悪役令嬢は推しのために命もかける〜婚約者の王子様? どうぞどうぞヒロインとお幸せに!〜

桃月とと

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第三部 元悪役令嬢は原作エンドを書きかえる

42 目標達成

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 追い詰められた黒龍が地響きのような声で唸り始めた。レオハルトに半分抱えられながら、アイリスもシャーロット様の核の傍まで辿り着く。

「わ~……高~い……ッ」

 緊張気味にアイリスは、シャーロット様の肩のあたりから地面を見下ろしていた。

「正念場だな」

 一緒にやって来たレオハルトは黒龍を睨みつけ、先ほどより強力な魔術で黒龍の核を狙っていく。

 地表でジェフリーとフィンリー様が、レオハルトとシャーロット様の攻撃でふらついた黒龍に横から衝撃を与え、足元を崩した。すでに二人共肩で息をしているが、集中力は切れていない。

 とはいえ黒龍の方も”唯一”の龍になることを諦めてはおらず、大きな咆哮と共に黒く禍々しい光が口元に集まりつつあった。だが突然、それが外へ放たれる前に弾け、黒龍は自爆状態となってしまう。自慢の牙も欠けてしまっていた。

(今、一瞬閃光が!?)

 音もなく黒龍の口元を貫いたのを確かに見た。これは……、

「ルカ!!」
「いい一撃入ったでしょ」

 お待たせ! と、上空から現れた弟は、”龍を人へ戻す薬”をレオハルトに手渡す。

「黒龍はこのまま倒して、薬はシャーロット様に使おう」

 視線は龍達へ向けたまま、ルカは至極当然とばかりに真剣な顔でそう言った。

「……父に何か言われたか?」
「ううん。シャーロット様に使った方が皆幸せじゃん? だいたい僕、ルーベル伯嫌いなんだよね」 

 冗談のようなセリフだが、ルカの表情は変わらない。

「そうね。このまま押し切りましょう」

 私はすぐさまルカの意見に同意したが、レオハルトは渋い顔だ。気が付けば、私よりよっぽどレオハルトの方が冷静で、大人な考え方をするようになっていた。

「……シャーロット様はアイリスが核を結界で包めば落ち着かれるかもしれない。そうすれば新たな薬を待つ時間稼ぎも可能だ。だからどうしてもの場合は黒龍の方にこの薬を使う。それでいいか?」
「異議なーし」

 今度はアイリスが一番にレオハルトに同意した。実際、落ち着いて考えればその通りなので、私もルカも黙って頷く。どうも私達姉弟はいまだに直情的だ。

 だがそうすると決めると、さらなるやる気がわいてくる。

(黒龍を倒しちゃえばいいのよ! ……あと少し、あと少し!!)

 だが一瞬で空気が――世界が歪んだように感じた。
 
「次が来るぞ!」

 フィンリー様の声がここまで届く。兵士達もその場から離れ始めていた。膨大なエネルギーが一ヵ所に……黒龍の核の前に圧縮し始めている。”死”が肌に触れているのを感じた。

「お逃げください! 今度は防げません!! 早くっ!! 早く!!」

 悲鳴に近いジェフリーの叫び。黒龍の視線は明らかに白龍の――私達の方を向いている。

「あたしが防ぐ! アレ、シャーロット様でもくらったら絶対ヤバい!! 三人は早く逃げて!」
「ダメだ! あれはアイリスの結界でも防げない!!」
「じゃあどうしろって言うのよ!」

 半泣きで私達をシャーロット様の上から追い出そうと、アイリスはパニックになっているようだった。聖女の末裔の力を加味しても、まがいものとはいえ”龍王”と冠する存在と一人でやり合うのは難しい。

(冷静に……落ち着いて……)

 先ほどのレオハルトを見習って、私は小さく短く息を吐き出した。

「……カルヴィナ家を見習いましょう。ちょっと悔しいけど」
「!!」

 そっとアイリスの肩に手を置くと、私が何を提案したかすぐに理解できたようだ。慌てて涙を拭っている。

「一発勝負だな」
「コントロールは任せてよ」

 頼もしい男子二人の返事。
 魔術の合わせ技だ。最後の戦いに実に相応しいじゃないか。

「いつもの防御魔法みたいに攻撃を吸収は出来ないだろうから、うまく反射させてみるっ……!」

 城周りの結界が壊れちゃうかもしれないけど……と、すでにひび割れの見える結界を苦々しそうにアイリスは睨みつけた。

 アイリスの防御魔法に私は魔力を提供し、レオハルトには攻撃に対する強度を見極めてもらう。ルカは反射した攻撃が市街地へ向かないよう、防御魔法の形や範囲の調整役だ。

「フィンリー様!! ジェフリー!! 攻撃を反射させます! 変なところに飛んで行ったら対処を!!」
「わかった!! こっちは任せてくれ!! 頑張れよ!!」

 フィンリー様が手を上げてニコッとこんな時なのに微笑んだ。フッと肩の力が抜けていくのを感じる。

 足元のシャーロット様はなんとか自我を保とうと必死になっているようだった。湧き上がる怒りに震えながら、黒龍と同じく、相手を消し去ってしまいたい衝動をなんとか抑え込んでいる。自分が市街地を守る結界を壊してしまわないように。そして、自分が攻撃をよけてに被害がいかないよう、足元にグッと力を入れていた。

「来たよ!!」
「出し惜しみなしだ!!」
「アイリス! 思いっきりやっちゃって!!」

 私達の掛け声と同時に、アイリスの瞳と手のひらから聖女の紋章が浮かび上がり、シャーロット様の前方に大きな魔法陣となって現れる。

(覚醒した!! 『アイリスの瞳』だ!!)

 アイリスの……聖女の末裔の本領発揮だ。不謹慎だが、私はなんだか物語のクライマックスをすぐ目の前で見ているようで恐怖心がどこかへ飛んで行ってしまっていた。
 
「はっはーーーん! あたしの勝ちね!!」

 私と同じような感覚をアイリスも抱いたようだ。なんせ原作で覚醒後の力を予め知っている。原作ではシャーロット様版龍王の攻撃も防いでいた。自信も湧くというものだ。

 轟音と共に、黒龍からのどす黒い閃光がアイリスの防御魔法に激突する。だが、その禍々しい光は私達の予定通り上空の結界へとはじき返された。

「ッ! やっぱり結界が割れちゃったか……!」

 まるで虹の破片のようになって結界が崩れる。私が加護を使って結界破壊したのとはまた別の反応だ。

 一部の漏れた閃光が城や市街地に向かって向かって行ったが、フィンリー様とジェフリーがうまくそらし、空の彼方へと消えて行った。

 黒龍はあれが最期の力だったのか、音を立ててその首を地面に横たえる。一瞬の静寂があたりを包んだ。

(やった……!)

 ついに! そう思った途端、体がよろける。ギリギリでレオハルトが受け止めてくれた。

「魔力切れだな」

 黒龍も、私達も。だがこれで一息いれられる。あとはアイリスにシャーロット様の核に結界を張ってもらい、人間に戻す薬を投与すればきっと……!

「まだだ!!」

 フィンリー様の声が耳をつんざいた。
 黒龍に巨大な爪が一瞬でこちらに向かってきたのだ。

「シャーロット様!!」

 私達を守ろうとして身を呈した白龍の首元が大きく切り裂かれてしまった。悲鳴のような鳴き声が城中に響く。だが、シャーロット様は黒龍から目を背けなかった。

 黒龍は……デルトラ・ルーベルは笑っていた。瞳が元に戻っている。

「アイリス! アイリス!!」
「任せて……!」

 彼女もそろそろ限界だ。それでも絞り出すかのようにシャーロット様の治療を進める。もちろん私も。

「レオハルト様ッ!」
「わかってる……!」

 シャーロット様の身体から飛び降り、レオハルトは黒龍の口の中へ薬瓶を放り込んだ。ルカが薬瓶に雷矢のような一撃を放ち、飛び出した薬を、さらに地上にいたフィンリー様とジェフリーが押し込むかのように風の魔術で包み込んで体内へと入れこむ。

――ガァァァァ

 薬の効果はすぐに出た。黒龍の身体はどんどんと小さく縮んでいく。ほんの数十秒後、傷だらけのデルトラ・ルーベルが地面に転がっていた。満面の笑みで。

「ああ、夢のような戦いだった……魔術師に生まれてよかったなぁ」

 そんな呟きに背筋がゾッとする。

「あと少し楽しむとするか……」

 ニヤリとその場にそぐわない、まるでいたずらっ子のような顔だった。この男の指先から出た赤い光が、シャーロット様の額に届く。突如、シャーロット様はまるで悪夢にうなされるかのように暴れ出してしまった。

「シャーロット様! シャーロット様しっかりしてください!!」
「大丈夫! もう他に龍はいないよ!! すぐに核に結界を張るから……キャアアア!!」

 私もアイリスもシャーロット様から振り落とされてしまう。

「そんな……!」

 ここまで来たのに……こんなことって……。いや、弱気になってどうなるというんだ。

(私の馬鹿!! 今更絶望なんてしてる暇はないのよ!!)

 一瞬でも弱気になった自分を鼓舞する。

(冷静にならなきゃ……もう結界がない。シャーロット様に街を壊させるもんか。絶対あの男の思い通りになんてさせない。もし咆哮弾でも打ったら体張ってでも止めてやる!!)

 ここで私は気が付いた。結界はもうないのだ。誰でも出入り可能になった。

「アイリス!!」
「アラン……!? なんでここに!! 村に帰ってるはずじゃ!」

 白龍の姿にも怯えず、一番に私達のところまでやって来たのはアランだった。彼は本当なら今頃ライアス領の村にいるはずだったのだが、

「昔っからアイリスは嘘が下手だよね。まあ、オレを逃がそうとしたんだろうけど……」

 彼女が立つのを支えながら、アランは困ったように笑っている。

「オレはね、アイリスにはいつだってニコニコしていて欲しいんだ。使命だからじゃなくって……オレ個人としてそう思ってる。本当に大切な人なんだ。だからどうかどんな時でも側にいさせて欲しい」

 どうか大事な時にのけ者にしないで、と。

「ア、アラン……!」

 ポロポロとアイリスは涙をこぼしていた。

「白龍の額に……連れて行って欲しいの……! もう体、動かなくって……」
「もちろん!」

 そうして二人は再びシャーロット様の身体を上り始めた、まさにその時だった。

「うそ! ダメダメダメダメ!!」

 シャーロット様があの黒龍と同じく、世界が歪むような攻撃をしようと核の前に力を圧縮させ始めていた。あれをもう一度防ぐ力はもう私達にはない。

「シャーロット様!」

 全員で彼女の名前を呼ぶも、彼女には届かない。

 王妃シャーロット様は、黒龍より早くその力を市街地に向けて解き放った。
 私も、レオハルトも、ルカも、ジェフリーも、そしてフィンリー様も、目で追うしかできない。

「くっ」

 閃光が先ほどと同じようにあちこちに散った。街は無事だ。飛び散った閃光で街に張っていた結界は崩れてしまったが、市街地に被害はない。またも事前対策が功を奏した。

 王都の上空には現聖女、リリー・フローレスが浮かんでいる。穏やかな表情で白龍に向き合っていた。

「叔母様!!」

 激しい衝撃のせいか腕が真っ黒に焦げ付いている。それでも叔母はシャーロット様から一切目をそらさない。

「シャーロット様……もう大丈夫ですよ……さあ、城へ戻りましょう……陛下がお待ちです……」

 叔母が優しく語り掛けると、白龍は怯むかのようにジリジリと後退する。

「ああ……ダメダメ……こんなつまんない最期……」
「黙れ!!」

 デルトラ・ルーベルの側にいた騎士がとどめを刺そうと剣を突き上げたが、

「シャーロット!! シャーロット!! もう大丈夫だ!! シャーロット!!」

 突然の王の声に気を取られ、騎士が剣を振り下ろすより前にデルトラ・ルーベルは自身の額に埋め込まれていた核を自身の手で貫いた。
 
「王妃が王を手にかける……か……これは歴史に残るに違いないなぁ……」
 
 ははっと笑い、デルトラ・ルーベルは今度こそ動かなくなった。

――キィアァァァァ

 シャーロット様はその瞳に最愛の夫を移すより前に更に混乱に陥ってしまった。核同士が共鳴するようにできていたのか、苦しみから逃れようと体を龍の尾を、頭を、そして鋭い爪を振り回す。妻の苦しむ悲鳴を抑えようと、いつの間にかランベール王はシャーロット様の核の側で必死に語り掛け続けていた。

 だが、

「ダメ!!!!」

 ついに空中に放りだされたランベール王に向けて、シャーロット様の鋭い爪が降りかかる。

「フィンリー!!」

 レオハルトの声とほぼ同時。どれだけ先読みをしていたのだろうか、フィンリー様が王の前にいたのだ。なんの躊躇もなく。

(でもね、それは私も同じなんですよ)

 世界から音が消え、体が自然と動いていた。今日ほど魔力が多くてよかったと思ったことはない。フィンリー様より前に出れたのだから。

「リディ!!!!!?」

 シャーロット様の爪は、他の誰でもない、私の身体を貫いた。
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