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第一部 悪役令嬢の幼少期
40 答え
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辺境伯夫婦はフレイのことがわかっていたのだろう。だから辺境伯はあれだけ焦っていたのか。そして夫人は私が怒って彼をどうこうしないよう、うまく釘をさしたんだな。
治療院の質素な客間でお茶を飲みながら、ブスくれている痩せた中年男を眺めている。
「どうか、どうかお許しください!」
「私からよく言って聞かせますので!!!」
「貴族様! あの先生口は悪いけど根は優しい人なんです! 罰なら俺が代わりに受けますんで!」
フレイが出て行った後、騎士にゴーシェ、近くにいた冒険者と次々に彼を庇う言葉が飛んできた。
「わかった! わかりましたから治療が終わるまで黙りなさい!」
彼はここになくてはならない存在のようだ。別に不敬罪で死刑! なんて事はするつもりない。まあ無礼な奴には無礼で返すが。
「お代はこちらの治療院での通常価格の六割で結構です。さらにその金額の半分はライアス家からいただくので。そう先程の患者さんにお伝えくださいませ」
あの傷の通常の治療費を考えたら破格の金額だ。これで文句はないだろう。
「はっ! あんたここの金額知ってんのか? お貴族様のパンも買えやしないぞ」
「こら! やめないか!」
「子供のお遊びにここの連中使われたんじゃたまんないね」
ゴーシェがいくら嗜めても聞く気はないようだ。まどろっこしい奴だな。こっちは別にいくらでもかまわない。お金が欲しい訳じゃない。それはフレイもわかっているだろうに。
「ところでゴーシェ様、フレッド様の治療についてお尋ねしたいのですが」
いつまでも不機嫌なおっさんを相手にするつもりはない。彼がなんで私を目の敵にするかも知ったことではない。フローレス家は嫌われてるって話だしそれ関連だろどうせ。
「フレッド様にかけた治療魔法と、魔力の注入量の総量を知りたいのです。それを他に治療を受けた方と比べたくって」
「それには回復後の分も含めますか?」
チラチラとフレイが失礼な事をしないか横目で確認しながら答えてくれる。
「そうか……そうですね……フレッド様は回復にかなりお時間がかかったとうかがいましたが、その時から例の症状は出ていたのでしょうか?」
「症状が出る以前に、体がかなり衰弱しておりましたので……良くなったり悪くなったりを繰り返しながら徐々に体力を取り戻されました。例の症状に気づいたのは十分回復したと思われた頃です」
そう、回復後にずっと寝たきりだった体を癒すため、金銭的な余裕がある者は追加で治療魔法をかけることがある。長らく虫の息だったフレッドは、体内にいた虫を倒した後も相当量の治癒魔法を受けていたようだ。
「やはり、お一人だけ圧倒的に受けた期間と魔力量が多いですね」
「リディアナ様はどのようにお考えでしょうか」
まだ仮説に過ぎないけど言ってもいいだろうか。ゴーシェはもうフレイのことなど気にせず、子供の私の意見をしっかり聞こうとしてくれているのがわかった。先程の治療で認めてもらえたようだ。
「私は、どこか魔力が通っている道、血管のような……それの容量がいっぱいになってどこかが破れたのではないかと思っているのです」
「なるほど。あの氷石病の虫を駆除するのに魔力を流し込み破裂させたのと同様ということですか。魔力を使うという点では魔物も人間も同じですから、あり得る話です」
ベテラン治癒師に『破裂』の可能性を肯定してもらえてひとまずホッとする。
「はっ! 俺は答えがわかったぜ! フローレス家の人間は絶対にこの答えには辿り着けないね!」
急にフレイが話に入ってきた。だけど今なんて言った? 答えがわかっただって!?
「教えて欲しかったら謝ってもらおうか!!!」
「申し訳ございませんでした!!!」
またゴーシェがフレイを叱るより早く謝る。何に対しての謝罪かは謎だが。ゴーシェは頭を下げる私をみて、目を見開き、口をあんぐり開きていた。フレイはフレイで全く予想外だったのか固まっている。護衛騎士達も、驚きと絶望の表情でこちらをみていた。
「いい加減にせんか!!!」
一呼吸置いた後、ついにゴーシェがキレた。ブチギレだ。顔が真っ赤になってフレイの胸ぐらを掴み嚙みつかんばかりに叫んでいる。
「これ以上は庇いきれんぞ! この方はフレッド様のために動いてくださってるんだ! 先程の治療もみただろう! あれが遊びに見えるほどお前は愚かなのか!」
「ゴーシェ様かまいません! さあフレイ様、答えを教えてくださいませ!」
こちらも負けじと声を張る。心のない謝罪なんて慣れたもんだ。前世で毎日のようにしていた。こんなもので答えが手に入るなら何度でも頭を下げる。土下座だってかまわない。それで皆幸せになれるなら。特にフィンリー様が関わったらプライドなんて蟻の背より低い。
「そんな……そんな簡単に……くそっ!」
憎々しげにこちらを睨んでくる。目には涙を浮かべていた。おじさんの涙はインパクトがあるし、いったいなんの恨みがあるのか気になり始めたところではあるが、悪いがそれに寄り添うのは後だ。
「フレイ様お願いします!!! 後ほど改めて望む通り謝罪でもなんでもいたします。何かおわかりでしたら、どうかフレッド様を救う為に教えていただきたいのです!!!」
お前が言ったんだぞ、謝ったら教えるって。
私の必死さを見てついにフレイは悔しそうに口を開いた。
「……ここの治療法は知っているか?」
「治癒魔法ですわよね?」
治療法って、ここではそれしかないと思っているが。
「はっ! フローレス家の人間とあろう者が、お勉強が足りないんじゃないか?」
いちいちうるさいやつだな。
「申し訳ございません」
とりあえず謝る。いいから早く続きを。
「ここの治療院では一定の効果を持つ治癒魔法を一回とし、必要な回数分かけることによって治療費を出しているのです」
ゴーシェが丁寧に教えてくれた。その手法は以前伯父から聞いたことがある。料金が明確だから治療が受けやすいという話だった。
「お貴族様と違って俺達はオーダーメイドの治療なんて受ける金はないんだよ」
「なるほど。金額が明確な方が冒険者の皆さん受けやすいのですね」
「さっきお嬢様がかけたのも一回ですからね。それしかお金は取れませんよ!」
馬鹿にしたように伝えてくる。私がムキー! と怒ると本気で思っているのだろうか。
「それがどう関係しているのですか?」
早くそれが知りたいのに。どうも私が怒り狂わないのが気に入らないようだ。
「……例えば、腕の骨が折れた奴がやってくる。本来なら完治に三回は治療魔法をかけなきゃいけねえ。だけどそいつが払えるのは二回までってんで、言われた通りそうする。そんで治りきる前にまた魔物の森に入っちまう。治療費を取り戻そうとな。だがそんな腕で戦ってもまた治療院送りさ。そして繰り返す……」
「なるほど! そうか!」
ゴーシェにはわかったようだ。だが私にはまださっぱり。
「治りきる前にその腕を使うと、骨が歪んでしまいます。その状態でまた腕を痛めて、また完治しないレベルの治療魔法をかける。それを繰り返すと、いつの間にかその歪んだ骨の状態が正しい状態として固定されていってしまうのです」
本来あるべき姿じゃない形で治ってしまったということか。
「つまり今フレッド様は、魔力が漏れる異常な状態が正しい、それが普通の状態として治癒魔法で固定されてしまっているということですか?」
「そうです!」
そんなことがあるのか。これは確かにうちの人間じゃ考え付かなかった答えかもしれない。
「魔力が通うどこかが破損していて、そこが治りきる前に何度も何度も治療魔法をかけたから症状が固定されてしまったのですね……」
ゴーシェの声が小さくなっていった。
「フレッド様、回復途中でも魔法の練習をかなりしてたからな、負担がかかったんだろう」
「私のせいです! 中途半端な治癒魔法しかかけられなかったから……!」
悲痛な声を上げてゴーシェは自分を責め始めてしまった。
「ゴーシェ様が悪い訳ないだろ! そもそもあんたがいなきゃフレッド様は生きてねえ! そんなのわかってることだろ!」
フレイは私への対応とは打って変わって心を込めて彼を励ましているのがわかった。
「その通りです。ゴーシェ様、ご自分を責めるのはやめてください。それよりこれからできる事を考えましょう」
「そうですね……」
まだ項垂れている。そう簡単に自分を許す事はできないようだ。
「わかりました。ゴーシェ様がご自分を許してくださらないのなら、今日のフレイ様のアレコレ、辺境伯様にチクっちゃいます!」
けっ! 言えばいいじゃねーか。と小声で呟くフレイの声が聞こえたが、これでようやくゴーシェは顔を上げてくれた。
「さあ! それでこの場合治療法はあるのですか?」
私の問いかけに、
「ございます」
「あるぜ」
二人同時に答えた。
治療院の質素な客間でお茶を飲みながら、ブスくれている痩せた中年男を眺めている。
「どうか、どうかお許しください!」
「私からよく言って聞かせますので!!!」
「貴族様! あの先生口は悪いけど根は優しい人なんです! 罰なら俺が代わりに受けますんで!」
フレイが出て行った後、騎士にゴーシェ、近くにいた冒険者と次々に彼を庇う言葉が飛んできた。
「わかった! わかりましたから治療が終わるまで黙りなさい!」
彼はここになくてはならない存在のようだ。別に不敬罪で死刑! なんて事はするつもりない。まあ無礼な奴には無礼で返すが。
「お代はこちらの治療院での通常価格の六割で結構です。さらにその金額の半分はライアス家からいただくので。そう先程の患者さんにお伝えくださいませ」
あの傷の通常の治療費を考えたら破格の金額だ。これで文句はないだろう。
「はっ! あんたここの金額知ってんのか? お貴族様のパンも買えやしないぞ」
「こら! やめないか!」
「子供のお遊びにここの連中使われたんじゃたまんないね」
ゴーシェがいくら嗜めても聞く気はないようだ。まどろっこしい奴だな。こっちは別にいくらでもかまわない。お金が欲しい訳じゃない。それはフレイもわかっているだろうに。
「ところでゴーシェ様、フレッド様の治療についてお尋ねしたいのですが」
いつまでも不機嫌なおっさんを相手にするつもりはない。彼がなんで私を目の敵にするかも知ったことではない。フローレス家は嫌われてるって話だしそれ関連だろどうせ。
「フレッド様にかけた治療魔法と、魔力の注入量の総量を知りたいのです。それを他に治療を受けた方と比べたくって」
「それには回復後の分も含めますか?」
チラチラとフレイが失礼な事をしないか横目で確認しながら答えてくれる。
「そうか……そうですね……フレッド様は回復にかなりお時間がかかったとうかがいましたが、その時から例の症状は出ていたのでしょうか?」
「症状が出る以前に、体がかなり衰弱しておりましたので……良くなったり悪くなったりを繰り返しながら徐々に体力を取り戻されました。例の症状に気づいたのは十分回復したと思われた頃です」
そう、回復後にずっと寝たきりだった体を癒すため、金銭的な余裕がある者は追加で治療魔法をかけることがある。長らく虫の息だったフレッドは、体内にいた虫を倒した後も相当量の治癒魔法を受けていたようだ。
「やはり、お一人だけ圧倒的に受けた期間と魔力量が多いですね」
「リディアナ様はどのようにお考えでしょうか」
まだ仮説に過ぎないけど言ってもいいだろうか。ゴーシェはもうフレイのことなど気にせず、子供の私の意見をしっかり聞こうとしてくれているのがわかった。先程の治療で認めてもらえたようだ。
「私は、どこか魔力が通っている道、血管のような……それの容量がいっぱいになってどこかが破れたのではないかと思っているのです」
「なるほど。あの氷石病の虫を駆除するのに魔力を流し込み破裂させたのと同様ということですか。魔力を使うという点では魔物も人間も同じですから、あり得る話です」
ベテラン治癒師に『破裂』の可能性を肯定してもらえてひとまずホッとする。
「はっ! 俺は答えがわかったぜ! フローレス家の人間は絶対にこの答えには辿り着けないね!」
急にフレイが話に入ってきた。だけど今なんて言った? 答えがわかっただって!?
「教えて欲しかったら謝ってもらおうか!!!」
「申し訳ございませんでした!!!」
またゴーシェがフレイを叱るより早く謝る。何に対しての謝罪かは謎だが。ゴーシェは頭を下げる私をみて、目を見開き、口をあんぐり開きていた。フレイはフレイで全く予想外だったのか固まっている。護衛騎士達も、驚きと絶望の表情でこちらをみていた。
「いい加減にせんか!!!」
一呼吸置いた後、ついにゴーシェがキレた。ブチギレだ。顔が真っ赤になってフレイの胸ぐらを掴み嚙みつかんばかりに叫んでいる。
「これ以上は庇いきれんぞ! この方はフレッド様のために動いてくださってるんだ! 先程の治療もみただろう! あれが遊びに見えるほどお前は愚かなのか!」
「ゴーシェ様かまいません! さあフレイ様、答えを教えてくださいませ!」
こちらも負けじと声を張る。心のない謝罪なんて慣れたもんだ。前世で毎日のようにしていた。こんなもので答えが手に入るなら何度でも頭を下げる。土下座だってかまわない。それで皆幸せになれるなら。特にフィンリー様が関わったらプライドなんて蟻の背より低い。
「そんな……そんな簡単に……くそっ!」
憎々しげにこちらを睨んでくる。目には涙を浮かべていた。おじさんの涙はインパクトがあるし、いったいなんの恨みがあるのか気になり始めたところではあるが、悪いがそれに寄り添うのは後だ。
「フレイ様お願いします!!! 後ほど改めて望む通り謝罪でもなんでもいたします。何かおわかりでしたら、どうかフレッド様を救う為に教えていただきたいのです!!!」
お前が言ったんだぞ、謝ったら教えるって。
私の必死さを見てついにフレイは悔しそうに口を開いた。
「……ここの治療法は知っているか?」
「治癒魔法ですわよね?」
治療法って、ここではそれしかないと思っているが。
「はっ! フローレス家の人間とあろう者が、お勉強が足りないんじゃないか?」
いちいちうるさいやつだな。
「申し訳ございません」
とりあえず謝る。いいから早く続きを。
「ここの治療院では一定の効果を持つ治癒魔法を一回とし、必要な回数分かけることによって治療費を出しているのです」
ゴーシェが丁寧に教えてくれた。その手法は以前伯父から聞いたことがある。料金が明確だから治療が受けやすいという話だった。
「お貴族様と違って俺達はオーダーメイドの治療なんて受ける金はないんだよ」
「なるほど。金額が明確な方が冒険者の皆さん受けやすいのですね」
「さっきお嬢様がかけたのも一回ですからね。それしかお金は取れませんよ!」
馬鹿にしたように伝えてくる。私がムキー! と怒ると本気で思っているのだろうか。
「それがどう関係しているのですか?」
早くそれが知りたいのに。どうも私が怒り狂わないのが気に入らないようだ。
「……例えば、腕の骨が折れた奴がやってくる。本来なら完治に三回は治療魔法をかけなきゃいけねえ。だけどそいつが払えるのは二回までってんで、言われた通りそうする。そんで治りきる前にまた魔物の森に入っちまう。治療費を取り戻そうとな。だがそんな腕で戦ってもまた治療院送りさ。そして繰り返す……」
「なるほど! そうか!」
ゴーシェにはわかったようだ。だが私にはまださっぱり。
「治りきる前にその腕を使うと、骨が歪んでしまいます。その状態でまた腕を痛めて、また完治しないレベルの治療魔法をかける。それを繰り返すと、いつの間にかその歪んだ骨の状態が正しい状態として固定されていってしまうのです」
本来あるべき姿じゃない形で治ってしまったということか。
「つまり今フレッド様は、魔力が漏れる異常な状態が正しい、それが普通の状態として治癒魔法で固定されてしまっているということですか?」
「そうです!」
そんなことがあるのか。これは確かにうちの人間じゃ考え付かなかった答えかもしれない。
「魔力が通うどこかが破損していて、そこが治りきる前に何度も何度も治療魔法をかけたから症状が固定されてしまったのですね……」
ゴーシェの声が小さくなっていった。
「フレッド様、回復途中でも魔法の練習をかなりしてたからな、負担がかかったんだろう」
「私のせいです! 中途半端な治癒魔法しかかけられなかったから……!」
悲痛な声を上げてゴーシェは自分を責め始めてしまった。
「ゴーシェ様が悪い訳ないだろ! そもそもあんたがいなきゃフレッド様は生きてねえ! そんなのわかってることだろ!」
フレイは私への対応とは打って変わって心を込めて彼を励ましているのがわかった。
「その通りです。ゴーシェ様、ご自分を責めるのはやめてください。それよりこれからできる事を考えましょう」
「そうですね……」
まだ項垂れている。そう簡単に自分を許す事はできないようだ。
「わかりました。ゴーシェ様がご自分を許してくださらないのなら、今日のフレイ様のアレコレ、辺境伯様にチクっちゃいます!」
けっ! 言えばいいじゃねーか。と小声で呟くフレイの声が聞こえたが、これでようやくゴーシェは顔を上げてくれた。
「さあ! それでこの場合治療法はあるのですか?」
私の問いかけに、
「ございます」
「あるぜ」
二人同時に答えた。
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