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第8章 世界の始まり
第11話 想定外
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(誰?)
(隠し通路のこと知ってた?)
(あの余裕はなに?)
蒼だけでなくほぼ全員がその女性を前に同じようなことを考えていた。
「ソフィリア・サルヴァドラン……」
ライルの声を聞いて蒼はハッとした。急に現れたこの女性は彼女の特徴と一致している。オルフェをキメラにし、魔王の肉体を作り出した研究者。
「ああそうですライル! 私のこと、ついに気付いてくれたのですね!」
まるで恋する乙女のように目を輝かせてソフィリアは甲高い声を出していた。
「嬉しい! 本当に嬉しいわ! この時をずっと待っていたの!!」
だが何だかゾッとするようなそんな声だった。そのせいか、蒼は自然とミュスティーを庇うような動きをしていた。正直、彼女と自分が殴り合っても負ける気はしないと蒼が感じるほど華奢な女性だというのに。
サニーも蒼と同じ感覚を持った。息子がソフィリアの視界に入らないようゆっくりと移動する。
なぜ今こんなところに堂々と現れたのかわからないが、きっと目的は魔王だと思ったのだ。
しかし、いつまでたっても魔王の方に視線を向けることはない。ひたすらライルに話しかけ続けている。
「ねぇすごいでしょう! 私、魔王を作ったんですよ! あなたにもできなかったでしょう!」
「……ええ。作ろうと思ったことがないので」
「まあ! じゃあこのアイディアを考えついた私ってさらにすごいんだわ!!」
この辺りから蒼とレーベン、サニーとミュステイーを除く全員が戦闘体制に入っていた。
(オロオロしてるのは私だけか……)
実に頼もしい。アルフレド達は鋭い目をしてソフィリア・サルヴァドランから視線を逸らさない。だが、不気味な雰囲気はあれど彼女が物理的な強さがあるようには思えず、蒼には現状戦力過多な気がしてならない。
以外だったのはオルフェだ。すでにグリフォンへの変化を始めていた。溢れる怒りを抑えているようにも見える。
「キャハハ! グリフォンは死んでも恨みを忘れないのね!!! 私が殺したこと、しっかり覚えているなんて! ねぇねぇライル、ここまでグリフォンがしつこい性質持ちだってあなたも知らなかったでしょう?」
ライルは返事をしなかった。その途端、ソフィリアの表情が真顔へと変わる。
「ねえ? 聞いてる?」
「あなたは何をしにここへ来たのですか?」
じゃれ合う気などないのだと、はっきり態度で示すことにしたらしい。ライルはいつもの不機嫌な顔になっている。
「もぉ~相変わらずつれないんですねぇ」
口を片方だけ上げていた。だがライルが自分の回答を待っているのがわかると口を尖らせ渋々話し始める。
「……そんなの魔王を取り戻しにきたに決まっているでしょう。手駒に使えそうなの残っていなくって一人で来たんです」
「嘘はつかなくて結構です」
「えぇ~! その加護、いつまで借りてるんですかぁ?」
わざとらしくクスクスと笑って見せているが、顔は引き攣っていた。
「元の持ち主が死ぬまでの契約です」
メガネをクイッと動かしながらライルは答える。
(どの部分が嘘なの!?)
ここに来た目的? それとも単独できたということ? 彼女はライルの加護も、現在借り受けているウソを見抜く加護のことも知っていた。こちらの情報をどれだけ持っているのかも謎だ。
「お前、人間か?」
アレクサンドラはそう問いかけながらゆっくりとソフィリアに近づいていく。レイジーはすでに魔導書を取り出しており、ニーナも身体を大きくし威嚇をし始めた。翔はロッドを片手にソフィリアから目を逸らさない。
その時、これまでと違った低い声が蒼の耳に届く。
「外見だけが取り柄の脳筋女が話かけんじゃねぇよ……」
頬をヒクヒクとさせて嫌悪感を示していた。それもアレクサンドラにのみ。蒼はそれを見てドンドン恐怖が増してくる。大量の魔物に追いかけられている時よりも怖い。
「女としての嫉妬か? 嬉しいね。妬み嫉みは久しぶりだ」
ゆっくりと剣を抜く。アルフレドもそれに続いた。先ほどより表情が険しい。
しかし、最初にアクションを起こしたのは姉弟ではなかった。
「キャアッ」
ソフィリアの背後から急に人の手が伸び、ガッシリと彼女の身体を拘束した。オートマタだ。ライルがこっそりと呼び寄せ、気配もなく近づき、いくら彼女が振り解こうとしてもびくともしない。
「いい加減質問に答えてもらおう。お前は何者でこれから何をするつもりなんだ? この街の正面入り口に待機させている魔物についてはどう説明する?」
(入り口に魔物!?)
この街への正式なルートはまだ復旧できていない。無理やり通るようなことがあれば街自体がなくなってしまうという話を蒼は思い出していた。それでアルフレドもあんな顔をしていたのだ。
だがソフィリアは苦々しそうな顔をしてアレクサンドラを睨みつけたまま。
(うわぁ……答えたくなさそう……)
これから魔物を使って脅されるのだろうと蒼でも予想がついた。だがこうもあっさり捕まって、これからどうこうする手段があるのだろうかという疑問も湧く。
状況が状況なせいか翔がゆっくりと口を開いた。
「俺が正面に行きますよ。少しは働かなきゃ」
魔王浄化より難しいことはないでしょ、と。だがシノノメが首を横に振っている。今はまだ動かない方がいいと。武闘派組は急激な刺激しない方がいい相手だと直感的にわかったようだ。
「レイジー」
「その人、ほとんど魂が残ってないな。加護はなし。身体はツギハギだらけ……どうやって生き残ってるんだか……そこのグリフォンよりもよっぽど長生きしてるよ」
アレクサンドラに名前を呼ばれただけで必要な答えを出した。今回、心眼で見えるものはたくさんあったようだ。
そこでようやくソフィリアは口を開く。
「ライル! こんな人たちと一緒にいたはダメです。馬鹿が移ってしまうわ! あなたの大切な頭脳を——記憶を守らなきゃ!」
「あなたに心配していただくことは何もありません」
ここでようやく彼女の目的が見えてきた。
(本命はミュスティーじゃなくてライル・エリクシア!?)
ライル、ライル、ライルだ。当の本人は何やらすでにアレコレわかっているらしく、不快感を隠さずに顔に出していく。
「初代ライル・エリクシアの記憶によると、ソフィリア・サルヴァドランは初代に対してずっと付き纏いや嫌がらせを繰り返していますね」
「「ストーカー!?」」
蒼と翔の声がハモった。初代ライル・エリクシアは千年以上前の人物だ。初代からずっと彼に執着していたのだと思うと、蒼は自分が感じていた恐怖の正体が見えた気がした。
「もう! 違うでしょうライル! 肉体が違うと記憶の取り違えをしちゃうのかしら? 私達はライバルだったの! だけどとっても仲のいい同僚だったわ! まあ、なかなか素直には認めてくれなかったけどね。大丈夫。私にはわかっていましたから」
またも一瞬で恋する乙女モードに変わった。
「うわっ」
その時蒼は思い出した。初代ライル・エリクシアの日記には愚鈍な同僚についての悪口が書き連ねられていたことを。
(まさかこの人が!?)
どう考えても彼女が言っている内容と相違がある。
蒼の声が癇に障ったのか、ギョロリと瞳が声の方へと動いた。どうやらソフィリアは全ての女性は気に入らず、ライル以外の男性は視界に入らないらしい。
(やばっ)
オートマタに掴まれた身体をミシミシと言わせながら、蒼の方へ顔を向ける。
「こんななんの取り柄もなさそうな女のせいで……」
冷たい声だった。
「散々計画が狂ったのよ。どうしてくれるのかしら」
そうして愚痴愚痴と恨み言を話し続けた。
『与する者』が魔物を操りせっせと聖水を汚し、各地に瘴気を撒き散らし、コントロールしやすいよう徐々に魔王の力を高めようと計画していたのに、蒼達がことごとく浄化をしてしまったことを。
「挙げ句の果てに兵士や傭兵も治療してくれちゃって……迷惑極まりないったら」
長い時間をかけて計画していたことが、全て台無しになったのだと。
「もちろん勇者による妨害は想定済みですよ! だから本当に広範囲をしらみつぶしに汚染したんです!」
急にライルの方に首をぐるりとさせたソフィリアは、自分の計画が杜撰だったわけではない。想定外の人物が現れなければ計算通りだったと言いたげに。
勇者一行だけでは物量的に到底さばききれない量のはずだった。なのに想定外の蒼の存在によって計画が狂っていく。そうこうしている内に、ミュスティーの身体が勇者の血の影響が濃く出るようになってしまい、魔王の力がどんどんと弱まってしまった。
「馬鹿な手駒がそれに焦って自分達で世を乱そうなんて考えちゃって……まあ、上級神官達と潰し合いしてくれたならまだ救いがあったんだけど、結果はボロ負けよ? 英雄の末裔の肩書きが泣いちゃうわね」
これは悪意に満ちた言葉だった。この場にはその末裔がゴロゴロといる。
「急にベラベラと話して……どうしたんですか」
蒼はわかっていた。今、彼女と会話できるのは自分かアレクサンドラ。それからライルだけ。
(ライルと話をさせるのは癪だし、アレクサンドラさんとじゃ罵り合って話が進まなそうだし……)
だから蒼も腹を括って踏み込むことにした。今回ばかりは逃げているわけにはいかなさそうだ。
「そりゃあ話しても問題ないからに決まっているでしょう? そんなこともわからないなんて」
「……なら目的も教えてくださいよ」
話しても問題ない、ということは別に知られてもいいことだったのか、それとも……。
(この後この場にいる全員を消し去るつもりだから……とか?)
この嫌な予感は当たるような気がして気が重い。
「目的? 今後の研究に必要なもの全て取りに来たのよ」
「必要なもの……?」
この街の研究所にある何かだろうかと一瞬蒼は想像するが、答えは違った。
「魔王と勇者とライル・エリクシア」
邪悪な、満面の笑みだった。
「全員が一箇所にいるなんてなかなかないでしょう? しかも簡単に逃げられない街にいてくれるなんて」
ソフィリアの腕が、ミシミシと音を鳴らし続け最後に外れた。
「現役勇者と現役魔王よ! これからすごいモノが作れるわ! ライル! 私の側で見ていてくださいね! そうすれば私を認める気になるはずよ!」
痛みは全く感じていないようだった。ソフィリアは自分が口にした未来を想像して恍惚の表情を浮かべている。
(あ、これ逃げた方がいいやつ)
瞬時に察した。外れた腕が急激に動き出し、オートマタの手を離れ、そのまま勇者と魔王へと迫っていったのだ。しかも手のひらから刃物が出ている。
「そうか! 勇者の加護……!」
その加護は怪我を瞬時に治してしまうものだ。勇者の末裔の血を引く二人はたとえ刃物が当たっても即死でなければ問題ない。周りの人間を遠ざけつつ魔王と勇者を捕える気なのだ。彼ら二人は多少傷ついても問題ないのでここまで荒い対応ができる。
そして最悪なタイミングで、ここ海底都市で地鳴りが聞こえてきた。
「魔物だ!」
アルフレドの声に反応したフィアとニーナが音のする方へ飛び出した。
「召喚術ですか。腐っても一千年生きているということですね」
ライルは冷静だ。彼女が何もしないとは思っていなかった。メガネに触れると、海底都市にいるオートマタ五体が全て彼の前に揃う。
「刃には毒が塗ってあるぞ!」
レイジーが大声で注意するが、誰一人怯まずその腕へと向かっていっていく。
勇者の方は彼の仲間が。魔王の方には……。
「アオイ!?」
サニーが全身を使ってミュスティーを包み込んでいた。しかしさらにその上に蒼が覆い被さる。
(即死はダメ即死はダメ即死はダメ……!)
彼女も勇者と同じ加護を持っている。刺されたら痛いが、死ぬことはない。
「うっ……」
その刃は容赦なく蒼を貫いた。彼女の脇腹に刺さったそれは痛いというより熱く痺れるような感覚を蒼に与える。
(大丈夫。即死じゃない。大丈夫……)
そう自分に何度も言い聞かせた。今の蒼は恐怖より苛立ちの方が優っていた。あのソフィリアに誰も傷つけられたくない。ほんの擦り傷も許せそうになかった。自分を除いて。
(へへ……ザマアミロよ……)
ソフィリアの自分勝手な願望を叶えさせてなるものかと、もう一度刃物が邪魔者を刺そうと勢いよく向かってくるのがわかっていても、蒼は決してその場を動かなかった。体にギュッと力を込める。
「うわぁぁぁぁ!!!」
だがそんな姿の蒼に耐えられるわけがない。レーベンが大声を上げその腕に飛び掛かる。
「だめ! レーベン! 危ない!!!」
腕の矛先が少年へと向かったその時、一瞬でその刃物が粉々に砕けた。
「アルフレドさん……!」
アルフレドの赤い瞳は、まるで燃え上がっているように二人には見えた。
(隠し通路のこと知ってた?)
(あの余裕はなに?)
蒼だけでなくほぼ全員がその女性を前に同じようなことを考えていた。
「ソフィリア・サルヴァドラン……」
ライルの声を聞いて蒼はハッとした。急に現れたこの女性は彼女の特徴と一致している。オルフェをキメラにし、魔王の肉体を作り出した研究者。
「ああそうですライル! 私のこと、ついに気付いてくれたのですね!」
まるで恋する乙女のように目を輝かせてソフィリアは甲高い声を出していた。
「嬉しい! 本当に嬉しいわ! この時をずっと待っていたの!!」
だが何だかゾッとするようなそんな声だった。そのせいか、蒼は自然とミュスティーを庇うような動きをしていた。正直、彼女と自分が殴り合っても負ける気はしないと蒼が感じるほど華奢な女性だというのに。
サニーも蒼と同じ感覚を持った。息子がソフィリアの視界に入らないようゆっくりと移動する。
なぜ今こんなところに堂々と現れたのかわからないが、きっと目的は魔王だと思ったのだ。
しかし、いつまでたっても魔王の方に視線を向けることはない。ひたすらライルに話しかけ続けている。
「ねぇすごいでしょう! 私、魔王を作ったんですよ! あなたにもできなかったでしょう!」
「……ええ。作ろうと思ったことがないので」
「まあ! じゃあこのアイディアを考えついた私ってさらにすごいんだわ!!」
この辺りから蒼とレーベン、サニーとミュステイーを除く全員が戦闘体制に入っていた。
(オロオロしてるのは私だけか……)
実に頼もしい。アルフレド達は鋭い目をしてソフィリア・サルヴァドランから視線を逸らさない。だが、不気味な雰囲気はあれど彼女が物理的な強さがあるようには思えず、蒼には現状戦力過多な気がしてならない。
以外だったのはオルフェだ。すでにグリフォンへの変化を始めていた。溢れる怒りを抑えているようにも見える。
「キャハハ! グリフォンは死んでも恨みを忘れないのね!!! 私が殺したこと、しっかり覚えているなんて! ねぇねぇライル、ここまでグリフォンがしつこい性質持ちだってあなたも知らなかったでしょう?」
ライルは返事をしなかった。その途端、ソフィリアの表情が真顔へと変わる。
「ねえ? 聞いてる?」
「あなたは何をしにここへ来たのですか?」
じゃれ合う気などないのだと、はっきり態度で示すことにしたらしい。ライルはいつもの不機嫌な顔になっている。
「もぉ~相変わらずつれないんですねぇ」
口を片方だけ上げていた。だがライルが自分の回答を待っているのがわかると口を尖らせ渋々話し始める。
「……そんなの魔王を取り戻しにきたに決まっているでしょう。手駒に使えそうなの残っていなくって一人で来たんです」
「嘘はつかなくて結構です」
「えぇ~! その加護、いつまで借りてるんですかぁ?」
わざとらしくクスクスと笑って見せているが、顔は引き攣っていた。
「元の持ち主が死ぬまでの契約です」
メガネをクイッと動かしながらライルは答える。
(どの部分が嘘なの!?)
ここに来た目的? それとも単独できたということ? 彼女はライルの加護も、現在借り受けているウソを見抜く加護のことも知っていた。こちらの情報をどれだけ持っているのかも謎だ。
「お前、人間か?」
アレクサンドラはそう問いかけながらゆっくりとソフィリアに近づいていく。レイジーはすでに魔導書を取り出しており、ニーナも身体を大きくし威嚇をし始めた。翔はロッドを片手にソフィリアから目を逸らさない。
その時、これまでと違った低い声が蒼の耳に届く。
「外見だけが取り柄の脳筋女が話かけんじゃねぇよ……」
頬をヒクヒクとさせて嫌悪感を示していた。それもアレクサンドラにのみ。蒼はそれを見てドンドン恐怖が増してくる。大量の魔物に追いかけられている時よりも怖い。
「女としての嫉妬か? 嬉しいね。妬み嫉みは久しぶりだ」
ゆっくりと剣を抜く。アルフレドもそれに続いた。先ほどより表情が険しい。
しかし、最初にアクションを起こしたのは姉弟ではなかった。
「キャアッ」
ソフィリアの背後から急に人の手が伸び、ガッシリと彼女の身体を拘束した。オートマタだ。ライルがこっそりと呼び寄せ、気配もなく近づき、いくら彼女が振り解こうとしてもびくともしない。
「いい加減質問に答えてもらおう。お前は何者でこれから何をするつもりなんだ? この街の正面入り口に待機させている魔物についてはどう説明する?」
(入り口に魔物!?)
この街への正式なルートはまだ復旧できていない。無理やり通るようなことがあれば街自体がなくなってしまうという話を蒼は思い出していた。それでアルフレドもあんな顔をしていたのだ。
だがソフィリアは苦々しそうな顔をしてアレクサンドラを睨みつけたまま。
(うわぁ……答えたくなさそう……)
これから魔物を使って脅されるのだろうと蒼でも予想がついた。だがこうもあっさり捕まって、これからどうこうする手段があるのだろうかという疑問も湧く。
状況が状況なせいか翔がゆっくりと口を開いた。
「俺が正面に行きますよ。少しは働かなきゃ」
魔王浄化より難しいことはないでしょ、と。だがシノノメが首を横に振っている。今はまだ動かない方がいいと。武闘派組は急激な刺激しない方がいい相手だと直感的にわかったようだ。
「レイジー」
「その人、ほとんど魂が残ってないな。加護はなし。身体はツギハギだらけ……どうやって生き残ってるんだか……そこのグリフォンよりもよっぽど長生きしてるよ」
アレクサンドラに名前を呼ばれただけで必要な答えを出した。今回、心眼で見えるものはたくさんあったようだ。
そこでようやくソフィリアは口を開く。
「ライル! こんな人たちと一緒にいたはダメです。馬鹿が移ってしまうわ! あなたの大切な頭脳を——記憶を守らなきゃ!」
「あなたに心配していただくことは何もありません」
ここでようやく彼女の目的が見えてきた。
(本命はミュスティーじゃなくてライル・エリクシア!?)
ライル、ライル、ライルだ。当の本人は何やらすでにアレコレわかっているらしく、不快感を隠さずに顔に出していく。
「初代ライル・エリクシアの記憶によると、ソフィリア・サルヴァドランは初代に対してずっと付き纏いや嫌がらせを繰り返していますね」
「「ストーカー!?」」
蒼と翔の声がハモった。初代ライル・エリクシアは千年以上前の人物だ。初代からずっと彼に執着していたのだと思うと、蒼は自分が感じていた恐怖の正体が見えた気がした。
「もう! 違うでしょうライル! 肉体が違うと記憶の取り違えをしちゃうのかしら? 私達はライバルだったの! だけどとっても仲のいい同僚だったわ! まあ、なかなか素直には認めてくれなかったけどね。大丈夫。私にはわかっていましたから」
またも一瞬で恋する乙女モードに変わった。
「うわっ」
その時蒼は思い出した。初代ライル・エリクシアの日記には愚鈍な同僚についての悪口が書き連ねられていたことを。
(まさかこの人が!?)
どう考えても彼女が言っている内容と相違がある。
蒼の声が癇に障ったのか、ギョロリと瞳が声の方へと動いた。どうやらソフィリアは全ての女性は気に入らず、ライル以外の男性は視界に入らないらしい。
(やばっ)
オートマタに掴まれた身体をミシミシと言わせながら、蒼の方へ顔を向ける。
「こんななんの取り柄もなさそうな女のせいで……」
冷たい声だった。
「散々計画が狂ったのよ。どうしてくれるのかしら」
そうして愚痴愚痴と恨み言を話し続けた。
『与する者』が魔物を操りせっせと聖水を汚し、各地に瘴気を撒き散らし、コントロールしやすいよう徐々に魔王の力を高めようと計画していたのに、蒼達がことごとく浄化をしてしまったことを。
「挙げ句の果てに兵士や傭兵も治療してくれちゃって……迷惑極まりないったら」
長い時間をかけて計画していたことが、全て台無しになったのだと。
「もちろん勇者による妨害は想定済みですよ! だから本当に広範囲をしらみつぶしに汚染したんです!」
急にライルの方に首をぐるりとさせたソフィリアは、自分の計画が杜撰だったわけではない。想定外の人物が現れなければ計算通りだったと言いたげに。
勇者一行だけでは物量的に到底さばききれない量のはずだった。なのに想定外の蒼の存在によって計画が狂っていく。そうこうしている内に、ミュスティーの身体が勇者の血の影響が濃く出るようになってしまい、魔王の力がどんどんと弱まってしまった。
「馬鹿な手駒がそれに焦って自分達で世を乱そうなんて考えちゃって……まあ、上級神官達と潰し合いしてくれたならまだ救いがあったんだけど、結果はボロ負けよ? 英雄の末裔の肩書きが泣いちゃうわね」
これは悪意に満ちた言葉だった。この場にはその末裔がゴロゴロといる。
「急にベラベラと話して……どうしたんですか」
蒼はわかっていた。今、彼女と会話できるのは自分かアレクサンドラ。それからライルだけ。
(ライルと話をさせるのは癪だし、アレクサンドラさんとじゃ罵り合って話が進まなそうだし……)
だから蒼も腹を括って踏み込むことにした。今回ばかりは逃げているわけにはいかなさそうだ。
「そりゃあ話しても問題ないからに決まっているでしょう? そんなこともわからないなんて」
「……なら目的も教えてくださいよ」
話しても問題ない、ということは別に知られてもいいことだったのか、それとも……。
(この後この場にいる全員を消し去るつもりだから……とか?)
この嫌な予感は当たるような気がして気が重い。
「目的? 今後の研究に必要なもの全て取りに来たのよ」
「必要なもの……?」
この街の研究所にある何かだろうかと一瞬蒼は想像するが、答えは違った。
「魔王と勇者とライル・エリクシア」
邪悪な、満面の笑みだった。
「全員が一箇所にいるなんてなかなかないでしょう? しかも簡単に逃げられない街にいてくれるなんて」
ソフィリアの腕が、ミシミシと音を鳴らし続け最後に外れた。
「現役勇者と現役魔王よ! これからすごいモノが作れるわ! ライル! 私の側で見ていてくださいね! そうすれば私を認める気になるはずよ!」
痛みは全く感じていないようだった。ソフィリアは自分が口にした未来を想像して恍惚の表情を浮かべている。
(あ、これ逃げた方がいいやつ)
瞬時に察した。外れた腕が急激に動き出し、オートマタの手を離れ、そのまま勇者と魔王へと迫っていったのだ。しかも手のひらから刃物が出ている。
「そうか! 勇者の加護……!」
その加護は怪我を瞬時に治してしまうものだ。勇者の末裔の血を引く二人はたとえ刃物が当たっても即死でなければ問題ない。周りの人間を遠ざけつつ魔王と勇者を捕える気なのだ。彼ら二人は多少傷ついても問題ないのでここまで荒い対応ができる。
そして最悪なタイミングで、ここ海底都市で地鳴りが聞こえてきた。
「魔物だ!」
アルフレドの声に反応したフィアとニーナが音のする方へ飛び出した。
「召喚術ですか。腐っても一千年生きているということですね」
ライルは冷静だ。彼女が何もしないとは思っていなかった。メガネに触れると、海底都市にいるオートマタ五体が全て彼の前に揃う。
「刃には毒が塗ってあるぞ!」
レイジーが大声で注意するが、誰一人怯まずその腕へと向かっていっていく。
勇者の方は彼の仲間が。魔王の方には……。
「アオイ!?」
サニーが全身を使ってミュスティーを包み込んでいた。しかしさらにその上に蒼が覆い被さる。
(即死はダメ即死はダメ即死はダメ……!)
彼女も勇者と同じ加護を持っている。刺されたら痛いが、死ぬことはない。
「うっ……」
その刃は容赦なく蒼を貫いた。彼女の脇腹に刺さったそれは痛いというより熱く痺れるような感覚を蒼に与える。
(大丈夫。即死じゃない。大丈夫……)
そう自分に何度も言い聞かせた。今の蒼は恐怖より苛立ちの方が優っていた。あのソフィリアに誰も傷つけられたくない。ほんの擦り傷も許せそうになかった。自分を除いて。
(へへ……ザマアミロよ……)
ソフィリアの自分勝手な願望を叶えさせてなるものかと、もう一度刃物が邪魔者を刺そうと勢いよく向かってくるのがわかっていても、蒼は決してその場を動かなかった。体にギュッと力を込める。
「うわぁぁぁぁ!!!」
だがそんな姿の蒼に耐えられるわけがない。レーベンが大声を上げその腕に飛び掛かる。
「だめ! レーベン! 危ない!!!」
腕の矛先が少年へと向かったその時、一瞬でその刃物が粉々に砕けた。
「アルフレドさん……!」
アルフレドの赤い瞳は、まるで燃え上がっているように二人には見えた。
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