悪役令嬢は推しのために命もかける〜婚約者の王子様? どうぞどうぞヒロインとお幸せに!〜

桃月とと

文字の大きさ
14 / 163
第一部 悪役令嬢の幼少期

12 賭け

しおりを挟む
(滅ぼしますと言われても)

 滅ぼす気はないのだが。まず、アリバラの予知夢がどのくらいの的中率か知りたい。そもそもこの国は滅びない。リディアナは封印され、アイリスがこの国を救うのだから。だけど物語の矯正力が働いたら? 今のところそれは大丈夫だと思っていたけれど、私の厄災の令嬢という闇落ちエンドは変えられないのだろうか。

「先生の予知夢は、どのくらい当たるのですか?」
「絶対に当たります」

 絶対ときたか……。

「自身にとって重大な出来事は必ず見るのです。例えば祖国の滅亡や、あなた方のお父上に出会ったこと、ベロス火山の噴火などですね」

 淡々と話すが、祖国滅亡の予知夢などみたら一生眠るのが怖くなりそうだ。

「それはいつ見られたんですか?」

 ルカが少し怒った口調で尋ねる。緊張しているようだ。

「リディアナ様に初めてお会いした日の夜に」

 という事は去年の秋頃か。確か領地から戻ってすぐ、新しい先生だと紹介された。

「具体的な内容をお伺いしても?」

 アリバラは黙って頷いた。少し間をおいて話し始める。
 
「……まず、リディアナ様が魔法学園の卒業パーティーで婚約破棄に怒り狂って多くの騎士と生徒を殺害したという新聞記事を読みました」

 どうやら予知夢は自分視点の映像のように見えるようだ。自身にとって重大なもの、というのはここからきているのだろう。

「その次に王都が炎と瓦礫の山に包まれます。多くの飛龍が飛び交い人々を襲っていました。そして王城の塔の上に龍とともに佇んでいるリディアナ様を見たのです」

 そのシーン、原作にあったあった! 美しい王都がみるも無惨に崩れ去っていて、多くの罪なき人が死んでしまった悲しい回だった。だがこの回でピンチのレオハルトを助けるためにアイリスが覚醒するのだ。そしてリディアナは返り討ちにあい撤退を余儀なくされる。

「そこで私は死にました。飛龍を二匹仕留めましたが、三匹目に背後から牙でバクっといかれたようです」
「えっ!?」

 二人して声を上げる。そりゃあルカにリディアナと関わらないよう助言くらいするかもしれない。私に魔術を教える気にもならないだろう。私はアリバラにとって未来の自分を殺す女だ。

(よかった……いや!全然よくはないんだけど)

 つまり物語の最後を見たわけではない。最終章ではあるけれど。

「この国が実際滅んだ場面を見たわけではないのですね?」

 ルカがすかさず確認する。

「ええ。ですが王都があれだけやられていたのです……その後のことは死んでいてもわかります」

 沈黙が流れる。ルカもわかっているようだ……ここから先は賭けになる。

「この件、誰かにお話はされましたか?」
「いいえ」
「それはどうしてです? 先生の予知夢は絶対なのでしょう?」
「……おっしゃる通り、自信が持てない部分があったのです」

 アリバラの緊張感がこちらにも伝わってきた。

「予知夢の空間にいくつものヒビがあったのです。初めての出来事でどう解釈すべきか迷いが生じました」

 ヒビか……画面が破れたような感じだろうか。それは私が前世の記憶を思い出したことでその未来が壊れるかもしれないから? それともアリバラの予知夢という能力がうまく作動しなかっただけ?

「それにリディアナ様を見ていて、どうしてもあのような事をするとは思えなかったのです」
「ええ!?」
 
 驚きの声を上げたのは私ではない。ルカだ。

「確かに、少し前までのリディアナ様はわがままし放題、教育係へのあたりも強く何人もの同僚が辞めていきました。自身を着飾ることに夢中になり頻繁に商人を呼んでいたのも知っています。万能感も凄まじく、第一王子との婚約話が決まった後それに拍車がかかりもしました……」

 うわぁぁぁ! 雇い主の悪口を本人の前で言うのはほどほどにしてくれ……! 記憶が戻った今となっては軽い黒歴史になっている部分である。

「……ですが理不尽に誰かを攻撃することはありませんでした。家族をとても大切にされていることもわかっていました。ご自身でその名に恥じぬよう隠れて研鑽を積まれていたことも知っています」

 隠れてこっそり頑張っていた事を褒められるのは少しくすぐったい。そう、記憶が戻る前のリディアナは意外と頑張ってたんだよね。残念ながら魔力はあるのに天才型ではなかったもんでね。

「最近、第一王子にリディアナ様から婚約破棄を告げたと聞きました。これも予知夢との隔たりを感じます」

 そうよ! 私は婚約破棄で怒り狂って大量虐殺なんてしないわよ!

「そして今日の……他人と美しいものを共有したいという思いや、過去を語る私のことを心配する様子をみてわからなくなりました。そんな子が将来、あんな残虐なことを?」

 原作では将来あんな事やってしまうので否定はできないが、今の私が将来あんな事を行う予定はもちろんない。だが絶対に当たる予知夢に出演してしまっている以上、楽観視はできないだろう。
 ルカと視線を合わせて、頷いたのを確認する。

「先生、予知夢のひび割れの原因については心当たりがあります」

 覚悟を決めて、内容と言葉を選びながら私の話をする。どう転ぶかはわからない。前世の話を信じて、私の味方になってくれるか、信じずに馬鹿にされたと思うか……。信じてくれても何をされるかわからない。信じてもらえない上に周囲に吹聴されるかも。

(いや、それはないな)

 そもそも予知夢をみてから一年間も黙っていたのだ。国の滅亡という重大事項を誰にも忠告せず、ただ私を観察していただけなんて。
 
(なぜ? 絶対である予知夢なのに)

 ヒビという不安材料があったとしても何もしなさすぎじゃない? 私のように未来を変えるために動いている気配が全くない。この予知夢、私をどうにかしないと自分が死ぬかもしれないのに。

 話終わると、流石のアリバラも目を見開いて驚き、しばらく腕を組んで自分の考えを整理しているようだった。

「……なるほど。リディアナ様の推察に私も概ね同意します」

 これはとりあえず信じてくれたということでよさそうだ。

「前世の記憶が戻る……か、なるほど予知夢に影響を与えるほどの情報がこの世界にやってくる可能性があったから、ヒビという表現で完璧な予知夢ではなくしたのかもしれません」

 よかった。予知夢の絶対という判定が崩れた。だがアリバラは難しい顔をしたままだ。

「ですが、油断はできないと思います。予知夢は壊れかけていただけです。壊れてない以上、まだ可能性はあると思います」
「リディはこの国を滅ぼしたりしません!」

 すぐにルカが庇ってくれた。

「失礼、言葉が足りませんでしたね。私は予知夢で見た新聞記事で生徒虐殺のことを知りました。実際に見たわけではありません。その記事が偽情報という可能性もあるわけです」

 偽情報か……ありえる。公爵令嬢を貶めたい人はそれなりにたくさんいるようだし。

「王都で見たリディアナ様も、ただそこにいるだけで直接何かしているわけではありませんでした」

 まあ龍なんて従えて突っ立ってたら首謀者に見えるよね。実際まだ無罪が確定してるわけでもないし……。もし、王都を破壊してたわけじゃなかったとしたら、その時のリディアナは何をしていたんだろう。

「先生は……私をどうにかしようとは考えなかったのですか。このままでは先生は死んでしまうんですよ……」

 少し意地の悪い質問かもしれない。だけど私だってたとえ間接的だとしても、知り合いを殺したくはないので、なにか考えがあるなら知っておきたい。

「私にまだ犯してもない罪で子供を殺せとおっしゃるのですか」

 怒る風でもなく、何の抑揚もなく答えた。彼のポリシーとして当たり前のことなのかもしれない。

「そもそも、リディアナ様に何かしようものなら、どの道私は死にます」
「それは……そうですね」
「逆に考えれば、今後八年間私は絶対に死ぬことはないと思っていたんですよ」

 今のは、気を使われた気がする。

「……過去の予知夢に、抗ったことがなかったわけではありません」

 昔のことを思い出しながらなのか、遠くを見て話し続ける。

「ですがどれもうまくいきませんでした。今思えば、今回のように未来までの時間がこれだけ残されていることも初めてです」

 私の方に向き直した。口元が微笑んでいるのがわかる。

「ましてこの国の将来が描かれた物語を知るものなど……命も惜しいことですし、なにかやってみますかねえ」
 
 優秀な教え子が二人もいることですし。と、続いた言葉が嬉しかった。
 アリバラ先生の仏頂面は、どうやら照れ隠しだと気がつけたのは今日の収穫の一つにカウントしてよさそうだ。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

一級魔法使いになれなかったので特級厨師になりました

しおしお
恋愛
魔法学院次席卒業のシャーリー・ドットは、 「一級魔法使いになれなかった」という理由だけで婚約破棄された。 ――だが本当の理由は、ただの“うっかり”。 試験会場を間違え、隣の建物で行われていた 特級厨師試験に合格してしまったのだ。 気づけばシャーリーは、王宮からスカウトされるほどの “超一流料理人”となり、国王の胃袋をがっちり掴む存在に。 一方、学院首席で一級魔法使いとなった ナターシャ・キンスキーは、大活躍しているはずなのに―― 「なんで料理で一番になってるのよ!?  あの女、魔法より料理の方が強くない!?」 すれ違い、逃げ回り、勘違いし続けるナターシャと、 天然すぎて誤解が絶えないシャーリー。 そんな二人が、魔王軍の襲撃、国家危機、王宮騒動を通じて、 少しずつ距離を縮めていく。 魔法で国を守る最強魔術師。 料理で国を救う特級厨師。 ――これは、“敵でもライバルでもない二人”が、 ようやく互いを認め、本当の友情を築いていく物語。 すれ違いコメディ×料理魔法×ダブルヒロイン友情譚! 笑って、癒されて、最後は心が温かくなる王宮ラノベ、開幕です。

将来を誓い合った王子様は聖女と結ばれるそうです

きぬがやあきら
恋愛
「聖女になれなかったなりそこない。こんなところまで追って来るとはな。そんなに俺を忘れられないなら、一度くらい抱いてやろうか?」 5歳のオリヴィエは、神殿で出会ったアルディアの皇太子、ルーカスと恋に落ちた。アルディア王国では、皇太子が代々聖女を妻に迎える慣わしだ。しかし、13歳の選別式を迎えたオリヴィエは、聖女を落選してしまった。 その上盲目の知恵者オルガノに、若くして命を落とすと予言されたオリヴィエは、せめてルーカスの傍にいたいと、ルーカスが団長を務める聖騎士への道へと足を踏み入れる。しかし、やっとの思いで再開したルーカスは、昔の約束を忘れてしまったのではと錯覚するほど冷たい対応で――?

【完結】乙女ゲーム開始前に消える病弱モブ令嬢に転生しました

佐倉穂波
恋愛
 転生したルイシャは、自分が若くして死んでしまう乙女ゲームのモブ令嬢で事を知る。  確かに、まともに起き上がることすら困難なこの体は、いつ死んでもおかしくない状態だった。 (そんな……死にたくないっ!)  乙女ゲームの記憶が正しければ、あと数年で死んでしまうルイシャは、「生きる」ために努力することにした。 2023.9.3 投稿分の改稿終了。 2023.9.4 表紙を作ってみました。 2023.9.15 完結。 2023.9.23 後日談を投稿しました。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

悪役令嬢ですが、当て馬なんて奉仕活動はいたしませんので、どうぞあしからず!

たぬきち25番
恋愛
 気が付くと私は、ゲームの中の悪役令嬢フォルトナに転生していた。自分は、婚約者のルジェク王子殿下と、ヒロインのクレアを邪魔する悪役令嬢。そして、ふと気が付いた。私は今、強大な権力と、惚れ惚れするほどの美貌と身体、そして、かなり出来の良い頭を持っていた。王子も確かにカッコイイけど、この世界には他にもカッコイイ男性はいる、王子はヒロインにお任せします。え? 当て馬がいないと物語が進まない? ごめんなさい、王子殿下、私、自分のことを優先させて頂きまぁ~す♡ ※マルチエンディングです!! コルネリウス(兄)&ルジェク(王子)好きなエンディングをお迎えください m(_ _)m 2024.11.14アイク(誰?)ルートをスタートいたしました。 楽しんで頂けると幸いです。 ※他サイト様にも掲載中です

王子の片思いに気付いたので、悪役令嬢になって婚約破棄に協力しようとしてるのに、なぜ執着するんですか?

いりん
恋愛
婚約者の王子が好きだったが、 たまたま付き人と、 「婚約者のことが好きなわけじゃないー 王族なんて恋愛して結婚なんてできないだろう」 と話ながら切なそうに聖女を見つめている王子を見て、王子の片思いに気付いた。 私が悪役令嬢になれば、聖女と王子は結婚できるはず!と婚約破棄を目指してたのに…、 「僕と婚約破棄して、あいつと結婚するつもり?許さないよ」 なんで執着するんてすか?? 策略家王子×天然令嬢の両片思いストーリー 基本的に悪い人が出てこないほのぼのした話です。 他小説サイトにも投稿しています。

実は家事万能な伯爵令嬢、婚約破棄されても全く問題ありません ~追放された先で洗濯した男は、伝説の天使様でした~

空色蜻蛉
恋愛
「令嬢であるお前は、身の周りのことは従者なしに何もできまい」 氷薔薇姫の異名で知られるネーヴェは、王子に婚約破棄され、辺境の地モンタルチーノに追放された。 「私が何も出来ない箱入り娘だと、勘違いしているのね。私から見れば、聖女様の方がよっぽど箱入りだけど」 ネーヴェは自分で屋敷を掃除したり美味しい料理を作ったり、自由な生活を満喫する。 成り行きで、葡萄畑作りで泥だらけになっている男と仲良くなるが、実は彼の正体は伝説の・・であった。

転生してモブだったから安心してたら最恐王太子に溺愛されました。

琥珀
恋愛
ある日突然小説の世界に転生した事に気づいた主人公、スレイ。 ただのモブだと安心しきって人生を満喫しようとしたら…最恐の王太子が離してくれません!! スレイの兄は重度のシスコンで、スレイに執着するルルドは兄の友人でもあり、王太子でもある。 ヒロインを取り合う筈の物語が何故かモブの私がヒロインポジに!? 氷の様に無表情で周囲に怖がられている王太子ルルドと親しくなってきた時、小説の物語の中である事件が起こる事を思い出す。ルルドの為に必死にフラグを折りに行く主人公スレイ。 このお話は目立ちたくないモブがヒロインになるまでの物語ーーーー。

処理中です...