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第二部 元悪役令嬢の学園生活
25 安請け合い
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生徒も誰もいない朝早くに医務室へ向かう。静まり返った校内にヒールの音が気持ちよく響き渡っている。
「起きなさい」
ベッドの側で大きくヒールのカンッと音を鳴らし、出来るだけ冷たく言い放つ。その音に驚いて飛び起きたレヴィリオは私の方を向いて目を見開いた。
「第一王子の女が何の用だよ」
あくびをし、馬鹿にするように半笑いで話しかけてきた。私のことは知っているようだ。
「この愚鈍な女がお前から必要な情報を持って帰らなかったからわざわざ来てあげたのよ」
「申し訳ございません……」
アイリスは下を向き、手をぎゅっと握りしめている。レヴィリオはその様子を不審そうに見つめていた。
(そうそう。実際の私と、噂の私との違和感をしっかり感じるのよ!)
「さっさと椅子を持ってきなさい! 本当に役に立たないわね」
「は、はい!」
(笑っちゃダメよアイリス!)
ずっと下を向いたまま肩を震わせている。レヴィリオはさらにアイリスから目を離せなくなっているようだ。どうか怯えて震える平民に見えますように。
「お前が使った薬の情報を話しなさい」
「そこの震えてる女に言っただろ! その話はしねーんだよ」
アイリスの様子を横目で見ながら言い捨てる。
「ではいくら?」
「はっ。金なんかで話すかよ」
そうしてこれ以上付き合うつもりはないと言いたげに再びベッドへ寝転がってしまった。
「これは質問でなく、め、命令ですよ!」
小者を演出するために、アイリスがオドオドと私を伺いながらレヴィリオに噛みつく。
「お黙り!」
私が指をパチリと弾くと、アイリスが小さく悲鳴を上げて倒れた。室内に風が舞いカーテンが大きく揺れる。もちろん演技だ。レヴィリオは寝転がっていて、私たちの行動は見えていないだろう。防御魔法に私の風魔法がぶつかった音に驚いて急いで体を起こした。自分も攻撃されるかもと焦っているのがわかる。
「次期王妃になるかもしれない公爵令嬢が平民いじめかよ」
「これは躾よ」
レヴィリオ、先程のように半笑いだが今度はキチンと笑えていない。まさか私が暴力に訴えるとは思っていなかったようだ。
(これくらいでビビるんだから狂犬なんてあだ名は返上させて可愛いチワワちゃんって呼んじゃうわよ)
ただ強がってキャンキャン吠えるだけじゃないか。
「噂と随分違うじゃねぇか。このネタだけでしばらく食っていけそうだな」
口元がひくついていて焦っているのがわかる。なんとか私を脅して優位に立とうとしているのだろう。
「アハハ! 誰がお前の言葉など信じるのかしら! お前の言葉より噂通りの私を信じるに決まっているでしょう」
「チッ!」
舌打ちをして目を逸らした。どうしていいかわからないのか、ヨタヨタと起き上がるフリをしているアイリスをただ見つめていた。気にかけるような視線だ。なんだこの違和感。
「お前、何がしたかったの?」
「あ?」
当然の疑問だろう。少なくとも原作ではただの不良レベルだったのに、今回はその上をいっている。だけどこちらの暴力にはすぐにビビる小心者ときた。なんだかチグハグだ。
「魔力増強剤でも飲めば強くなって嫡子にでもなれると思ったのかしら」
「……」
え、マジでそのつもりだったの!? まあこの国、嫡子以外はなかなか成人後の生活がシビアだからわかるけど。この学園で婚活を頑張っている者は多いし、嫡子相手に自分の能力をアピールしてスカウト待ちする者もいる。もちろん、宮廷魔術師や騎士を目指す者、文官狙いの者などそれぞれ将来を見据えて授業を受けている。レヴィリオのような生活態度ならお先真っ暗だろう。どの職業もライバルは多い。
「別に嫡子になりてぇわけじゃねーよ。俺の実力をわかってない奴らに教えてやったんだ!」
本当はすごい俺をわかってくれないってか。ただの承認欲求を満たしたいだけか。しょうもない男だ。
「魔力増強剤なんて使ってもお前の実力の証明になんてならないでしょうに」
「……」
本人にもそれはわかっているか、俯いてしまい反論してこない。
「せっかく骨のある奴が出たかと思ったのに残念だわ」
そう言い捨て、アイリスの方に向き直す。
「まったく! お前も特殊魔法が二つ使えると言うから側に置いてあげてるというのに、少しも役に立たないなんて腹立たしい」
そう言って手に扇子を持ち大きく振り上げた。もう一発かましたフリをしてレヴィリオをビビらせるのだ。アイリスは両腕で顔を覆うようにガードした。この動きは昨夜何度も練習したのだ。小さくシールドを張った部分にぶつけると実に痛そうな音がする。
「ヤメロ!!」
突然大声でレヴィリオが叫んだ。予想外の出来事に思わずアイリスと二人してビクッと体を震わせてしまった。
レヴィリオは少しふらついてベットから降り、裸足のままアイリスと私の前に立った。私を睨みつけている。
(今日の私は悪役令嬢、今日の私は悪役令嬢、今日の私は……)
所詮即席の悪役令嬢だ。予定外の展開に狼狽えてすぐに設定を忘れそうになる。
それにしてもどう言うことだ? さっきまでの反応は私にビビってたんじゃなくて、アイリスを心配していたのか。
「アハハ! この女を庇うの? 安心しなさい。傷なんて魔法ですぐに治るのだから」
これまでもそうして証拠隠滅してきたのよ? と、悪役令嬢の微笑を向ける。だがレヴィリオは真っ向から私を睨みつけたままだ。
「殴られた時の怖さや痛みがなくなるわけじゃねーだろうが!」
(え~!? ガチギレじゃん!)
嫌悪感を露わにしながらこちらに怒鳴りつけてくる。アイリスもこの展開にどうしていいかわからないようだ。私はすっかり彼の中で悪役令嬢にはなれたようだが、好感度は上がっていないだろう。情報も得られそうにない。
「お前如き、私の相手にはならないわよ」
「そんなもんやってみねーとわかんねーだろーが!」
手を前に構え、ふらつきながらもこれ以上アイリスに近づくなら戦闘もやむなしという体勢にまでなってきた。青ざめているが必死な顔つきだ。実力差はわかっているのだろう。
(作戦失敗ね……と言うか、もう少しレヴィリオについて調べるべきだったわ)
なんでヤバい薬使って大暴れした男が、悪役令嬢に虐げられる取り巻き未満の平民女を庇うの? 意味がわからない。
(こうなりゃ本気でボコって吐かせるか……)
なんてできもしないことを考えていると、
「ねぇ。何があったの?」
アイリスが真顔で尋ねた。もう演技しても無駄だと思ったようだ。
「ああ!? 何がって何だよ!」
だがレヴィリオはそれに気がついない。まだ私を警戒したままだ。視線を逸らさないようにしているのがわかる。
「あたしはただの平民だよ? 何で庇うの? あんた貴族派でしょ?」
「んなもんはどーでもいいんだよ! 俺はこのクソ女にムカついてんだ!」
この違和感はなに? アイリスに惚れているという訳でもなさそうだし、ムカついたからと言って第一王子の婚約者に手を出して無事で済むわけがないのに。彼も一応は貴族の生まれ、そこまで馬鹿ではないはずだ。
アイリスと目が合う。三回、大きく瞬きをした。作戦終了だ。
私は敵意がない事を示す為に両手を軽く上げた。
「アイリスを傷つけたりしないわ。さっきも防御魔法に当てただけよ」
「はあ!?」
何が何やらとアイリスの方を振り向いた。
「ごめんね~」
座って座って! と、レヴィリオのふらつく体を支えてベッドまで寄り添う。
「てめぇら! 騙しやがったのか!」
「騙されてくれたけど作戦は失敗だったわ~」
「んな!?」
今度は顔を真っ赤にして怒っている。
「卑劣な奴等め!」
「いや、薬使って大暴れした人に言われても」
あっさりと言い返されて、次の言葉をグッと言葉を飲み込んだようだった。
「ねぇ。話してみない? リディアナ、お金も権力もあるから大体のことは解決できるよ?」
「言いたかないけどその通りよ」
「……」
何やら悩んでいる様子になった。これはもう一押ししたらいけるかもしれない。
「このままじゃ本当に退学よ? そうしたら貴方の将来も、リッグス家にも大ダメージじゃない」
「それでいいんだよ!!」
「え!?」
それでいいってなに? このままじゃマジで犯罪者扱いで憲兵に引き渡されちゃうけど、そうなったら大騒ぎになる。貴族の地下牢行きなんて不名誉の極みだ。リッグス一家も大変だろう。下手すれば未婚の妹の将来に暗い影を落とすことになる。
「俺の家を潰してくれ」
あーあ。安請け合いするんじゃなかった。
「起きなさい」
ベッドの側で大きくヒールのカンッと音を鳴らし、出来るだけ冷たく言い放つ。その音に驚いて飛び起きたレヴィリオは私の方を向いて目を見開いた。
「第一王子の女が何の用だよ」
あくびをし、馬鹿にするように半笑いで話しかけてきた。私のことは知っているようだ。
「この愚鈍な女がお前から必要な情報を持って帰らなかったからわざわざ来てあげたのよ」
「申し訳ございません……」
アイリスは下を向き、手をぎゅっと握りしめている。レヴィリオはその様子を不審そうに見つめていた。
(そうそう。実際の私と、噂の私との違和感をしっかり感じるのよ!)
「さっさと椅子を持ってきなさい! 本当に役に立たないわね」
「は、はい!」
(笑っちゃダメよアイリス!)
ずっと下を向いたまま肩を震わせている。レヴィリオはさらにアイリスから目を離せなくなっているようだ。どうか怯えて震える平民に見えますように。
「お前が使った薬の情報を話しなさい」
「そこの震えてる女に言っただろ! その話はしねーんだよ」
アイリスの様子を横目で見ながら言い捨てる。
「ではいくら?」
「はっ。金なんかで話すかよ」
そうしてこれ以上付き合うつもりはないと言いたげに再びベッドへ寝転がってしまった。
「これは質問でなく、め、命令ですよ!」
小者を演出するために、アイリスがオドオドと私を伺いながらレヴィリオに噛みつく。
「お黙り!」
私が指をパチリと弾くと、アイリスが小さく悲鳴を上げて倒れた。室内に風が舞いカーテンが大きく揺れる。もちろん演技だ。レヴィリオは寝転がっていて、私たちの行動は見えていないだろう。防御魔法に私の風魔法がぶつかった音に驚いて急いで体を起こした。自分も攻撃されるかもと焦っているのがわかる。
「次期王妃になるかもしれない公爵令嬢が平民いじめかよ」
「これは躾よ」
レヴィリオ、先程のように半笑いだが今度はキチンと笑えていない。まさか私が暴力に訴えるとは思っていなかったようだ。
(これくらいでビビるんだから狂犬なんてあだ名は返上させて可愛いチワワちゃんって呼んじゃうわよ)
ただ強がってキャンキャン吠えるだけじゃないか。
「噂と随分違うじゃねぇか。このネタだけでしばらく食っていけそうだな」
口元がひくついていて焦っているのがわかる。なんとか私を脅して優位に立とうとしているのだろう。
「アハハ! 誰がお前の言葉など信じるのかしら! お前の言葉より噂通りの私を信じるに決まっているでしょう」
「チッ!」
舌打ちをして目を逸らした。どうしていいかわからないのか、ヨタヨタと起き上がるフリをしているアイリスをただ見つめていた。気にかけるような視線だ。なんだこの違和感。
「お前、何がしたかったの?」
「あ?」
当然の疑問だろう。少なくとも原作ではただの不良レベルだったのに、今回はその上をいっている。だけどこちらの暴力にはすぐにビビる小心者ときた。なんだかチグハグだ。
「魔力増強剤でも飲めば強くなって嫡子にでもなれると思ったのかしら」
「……」
え、マジでそのつもりだったの!? まあこの国、嫡子以外はなかなか成人後の生活がシビアだからわかるけど。この学園で婚活を頑張っている者は多いし、嫡子相手に自分の能力をアピールしてスカウト待ちする者もいる。もちろん、宮廷魔術師や騎士を目指す者、文官狙いの者などそれぞれ将来を見据えて授業を受けている。レヴィリオのような生活態度ならお先真っ暗だろう。どの職業もライバルは多い。
「別に嫡子になりてぇわけじゃねーよ。俺の実力をわかってない奴らに教えてやったんだ!」
本当はすごい俺をわかってくれないってか。ただの承認欲求を満たしたいだけか。しょうもない男だ。
「魔力増強剤なんて使ってもお前の実力の証明になんてならないでしょうに」
「……」
本人にもそれはわかっているか、俯いてしまい反論してこない。
「せっかく骨のある奴が出たかと思ったのに残念だわ」
そう言い捨て、アイリスの方に向き直す。
「まったく! お前も特殊魔法が二つ使えると言うから側に置いてあげてるというのに、少しも役に立たないなんて腹立たしい」
そう言って手に扇子を持ち大きく振り上げた。もう一発かましたフリをしてレヴィリオをビビらせるのだ。アイリスは両腕で顔を覆うようにガードした。この動きは昨夜何度も練習したのだ。小さくシールドを張った部分にぶつけると実に痛そうな音がする。
「ヤメロ!!」
突然大声でレヴィリオが叫んだ。予想外の出来事に思わずアイリスと二人してビクッと体を震わせてしまった。
レヴィリオは少しふらついてベットから降り、裸足のままアイリスと私の前に立った。私を睨みつけている。
(今日の私は悪役令嬢、今日の私は悪役令嬢、今日の私は……)
所詮即席の悪役令嬢だ。予定外の展開に狼狽えてすぐに設定を忘れそうになる。
それにしてもどう言うことだ? さっきまでの反応は私にビビってたんじゃなくて、アイリスを心配していたのか。
「アハハ! この女を庇うの? 安心しなさい。傷なんて魔法ですぐに治るのだから」
これまでもそうして証拠隠滅してきたのよ? と、悪役令嬢の微笑を向ける。だがレヴィリオは真っ向から私を睨みつけたままだ。
「殴られた時の怖さや痛みがなくなるわけじゃねーだろうが!」
(え~!? ガチギレじゃん!)
嫌悪感を露わにしながらこちらに怒鳴りつけてくる。アイリスもこの展開にどうしていいかわからないようだ。私はすっかり彼の中で悪役令嬢にはなれたようだが、好感度は上がっていないだろう。情報も得られそうにない。
「お前如き、私の相手にはならないわよ」
「そんなもんやってみねーとわかんねーだろーが!」
手を前に構え、ふらつきながらもこれ以上アイリスに近づくなら戦闘もやむなしという体勢にまでなってきた。青ざめているが必死な顔つきだ。実力差はわかっているのだろう。
(作戦失敗ね……と言うか、もう少しレヴィリオについて調べるべきだったわ)
なんでヤバい薬使って大暴れした男が、悪役令嬢に虐げられる取り巻き未満の平民女を庇うの? 意味がわからない。
(こうなりゃ本気でボコって吐かせるか……)
なんてできもしないことを考えていると、
「ねぇ。何があったの?」
アイリスが真顔で尋ねた。もう演技しても無駄だと思ったようだ。
「ああ!? 何がって何だよ!」
だがレヴィリオはそれに気がついない。まだ私を警戒したままだ。視線を逸らさないようにしているのがわかる。
「あたしはただの平民だよ? 何で庇うの? あんた貴族派でしょ?」
「んなもんはどーでもいいんだよ! 俺はこのクソ女にムカついてんだ!」
この違和感はなに? アイリスに惚れているという訳でもなさそうだし、ムカついたからと言って第一王子の婚約者に手を出して無事で済むわけがないのに。彼も一応は貴族の生まれ、そこまで馬鹿ではないはずだ。
アイリスと目が合う。三回、大きく瞬きをした。作戦終了だ。
私は敵意がない事を示す為に両手を軽く上げた。
「アイリスを傷つけたりしないわ。さっきも防御魔法に当てただけよ」
「はあ!?」
何が何やらとアイリスの方を振り向いた。
「ごめんね~」
座って座って! と、レヴィリオのふらつく体を支えてベッドまで寄り添う。
「てめぇら! 騙しやがったのか!」
「騙されてくれたけど作戦は失敗だったわ~」
「んな!?」
今度は顔を真っ赤にして怒っている。
「卑劣な奴等め!」
「いや、薬使って大暴れした人に言われても」
あっさりと言い返されて、次の言葉をグッと言葉を飲み込んだようだった。
「ねぇ。話してみない? リディアナ、お金も権力もあるから大体のことは解決できるよ?」
「言いたかないけどその通りよ」
「……」
何やら悩んでいる様子になった。これはもう一押ししたらいけるかもしれない。
「このままじゃ本当に退学よ? そうしたら貴方の将来も、リッグス家にも大ダメージじゃない」
「それでいいんだよ!!」
「え!?」
それでいいってなに? このままじゃマジで犯罪者扱いで憲兵に引き渡されちゃうけど、そうなったら大騒ぎになる。貴族の地下牢行きなんて不名誉の極みだ。リッグス一家も大変だろう。下手すれば未婚の妹の将来に暗い影を落とすことになる。
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