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第一部 悪役令嬢の幼少期
42 選定
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翌日からフレッドを治療するにあたり、まずは治療師の選定をおこなった。ゴーシェも含め有名な治癒師数名の名前が上がる。この有名どころを呼ぶ、と確定できるだけの力がライアス家にはあるのだ。
(伯父様とお母様の名前がないわ)
気まずくて呼べないのか、やはり母のことは認められないのか、伯父は貴族じゃないから不適格とされているのか。
「このようなこと……リディアナ様とルカ様にお尋ねするべきではないと百も承知なのですが、その……サーシャ様やルーク様は我々のことをご不快に思っておられるでしょうか?」
そこそこ力を持つ辺境伯がおずおずと尋ねてきた。
気まずくて名前を出せないパターンだったようだ。国内の評価だと、治癒師としての最高クラスは母と叔母、後はこの二人に比べると残念だが見劣りする。伯父はもちろん最高クラスに入るだろう。どうなってるんだあの三兄妹。
「母はありえますが、伯父は全く気にしていないと思います」
ルカがハッキリと答えた。現当主をすっとばして前当主に話を持っていかれた母は間違いなくムカついているだろう。だが伯父はそもそも元貴族としてのプライドが足りない。欠けているという表現の方が正しい。
「伯父は呼ばれたら喜びます、きっと」
フレッドを含めた未成年者全員が頷く。
「できればルーク様にお願いしたいです。私のことをずっと励ましてくれて、領の話をとても楽しそうに聞いてくれて……またお会いしたい」
「……わかった。手紙を書こう。必要があれば直接お願いしに行くよ」
辺境伯は家族のためになら、自身の身分など気にせず、今は平民である伯父にも頭を下げることができるのだろう。いや、やはり伯父は特別か?
「あ! でも伯父にすると、お待たせするかもしれません……」
私もルカと同じところが気になっていた。伯父は以前と違って働いている。人材不足の治癒師部隊にいて、長期間休みなど取れるのだろうか。
「おそらく今から他の治癒師の方にお願いしても、どこから魔力が漏れているか確認するだけでかなりの時間がかかるでしょう。それから治療方法の確認、となると……結局はルーク様にお願いするのが一番早くい可能性が高いと思います」
ゴーシェの言葉に全員が納得した。私も何度か魔力が漏れ出ている箇所を確認しようとしたが、あらかじめ場所がわかっていたからこそ確認することができた。針に糸を通すような集中力と神経を使って、終わった後くらくらした。伯父はこれを全身におこなったなんて信じられない。未来で得るはずの称号、歴代最高の魔術師としてのプライドがズタズタだ。
「ゆっくり待つよ。ルーク様を急かせるつもりは少しもない。どうやら学園へも戻れそうだし」
「そうなのか!?」
辺境伯夫妻もこれは初耳だったようだ。
「申し訳ないが、この件に関しては二人は知らない方がいいと思う」
レオハルトがそう告げると、辺境伯はえぇっと少し不安そうに、辺境伯夫人はあらあらいったいどんなことかしら、と興味深そうにしていたが、夫妻は素直に部屋を出てくれた。
フレッドはその症状のため、魔術学園へ戻れないでいた。魔術学園は原作『アイリスの瞳』のメイン舞台。多くの貴族の子供達が通っている。それから才能のある平民も。この学園を卒業することは、一種のステータスなのだ。
「ポーションが手に入りそうなんだ。それも作製方法も一緒に」
「昨日仰ってましたね」
レオハルトは少し嬉しそうな、同時に困ったような表情だった。
しかしタイミングが良すぎる。それにどうして辺境伯夫妻を退席させたんだ。そんなヤバいものなのか?
「正確にはポーションじゃなくて、魔力を回復する粉薬なんだよ」
フィンリー様はそれはもう嬉しそうに答える。
「でもそれって本物なの?」
ルカの疑問はもっともだ。ポーションなんて、この国じゃあそんな簡単に手に入る代物ではない。
「ああ! ちゃんと試したから大丈夫だ!」
え?
「誰がお試しになったのですか?」
ジェフリーが恐る恐る尋ねる。
「僕だよ」
(嘘でしょ。そんなニッコリと……フィンリー様……)
私は一気に血の気が引いていくのを感じた。そして、
「なんてことを!!!!!!!」
急いでフィンリー様の体内を治癒魔法でチェックする。隅から隅まで、細部にわたり確認する。どうやら問題ないようだ。
「レオハルト様!!!」
「僕にあたるな! ちゃんと止めたに決まってるだろう!」
もし毒だったらどうするつもりだったんだ……不用意過ぎる。それがたとえ大好きな兄の為とは言え、あまりにも短絡的すぎだ。原作でもそうだった。フィンリー様はどうも自分の命の価値を軽視し過ぎている。これは今後絶対に改めてもらわなければ。
「フィンリー様、もう二度と絶対にこんな軽率な事はしないでくださいませ!!!」
「あ、ああ……」
「よろしいですね!!!」
「わ、わかった!」
フィンリー様に対して初めてこんなに強く出た。だけどちゃんとわかっているか怪しい。これから気をつけなきゃ。
「えーっとそれで……なにを辺境伯に聞かせたくないの? 怪しい薬じゃなくて本物なんでしょ?」
ルカが話を戻してくれた。
「出所がマズいんだ。隣国の王子からだから」
「まさか! トルーア王子!?」
「王子が母国の大切な知識を売るとは……」
それで辺境伯夫妻は知らない方がいいと言ったのか。もし夫妻が承知の上で隣国の秘密情報の売買がおこなわれたら、即国際問題だろう。バレた後が大変だ。
「金額も安くはないが、別に買えない額ではない。ただ僕は辺境伯と同様の理由で買えない。後々知れたら厄介じゃ済まないからな」
「なのでもう私が直接買おうかと」
フレッドは肩をすくめて、悪さを働いたのがバレた子供のような表情になっている。フレッドが購入したことがバレても問題にはなるだろうが、現状では購入者として一番マシではある、と言い訳していた。
「相手も売る相手は厳選しているようでした。支払い能力があって、尚且つポーションを購入したことが知られたくない。もしくは秘密を厳守できる相手がよかったようです」
「売る側の都合もあるのですね」
しかしフレッド、辺境伯を通さずそんなにお金があるのだろうか?
「ジェフリーが言ってたことを思い出したんだ。フレッドの服を騎士団に売り込もう」
確かにあの動きやすくて丈夫な服を着れば、騎士団のパフォーマンスも上がるだろう。そういえば、この衣料事業はフレッドがやってるって言ってたっけ。
「それでリディアナ様に騎士団総長へお口添えをいただきたいのです」
「わかりました」
そんな事しなくてもあの服を一度でも着たら問題ないと思うけど。総長にはしっかり恩を売ってあるので問題はないだろう。
「それにしても……どうしてトルーア王子は、そのような大切な情報を売ってまでお金を必要とされているのですか?」
王子なら国に帰ればいくらでもあるだろうに。
「夫人が三つ子を妊娠されたらしい」
ん? 夫人? 誰の? 妊娠? 三つ子?
「トルーア様がご結婚されたのは知りませんでした」
「愛する人と駆け落ちしたそうだ。お相手が平民らしくってな……」
「な、なるほど……」
「フローレス家に子供の状態を見てもらいたいとも言っていた。生まれるまで安静にさせたいらしい」
「うちは母達も、私達も双子ですからね。その辺祖父は強いと思います」
多胎はやはり通常よりリスクが高い。治癒師の側での出産が一番安心なのだ。それにフローレス家に頼むならお金はあるだけあった方がいい。
「まさかトルーア王子がこの国に来たのって、強力な治癒魔法を望めるからですか?」
我が国は自分で言うのもなんだが、世界有数の高レベルな治癒師がいる国だ。
「ああ、この話を持って接触してきたのはあちらからなんだ」
じゃあ買取場で見かけた時、すでにこちらの正体はバレていたのかもしれない。なかなか侮れないな。
「三つ子ちゃんになにか?」
「いや、そう言うわけではないそうだ。ただリスクが上がる分、少しでも不安を取り除きたいらしい」
トルーア王子、なかなか行動力がある。国より愛する家族を選んだのか。
「なんとかなりそうですね」
ジェフリーがそう言うんだからなんとかなると思えた。ちょっと思ってたよりはずっと大事にはなったけど。
「私は最高の弟を持った幸福者だ! こんな素晴らしい友人がいるんだから……本当にありがとう!」
ついに自分の回復が現実的になってきたからか、目に涙をいっぱい溜めている。フィンリー様は嬉しそうだが、同時に照れくさいらしく、綺麗な頬っぺたをかいていた。
(伯父様とお母様の名前がないわ)
気まずくて呼べないのか、やはり母のことは認められないのか、伯父は貴族じゃないから不適格とされているのか。
「このようなこと……リディアナ様とルカ様にお尋ねするべきではないと百も承知なのですが、その……サーシャ様やルーク様は我々のことをご不快に思っておられるでしょうか?」
そこそこ力を持つ辺境伯がおずおずと尋ねてきた。
気まずくて名前を出せないパターンだったようだ。国内の評価だと、治癒師としての最高クラスは母と叔母、後はこの二人に比べると残念だが見劣りする。伯父はもちろん最高クラスに入るだろう。どうなってるんだあの三兄妹。
「母はありえますが、伯父は全く気にしていないと思います」
ルカがハッキリと答えた。現当主をすっとばして前当主に話を持っていかれた母は間違いなくムカついているだろう。だが伯父はそもそも元貴族としてのプライドが足りない。欠けているという表現の方が正しい。
「伯父は呼ばれたら喜びます、きっと」
フレッドを含めた未成年者全員が頷く。
「できればルーク様にお願いしたいです。私のことをずっと励ましてくれて、領の話をとても楽しそうに聞いてくれて……またお会いしたい」
「……わかった。手紙を書こう。必要があれば直接お願いしに行くよ」
辺境伯は家族のためになら、自身の身分など気にせず、今は平民である伯父にも頭を下げることができるのだろう。いや、やはり伯父は特別か?
「あ! でも伯父にすると、お待たせするかもしれません……」
私もルカと同じところが気になっていた。伯父は以前と違って働いている。人材不足の治癒師部隊にいて、長期間休みなど取れるのだろうか。
「おそらく今から他の治癒師の方にお願いしても、どこから魔力が漏れているか確認するだけでかなりの時間がかかるでしょう。それから治療方法の確認、となると……結局はルーク様にお願いするのが一番早くい可能性が高いと思います」
ゴーシェの言葉に全員が納得した。私も何度か魔力が漏れ出ている箇所を確認しようとしたが、あらかじめ場所がわかっていたからこそ確認することができた。針に糸を通すような集中力と神経を使って、終わった後くらくらした。伯父はこれを全身におこなったなんて信じられない。未来で得るはずの称号、歴代最高の魔術師としてのプライドがズタズタだ。
「ゆっくり待つよ。ルーク様を急かせるつもりは少しもない。どうやら学園へも戻れそうだし」
「そうなのか!?」
辺境伯夫妻もこれは初耳だったようだ。
「申し訳ないが、この件に関しては二人は知らない方がいいと思う」
レオハルトがそう告げると、辺境伯はえぇっと少し不安そうに、辺境伯夫人はあらあらいったいどんなことかしら、と興味深そうにしていたが、夫妻は素直に部屋を出てくれた。
フレッドはその症状のため、魔術学園へ戻れないでいた。魔術学園は原作『アイリスの瞳』のメイン舞台。多くの貴族の子供達が通っている。それから才能のある平民も。この学園を卒業することは、一種のステータスなのだ。
「ポーションが手に入りそうなんだ。それも作製方法も一緒に」
「昨日仰ってましたね」
レオハルトは少し嬉しそうな、同時に困ったような表情だった。
しかしタイミングが良すぎる。それにどうして辺境伯夫妻を退席させたんだ。そんなヤバいものなのか?
「正確にはポーションじゃなくて、魔力を回復する粉薬なんだよ」
フィンリー様はそれはもう嬉しそうに答える。
「でもそれって本物なの?」
ルカの疑問はもっともだ。ポーションなんて、この国じゃあそんな簡単に手に入る代物ではない。
「ああ! ちゃんと試したから大丈夫だ!」
え?
「誰がお試しになったのですか?」
ジェフリーが恐る恐る尋ねる。
「僕だよ」
(嘘でしょ。そんなニッコリと……フィンリー様……)
私は一気に血の気が引いていくのを感じた。そして、
「なんてことを!!!!!!!」
急いでフィンリー様の体内を治癒魔法でチェックする。隅から隅まで、細部にわたり確認する。どうやら問題ないようだ。
「レオハルト様!!!」
「僕にあたるな! ちゃんと止めたに決まってるだろう!」
もし毒だったらどうするつもりだったんだ……不用意過ぎる。それがたとえ大好きな兄の為とは言え、あまりにも短絡的すぎだ。原作でもそうだった。フィンリー様はどうも自分の命の価値を軽視し過ぎている。これは今後絶対に改めてもらわなければ。
「フィンリー様、もう二度と絶対にこんな軽率な事はしないでくださいませ!!!」
「あ、ああ……」
「よろしいですね!!!」
「わ、わかった!」
フィンリー様に対して初めてこんなに強く出た。だけどちゃんとわかっているか怪しい。これから気をつけなきゃ。
「えーっとそれで……なにを辺境伯に聞かせたくないの? 怪しい薬じゃなくて本物なんでしょ?」
ルカが話を戻してくれた。
「出所がマズいんだ。隣国の王子からだから」
「まさか! トルーア王子!?」
「王子が母国の大切な知識を売るとは……」
それで辺境伯夫妻は知らない方がいいと言ったのか。もし夫妻が承知の上で隣国の秘密情報の売買がおこなわれたら、即国際問題だろう。バレた後が大変だ。
「金額も安くはないが、別に買えない額ではない。ただ僕は辺境伯と同様の理由で買えない。後々知れたら厄介じゃ済まないからな」
「なのでもう私が直接買おうかと」
フレッドは肩をすくめて、悪さを働いたのがバレた子供のような表情になっている。フレッドが購入したことがバレても問題にはなるだろうが、現状では購入者として一番マシではある、と言い訳していた。
「相手も売る相手は厳選しているようでした。支払い能力があって、尚且つポーションを購入したことが知られたくない。もしくは秘密を厳守できる相手がよかったようです」
「売る側の都合もあるのですね」
しかしフレッド、辺境伯を通さずそんなにお金があるのだろうか?
「ジェフリーが言ってたことを思い出したんだ。フレッドの服を騎士団に売り込もう」
確かにあの動きやすくて丈夫な服を着れば、騎士団のパフォーマンスも上がるだろう。そういえば、この衣料事業はフレッドがやってるって言ってたっけ。
「それでリディアナ様に騎士団総長へお口添えをいただきたいのです」
「わかりました」
そんな事しなくてもあの服を一度でも着たら問題ないと思うけど。総長にはしっかり恩を売ってあるので問題はないだろう。
「それにしても……どうしてトルーア王子は、そのような大切な情報を売ってまでお金を必要とされているのですか?」
王子なら国に帰ればいくらでもあるだろうに。
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「トルーア様がご結婚されたのは知りませんでした」
「愛する人と駆け落ちしたそうだ。お相手が平民らしくってな……」
「な、なるほど……」
「フローレス家に子供の状態を見てもらいたいとも言っていた。生まれるまで安静にさせたいらしい」
「うちは母達も、私達も双子ですからね。その辺祖父は強いと思います」
多胎はやはり通常よりリスクが高い。治癒師の側での出産が一番安心なのだ。それにフローレス家に頼むならお金はあるだけあった方がいい。
「まさかトルーア王子がこの国に来たのって、強力な治癒魔法を望めるからですか?」
我が国は自分で言うのもなんだが、世界有数の高レベルな治癒師がいる国だ。
「ああ、この話を持って接触してきたのはあちらからなんだ」
じゃあ買取場で見かけた時、すでにこちらの正体はバレていたのかもしれない。なかなか侮れないな。
「三つ子ちゃんになにか?」
「いや、そう言うわけではないそうだ。ただリスクが上がる分、少しでも不安を取り除きたいらしい」
トルーア王子、なかなか行動力がある。国より愛する家族を選んだのか。
「なんとかなりそうですね」
ジェフリーがそう言うんだからなんとかなると思えた。ちょっと思ってたよりはずっと大事にはなったけど。
「私は最高の弟を持った幸福者だ! こんな素晴らしい友人がいるんだから……本当にありがとう!」
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