徐々になれたが、そのうち彼女は家からクッションを持ち出し、リュックの中に常備するようになった。
(車が欲しい~!)
そんなものがあったらこの世界で目立つことは間違いないし、そもそも舗装がない道なき道も多いのだ。役に立つとは限らない。彼女の家の倉庫には自転車が一台置かれてあったが、動かすこともなくただそこに鎮座していた。
(自転車もな……オフロードばっかじゃ馬の方が確実に早いだろうし)
秘密をバラしてからすぐ蒼はアルフレドに自転車に乗る姿を意気揚々と見せていた。彼は期待通り、
『曲芸だ!』
とオーバーリアクションで褒めてくれたので彼女は満足している。
順調に思えた陸路だったが、フィーラまで残り半分のあたりで心配事が的中してしまった。
「俺たちの行く方向の馬車は十日後らしい」
馬車停の案内係が少し申し訳なさそうにアルフレドに伝えているのが蒼の耳にも届いていた。魔王復活後、魔物の動きが活発になったせいで道中の危険が増えていたので便数も減っているのだ。
「こういう時って冒険者はどうしてる?」
これは想定内のことだったので蒼も落ち着いている。
「歩く!」
潔く最小限の荷物を持って二人は歩き続けた。大きな街道以外は人とすれ違うことすらなく、見晴らしがいい草原が続いたり、深い森の中を歩くことも。
(筋肉痛にならなーい!)
そのことに蒼は心の底から感動した。
蒼とアルフレドは世界が違う者同士。まだまだあらゆる話題が残っている。歩いているだけだが、会話はずっと盛り上がっていた。
「皆学校に行くの!? キュウショク!? ごはんが出るの!? 勉強できる上に!? しかも毎日違う!? どういうこと!?」
「フードコート……楽しそう……」
「食べ放題!? それってどうやって店は利益をえてるの!?」
アルフレドの興味は食に関係するものが多かった。
「世界中のものが食べられる!? いや俺今異世界の食べ物食べてるし羨ましがったらダメんだろうけど……」
いいなぁとため息をつきながらうっとりとした目になっている。お昼ご飯はいつも家に戻って食べていた。パスタにラーメン、うどん、牛丼にホットサンド……最近蒼はあらゆる味付けのものを試しに出していたが、彼はどれも美味しそうに食べていた。
(和食を気に入ってくれたのは大きいわね)
一方蒼の方は、道中我が身を守る術を彼に尋ねる。アルフレドが護衛してくれているとはいえ、全て彼に押し付けるのもよくないとできる限りの知識を集めていた。
「あの魔物図鑑なかなかよかったけど、この辺にいない魔物が多かったからなぁ」
「地域差かぁ~」
蒼自慢の古本図鑑でもわからないことが多い。
「聖水ってさ。本当になんの加工しなくても魔物に効果あるの?」
とても信じられないという声色で尋ねる。すでに彼女は何度も魔物には対面しているが、アルフレドがあっという間に倒してしまうので、聖水が活躍するのをまだ見たことがなかった。
「あるよ。そのへんに撒くだけで魔除けにだってなるし」
旅人は必ず聖水を携帯していた。魔除け、傷の消毒に治癒、それにちょっとした病なら治してしまう。
(便利すぎない!?)
故にイマイチ蒼は信じきれていなかった。しかし蒼の腰にも他の旅人同様に聖水が。ただし通常の旅人とは違い、小型の水鉄砲の中にそれは入っている。
「なんかダサくない!? 世界観違うじゃん!」
これは弟の置き土産だった。家の整理整頓中出てきたので捨てていいかと連絡したが、デザイン気に入ってるから駄目! と言われて倉庫の隅に放置していたものだ。
「なんで!? かっこいいよ! 結構遠くまで飛ぶし!」
「いやでもこれで……あのオッカナイ魔物を倒せる? 本当に?」
試しにピューっと水を飛ばす。それなりに勢いはあるが、子供騙しといえばそれまで。
「アルフレドの使ってる聖銀の剣ならわかる。直接肉体に攻撃するしね。でもこれ……ピューって……」
アルフレドはアハハと大声で笑っていたが、蒼が真面目に心配しているとわかると一ついい案があると提案する。
「使わないことに越したことはないけど、今度それを一度試してみよっか。実際効果あるところを見ればアオイも納得するだろうし」
「う……そうだね……」
魔物の強さによって聖水の効果にも差があるが、弱点であることに変わりはない。それが手元にあるかないかで旅人の生存率は大きく変わってくる。
そしてその機会はすぐに訪れた。
「止まって」
いつもアルフレドはなにか起こる前にいち早く気がつく。だから蒼はこうなった時、緊張しつつも黙って彼の指示に従っていた。
「家に入ってた方がいいかも」
「……!」
ここまで彼が言うことはこれまでなかった。かなり状況がよくないということだ。
「アルフレドも一緒に……」
なにも彼が外にいる必要はない。安全な空間でやり過ごす方法だってある。だが、アルフレドは困ったように笑うだけだった。
(なんで?)
その瞬間、
「逃げるんだ! 早く!」
「父さん!!! うわぁぁぁぁぁ!」
悲鳴が聞こえてきた。一人はまだ幼い子供の声だ。
「……行って!!!」
声の方を気にしつつも蒼を守らなければとアルフレドは躊躇していたが、彼女の一声ですぐに先へと走っていった。速い。日頃は蒼の歩調に合わせているせいか、余計そう感じる。
蒼はその場でピョンピョンと何度かジャンプした。そうしてどうにか勇気を振り絞る。
「即死はだめ即死はだめ即死はだめ……」
(即死以外ならどうにかなる!!!!)
「よし!」
手に水鉄砲を構えてアルフレドの後を追いかけた。
(うわっ判断ミスったかも……!)
道の先は蜘蛛の糸が張り巡らされていた。大小様々な蜘蛛の魔物が蠢いている。蒼は叫ばなかった自分をまずは褒めた。蜘蛛の糸には馬に荷物に子供に大人……さらに糸を伝って一匹の蜘蛛が子供の手前で大口を開いている。
別の蜘蛛は新たな餌が来たとワサワサと高速で向かって来ていた。彼女は自分の腕が少し震えているのに気がつかないふりをして水鉄砲を向ける。そして昔ゲームセンターで遊んだシューティングゲームを思い出しながら、まずは大口を開けていた蜘蛛を、次に急いで向かってくる次々と聖水浸しにしていった。
「溶けてる!?」
ジュウジュウと煙をあげて溶解していくように蜘蛛の体が消えていったのだ。そうして彼女は油断した。慢心したわけではない。ただ、話に聞いた以上の効果を上げた聖水の存在に安心したのだ。だから向かってくる大型の蜘蛛への対応が遅れた。吐かれた糸は聖水で消え去ったが、その後ろから本体の大きく鋭い爪が一本。
(やっちゃった……)
しかし心配は無用。凄腕の護衛が彼女にはついている。彼女にその爪が届く前に、魔物は真っ二つに分かれてしまっていた。
「アオイ!!!」
アルフレドは真っ青だ。彼の背後にはさらにでかい魔物がゴロゴロと転がっている。蜘蛛の糸で塞がれたこちら側の方がいくらかマシだったのだと今度は蒼が青くなる。
「次は大人しく引っ込んどきます……」
見たことのないアルフレドの剣幕に蒼は先手必勝で反省を示した。だがアルフレドは慌て始める、そんなつもりはないのだと。
「アオイがいなかったらこの子やられてたから……ありがとう。怖い思いさせてごめんね」
空中に吊るされたままの子供を手繰り寄せ、聖水をかけて糸から優しく取り出す。あの蜘蛛は獲物を眠らせ生きたまま食べるのだと聞き、蒼は自分の無謀な挑戦を褒めることにした。
「謝んないでいいよ。私が勝手にやったから怖い思いしたのは自己責任!」
そして倒れている人達を一ヶ所に集めておくようアルフレドにお願いする。子供とその父親だけでなく、奥の方でまだ数人倒れているのが見えたのだ。全員意識がない。
「さあ、お礼はその子から言ってもらおうかな」
蒼は金の鍵を取り出し、家へ戻るといつもの荷車に大量の聖水と食材を乗せて出てきた。
「……いいの? 介抱までしてたらフィーラに着くのが遅くなっちゃうし」
「急いでないし、これを放置はできないでしょ~! アルフレドもそのつもりのくせに~!」
茶化すように声をかけ、彼らの治療をアルフレドに任せる。蒼もトリエスタの神殿でなんとなくやり方は見たが、見ただけでイマイチ理解はしていなかった。アルフレドは明らかにホッとした顔になっている。
(他人とは壁作りたかがるのに、どうも人助けはやめられないみたいなんだよな~)
ここまで一緒に旅してわかったことだ。きっと彼らが回復したら、深く交流することもなくさっさと先に進もうと蒼に言うだろう。
まず蜘蛛に捕まっていた親子二人が回復し、父親はアルフレドの指示のもとで他の怪我人の傷跡にそっと聖水をかける。傷を治しながらジュウジュウと白い煙が上がり、その中にキラキラとした光が見えた。
「あれはどちらの聖水ですか!?」
蒼が助けた赤毛の少年レーベンがそれを見て顎が外れんばかりに驚いている。少年は今、蒼の夕食準備を手伝っていた。
「……トリエスタだよ~」
「なるほど……御使リルの神殿がある……ここまで効き目が違うのか」
もっともらしい理由に納得したからか、レーベンは黙々と野菜を切り始めた。蒼の方はアルフレドと目を見合わせている。
((あの空間にある聖水は効果が桁違い!))
その認識がお互いできたのを確認して、蒼も夕食の準備に戻る。今日はトマトスープだ。カセットコンロを取り出す前にレーベンはテキパキと薪木を拾い、自分たちの積荷から火打ち金を取り出してあっという間に鍋がおける焚き火をおこした。
(余計な小細工する必要なくって助かるわ……)
成人済みの自分より、よっぽどたくましくて気がきく。
「村が魔物に襲われて……逃げている最中だったんです。助けてくださって本当にありがとうございました。こんな美味しい食事まで……」
結局二日目には全員が問題なく動けるまでに回復した。
「せめてお礼を」
「通りかかっただけだから……」
案の定アルフレドはお礼も断り彼らの元からさっさと離れたがっていた。
(おぉ~かっこいいセリフ~! 次は言わせてもらお!)
だがアルフレドはハッとして蒼にどうしよう!? と慌てるような顔を見せた。彼女の意見も聞かずに勝手な返事をしてしまったと思っているのだ。だから今蒼は吹き出さないように必死に我慢している。
「せめて馬を一頭! その荷車を引いて進むのは大変でしょう!」
助けてもらった彼らからしてみても、治療に食事まで面倒見てもらって何もなしとはいかないと必死になっていた。
「あぁ……それじゃあ……どうも……」
蒼の方をチラチラと確認しながらアルフレドは答えた。
「馬って高いんじゃないの?」
「高い。だから困ったら売れるんだ」
それなら尚更村を失った彼らからもらってもよかったのか心配になる。彼らは親戚筋の村があと少しのところにあるからと、馬を押し付けて先に旅出った。馬をつき返されるを心配しているかのように。
「庭で大人しくしてくれるかな」
蒼がヨシヨシと優しく撫でてみると、馬の方も穏やかに尻尾を振る。
「いい馬をくれたよ……大丈夫だと思う」
レーベンは蒼が見えなくなるまで手を振り続けていた。蒼も彼が見えなくなるまでずっと大きく手を振り続けた。
季節というものを。蒼は水の都テノーラスを楽しんだが、その思い出には常に寒いという単語がついて来た。
「フィーラは暖かいんでしょ?」
「そうだね。ここよりはかなり」
花の都フィーラ。蒼とアルフレドは今、そこへ向かって南下中。
定期馬車を乗り継ぎ、荷馬車に同乗させてもらいながらのんびりと旅している。ここでも手軽に食べることができる蒼の軽食と甘く満たされるようなお菓子は大人気で、運賃を十分に稼ぎながら進むことができていた。
蒼の想像が足りなかったのは、馬車のスピードは思っていたよりもずっと早く、そしてよく揺れることだ。お尻が痛いのには徐々になれたが、そのうち彼女は家からクッションを持ち出し、リュックの中に常備するようになった。
(車が欲しい~!)
そんなものがあったらこの世界で目立つことは間違いないし、そもそも舗装がない道なき道も多いのだ。役に立つとは限らない。彼女の家の倉庫には自転車が一台置かれてあったが、動かすこともなくただそこに鎮座していた。
(自転車もな……オフロードばっかじゃ馬の方が確実に早いだろうし)
秘密をバラしてからすぐ蒼はアルフレドに自転車に乗る姿を意気揚々と見せていた。彼は期待通り、
『曲芸だ!』
とオーバーリアクションで褒めてくれたので彼女は満足している。
順調に思えた陸路だったが、フィーラまで残り半分のあたりで心配事が的中してしまった。
「俺たちの行く方向の馬車は十日後らしい」
馬車停の案内係が少し申し訳なさそうにアルフレドに伝えているのが蒼の耳にも届いていた。魔王復活後、魔物の動きが活発になったせいで道中の危険が増えていたので便数も減っているのだ。
「こういう時って冒険者はどうしてる?」
これは想定内のことだったので蒼も落ち着いている。
「歩く!」
潔く最小限の荷物を持って二人は歩き続けた。大きな街道以外は人とすれ違うことすらなく、見晴らしがいい草原が続いたり、深い森の中を歩くことも。
(筋肉痛にならなーい!)
そのことに蒼は心の底から感動した。
蒼とアルフレドは世界が違う者同士。まだまだあらゆる話題が残っている。歩いているだけだが、会話はずっと盛り上がっていた。
「皆学校に行くの!? キュウショク!? ごはんが出るの!? 勉強できる上に!? しかも毎日違う!? どういうこと!?」
「フードコート……楽しそう……」
「食べ放題!? それってどうやって店は利益をえてるの!?」
アルフレドの興味は食に関係するものが多かった。
「世界中のものが食べられる!? いや俺今異世界の食べ物食べてるし羨ましがったらダメんだろうけど……」
いいなぁとため息をつきながらうっとりとした目になっている。お昼ご飯はいつも家に戻って食べていた。パスタにラーメン、うどん、牛丼にホットサンド……最近蒼はあらゆる味付けのものを試しに出していたが、彼はどれも美味しそうに食べていた。
(和食を気に入ってくれたのは大きいわね)
一方蒼の方は、道中我が身を守る術を彼に尋ねる。アルフレドが護衛してくれているとはいえ、全て彼に押し付けるのもよくないとできる限りの知識を集めていた。
「あの魔物図鑑なかなかよかったけど、この辺にいない魔物が多かったからなぁ」
「地域差かぁ~」
蒼自慢の古本図鑑でもわからないことが多い。
「聖水ってさ。本当になんの加工しなくても魔物に効果あるの?」
とても信じられないという声色で尋ねる。すでに彼女は何度も魔物には対面しているが、アルフレドがあっという間に倒してしまうので、聖水が活躍するのをまだ見たことがなかった。
「あるよ。そのへんに撒くだけで魔除けにだってなるし」
旅人は必ず聖水を携帯していた。魔除け、傷の消毒に治癒、それにちょっとした病なら治してしまう。
(便利すぎない!?)
故にイマイチ蒼は信じきれていなかった。しかし蒼の腰にも他の旅人同様に聖水が。ただし通常の旅人とは違い、小型の水鉄砲の中にそれは入っている。
「なんかダサくない!? 世界観違うじゃん!」
これは弟の置き土産だった。家の整理整頓中出てきたので捨てていいかと連絡したが、デザイン気に入ってるから駄目! と言われて倉庫の隅に放置していたものだ。
「なんで!? かっこいいよ! 結構遠くまで飛ぶし!」
「いやでもこれで……あのオッカナイ魔物を倒せる? 本当に?」
試しにピューっと水を飛ばす。それなりに勢いはあるが、子供騙しといえばそれまで。
「アルフレドの使ってる聖銀の剣ならわかる。直接肉体に攻撃するしね。でもこれ……ピューって……」
アルフレドはアハハと大声で笑っていたが、蒼が真面目に心配しているとわかると一ついい案があると提案する。
「使わないことに越したことはないけど、今度それを一度試してみよっか。実際効果あるところを見ればアオイも納得するだろうし」
「う……そうだね……」
魔物の強さによって聖水の効果にも差があるが、弱点であることに変わりはない。それが手元にあるかないかで旅人の生存率は大きく変わってくる。
そしてその機会はすぐに訪れた。
「止まって」
いつもアルフレドはなにか起こる前にいち早く気がつく。だから蒼はこうなった時、緊張しつつも黙って彼の指示に従っていた。
「家に入ってた方がいいかも」
「……!」
ここまで彼が言うことはこれまでなかった。かなり状況がよくないということだ。
「アルフレドも一緒に……」
なにも彼が外にいる必要はない。安全な空間でやり過ごす方法だってある。だが、アルフレドは困ったように笑うだけだった。
(なんで?)
その瞬間、
「逃げるんだ! 早く!」
「父さん!!! うわぁぁぁぁぁ!」
悲鳴が聞こえてきた。一人はまだ幼い子供の声だ。
「……行って!!!」
声の方を気にしつつも蒼を守らなければとアルフレドは躊躇していたが、彼女の一声ですぐに先へと走っていった。速い。日頃は蒼の歩調に合わせているせいか、余計そう感じる。
蒼はその場でピョンピョンと何度かジャンプした。そうしてどうにか勇気を振り絞る。
「即死はだめ即死はだめ即死はだめ……」
(即死以外ならどうにかなる!!!!)
「よし!」
手に水鉄砲を構えてアルフレドの後を追いかけた。
(うわっ判断ミスったかも……!)
道の先は蜘蛛の糸が張り巡らされていた。大小様々な蜘蛛の魔物が蠢いている。蒼は叫ばなかった自分をまずは褒めた。蜘蛛の糸には馬に荷物に子供に大人……さらに糸を伝って一匹の蜘蛛が子供の手前で大口を開いている。
別の蜘蛛は新たな餌が来たとワサワサと高速で向かって来ていた。彼女は自分の腕が少し震えているのに気がつかないふりをして水鉄砲を向ける。そして昔ゲームセンターで遊んだシューティングゲームを思い出しながら、まずは大口を開けていた蜘蛛を、次に急いで向かってくる次々と聖水浸しにしていった。
「溶けてる!?」
ジュウジュウと煙をあげて溶解していくように蜘蛛の体が消えていったのだ。そうして彼女は油断した。慢心したわけではない。ただ、話に聞いた以上の効果を上げた聖水の存在に安心したのだ。だから向かってくる大型の蜘蛛への対応が遅れた。吐かれた糸は聖水で消え去ったが、その後ろから本体の大きく鋭い爪が一本。
(やっちゃった……)
しかし心配は無用。凄腕の護衛が彼女にはついている。彼女にその爪が届く前に、魔物は真っ二つに分かれてしまっていた。
「アオイ!!!」
アルフレドは真っ青だ。彼の背後にはさらにでかい魔物がゴロゴロと転がっている。蜘蛛の糸で塞がれたこちら側の方がいくらかマシだったのだと今度は蒼が青くなる。
「次は大人しく引っ込んどきます……」
見たことのないアルフレドの剣幕に蒼は先手必勝で反省を示した。だがアルフレドは慌て始める、そんなつもりはないのだと。
「アオイがいなかったらこの子やられてたから……ありがとう。怖い思いさせてごめんね」
空中に吊るされたままの子供を手繰り寄せ、聖水をかけて糸から優しく取り出す。あの蜘蛛は獲物を眠らせ生きたまま食べるのだと聞き、蒼は自分の無謀な挑戦を褒めることにした。
「謝んないでいいよ。私が勝手にやったから怖い思いしたのは自己責任!」
そして倒れている人達を一ヶ所に集めておくようアルフレドにお願いする。子供とその父親だけでなく、奥の方でまだ数人倒れているのが見えたのだ。全員意識がない。
「さあ、お礼はその子から言ってもらおうかな」
蒼は金の鍵を取り出し、家へ戻るといつもの荷車に大量の聖水と食材を乗せて出てきた。
「……いいの? 介抱までしてたらフィーラに着くのが遅くなっちゃうし」
「急いでないし、これを放置はできないでしょ~! アルフレドもそのつもりのくせに~!」
茶化すように声をかけ、彼らの治療をアルフレドに任せる。蒼もトリエスタの神殿でなんとなくやり方は見たが、見ただけでイマイチ理解はしていなかった。アルフレドは明らかにホッとした顔になっている。
(他人とは壁作りたかがるのに、どうも人助けはやめられないみたいなんだよな~)
ここまで一緒に旅してわかったことだ。きっと彼らが回復したら、深く交流することもなくさっさと先に進もうと蒼に言うだろう。
まず蜘蛛に捕まっていた親子二人が回復し、父親はアルフレドの指示のもとで他の怪我人の傷跡にそっと聖水をかける。傷を治しながらジュウジュウと白い煙が上がり、その中にキラキラとした光が見えた。
「あれはどちらの聖水ですか!?」
蒼が助けた赤毛の少年レーベンがそれを見て顎が外れんばかりに驚いている。少年は今、蒼の夕食準備を手伝っていた。
「……トリエスタだよ~」
「なるほど……御使リルの神殿がある……ここまで効き目が違うのか」
もっともらしい理由に納得したからか、レーベンは黙々と野菜を切り始めた。蒼の方はアルフレドと目を見合わせている。
((あの空間にある聖水は効果が桁違い!))
その認識がお互いできたのを確認して、蒼も夕食の準備に戻る。今日はトマトスープだ。カセットコンロを取り出す前にレーベンはテキパキと薪木を拾い、自分たちの積荷から火打ち金を取り出してあっという間に鍋がおける焚き火をおこした。
(余計な小細工する必要なくって助かるわ……)
成人済みの自分より、よっぽどたくましくて気がきく。
「村が魔物に襲われて……逃げている最中だったんです。助けてくださって本当にありがとうございました。こんな美味しい食事まで……」
結局二日目には全員が問題なく動けるまでに回復した。
「せめてお礼を」
「通りかかっただけだから……」
案の定アルフレドはお礼も断り彼らの元からさっさと離れたがっていた。
(おぉ~かっこいいセリフ~! 次は言わせてもらお!)
だがアルフレドはハッとして蒼にどうしよう!? と慌てるような顔を見せた。彼女の意見も聞かずに勝手な返事をしてしまったと思っているのだ。だから今蒼は吹き出さないように必死に我慢している。
「せめて馬を一頭! その荷車を引いて進むのは大変でしょう!」
助けてもらった彼らからしてみても、治療に食事まで面倒見てもらって何もなしとはいかないと必死になっていた。
「あぁ……それじゃあ……どうも……」
蒼の方をチラチラと確認しながらアルフレドは答えた。
「馬って高いんじゃないの?」
「高い。だから困ったら売れるんだ」
それなら尚更村を失った彼らからもらってもよかったのか心配になる。彼らは親戚筋の村があと少しのところにあるからと、馬を押し付けて先に旅出った。馬をつき返されるを心配しているかのように。
「庭で大人しくしてくれるかな」
蒼がヨシヨシと優しく撫でてみると、馬の方も穏やかに尻尾を振る。
「いい馬をくれたよ……大丈夫だと思う」
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魔力なしの無能と蔑まれ、家族に虐げられてきた伯爵令嬢レティシア。 彼女に命じられたのは、近づく者すべてを病ませるという『呪いの公爵』アレクシスへの身代わり結婚だった。
鉄格子の馬車で運ばれ、たどり着いたのは瘴気に満ちた死の城。 恐ろしい怪物のような男に殺される――。 そう覚悟していたレティシアだったが、目の前の光景に絶望よりも先に別の感情が湧き上がる。
(な、何これ……汚すぎるわ! 雑巾とブラシはどこ!?)
実は、彼女が「無能」と言われていたのは、その力が『洗浄』と『浄化』に特化した特殊な聖女の魔力だったから。
レティシアが掃除をすれば、呪いの瘴気は消え去り、枯れた大地には花が咲き、不気味だった公爵城はまたたく間にピカピカの聖域に塗り替えられていく。 さらには、呪いで苦しんでいたアレクシスの素顔は、見惚れるほどの美青年で――。
「レティシア、君は一体何者なんだ……? 体が、こんなに軽いのは初めてだ」
冷酷だったはずの公爵様から、まさかの執着と溺愛。 さらには、呪いが解けたことで領地は国一番の豊かさを取り戻していく。
一方で、レティシアを捨てた実家は、彼女の『浄化』を失ったことで災厄に見舞われ、今さら「戻ってきてくれ」と泣きついてくるが……。
「私は今、お城の掃除と旦那様のお世話で忙しいんです。お引き取りくださいませ」
これは、掃除を愛する薄幸令嬢が、その愛と魔力で死神公爵を救い、最高に幸せな居場所を手に入れるまでのお話。
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