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第三部 元悪役令嬢は原作エンドを書きかえる
44 永い眠り
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「……なんだかカッコがつかないわ……」
生き返ってしまった。カッコよく死んだつもりだったが……これでフィンリー様を救ったのは実質アイリスになった。代償を払ったのは私ではない。彼女だからだ。
ゲホゲホとむせかえりながら体を起き上がらせようとするも、どうにも思う通りに動けない。生き返ったと言いえど、全快とはいかないようだ。
「べとべと……ああ、血かぁ……」
ぼそぼそと話す私の体は、いくつもの腕に抱きしめられる。どうやら先ほどから自分にしかこの声は届いていないようだ。
「リディ!!!」
皆の泣き声が良く聞こえる。なかなか動かない私の頭の中は、心地よい体温に抗いながら、先ほどまで見ていた夢の記憶をとどめようと必死になっていた。大事なことを忘れないように。
抱きしめられたついでに首を動かしてみると、か細い女性の側で涙を流す王と目が合った。
「あ……シャーロット様……」
「うん! シャーロット様の核を封印したら自然と人間の姿に戻ったの……!」
よかった。一つ心配事が減った。シャーロット様は王と一緒にすごしたいと言っていた。龍の姿ではゆっくりできない。
(あれ? なんでそんなこと言ってたんだっけ?)
記憶が曖昧になってくる。それに、猛烈な眠気が。
(あ~ダメダメ……また皆心配しちゃう……レオハルトもフィンリー様も顔がぐちゃぐちゃじゃない)
アイリスも、ルカも、ジェフリーまで。目をしぱしぱさせながら、涙と鼻水と……あらゆる汚れの付いた彼らの顔を見上げていた。
(それは私もか~麗しの悪役令嬢がすたるわね)
でももはやそんなことはどうでもいい。運命は書き換えられた。私もフィンリー様もシャーロット様も生き残ったのだ。
フッと笑いがこみ上げた後、私は再び眠りについた。
◇◇◇
「ランベール! 今日はドーナツを揚げてみたの! リディアナがレシピを教えてくれたのよ! 新しい料理が食べられるっていうは復活したいいことの一つね!」
「ああ、今日のもとても美味しそうだ」
焼きたての香りと共に急ごしらえの執務室に入って来た妻を、愛おしそうに見つめるランベール王。だがシャーロットの額の核のひび割れが目に入ると、すぐに視線を出来立ての焼き菓子の方へと向ける。
「でもね。本当は揚げるより焼いた方が”かろりい”がってリディアナが……まあこの話はいいわね」
カロリー? と、聞きなれない単語にランベールが首を傾けたので、シャーロットは慌てて話題を変えた。
「明日はね、フルーツタルトを作ろうと思うの! 以前よりずっと簡単にたくさんの種類の材料が揃いやすくなっていて助かるわ! 市街地に被害もなかったから物流に影響はないらしくって……ああ! あの戦いで被害が全くでないなんて! 本当によかった! ……城は、ほとんど新築になっちゃうけれど……」
自分が歴史あるエルディア王国の城を壊してしまったことを思い出し、王妃はしょんぼりと項垂れていく。
「……それなんだが……よければ私も一緒に作ってもいいだろうか?」
「え? ということは……」
「ああ。急ぎの分は終わったよ。待たせて悪かった」
シャーロットの顔がパアっと晴れ渡るように輝く。魔力派の戦いから一週間。ランベール王はほとんど寝る間を惜しんで後処理の政務に励んでいた。
「レオハルトには苦労を掛けてしまうが……」
あの戦いの後処理がもちろん一週間で終わるわけがない。だがこの引継ぎは、彼の息子とその婚約者たっての提案……肉親に向けてというより、王という職務を全うし続けていた、ランベール個人へ向けた優しさだった。
「レオハルト様、きっといい王になられるわ」
彼女はレオハルトの違う未来を視ていた。王になる直前までではあるが。
彼の母親が王から受けた扱いのせいか、それとも王子故に満たされなかった幼少期のせいか、ただ一つの思い出に固執し、歪んだ万能感の中で、他人を傷つけることには無頓着だった。
(貴方の息子がとっても頑張って成長したからこその今でもあるのよって、伝えられたら……)
リディアナ達と話して、王に伝えるのは最小限に止めることに決めていた。シャーロットは嫌だったのだ、彼がこれ以上苦しむことが。全てを知れば、王はきっと自分には何かできたはずだと思い返しては苦しむに違いない。これから彼はまた新たな苦しみが待っているというのに。
「いつの間にか立派になっていたよ。辛い立場だったろうに……私は本当に冷たい父親だった……なのに今、こんなにも助けてくれている……」
誇らしさと後悔の表情を浮かべたランベールは、ハッとして今度は罪悪感をにじませる。愛する王妃以外と婚姻を結んだのだ。彼女がそのことについてどう思っているか、まだ聞いていなかった。
「貴方は王としての務めを果たしたのよ。なにより、レオハルト様が存在しなければ、今私はここにいなかった。堂々と自分の息子を誇って。私に遠慮してはいけないわ」
「ああそうだ……そうだな」
だが王は私怨でマリー・ナヴァールを側妃に迎え、彼女を歪ませてしまったことを深く反省してもいた。ルーベル家の付け入る隙にもなってしまっていたからだ。今の息子なら、自分のような過ちは決して犯さない。あの恐ろしい戦いの最中、レオハルトは常に冷静でいたくらいだ。
王はレオハルトが学院卒業後、王位を譲ることを正式に布告した。この国を、新しい世代に託すと。
もちろん、引退後も”龍王の王城襲撃”に関連する後始末はランベールが担うが、それ以外のことは全て息子に、息子達に託すと決断している。
今回の騒動の全てを知る者は少ない。だが、短期間とはいえ魔力派が国民に不安を与え、最後には城と時計塔広場が破壊尽くされたのだ。自分が王としている限り、またなにかあるのではという不安が国民にはつきまとうだろう、と彼は考えていた。
実際のところ、新たな王の即位を聞いて国民は胸をなでおろしていた。同時に、善き王の退位を惜しむ声も聞こえ、ランベールは罪悪感を募らせたのだった。ランベールは愛する妻のために、これからの自分の時間を使うと決めたのだ。彼に尽くしてくれた国民達にではなく。それがたまらなく苦しいが、それでも彼は決心した。
「善き王は幸せになれない、と昔父が言っていました」
(だからこそ一番近くにいたかったのだけれど……)
シャーロットが夫に困ったような笑顔を向ける。
「……私は本当に善き王だっただろうか。今、幸せなのだが……」
「もうすぐ王ではなくなるからではないですか?」
今度はふふっと小さく声を上げて笑っていた。
「レオハルトもきっと善き王になる。どうか私と同じようにならなければいいが……いや、大丈夫か。リディアナ嬢もいるし、王といえども誰かと共にある、ということができる人間だ……」
ランベールにも優秀な家臣達は多くいたが、王妃が何者かに殺されて以来、心の底からは誰も信用できず、誰に頼ることもしなかった。
「ええ、これだけのことを成し遂げたのです。きっと大丈夫」
二人は手を取り合い、小さく微笑みあった。
それから約一ヶ月間、ランベール王とシャーロット王妃は二人の時間を楽しんだ。
二人でお菓子を作り、真っ黒に焦げた部分も美味しく食べた。市街地へ出かけ、大通りを笑い声を上げて走っていく子供達を見ながら、初めて商店で買い物もした。王は慣れない弦楽器を演奏した。残念ながら、リズムも音もバラバラだ。
「本当は、シャーロットの誕生日に聴かせるつもりだったんだ……」
「まあ! では次までにまた練習しておいてくださいな! 楽しみだわ」
夜、静かな回廊を二人、手を繋いで散歩した。月明かりだけが夫婦を照らし、見守っている。
シャーロットは明日、長い眠りにつく。もう彼女の身体がもたないのだ。
『身体がもたないのなら、封印されるという手もあります。身体を治す方法が見つかるまで』
その方法を口にしたのは、本来、そうされる予定だった元悪役令嬢。残酷な提案だとはわかっていた。長らく自分が怯えていた未来だ。だが、彼女はあのハザマの世界での出来事をうっすら覚えていた。自分の死を受け入れているように振舞っているシャーロットの事を。あの心の底から寂しそうな声を。
その瞬間、誇り高く自分の死を夫に告げていた王妃の口からこぼれ出た。
『……私、やっぱり死にたくないわ……ランベールを残して……もう、私が死んで傷つく夫のことを考えたくないの……』
震える声で、本当の気持ちが。
「次に会った時、私はとんでもない年寄りになっているかもしれないが……」
「なんて楽しみなのかしら!」
シャーロットは夫の側で、人間の姿のまま静かに眠りについた。
生き返ってしまった。カッコよく死んだつもりだったが……これでフィンリー様を救ったのは実質アイリスになった。代償を払ったのは私ではない。彼女だからだ。
ゲホゲホとむせかえりながら体を起き上がらせようとするも、どうにも思う通りに動けない。生き返ったと言いえど、全快とはいかないようだ。
「べとべと……ああ、血かぁ……」
ぼそぼそと話す私の体は、いくつもの腕に抱きしめられる。どうやら先ほどから自分にしかこの声は届いていないようだ。
「リディ!!!」
皆の泣き声が良く聞こえる。なかなか動かない私の頭の中は、心地よい体温に抗いながら、先ほどまで見ていた夢の記憶をとどめようと必死になっていた。大事なことを忘れないように。
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「うん! シャーロット様の核を封印したら自然と人間の姿に戻ったの……!」
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(あれ? なんでそんなこと言ってたんだっけ?)
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(あ~ダメダメ……また皆心配しちゃう……レオハルトもフィンリー様も顔がぐちゃぐちゃじゃない)
アイリスも、ルカも、ジェフリーまで。目をしぱしぱさせながら、涙と鼻水と……あらゆる汚れの付いた彼らの顔を見上げていた。
(それは私もか~麗しの悪役令嬢がすたるわね)
でももはやそんなことはどうでもいい。運命は書き換えられた。私もフィンリー様もシャーロット様も生き残ったのだ。
フッと笑いがこみ上げた後、私は再び眠りについた。
◇◇◇
「ランベール! 今日はドーナツを揚げてみたの! リディアナがレシピを教えてくれたのよ! 新しい料理が食べられるっていうは復活したいいことの一つね!」
「ああ、今日のもとても美味しそうだ」
焼きたての香りと共に急ごしらえの執務室に入って来た妻を、愛おしそうに見つめるランベール王。だがシャーロットの額の核のひび割れが目に入ると、すぐに視線を出来立ての焼き菓子の方へと向ける。
「でもね。本当は揚げるより焼いた方が”かろりい”がってリディアナが……まあこの話はいいわね」
カロリー? と、聞きなれない単語にランベールが首を傾けたので、シャーロットは慌てて話題を変えた。
「明日はね、フルーツタルトを作ろうと思うの! 以前よりずっと簡単にたくさんの種類の材料が揃いやすくなっていて助かるわ! 市街地に被害もなかったから物流に影響はないらしくって……ああ! あの戦いで被害が全くでないなんて! 本当によかった! ……城は、ほとんど新築になっちゃうけれど……」
自分が歴史あるエルディア王国の城を壊してしまったことを思い出し、王妃はしょんぼりと項垂れていく。
「……それなんだが……よければ私も一緒に作ってもいいだろうか?」
「え? ということは……」
「ああ。急ぎの分は終わったよ。待たせて悪かった」
シャーロットの顔がパアっと晴れ渡るように輝く。魔力派の戦いから一週間。ランベール王はほとんど寝る間を惜しんで後処理の政務に励んでいた。
「レオハルトには苦労を掛けてしまうが……」
あの戦いの後処理がもちろん一週間で終わるわけがない。だがこの引継ぎは、彼の息子とその婚約者たっての提案……肉親に向けてというより、王という職務を全うし続けていた、ランベール個人へ向けた優しさだった。
「レオハルト様、きっといい王になられるわ」
彼女はレオハルトの違う未来を視ていた。王になる直前までではあるが。
彼の母親が王から受けた扱いのせいか、それとも王子故に満たされなかった幼少期のせいか、ただ一つの思い出に固執し、歪んだ万能感の中で、他人を傷つけることには無頓着だった。
(貴方の息子がとっても頑張って成長したからこその今でもあるのよって、伝えられたら……)
リディアナ達と話して、王に伝えるのは最小限に止めることに決めていた。シャーロットは嫌だったのだ、彼がこれ以上苦しむことが。全てを知れば、王はきっと自分には何かできたはずだと思い返しては苦しむに違いない。これから彼はまた新たな苦しみが待っているというのに。
「いつの間にか立派になっていたよ。辛い立場だったろうに……私は本当に冷たい父親だった……なのに今、こんなにも助けてくれている……」
誇らしさと後悔の表情を浮かべたランベールは、ハッとして今度は罪悪感をにじませる。愛する王妃以外と婚姻を結んだのだ。彼女がそのことについてどう思っているか、まだ聞いていなかった。
「貴方は王としての務めを果たしたのよ。なにより、レオハルト様が存在しなければ、今私はここにいなかった。堂々と自分の息子を誇って。私に遠慮してはいけないわ」
「ああそうだ……そうだな」
だが王は私怨でマリー・ナヴァールを側妃に迎え、彼女を歪ませてしまったことを深く反省してもいた。ルーベル家の付け入る隙にもなってしまっていたからだ。今の息子なら、自分のような過ちは決して犯さない。あの恐ろしい戦いの最中、レオハルトは常に冷静でいたくらいだ。
王はレオハルトが学院卒業後、王位を譲ることを正式に布告した。この国を、新しい世代に託すと。
もちろん、引退後も”龍王の王城襲撃”に関連する後始末はランベールが担うが、それ以外のことは全て息子に、息子達に託すと決断している。
今回の騒動の全てを知る者は少ない。だが、短期間とはいえ魔力派が国民に不安を与え、最後には城と時計塔広場が破壊尽くされたのだ。自分が王としている限り、またなにかあるのではという不安が国民にはつきまとうだろう、と彼は考えていた。
実際のところ、新たな王の即位を聞いて国民は胸をなでおろしていた。同時に、善き王の退位を惜しむ声も聞こえ、ランベールは罪悪感を募らせたのだった。ランベールは愛する妻のために、これからの自分の時間を使うと決めたのだ。彼に尽くしてくれた国民達にではなく。それがたまらなく苦しいが、それでも彼は決心した。
「善き王は幸せになれない、と昔父が言っていました」
(だからこそ一番近くにいたかったのだけれど……)
シャーロットが夫に困ったような笑顔を向ける。
「……私は本当に善き王だっただろうか。今、幸せなのだが……」
「もうすぐ王ではなくなるからではないですか?」
今度はふふっと小さく声を上げて笑っていた。
「レオハルトもきっと善き王になる。どうか私と同じようにならなければいいが……いや、大丈夫か。リディアナ嬢もいるし、王といえども誰かと共にある、ということができる人間だ……」
ランベールにも優秀な家臣達は多くいたが、王妃が何者かに殺されて以来、心の底からは誰も信用できず、誰に頼ることもしなかった。
「ええ、これだけのことを成し遂げたのです。きっと大丈夫」
二人は手を取り合い、小さく微笑みあった。
それから約一ヶ月間、ランベール王とシャーロット王妃は二人の時間を楽しんだ。
二人でお菓子を作り、真っ黒に焦げた部分も美味しく食べた。市街地へ出かけ、大通りを笑い声を上げて走っていく子供達を見ながら、初めて商店で買い物もした。王は慣れない弦楽器を演奏した。残念ながら、リズムも音もバラバラだ。
「本当は、シャーロットの誕生日に聴かせるつもりだったんだ……」
「まあ! では次までにまた練習しておいてくださいな! 楽しみだわ」
夜、静かな回廊を二人、手を繋いで散歩した。月明かりだけが夫婦を照らし、見守っている。
シャーロットは明日、長い眠りにつく。もう彼女の身体がもたないのだ。
『身体がもたないのなら、封印されるという手もあります。身体を治す方法が見つかるまで』
その方法を口にしたのは、本来、そうされる予定だった元悪役令嬢。残酷な提案だとはわかっていた。長らく自分が怯えていた未来だ。だが、彼女はあのハザマの世界での出来事をうっすら覚えていた。自分の死を受け入れているように振舞っているシャーロットの事を。あの心の底から寂しそうな声を。
その瞬間、誇り高く自分の死を夫に告げていた王妃の口からこぼれ出た。
『……私、やっぱり死にたくないわ……ランベールを残して……もう、私が死んで傷つく夫のことを考えたくないの……』
震える声で、本当の気持ちが。
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