【完結】衣食住保障してください!~金銭は保障外だったので異世界で軽食販売しながら旅します〜

桃月とと

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第5章 旅は道連れ

第2話 犬

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 レーベンは小型犬、アルフレドは大型犬のようだと蒼は思っていた。嬉しい時(主に食事前)には尻尾をブンブンと大きく振って、悲しいことがあると耳をたたんでシュンと小さくなる。
 
 そんな縁があったのだろうか、まさか超大型犬まで旅する仲間になるとは思ってもみなかった。

「うっ……やばい……瘴気の臭いだよねこれ……」

 大きな街道から小さな道へと入り人通りも減ってきた頃、木々を揺らす強風が吹いたのと同時に、一瞬で辺りの空気が変わったのを感じる。
 途端にレーベンが意識を失って倒れかけたのをアルフレドが受け止め、急いで自分の鼻と口を塞ぐ。風に乗って以前感じたあの澱んだ空気が流れてくる。もちろん、全員急いで門の中へ退避だ。

「聖水を……」

 急いでアルフレドとレーベンに聖水を飲ませる。荷物を運んでいた馬のルーもだ。
 レーベンは意識を失っていたが、顔色も呼吸も元に戻っていた。アルフレドの方も、こりゃたまらん、と以前のようにどっしりと庭に腰を下ろしている。

「……ちょっと様子見てきてもいーい?」

 先を歩いていた商人の一団のことを蒼は思い出したのだ。

「ダメ」

 蒼もダメ元で聞いてみたが、やはりアルフレドはピシャリと即答だ。
 彼はヨロリと体を起こして動き出し、蒼をオロオロとさせた。だがそのままキッチンへと向かうと、汲みたての聖水をポットで沸かし、インスタントコーヒーを入れ、ゴクゴクと飲み干した。

「よし。行こうか」 

 急激に回復したのは、聖水のおかげかカフェインの効果か。蒼の庭にある聖水で調理をすると、通常より回復力が上がることはわかっているが、文字通りインスタント即席でそれを行ってしまうとは……蒼はちょっと目をしかめている。
 瘴気にやられた時の一番いい回復方法は単純な休息だ。アルフレドの今の回復方法が、徹夜で仕事してエナジードリンクで誤魔化していた以前の自分と被る。

 そうして彼は自分の部屋から持ってきた、なにやら見覚えのないマスクのようなものを口元にまいた。

「なにそれ!? ガスマスク!? いつの間に!?」
「ディルノアで買ったんだ」

 アルフレドは珍しく、ニヤリとちょっと得意気な顔になっている。
 以前、自分が瘴気にやられて動けない間に、蒼が自分抜きで神官達と問題解決にあたったのがどうしても嫌だったのだ。これは瘴気を通さない魔法道具。ただし、瘴気の濃度によって稼働時間も変わってくる。 

「周囲を確認したら、二、三日休むこと」

 今度ピシャリと物申したのは蒼の方だった。
 
「……了解」

 決まりが悪そうにアルフレドは少しだけ笑った。

◇◇◇

 先ほどと同じ場所から門を出ると、瘴気の気配は少しだけおさまっていた。

「風が止んだからかな」

 とはいえ、瘴気は少量でも体に影響が出る。案の定少し先の商人の荷馬車の周りに人が倒れていた。

「こっちが瘴気の発生源っぽいね……」
「ああ。この奥だな」

 二人は急いで馬も人も回復させ、元来た道を戻るよう伝えた。

「お、お礼を……」
「そんなのいいから早くここを離れてください! 気をつけて!」

 運よく命を救われた商人達はそんな蒼とアルフレドの行動に面食らっていた。危険を冒してまで商人の自分達を助けたのに、見返りすら求めないとは。黒髪黒目のと金髪に朝焼け色の瞳の冒険者の後ろ姿を何度も確認しながら、彼らは急いで瘴気の外へと逃げ出した。
 彼らの記憶には蒼とアルフレドのことがキッチリと刻まれたのだった。

「あっちに聖水の泉があるらしい」
「本当、嫌なやり口!」 

 相変わらず、魔物の聖水の泉潰しはあちこちで発生していた。魔物が人間を襲わず——むしろ秘密裏に行うために——ただ泉を汚し、人間の勝ち筋を少しでも減らそうとする、歴史上存在しない出来事に、人々は不気味さを感じていた。そしてそこに、人間の手が、知恵が加わっているという情報がさらに不安の増す原因となっている。

「……魔物、いる?」
「……いや、これは……」

 アルフレドは敵の気配を察知するのがうまいということに蒼は気づいている。だから水鉄砲をかまえながら、これから向かう先の状況をあらかじめ尋ねた。
 魔物は生きていれば人を襲い、死んでしまえば瘴気を放つ。そして瘴気は魔物にとって最高に美味しい空気。そういう場所は魔物を呼び寄せるのだ。
 蒼は急にびっくりさせる系のホラーが苦手なので、できれば事前に可能性を知っておきたい。だが彼はウンともスンとも言わず、険しい表情のままだった。
 
 道を進めば進むほど瘴気は濃くなっていった。間違いなくこの先には大量の魔物の死骸が山積みになっていると蒼にはわかる。すでに憂鬱だ。聖水という対策があるとはいっても、あまり見たい光景ではない。

(うわぁ~……ってあれ?)

 小さな広場、聖水の泉の周りには魔物の死骸が散らばっている。以前のように泉の上に覆い被さるような山盛りでないことに蒼は気がついた。壊れた泉の石垣から聖水が漏れ出て、ほんの少しずつ浄化が始まっている。

「うわあっ!」

 聖水の手前の黒い小山がグラリと動いたのだ。蒼は大慌てで水鉄砲をかまえるが、アルフレドが前に立って狙えない。

(超大型犬だ……)

 アルフレドの背中から覗きこむと、それは大きな大きな犬だった。もしくは狼。カラス色の毛は魔物の血と土埃にまみれている。瞳は、アルフレドのとよく似た朱色をしていた。

(あ……けどあの眼の感じ……ニーナにも似てる……)

 だが蒼にはそれが魔物なのか、聖獣なのか、それともただの動物なのか判断がつかない。

「……大丈夫だよ」

 それが蒼に向けられたものか、黒い犬に向けられたものかわからなかった。苦しそうに身を捩る黒い犬を、アルフレドは悲しそうな顔でそっと撫でていた。 

「み、味方!?」
「うん……」
「じゃあ助けなきゃ!」

 言われてみると、魔物達は鋭い牙で食いちぎられたような様子だった。この大きな黒い犬が全て倒してしまったのだ。この大量の魔物を。
 結果的には瘴気を発生させてしまうことになってはいたが、聖水の泉自体の力は発揮されていたので、時間をかければ自然と浄化が見込めるようになっている。
 蒼は急いで聖水を黒い犬にかけようとする。だが、まさかのアルフレドに止められてしまった。

「このまま……逝かせよう」
「え!? ななななんで!?」

 全く少しも理解できない、納得できないと、蒼はアルフレドに説明を求めた。

「これはキメラなんだ」
「キメラ?」
「人為的に作られた存在……合成魔獣とか、合成聖獣って呼ばれてる」

 アルフレドはただその黒い犬を優しく撫で続けていた。犬の方はアルフレドに大きな体を預けている。彼のことを心の底から信頼しているようだ。

「それは……えっと……合法じゃないって話?」

 蒼はアルフレドの反応から想像するしかない。蒼は自分がこれについてどう思っているか、感じているか、まだよくわかっていない。自分のことより目の前のアルフレドのことが気になって、心配で仕方がない。

「これに関する法は存在しないけど、俺は受け入れられなくて……」

 それはどうして? と聞く前に答えが返ってきた。

「人間が入ってるんだ。この中に。そうすると人の言うことを聞くようになるからさ」
「……そう」

 人間は、魔物も聖獣もコントロールできない。だから作り出したのだ。より便利で強力な人間の味方を。

「俺の一族が作った……」

 そしてその中身の人間は、アルフレドの一族の中から選ばれる。
 消え入りそうな声だった。

「……なら、どうしたいかそのコに聞いてみたら?」 

 中に判断できる誰かがいるのなら、本人に尋ねるのが一番だろうと。なにもアルフレドが全てを背負う必要はない。
 アルフレドの撫でる手が止まった。ハッと息をのんでいるようだった。

「フィア……フィアはどうしたい?」

 フィアと呼ばれたその黒い犬はクゥンと小さく鳴いた。視線が、蒼が持っていた聖水のボトルに向けられる。

「そうか……ごめんね……俺、勝手に……」

 泣きそうな声のアルフレドに蒼は急いで聖水を渡した。彼の手はよく見ると小刻みに震えていた。
 深い傷だったが、聖水をかけるとすぐに回復する。そういう風に作られているからだそうだ。

「自分で回復はできないようになってるんだ」

 あくまで人間によって生死をコントロールしやすくするために。
 
 フィアは安心したようにゆっくりと目を瞑ると、淡く光を放って小さくなった。白竜のニーナと同じだ。

「竜の血も入ってるって聞いてたけど本当だったみたい」

 苦笑しながらアルフレドはチワワサイズになったフィアを抱っこしている。

「……知り合い?」

 ついに聞いてしまった。と蒼の心臓はドキドキと速くなる。

「弟」
「!!?」

 さらに速くなるとは思っていなかった。

「アオイ……フィアを一緒に連れて行ってもいいかな?」
「当たり前じゃん!」

 もちろん即答だ。むしろわざわざ尋ねるなんて! と、いつもの調子でアルフレドを叱る。フィアはなんだか面白いものを見るかのように、兄とまだよく知らない黒髪の女性の顔を交互に見ていた。 

◇◇◇

「あれはもしや勇者の一団かもしれんぞ」
「えぇ!? 勇者は今、対魔王軍を率いてるって……」

 蒼達に助けられた商人達は、興奮気味に会話を続ける。

「大昔に勇者の末裔に会った祖父が言っていたんだ。勇者の末裔はすぐにわかるとな……只者じゃないってよ」
「そりゃわかるだろ! だって勇者の末裔だぞ」
「いやでも、あの黒髪の女の子……瘴気の中で何も付けず平気だったな」
「神官かもしれんじゃないか」

 そしてその内の一人が、とっておきの情報だともったいつけるようにゆっくりと、

「一緒にいた男……瞳の色が朱色だったぞ……」
「おぉ! あの!」
「カーライル家か!」
「いやいやまさか……たまたまだろう」

 ワイワイと、生きててよかったと楽しそうに商売の旅を続けるのだった。 

 


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