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第一部 悪役令嬢の幼少期
12 賭け
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(滅ぼしますと言われても)
滅ぼす気はないのだが。まず、アリバラの予知夢がどのくらいの的中率か知りたい。そもそもこの国は滅びない。リディアナは封印され、アイリスがこの国を救うのだから。だけど物語の矯正力が働いたら? 今のところそれは大丈夫だと思っていたけれど、私の厄災の令嬢という闇落ちエンドは変えられないのだろうか。
「先生の予知夢は、どのくらい当たるのですか?」
「絶対に当たります」
絶対ときたか……。
「自身にとって重大な出来事は必ず見るのです。例えば祖国の滅亡や、あなた方のお父上に出会ったこと、ベロス火山の噴火などですね」
淡々と話すが、祖国滅亡の予知夢などみたら一生眠るのが怖くなりそうだ。
「それはいつ見られたんですか?」
ルカが少し怒った口調で尋ねる。緊張しているようだ。
「リディアナ様に初めてお会いした日の夜に」
という事は去年の秋頃か。確か領地から戻ってすぐ、新しい先生だと紹介された。
「具体的な内容をお伺いしても?」
アリバラは黙って頷いた。少し間をおいて話し始める。
「……まず、リディアナ様が魔法学園の卒業パーティーで婚約破棄に怒り狂って多くの騎士と生徒を殺害したという新聞記事を読みました」
どうやら予知夢は自分視点の映像のように見えるようだ。自身にとって重大なもの、というのはここからきているのだろう。
「その次に王都が炎と瓦礫の山に包まれます。多くの飛龍が飛び交い人々を襲っていました。そして王城の塔の上に龍とともに佇んでいるリディアナ様を見たのです」
そのシーン、原作にあったあった! 美しい王都がみるも無惨に崩れ去っていて、多くの罪なき人が死んでしまった悲しい回だった。だがこの回でピンチのレオハルトを助けるためにアイリスが覚醒するのだ。そしてリディアナは返り討ちにあい撤退を余儀なくされる。
「そこで私は死にました。飛龍を二匹仕留めましたが、三匹目に背後から牙でバクっといかれたようです」
「えっ!?」
二人して声を上げる。そりゃあルカにリディアナと関わらないよう助言くらいするかもしれない。私に魔術を教える気にもならないだろう。私はアリバラにとって未来の自分を殺す女だ。
(よかった……いや!全然よくはないんだけど)
つまり物語の最後を見たわけではない。最終章ではあるけれど。
「この国が実際滅んだ場面を見たわけではないのですね?」
ルカがすかさず確認する。
「ええ。ですが王都があれだけやられていたのです……その後のことは死んでいてもわかります」
沈黙が流れる。ルカもわかっているようだ……ここから先は賭けになる。
「この件、誰かにお話はされましたか?」
「いいえ」
「それはどうしてです? 先生の予知夢は絶対なのでしょう?」
「……おっしゃる通り、自信が持てない部分があったのです」
アリバラの緊張感がこちらにも伝わってきた。
「予知夢の空間にいくつものヒビがあったのです。初めての出来事でどう解釈すべきか迷いが生じました」
ヒビか……画面が破れたような感じだろうか。それは私が前世の記憶を思い出したことでその未来が壊れるかもしれないから? それともアリバラの予知夢という能力がうまく作動しなかっただけ?
「それにリディアナ様を見ていて、どうしてもあのような事をするとは思えなかったのです」
「ええ!?」
驚きの声を上げたのは私ではない。ルカだ。
「確かに、少し前までのリディアナ様はわがままし放題、教育係へのあたりも強く何人もの同僚が辞めていきました。自身を着飾ることに夢中になり頻繁に商人を呼んでいたのも知っています。万能感も凄まじく、第一王子との婚約話が決まった後それに拍車がかかりもしました……」
うわぁぁぁ! 雇い主の悪口を本人の前で言うのはほどほどにしてくれ……! 記憶が戻った今となっては軽い黒歴史になっている部分である。
「……ですが理不尽に誰かを攻撃することはありませんでした。家族をとても大切にされていることもわかっていました。ご自身でその名に恥じぬよう隠れて研鑽を積まれていたことも知っています」
隠れてこっそり頑張っていた事を褒められるのは少しくすぐったい。そう、記憶が戻る前のリディアナは意外と頑張ってたんだよね。残念ながら魔力はあるのに天才型ではなかったもんでね。
「最近、第一王子にリディアナ様から婚約破棄を告げたと聞きました。これも予知夢との隔たりを感じます」
そうよ! 私は婚約破棄で怒り狂って大量虐殺なんてしないわよ!
「そして今日の……他人と美しいものを共有したいという思いや、過去を語る私のことを心配する様子をみてわからなくなりました。そんな子が将来、あんな残虐なことを?」
原作では将来あんな事やってしまうので否定はできないが、今の私が将来あんな事を行う予定はもちろんない。だが絶対に当たる予知夢に出演してしまっている以上、楽観視はできないだろう。
ルカと視線を合わせて、頷いたのを確認する。
「先生、予知夢のひび割れの原因については心当たりがあります」
覚悟を決めて、内容と言葉を選びながら私の話をする。どう転ぶかはわからない。前世の話を信じて、私の味方になってくれるか、信じずに馬鹿にされたと思うか……。信じてくれても何をされるかわからない。信じてもらえない上に周囲に吹聴されるかも。
(いや、それはないな)
そもそも予知夢をみてから一年間も黙っていたのだ。国の滅亡という重大事項を誰にも忠告せず、ただ私を観察していただけなんて。
(なぜ? 絶対である予知夢なのに)
ヒビという不安材料があったとしても何もしなさすぎじゃない? 私のように未来を変えるために動いている気配が全くない。この予知夢、私をどうにかしないと自分が死ぬかもしれないのに。
話終わると、流石のアリバラも目を見開いて驚き、しばらく腕を組んで自分の考えを整理しているようだった。
「……なるほど。リディアナ様の推察に私も概ね同意します」
これはとりあえず信じてくれたということでよさそうだ。
「前世の記憶が戻る……か、なるほど予知夢に影響を与えるほどの情報がこの世界にやってくる可能性があったから、ヒビという表現で完璧な予知夢ではなくしたのかもしれません」
よかった。予知夢の絶対という判定が崩れた。だがアリバラは難しい顔をしたままだ。
「ですが、油断はできないと思います。予知夢は壊れかけていただけです。壊れてない以上、まだ可能性はあると思います」
「リディはこの国を滅ぼしたりしません!」
すぐにルカが庇ってくれた。
「失礼、言葉が足りませんでしたね。私は予知夢で見た新聞記事で生徒虐殺のことを知りました。実際に見たわけではありません。その記事が偽情報という可能性もあるわけです」
偽情報か……ありえる。公爵令嬢を貶めたい人はそれなりにたくさんいるようだし。
「王都で見たリディアナ様も、ただそこにいるだけで直接何かしているわけではありませんでした」
まあ龍なんて従えて突っ立ってたら首謀者に見えるよね。実際まだ無罪が確定してるわけでもないし……。もし、王都を破壊してたわけじゃなかったとしたら、その時のリディアナは何をしていたんだろう。
「先生は……私をどうにかしようとは考えなかったのですか。このままでは先生は死んでしまうんですよ……」
少し意地の悪い質問かもしれない。だけど私だってたとえ間接的だとしても、知り合いを殺したくはないので、なにか考えがあるなら知っておきたい。
「私にまだ犯してもない罪で子供を殺せとおっしゃるのですか」
怒る風でもなく、何の抑揚もなく答えた。彼のポリシーとして当たり前のことなのかもしれない。
「そもそも、リディアナ様に何かしようものなら、どの道私は死にます」
「それは……そうですね」
「逆に考えれば、今後八年間私は絶対に死ぬことはないと思っていたんですよ」
今のは、気を使われた気がする。
「……過去の予知夢に、抗ったことがなかったわけではありません」
昔のことを思い出しながらなのか、遠くを見て話し続ける。
「ですがどれもうまくいきませんでした。今思えば、今回のように未来までの時間がこれだけ残されていることも初めてです」
私の方に向き直した。口元が微笑んでいるのがわかる。
「ましてこの国の将来が描かれた物語を知るものなど……命も惜しいことですし、なにかやってみますかねえ」
優秀な教え子が二人もいることですし。と、続いた言葉が嬉しかった。
アリバラ先生の仏頂面は、どうやら照れ隠しだと気がつけたのは今日の収穫の一つにカウントしてよさそうだ。
滅ぼす気はないのだが。まず、アリバラの予知夢がどのくらいの的中率か知りたい。そもそもこの国は滅びない。リディアナは封印され、アイリスがこの国を救うのだから。だけど物語の矯正力が働いたら? 今のところそれは大丈夫だと思っていたけれど、私の厄災の令嬢という闇落ちエンドは変えられないのだろうか。
「先生の予知夢は、どのくらい当たるのですか?」
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淡々と話すが、祖国滅亡の予知夢などみたら一生眠るのが怖くなりそうだ。
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ルカが少し怒った口調で尋ねる。緊張しているようだ。
「リディアナ様に初めてお会いした日の夜に」
という事は去年の秋頃か。確か領地から戻ってすぐ、新しい先生だと紹介された。
「具体的な内容をお伺いしても?」
アリバラは黙って頷いた。少し間をおいて話し始める。
「……まず、リディアナ様が魔法学園の卒業パーティーで婚約破棄に怒り狂って多くの騎士と生徒を殺害したという新聞記事を読みました」
どうやら予知夢は自分視点の映像のように見えるようだ。自身にとって重大なもの、というのはここからきているのだろう。
「その次に王都が炎と瓦礫の山に包まれます。多くの飛龍が飛び交い人々を襲っていました。そして王城の塔の上に龍とともに佇んでいるリディアナ様を見たのです」
そのシーン、原作にあったあった! 美しい王都がみるも無惨に崩れ去っていて、多くの罪なき人が死んでしまった悲しい回だった。だがこの回でピンチのレオハルトを助けるためにアイリスが覚醒するのだ。そしてリディアナは返り討ちにあい撤退を余儀なくされる。
「そこで私は死にました。飛龍を二匹仕留めましたが、三匹目に背後から牙でバクっといかれたようです」
「えっ!?」
二人して声を上げる。そりゃあルカにリディアナと関わらないよう助言くらいするかもしれない。私に魔術を教える気にもならないだろう。私はアリバラにとって未来の自分を殺す女だ。
(よかった……いや!全然よくはないんだけど)
つまり物語の最後を見たわけではない。最終章ではあるけれど。
「この国が実際滅んだ場面を見たわけではないのですね?」
ルカがすかさず確認する。
「ええ。ですが王都があれだけやられていたのです……その後のことは死んでいてもわかります」
沈黙が流れる。ルカもわかっているようだ……ここから先は賭けになる。
「この件、誰かにお話はされましたか?」
「いいえ」
「それはどうしてです? 先生の予知夢は絶対なのでしょう?」
「……おっしゃる通り、自信が持てない部分があったのです」
アリバラの緊張感がこちらにも伝わってきた。
「予知夢の空間にいくつものヒビがあったのです。初めての出来事でどう解釈すべきか迷いが生じました」
ヒビか……画面が破れたような感じだろうか。それは私が前世の記憶を思い出したことでその未来が壊れるかもしれないから? それともアリバラの予知夢という能力がうまく作動しなかっただけ?
「それにリディアナ様を見ていて、どうしてもあのような事をするとは思えなかったのです」
「ええ!?」
驚きの声を上げたのは私ではない。ルカだ。
「確かに、少し前までのリディアナ様はわがままし放題、教育係へのあたりも強く何人もの同僚が辞めていきました。自身を着飾ることに夢中になり頻繁に商人を呼んでいたのも知っています。万能感も凄まじく、第一王子との婚約話が決まった後それに拍車がかかりもしました……」
うわぁぁぁ! 雇い主の悪口を本人の前で言うのはほどほどにしてくれ……! 記憶が戻った今となっては軽い黒歴史になっている部分である。
「……ですが理不尽に誰かを攻撃することはありませんでした。家族をとても大切にされていることもわかっていました。ご自身でその名に恥じぬよう隠れて研鑽を積まれていたことも知っています」
隠れてこっそり頑張っていた事を褒められるのは少しくすぐったい。そう、記憶が戻る前のリディアナは意外と頑張ってたんだよね。残念ながら魔力はあるのに天才型ではなかったもんでね。
「最近、第一王子にリディアナ様から婚約破棄を告げたと聞きました。これも予知夢との隔たりを感じます」
そうよ! 私は婚約破棄で怒り狂って大量虐殺なんてしないわよ!
「そして今日の……他人と美しいものを共有したいという思いや、過去を語る私のことを心配する様子をみてわからなくなりました。そんな子が将来、あんな残虐なことを?」
原作では将来あんな事やってしまうので否定はできないが、今の私が将来あんな事を行う予定はもちろんない。だが絶対に当たる予知夢に出演してしまっている以上、楽観視はできないだろう。
ルカと視線を合わせて、頷いたのを確認する。
「先生、予知夢のひび割れの原因については心当たりがあります」
覚悟を決めて、内容と言葉を選びながら私の話をする。どう転ぶかはわからない。前世の話を信じて、私の味方になってくれるか、信じずに馬鹿にされたと思うか……。信じてくれても何をされるかわからない。信じてもらえない上に周囲に吹聴されるかも。
(いや、それはないな)
そもそも予知夢をみてから一年間も黙っていたのだ。国の滅亡という重大事項を誰にも忠告せず、ただ私を観察していただけなんて。
(なぜ? 絶対である予知夢なのに)
ヒビという不安材料があったとしても何もしなさすぎじゃない? 私のように未来を変えるために動いている気配が全くない。この予知夢、私をどうにかしないと自分が死ぬかもしれないのに。
話終わると、流石のアリバラも目を見開いて驚き、しばらく腕を組んで自分の考えを整理しているようだった。
「……なるほど。リディアナ様の推察に私も概ね同意します」
これはとりあえず信じてくれたということでよさそうだ。
「前世の記憶が戻る……か、なるほど予知夢に影響を与えるほどの情報がこの世界にやってくる可能性があったから、ヒビという表現で完璧な予知夢ではなくしたのかもしれません」
よかった。予知夢の絶対という判定が崩れた。だがアリバラは難しい顔をしたままだ。
「ですが、油断はできないと思います。予知夢は壊れかけていただけです。壊れてない以上、まだ可能性はあると思います」
「リディはこの国を滅ぼしたりしません!」
すぐにルカが庇ってくれた。
「失礼、言葉が足りませんでしたね。私は予知夢で見た新聞記事で生徒虐殺のことを知りました。実際に見たわけではありません。その記事が偽情報という可能性もあるわけです」
偽情報か……ありえる。公爵令嬢を貶めたい人はそれなりにたくさんいるようだし。
「王都で見たリディアナ様も、ただそこにいるだけで直接何かしているわけではありませんでした」
まあ龍なんて従えて突っ立ってたら首謀者に見えるよね。実際まだ無罪が確定してるわけでもないし……。もし、王都を破壊してたわけじゃなかったとしたら、その時のリディアナは何をしていたんだろう。
「先生は……私をどうにかしようとは考えなかったのですか。このままでは先生は死んでしまうんですよ……」
少し意地の悪い質問かもしれない。だけど私だってたとえ間接的だとしても、知り合いを殺したくはないので、なにか考えがあるなら知っておきたい。
「私にまだ犯してもない罪で子供を殺せとおっしゃるのですか」
怒る風でもなく、何の抑揚もなく答えた。彼のポリシーとして当たり前のことなのかもしれない。
「そもそも、リディアナ様に何かしようものなら、どの道私は死にます」
「それは……そうですね」
「逆に考えれば、今後八年間私は絶対に死ぬことはないと思っていたんですよ」
今のは、気を使われた気がする。
「……過去の予知夢に、抗ったことがなかったわけではありません」
昔のことを思い出しながらなのか、遠くを見て話し続ける。
「ですがどれもうまくいきませんでした。今思えば、今回のように未来までの時間がこれだけ残されていることも初めてです」
私の方に向き直した。口元が微笑んでいるのがわかる。
「ましてこの国の将来が描かれた物語を知るものなど……命も惜しいことですし、なにかやってみますかねえ」
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