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第8章 世界の始まり
第15話 決断
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蒼は迷っていた。
(元の世界に戻るべき……?)
戻ればもう魔物に追われることもなく、安全で快適な家の中で好きな食事を食べ、スマートフォンでも触って、その日その日を生きることができる。
(安全な家はここにあるけど)
食事の方は限界がある。素材の種類には限りがあるからだ。娯楽も違う。家族や友人も。人生の大半を向こうに置いてきた。
『しょう君は!? しょう君も一緒ですか!?』
『いいえ。勇者は元々こちらの人間ですから』
蒼は見逃さなかった。リルケルラが答えたその一瞬、翔が少し寂しそうに笑ったのを。
(しょう君……もしかして……)
もしかして、元の世界に——彼からしたら育った世界へ戻れるのではないかと期待していたのではないかと、蒼は自分のことよりそちらが気になり始める。
『……返事は……すぐにしなくちゃいけませんか?』
『あまり長くは待てません。なんせ異世界同士を繋ぐのは我々でも簡単なことではありませんから。三日後、お返事を伺います』
リルケルラは驚くように目を見開いていた。蒼はきっとこの報告を大喜びするかと思っていたのだ。だが彼女が迷ったことに喜びも感じている。
御使は自分達の世界を愛している。その世界が認められたのだと受け取った。異世界の女性に。
蒼はその時からずっと、上の空のままぷらぷらと誰もいない海底都市を徘徊し続けていた。回答期限は明日。皆の前で悩むのも気が引けたというのもあるし、これは自分だけで決めるべきだと思ったからだ。
(帰れないって思ってたからなぁ~~~)
そう思っていたからこそ、この世界のいいところばかり見るようにしていた。そうでなければ元の世界が恋しくなって泣いてしまうかもしれない。それが蒼は嫌だった。そのままずるずる引きずってしまいそうで。
蒼は今、自分がどうすべきかわからない。
その上、彼女は翔のことも気になっていた。他人を心配する余裕などないというのに。
(こんな時でもどうすべき、なんて考えてるあたりが私って感じがするわ~)
少し自嘲的にもなる。
「どうしよう……どうしたいんだろ……」
口に出して問いかけてみても、その答えを知っているのは自分しかいない。
蒼は気が付くと何百年も育ち続けている大きな木の方へと足が向いていた。
(この木……魔物に倒されなくてよかった)
そっと木を撫でる。
——この木の種は大昔、私の血脈がここに運んだのだ。
「うわぁああ! なに!?」
蒼はひっくり返りそうになりながらキョロキョロと首を振る。すると、小さな竜が太い木の枝で体を休めていた。
「ニーナ!?」
竜の声は直接頭の中に届いていた。
——騒がしいやつだ。……なんだ。声だけではなくて頭の中もか。
ルチルから、ニーナとは頭の中で意思疎通ができるということを聞いてはいたが、蒼はかなり驚いている。なぜならアルフレドからは竜は心を許した相手としか会話をしないと聞いていたからだ。
「そりゃ考えるよ~元の世界に戻っても戻らなくっても自分の人生にとんでもなく影響が出るんだもん」
彼女には珍しく、いじけるような口調だ。選べるということがありがたいのはわかっている。だが選べない方が楽だったとも思ってしまっていた。
——好きな方の世界にいる。それでいいではないか。
竜は心底呆れるような声だ。蒼を見下ろしながら眉間に皺を寄せている。
「選べないくらいどっちも好きなんだよ~」
誰にも相談する気などなかったのに、ハッキリとした言葉を振りかけられたせいかついに迷いを口に出ていた。相手が竜という大いなる存在というせいでちょっぴり甘えも出ている。
——なぜ人間はいつもあれこれ難しく考えるんだ。どうせ答えなど出ない。選ばなかった方の人生を体験することなど不可能なのだから正解など存在しないぞ。
「うぅ……それはわかってるんだけど……」
わかっている。本当は自分がどっちを選びたいか。けどそうすると途端に選ばなかった方のことばかり考え初めてしまう。
(怖がって決断できないだけね)
自分ではない誰かの反応を気にしている。誰に相談することもないくせに。
「ニーナって面倒見がいいんだね~」
ルチルを育てたと聞いた時からなんとなくそう感じていたけど、と蒼は微笑んだ。
——……ルチルが不安がっている。早く結果を教えてやれ。
そういうと答えも聞かずに飛び去っていった。
つい先程まで思い詰めた顔をしていた蒼はもういない。スッキリとした表情で金の鍵を開け家の中へと入り、テレビの前に陣取った。
「リルケルラさん。ちょっと早いけど、決めました」
テレビの画面が明るくなった。
◇◇◇
アルフレドは蒼が元の世界に戻るかもしれないと聞いてから、誰が見ても明らかにショックを受けていた。もちろん彼は蒼に元の世界に戻って欲しくない。だが彼女や彼女の弟から聞いた異世界の話はどれも魅力的だった。
「ごちゃごちゃ悩むな! ここに居てくれとハッキリ言えばいいじゃないか!」
アレクサンドラは最近この弟にイライラしっぱなしだ。以前の弟はこんなことにウジウジと悩んだりはしなかった。婚約者のことも、自分にいいよるどんな令嬢にも冷めた目で対応していた。それはそれで問題があるとは思っていたが、これはこれで近くで見ていて苛立ちが募る。
「そ、そんなこと出来ない……アオイを困らせるようなこと……ただでさえ悩んでるのに」
「臆病者め! また尻尾を巻いて逃げるのか! どうせフられるのが怖いだけだろう!」
間髪入れずに姉から怒号が飛んでくる。アルフレドはゴニョゴニョと、そんなことはない……と言っているが誰にも聞こえてはいない。
その様子をレイジーが面白いものを見る目で眺めていた。
「どんな美人も笑顔でかわしてたアルフレドには見えねえなぁ~トリエスタの連中に今の姿を見せてやりたいぜ~」
「やっぱりモテてたんですか?」
シノノメはワクワクながらレイジーに尋ねる。案外こういう話が好きなようだ。
「オレが狙ってた女の子、ことごとくアルフレド狙いだったからな……今ようやく溜飲が下がったって感じ」
悪い顔をしながら悩めるイケメンを揶揄う。だがレイジーは同時に少し同情もしていた。長年アルフレドに一番近い女性はあのアレクサンドラだった。彼女が基準となればいい意味でも悪い意味でも通常の感覚で女性と関われないであろうと。
「あの……勇者様はいいんですか? アオイさんが元の世界に戻っても……」
レーベンが恐る恐る翔に尋ねた。誰も聞けなかったが、彼の今の気持ちももちろん知りたい。
レーベンは心底嬉しそうに、そして安心した表情で蒼に話しかける勇者を見ていたし、レイジー達は翔がずっと蒼に会いたがっていたのを知っていた。蒼は勇者にとって心の拠り所だったのだ。
「もちろん! 俺と違って家族もあっちにいるし。でも俺が何を言ってもあおいねーちゃんを困らせそうで……だからアルフレドさん。俺の代わりにねーちゃんに声をかけてもらえませんか」
「えっ」
勇者に指名され、アルフレドは動揺した。
「どっちに決めるにしても誰かに側にいてもらいたいと思います。ねーちゃん、いつも平気なふりしてるけど……ちゃんとダメージくらってるっていうか……本人が気付いてないのがまた心配になるんですよね」
困ったような微笑みだった。蒼が仕事を辞めてしばらくの堕落生活を見ている翔にはそれが簡単に想像ができたのだ。きっとなんだかんだ参っていると。
「あおいねーちゃんが一番信用してる人っていうか、ねーちゃんが甘えられるくらいの人ってそんなにいないし」
翔は蒼から以前受け取っていたスマートフォンの中身を見ていた。そこには彼女が旅した街の数々や、楽しそうにピース姿で写る蒼の姿。その隣にはいつもアルフレドがいた。
アルフレドはそれを聞いて顔を赤らめ嬉しそうに口元が緩んでいる。
だらしない! というアレクサンドラの声も聞こえた。
「まあ俺もその一人ですけど。今回は譲って差し上げます」
最後にちょっとだけ意地悪そうに笑った翔を見て、アルフレドはギョッとした後、急いで部屋を出て行った。
「いつからそんな悪い子勇者になっちまったんだ~?」
「大好きな隣のお姉ちゃん取られちゃうんだから、これくらいの意地悪許してほしいですね」
レイジーの揶揄いに翔はクスクス笑って答えた。
「おお! ショウから見て私の可愛い弟に見込みはあるか!?」
「う~~~ん……まあ、頑張ればそのうち?」
「……やっぱりか」
アレクサンドラはガックリと肩を落とした。
「大丈夫! 兄さまならずっとアオイと一緒にいるよ! だからそのうちがやってくるはず!」
フィアが尻尾を振りながらもういない兄を応援した。
◇◇◇
「アオイ!」
ちょうど大樹の側から蒼が門を開けて外へ出てきた。
「あれ? アルフレド?」
どうしたの? と尋ねる蒼の表情は微笑んでいるのに少しだけ寂しげだった。
(……勇者の言う通りだ)
自分がどちらの世界で生きていくか、大きな決断だ。気持ちに負担がかかるのは当たり前なのに、そんなことにも気付いてあげれれなかったと、アルフレドはまたも自己嫌悪。だが、今はそんなのに浸っていられないのもわかっている。
「そ、その……一緒にいようと思って……あーほら、気分転換にもなればと……」
蒼はしばらくキョトンとした後、アルフレドの真意に気がついたようだ。心配して気を遣ってくれていると。
「ありがと」
へへっと照れくさそうに笑った。アルフレドはもう彼女の笑顔だけで満たされている。
もう一歩彼女に近付こうとした時、
「今、御使に返事してきちゃった」
「……え?」
一瞬、アルフレドは自分の心臓が止まった気がした。何も考えられなくなった。なのに口からは言葉が溢れ出したのだ。
「アオイ……戻らないで……この世界にいて……なんでもするから……お願いだ……一緒にいたいんだよ……」
(ああ。言ったらダメなのに)
なんて格好悪いんだろう。ただ子供のようにすがることしか出来ないなんて。蒼の幸せより自分の幸せを望んでいるといっても過言でない発言だ。何より、なんて重い発言をしてしまったんだろうと、全て吐き出してから思考が巡り始める。
「戻らないよ」
蒼は真っ直ぐアルフレドを見ていた。
「残留決定!」
そうしてアルフレドの目の前にピースサインを突き出した。
「そう言ってくれて嬉しい~~~! 元の世界に戻った方がいいよ、なんて言われたらどうしようかと思ってた!」
またも照れるように、そして心底ホッとしたように微笑んだ。
「……よ、よかった……」
ヘロヘロになったアルフレドは心の底から親愛を込めて蒼を抱きしめる。蒼もその背中にギュッと腕を回した。
だが長くは続かない。
「さ! ちょっとしょう君のところに行かなきゃ! 研究所にいる?」
「え……あ、ああうん!」
余韻に浸りたかったところだが、蒼はちょっぴり急いでいる。なぜならあまり時間がないからだ。
だが彼女はもういつも通りだった。手放してしまった世界の未来を想う余韻が吹っ切れたと言ってもいい。
なんせ自分がこの世界で生きることをこれほど望んでくれている人がいるとすぐにわかったからだ。嬉しくないわけがない。
バタン! と、大きな音を立てて研究所の休憩室の扉が開かれた。
「しょう君!」
「あれ? あおいねーちゃん!」
「即答して!」
「え? ん?」
「元の世界に戻りたい!?」
「……え?」
翔は即答しなかった。その質問の意図を考え始めたからだ。
「だめ! 即答!」
「え!? え!? でもっ!」
「5、4、3、2、1……」
蒼が突如始めたカウントダウンに翔は考えを阻めれアワアワと慌てた。そして、
「帰りたい!!!」
扉の方へ向かって叫んだ。
「帰れるよ!!!」
ニカッと笑った隣の家のお姉さんの顔が見えた。
(元の世界に戻るべき……?)
戻ればもう魔物に追われることもなく、安全で快適な家の中で好きな食事を食べ、スマートフォンでも触って、その日その日を生きることができる。
(安全な家はここにあるけど)
食事の方は限界がある。素材の種類には限りがあるからだ。娯楽も違う。家族や友人も。人生の大半を向こうに置いてきた。
『しょう君は!? しょう君も一緒ですか!?』
『いいえ。勇者は元々こちらの人間ですから』
蒼は見逃さなかった。リルケルラが答えたその一瞬、翔が少し寂しそうに笑ったのを。
(しょう君……もしかして……)
もしかして、元の世界に——彼からしたら育った世界へ戻れるのではないかと期待していたのではないかと、蒼は自分のことよりそちらが気になり始める。
『……返事は……すぐにしなくちゃいけませんか?』
『あまり長くは待てません。なんせ異世界同士を繋ぐのは我々でも簡単なことではありませんから。三日後、お返事を伺います』
リルケルラは驚くように目を見開いていた。蒼はきっとこの報告を大喜びするかと思っていたのだ。だが彼女が迷ったことに喜びも感じている。
御使は自分達の世界を愛している。その世界が認められたのだと受け取った。異世界の女性に。
蒼はその時からずっと、上の空のままぷらぷらと誰もいない海底都市を徘徊し続けていた。回答期限は明日。皆の前で悩むのも気が引けたというのもあるし、これは自分だけで決めるべきだと思ったからだ。
(帰れないって思ってたからなぁ~~~)
そう思っていたからこそ、この世界のいいところばかり見るようにしていた。そうでなければ元の世界が恋しくなって泣いてしまうかもしれない。それが蒼は嫌だった。そのままずるずる引きずってしまいそうで。
蒼は今、自分がどうすべきかわからない。
その上、彼女は翔のことも気になっていた。他人を心配する余裕などないというのに。
(こんな時でもどうすべき、なんて考えてるあたりが私って感じがするわ~)
少し自嘲的にもなる。
「どうしよう……どうしたいんだろ……」
口に出して問いかけてみても、その答えを知っているのは自分しかいない。
蒼は気が付くと何百年も育ち続けている大きな木の方へと足が向いていた。
(この木……魔物に倒されなくてよかった)
そっと木を撫でる。
——この木の種は大昔、私の血脈がここに運んだのだ。
「うわぁああ! なに!?」
蒼はひっくり返りそうになりながらキョロキョロと首を振る。すると、小さな竜が太い木の枝で体を休めていた。
「ニーナ!?」
竜の声は直接頭の中に届いていた。
——騒がしいやつだ。……なんだ。声だけではなくて頭の中もか。
ルチルから、ニーナとは頭の中で意思疎通ができるということを聞いてはいたが、蒼はかなり驚いている。なぜならアルフレドからは竜は心を許した相手としか会話をしないと聞いていたからだ。
「そりゃ考えるよ~元の世界に戻っても戻らなくっても自分の人生にとんでもなく影響が出るんだもん」
彼女には珍しく、いじけるような口調だ。選べるということがありがたいのはわかっている。だが選べない方が楽だったとも思ってしまっていた。
——好きな方の世界にいる。それでいいではないか。
竜は心底呆れるような声だ。蒼を見下ろしながら眉間に皺を寄せている。
「選べないくらいどっちも好きなんだよ~」
誰にも相談する気などなかったのに、ハッキリとした言葉を振りかけられたせいかついに迷いを口に出ていた。相手が竜という大いなる存在というせいでちょっぴり甘えも出ている。
——なぜ人間はいつもあれこれ難しく考えるんだ。どうせ答えなど出ない。選ばなかった方の人生を体験することなど不可能なのだから正解など存在しないぞ。
「うぅ……それはわかってるんだけど……」
わかっている。本当は自分がどっちを選びたいか。けどそうすると途端に選ばなかった方のことばかり考え初めてしまう。
(怖がって決断できないだけね)
自分ではない誰かの反応を気にしている。誰に相談することもないくせに。
「ニーナって面倒見がいいんだね~」
ルチルを育てたと聞いた時からなんとなくそう感じていたけど、と蒼は微笑んだ。
——……ルチルが不安がっている。早く結果を教えてやれ。
そういうと答えも聞かずに飛び去っていった。
つい先程まで思い詰めた顔をしていた蒼はもういない。スッキリとした表情で金の鍵を開け家の中へと入り、テレビの前に陣取った。
「リルケルラさん。ちょっと早いけど、決めました」
テレビの画面が明るくなった。
◇◇◇
アルフレドは蒼が元の世界に戻るかもしれないと聞いてから、誰が見ても明らかにショックを受けていた。もちろん彼は蒼に元の世界に戻って欲しくない。だが彼女や彼女の弟から聞いた異世界の話はどれも魅力的だった。
「ごちゃごちゃ悩むな! ここに居てくれとハッキリ言えばいいじゃないか!」
アレクサンドラは最近この弟にイライラしっぱなしだ。以前の弟はこんなことにウジウジと悩んだりはしなかった。婚約者のことも、自分にいいよるどんな令嬢にも冷めた目で対応していた。それはそれで問題があるとは思っていたが、これはこれで近くで見ていて苛立ちが募る。
「そ、そんなこと出来ない……アオイを困らせるようなこと……ただでさえ悩んでるのに」
「臆病者め! また尻尾を巻いて逃げるのか! どうせフられるのが怖いだけだろう!」
間髪入れずに姉から怒号が飛んでくる。アルフレドはゴニョゴニョと、そんなことはない……と言っているが誰にも聞こえてはいない。
その様子をレイジーが面白いものを見る目で眺めていた。
「どんな美人も笑顔でかわしてたアルフレドには見えねえなぁ~トリエスタの連中に今の姿を見せてやりたいぜ~」
「やっぱりモテてたんですか?」
シノノメはワクワクながらレイジーに尋ねる。案外こういう話が好きなようだ。
「オレが狙ってた女の子、ことごとくアルフレド狙いだったからな……今ようやく溜飲が下がったって感じ」
悪い顔をしながら悩めるイケメンを揶揄う。だがレイジーは同時に少し同情もしていた。長年アルフレドに一番近い女性はあのアレクサンドラだった。彼女が基準となればいい意味でも悪い意味でも通常の感覚で女性と関われないであろうと。
「あの……勇者様はいいんですか? アオイさんが元の世界に戻っても……」
レーベンが恐る恐る翔に尋ねた。誰も聞けなかったが、彼の今の気持ちももちろん知りたい。
レーベンは心底嬉しそうに、そして安心した表情で蒼に話しかける勇者を見ていたし、レイジー達は翔がずっと蒼に会いたがっていたのを知っていた。蒼は勇者にとって心の拠り所だったのだ。
「もちろん! 俺と違って家族もあっちにいるし。でも俺が何を言ってもあおいねーちゃんを困らせそうで……だからアルフレドさん。俺の代わりにねーちゃんに声をかけてもらえませんか」
「えっ」
勇者に指名され、アルフレドは動揺した。
「どっちに決めるにしても誰かに側にいてもらいたいと思います。ねーちゃん、いつも平気なふりしてるけど……ちゃんとダメージくらってるっていうか……本人が気付いてないのがまた心配になるんですよね」
困ったような微笑みだった。蒼が仕事を辞めてしばらくの堕落生活を見ている翔にはそれが簡単に想像ができたのだ。きっとなんだかんだ参っていると。
「あおいねーちゃんが一番信用してる人っていうか、ねーちゃんが甘えられるくらいの人ってそんなにいないし」
翔は蒼から以前受け取っていたスマートフォンの中身を見ていた。そこには彼女が旅した街の数々や、楽しそうにピース姿で写る蒼の姿。その隣にはいつもアルフレドがいた。
アルフレドはそれを聞いて顔を赤らめ嬉しそうに口元が緩んでいる。
だらしない! というアレクサンドラの声も聞こえた。
「まあ俺もその一人ですけど。今回は譲って差し上げます」
最後にちょっとだけ意地悪そうに笑った翔を見て、アルフレドはギョッとした後、急いで部屋を出て行った。
「いつからそんな悪い子勇者になっちまったんだ~?」
「大好きな隣のお姉ちゃん取られちゃうんだから、これくらいの意地悪許してほしいですね」
レイジーの揶揄いに翔はクスクス笑って答えた。
「おお! ショウから見て私の可愛い弟に見込みはあるか!?」
「う~~~ん……まあ、頑張ればそのうち?」
「……やっぱりか」
アレクサンドラはガックリと肩を落とした。
「大丈夫! 兄さまならずっとアオイと一緒にいるよ! だからそのうちがやってくるはず!」
フィアが尻尾を振りながらもういない兄を応援した。
◇◇◇
「アオイ!」
ちょうど大樹の側から蒼が門を開けて外へ出てきた。
「あれ? アルフレド?」
どうしたの? と尋ねる蒼の表情は微笑んでいるのに少しだけ寂しげだった。
(……勇者の言う通りだ)
自分がどちらの世界で生きていくか、大きな決断だ。気持ちに負担がかかるのは当たり前なのに、そんなことにも気付いてあげれれなかったと、アルフレドはまたも自己嫌悪。だが、今はそんなのに浸っていられないのもわかっている。
「そ、その……一緒にいようと思って……あーほら、気分転換にもなればと……」
蒼はしばらくキョトンとした後、アルフレドの真意に気がついたようだ。心配して気を遣ってくれていると。
「ありがと」
へへっと照れくさそうに笑った。アルフレドはもう彼女の笑顔だけで満たされている。
もう一歩彼女に近付こうとした時、
「今、御使に返事してきちゃった」
「……え?」
一瞬、アルフレドは自分の心臓が止まった気がした。何も考えられなくなった。なのに口からは言葉が溢れ出したのだ。
「アオイ……戻らないで……この世界にいて……なんでもするから……お願いだ……一緒にいたいんだよ……」
(ああ。言ったらダメなのに)
なんて格好悪いんだろう。ただ子供のようにすがることしか出来ないなんて。蒼の幸せより自分の幸せを望んでいるといっても過言でない発言だ。何より、なんて重い発言をしてしまったんだろうと、全て吐き出してから思考が巡り始める。
「戻らないよ」
蒼は真っ直ぐアルフレドを見ていた。
「残留決定!」
そうしてアルフレドの目の前にピースサインを突き出した。
「そう言ってくれて嬉しい~~~! 元の世界に戻った方がいいよ、なんて言われたらどうしようかと思ってた!」
またも照れるように、そして心底ホッとしたように微笑んだ。
「……よ、よかった……」
ヘロヘロになったアルフレドは心の底から親愛を込めて蒼を抱きしめる。蒼もその背中にギュッと腕を回した。
だが長くは続かない。
「さ! ちょっとしょう君のところに行かなきゃ! 研究所にいる?」
「え……あ、ああうん!」
余韻に浸りたかったところだが、蒼はちょっぴり急いでいる。なぜならあまり時間がないからだ。
だが彼女はもういつも通りだった。手放してしまった世界の未来を想う余韻が吹っ切れたと言ってもいい。
なんせ自分がこの世界で生きることをこれほど望んでくれている人がいるとすぐにわかったからだ。嬉しくないわけがない。
バタン! と、大きな音を立てて研究所の休憩室の扉が開かれた。
「しょう君!」
「あれ? あおいねーちゃん!」
「即答して!」
「え? ん?」
「元の世界に戻りたい!?」
「……え?」
翔は即答しなかった。その質問の意図を考え始めたからだ。
「だめ! 即答!」
「え!? え!? でもっ!」
「5、4、3、2、1……」
蒼が突如始めたカウントダウンに翔は考えを阻めれアワアワと慌てた。そして、
「帰りたい!!!」
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実は、彼女が「無能」と言われていたのは、その力が『洗浄』と『浄化』に特化した特殊な聖女の魔力だったから。
レティシアが掃除をすれば、呪いの瘴気は消え去り、枯れた大地には花が咲き、不気味だった公爵城はまたたく間にピカピカの聖域に塗り替えられていく。 さらには、呪いで苦しんでいたアレクシスの素顔は、見惚れるほどの美青年で――。
「レティシア、君は一体何者なんだ……? 体が、こんなに軽いのは初めてだ」
冷酷だったはずの公爵様から、まさかの執着と溺愛。 さらには、呪いが解けたことで領地は国一番の豊かさを取り戻していく。
一方で、レティシアを捨てた実家は、彼女の『浄化』を失ったことで災厄に見舞われ、今さら「戻ってきてくれ」と泣きついてくるが……。
「私は今、お城の掃除と旦那様のお世話で忙しいんです。お引き取りくださいませ」
これは、掃除を愛する薄幸令嬢が、その愛と魔力で死神公爵を救い、最高に幸せな居場所を手に入れるまでのお話。
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