悪役令嬢は推しのために命もかける〜婚約者の王子様? どうぞどうぞヒロインとお幸せに!〜

桃月とと

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第三部 元悪役令嬢は原作エンドを書きかえる

28 怪文書

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 早いものでついに学院での最後の一年が始まる。

「ここからが本番ね……!」

 泣いても笑ってもあと一年。ラストスパート、と言ってもいい。
 寮の自室の鏡の前で自分自身に言い聞かせる。
 
「お嬢様、お時間です」

 ノックの後、扉の向こうでエリスの声がした。
 彼女の運命はすでに大きく変わっている。原作――シャーロット様の予知夢では、彼女は最期までリディアナに付き従い、私を庇って命を落とす。

(絶対にそんな目に合わせられないって思ってたけど……)

 だから彼女の有能さに頼りたいこともあったが、できるだけからは遠ざけていた。その甲斐もあってかエリスは来年結婚することに決まったのだ。第八騎士団の副団長と。

(なにがどう変わるかわからないもんねぇ)

 出だしは上々! さらにさらに、かねてから探し求めていた龍王シャーロットの居所も随分と絞られてきた。

「結局ルーベル領なんだもんなぁ~」

 予想通りというか、意外性がないと言うか、オッカムの剃刀というか……。
 歴史上存在したと思われる結界について片っ端から調べ尽くした結果、はるか昔にルーベル領で数か所、意図的に魔力溜まりに蓋をするのを目的とした結界魔術が施されている可能性が判明した。以前のように事前がばれて逃げられても困る。そのためギリギリまで悟られないよう動かなければならない。

(大昔の記録だけど……元々いた洞窟と同程度の魔力溜まりってことは、まだ龍王として完成はしてないはず)

 原作情報を基に考えると、龍王が目覚めるための魔力補充が足りないと踏んでいる。もちろん絶対ではないので、こちらの準備が整い次第行動に出るつもりだ。唯一の問題はそれが二ヵ所あること。霊樹の跡地と廃教会……それまでにどちらか判明するといいのだが……。

 いいことはもう一つある。それは半年前に依頼していた対龍王の新薬がもう間もなく完成すると連絡が来たことだ。龍化を無効化……もしくは妨げる薬、つまりシャーロット様が龍王になっていたとしても人間に戻すことができる。ユニコーンのツノ様様だ。アイリスの愛馬よありがとう!

薬はすでに完成してるんだけど……)

 こちらは最終手段にしておきたい。今はまだ、シャーロット様はなにもしていない。誰も傷つけていないのだから。

「アリア……! 久しぶり!」
「リディアナ様!」

 寮の玄関ホールで久しぶりにアリアに再会した。久しぶり、といってもルイーゼをヴィンザー帝国へ送り出した日には会ったので約一ヶ月ぶりだ。

「……大丈夫?」
「ええもちろん! 早くスッキリするといいのですが。また明日、母の元へ帰らなければならなくて」
「なにか手伝えることがあれば……」
「まあ! それはこちらのセリフですわ! ……こんな時に申し訳ありません」

 強気な笑顔だった彼女が、急に心底申し訳なさそうな表情へと変わった。龍王の件がなにより最優先なのに、なにも役に立てない……そんな自分が許せないのだ。そういう女性だ、アリアは。
 アリアは……というか、アリアの両親は今、離婚協議中。父親側が今更ゴネているのだ。別れたくないと。
 それはもう泥沼の離婚劇となっており、社交界の大きな話題となっている。最初は強気だったアリアのお母様だが、流石に滅入ってしまったらしく、アリアが側にいると心強いのか落ち着くのだそうだ。

(気持ちわかるな~アリア、芯のある人だから一緒にいて安心するというか……)

 彼女の父親の身勝手具合を知っているので、もちろん私はアリアのお母様の味方だ。私が味方だということは、第一王子のレオハルトも味方だし、ライアス辺境伯の次男であるフィンリー様も味方だし、ヴィンザー帝国次期皇帝の寵愛を受けたルイーゼの実家――婚約者の実家であるオルデン家も味方だ。平民出のお母様の大きな後ろ盾となっていると感謝されてしまった。

「お父様も自分勝手が過ぎます。この辺りで痛い目を見ていただきましょう」
「……痛い目見るのがわかってるから離婚を拒否してるんだろうね~……」
「もう遅いというものです」

 再びニヤリ、と強気な横顔が見えた。そして、

「……例の家、流石に私には接触してきませんが私の母方の親戚に声をかけているようです……あちら母の実家に戻った際にうまく探りますので」

 アリアは魔力量が多い。家系的にも魔力量に恵まれているので、以前からルーベル家の接触はあったのだ。

「ありがとう……でも、気を付けて」
「それはもちろん。しくじったりはいたしません。このくらい役に立たなければ」

 フッとこれまたカッコよく微笑んだ。

(うん。やっぱりアリアがいるだけで心強いな)

 学院の様子も安定している。新学期となって我々が集められた大講堂の中では、最終学年としての心得を教師が語っている。学年が上がったことで浮足立ったようにソワソワしている学生も多い。あと一年で王都が龍王に襲われるとは誰も思っていないだろう。もちろん、卒業式のパーティで公爵令嬢に虐殺される未来が存在したとも知らない。

『例の件の準備は終わっておりますので』
『まだ新学期も始まってないのにもう卒業式のことを考えるなんてね』

 一ヶ月前、表情を変えないままのジェフリーにこれまた安心感を覚える。例の件、とは私が卒業式のパーティで学友を虐殺した、という新聞を撒く計画の事だ。これはアリバラ先生の予知夢への対抗手段、というより私を安心させるためにレオハルトが考えてくれた作戦なのだが、お陰でずいぶんと気が楽になっている。

(まあ、卒業パーティの日は学院の外に出るつもりだけど)

 王子の婚約者である私がいないのはちょっとばかり具合はよくないが、物理的に不可能にするのだ。とはいえ予知夢ではその後すぐに龍王が王都を襲うのでそれほど遠くへはいけないが。

(それもこれも、それまでに龍王をどうにかできない場合だけど)

 準備は着々と進んでいる。安心材料も揃いつつある。

(大丈夫大丈夫……)

 何度も何度もいい未来を想像する。さくっと全て上手くいって、卒業パーティに出席して皆で笑いあうのだ。
 
「……アイリスは間に合わなかったんだ」
「ライアス領は遠いからねぇ」

 ルカがキョロキョロしながらアイリスを探していた。長期休みは領地に帰る生徒が多い。レオハルトとジェフリーもライアス領へと出向いていた。今回は遊びではなく、他国からの来賓対応のためだ。もちろんフィンリー様も同席する。
 こんな感じで貴族の子弟達は学院の初日に間に合わないこともよくあるので、特に気になることではないのだが、ルカも友人達との久しぶりの再会を楽しみにしていたのだ。
 アイリスは今回の帰郷を最後に卒業式まで『初代聖女の村』には戻らないと決めていた。十分な休息と準備をするつもり、と言っていたのでこんなこともあるだろう……と思っていたのだが……。

「リディアナ様……! ア、アイリスが!! 連れ去られました!!!」

 講堂を出てすぐ、ボロボロの姿のアランが息も絶え絶えに駆け込んできた。周囲も騒然としている。学院の制服があちこち切り刻まれ、腕や足や頬から血が流れていた。私の方は一瞬で血の気が引いていく自分の体を他人事のように感じてしまう。だが、それも一瞬。

「どこで!?」

 アランに触れながら尋ねる。私の治癒魔法でシュワシュワと傷が治っていった。

「学園都市に入る少し手前で……北の方へ……!」

 騒ぎを聞いて教師達も駆けつけてきた。アイリスとアランが乗っていた馬車の御者がすでに駐屯兵に助けを求めており、アランは一人怪我をしたまま私の元へとひたすら走ってきたのだ。

『あたしになにかあったらすぐにリディアナに知らせて』

 そうアイリスに言われていた。

 そう、私とアイリスは二学年の終わる頃、怪文書を受け取っていたのだ。それは学生寮の扉の下に挟まれていた。

【ルーベル家に狙われている】

 ただその一文だけだったが、我々には思い当たる節がある。

『魔力狙いか……』

 これまでその可能性を考えないことはなかったが、私やアイリスという目立つ存在を攫うリスクを取るより、魔力量の豊富な魔獣や魔石を手に入れる方が確実だ。だからあくまで最低限の警戒に留まっていた。

(誰がリークしてくれたんだろう)

 脅しのようには思えなかったのだ。この文章がなければここまで警戒を深めることはなかった。準備なしに不意打ちされたら危なかっただろう。ルーベル家にスパイに入っている誰かがいるのだろうか。

(『王の目と耳』とか?)

 もしそうなら直接知らせが入りそうだし、なんなら私に護衛が付く……。なんにせよ、この警告の後からより一層注意をしていたのだ。決して一人にならないよう、そしてもしも攫われるようなことがあったら……。
 
 ルカはアランが駆けつけてすぐ、自室へと走っていた。そうして息を切らしながらすぐに戻ってくる。

「いつでも行けるよ!」

 手には大きめのコンパクトが握りしめられていた。

「リディアナ様……!」
「アリア! あとのことはよろしく頼みます!」
「……頼まれました!」

 よりにもよって人数がいない時に。これを狙われていたのかもしれないが。

(あの怪文書に感謝ね)

 あれのお陰で万が一の計画を立てることができていた。アリアはすぐにアリバラ先生へ連絡してくれるだろう。

「君達! 待ちなさい……!」

 教師陣が止めにかかるが、もちろん止まる気はない。

「申し訳ありません! あとは駐屯所へお尋ねください!」

 令嬢らしからぬ大声で声をかけ、ルカとアランと共に全力で馬小屋へと走る。兎にも角にもアイリスの元へと向かわなければ。

 だが、馬小屋についてこの日さらに驚くことになるとは思ってもいなかった。

「ライザ! ……様!?」

 いつも通り小綺麗に着飾ったライザが(というより彼女のお付きが)馬をいつでも出発できるよう装具まで付け準備していたのだ。明らかに私達を待っていた、という佇まいでこちらに視線を送っている。

「立場もわきまえぬ愚か者に、目に物見せてやりなさい!」
「な、なにを!?」

 ここにきて急に私は動揺したのだ。ライザが一体何を言っているのか、何がしたいのかわからなかった。

「なにをぼーっとしているのです!? あなたは第一王子の婚約者なのですよ!? なのにルーベル家ごときに舐められて黙っているなんて!」
「え!?」

 まさかライザが!? とあれこれ考えている途中でさらに彼女に急かされ、そのまま馬に跨り出発した。

「あ、ありがとう!!」

 きっちりお礼は叫んだが、彼女に届いただろうか。
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