悪役令嬢は推しのために命もかける〜婚約者の王子様? どうぞどうぞヒロインとお幸せに!〜

桃月とと

文字の大きさ
86 / 163
第二部 元悪役令嬢の学園生活

28 聖女になるなら

しおりを挟む
 学園長室を前にして、私もアイリスも緊張している。私は前世で校長室に呼び出された経験はないし、アイリスは何度か親同伴で呼び出しにあっていたそうだ。今回の主犯であるレヴィリオ本人から、学園長に真実を報告する。

「なんで謝んのに他人がでてくんだよ。だいたい助けを求めるなら俺から言うのが筋だろ。つーか当たり前だろうが!」

 大丈夫? 自分で言える? 代わりに言おうか? などと、直前までお節介全開でいたのだが、正論で断られてしまった。身体の方はアイリスの治療魔法のおかげか回復しており、自らの足で学園長室へと向かっていった。
 申し訳ないが、校医のワイルダー先生にはご遠慮いただいた。レヴィリオがまた暴れたらという心配があったのか、学園長室まで同行しましょうと言ってくれたのだ。多分彼は『家』とは距離を置いているが、『家』からの指示には逆らえない。だからアイリスを雇うことはしなかった。

「ワイルダー先生、そんな悪い人じゃないんだろうけどねぇ」

 それでも信用できない以上、話を聞かせるわけにはいかない。そんなことをアイリスとしながら学園長室の前でレヴィリオが出てくるのを落ち着かない気持ちのまま待っている。

「例の……ぶっ潰す方法なんだけどさぁ」

 学園長室の周りに人気はないが、念のためぼかしながらアイリスに話しかける。

「うんうん。なんかアイデアある?」
 
 私は言葉を選びながら、考えているストーリーをアイリスに話した。

「高貴な血を持つ人物を傷つけたり貶めるのって、この国では絶対に許されないことなのよ」
「まぁどこの国でもそうでしょ」
「高貴な血を持つのってさ、王族とそれから……」
「あーなるほど読めたわ」 

 アイリスの身元をバラすのだ。近い将来に本物の聖女になるという話ではなく、ただ初代聖女の末裔であるというその事実を。レヴィリオのクソ両親がアイリスに何かした後に。

(派閥のある王子じゃなくって初代聖女の末裔なら、どんな貴族もどんな平民も大騒ぎだろうしね)

 そのくらい大きく未知な存在だ。ただ、粗末な扱いは許されないことだけはハッキリわかる。

「それでいこう! レヴィの話的にの私にならいくらでも粗相してくれそう~」

 そうすればレヴィリオではなく、その両親が直接罰を受ける対象になる。リッグス家が爵位剥奪されるかはわからないが、主犯が動けなくなれば、それ以上奴隷が増えはしないだろう。

「うちのクソ親がなにすっかわかったもんじゃねぇぞ!?」

 学園長室から出てきたレヴィリオが大声を上げたのですぐにいさめる。彼は膨大な課題と補習と反省文と社会奉仕と引き換えに無事学園への残留が決まり、尚且つ何かあった時に助けてもらえることになったそうだ。ただ、学園長がレヴィリオの両親を止める為に積極的に動くということではなく、あくまで補助的な役割のみということで話が付いた。

「生徒を守るのが私の仕事の一つです」

 思っていた以上にアッサリと承諾を得ることができ、なんとも腑抜けた顔をして重そうな扉から出てきたレヴィリオは、私達の顔を見て大きく長い溜息をついたのだった。

「なぁんか今までの俺が馬鹿みてぇじゃねーか」
「いやいや、これまでの行動があったからこその今だって!」

 その言葉を受け入れたわけではなさそうだったが、そう思い込むことにしたようだった。

 場所を変えて朝食を取りながら、コソコソと先ほどの説明をレヴィリオにするも、いちいち反応が大きい。アイリスの正体をバラした時なんかは椅子から落ちんばかりのリアクションを披露してくれた。

「別に本当にどうこうさせる必要ないわよ。いくらでもでっち上げられるし」
「なっ!? でっち上げ!?」

 別にアイリスの身体に傷をつける必要はない。というかそんなことさせられない。服でもなんでも持ち物に傷を付ければ大事にはできる。そのくらいこの国では初代聖女は特別だ。その子孫も例外ではないだろう。レヴィリオと違って私とアイリスの目標設定は低い。
 屋敷からレヴィリオの妹と彼女の好きな相手を連れ出せれば勝ちだと思っている。リッグス家の屋敷内が混乱して当主夫妻が不在であればそれも可能だろう。レヴィリオは家族全員で罰を受けるべきだと考えているようだから爵位剥奪にこだわっているが。

「ちょい痛い程度の怪我ならいいよ~~~」

 よくないよくない! アイリスもちょっとフィンリー様みたいなところがあるから気を付けないと。

「怪我させられたけど治療しましたって言ってもいいかもね。私ら治癒師だし」
「……これが若き聖女と噂される女から出てくる言葉かよ」
「何それ!?」

 なんと一部の平民の間で私のことをそのように呼ぶ人達がいるらしい。奨学金も含め、平民向けの奉仕活動を多くしているためだろうが、悪役令嬢のはずが聖女と呼ばれるまでになるとはなんとも感慨深いものがある。ほとんどが人気取りのためにしたことだから相変わらず罪悪感はあるのだが。

「なんで初代のこと黙ってんだ? 言えば贅沢三昧な毎日だぞ」
「別にそれはあんま興味ないかな~治癒師としての力があればそれなりに稼げるしさ」
「嫌味な奴だな」
 
 アイリスはわざとらしくほくそ笑んで、レヴィリオはわざとらしく呆れた表情を返した。

「それより大騒ぎになる方がダルいっていうか……本当は公表するなら来年以降狙ってたんだけどまあいいわ」

 個人的に驚いたのは、アイリスが聖女になることを望んでいたということだ。てっきり平々凡々と暮らしたいものだと思っていた。華やかな暮らしにも権力にもあまり興味がないようだし。聖女の責任はなかなか重い。現聖女の叔母が身内にいるからこそのその大変さがわかる。だがアイリスはそれを理解しているようだった。その上で望んでいる。

『アランがさ……あの……あたしの好きな人がさ、聖騎士に憧れててさ!』

 ほんの数日前、自室のベッドの上で、顔を背けながら照れたように笑っていたアイリスは挙動不審な動きをしながら教えてくれた。聖騎士は聖女を守るためだけに存在する。この国では彼らだけ王や王族以外を一番に考えることが許されているのだ。

『私が聖女になればアランの夢も叶いやすくなるっつーか……聖女権限で聖騎士も選べるって聞いたし』
『へぇ~』

 急に出てきた恋バナに反応が出遅れてなんとも気のない返答になってしまったのだが、アイリスはそれが疑いの声に聞こえてしまったようだ。

『いやごめんうそっ! アイツが他の女守るのが嫌なだけ! あたしだけがいい! だから聖女になりたいの! ずっと一緒にいられるし!』

 捲し立てるように語り始めたかと思うと、うわぁぁぁ! と突然頭を抱えたまま枕にうずくまってしまった。

『大丈夫!!! わかる! わかるよ!!!』
『ホント……?』
『ガチ恋してたら同担拒否は当たり前じゃん』
『ダサい告白したついでに聞いてほしんだけどさ……』

 むくりと顔を上げて、ポツポツと話し始めた。
 どうやらアイリスはその彼が聖騎士に憧れるよう仕向けたらしい。彼女の住んでいた村では、アイリスやその家族を守ることが第一とされていた。初代聖女は静かにひっそり暮らすことを望んでおり、その願いを代々受け継いでいたのだ。そのアランも村の決まり通り、アイリスをいつも守っていた。だがそれはアイリスが村を出ることによって終わりを告げる。あくまで村内で暮らす限り、という決まりも同時に定められていたからだ。

『自分が聖女になるって決まってるもんだと思って生きてきたらさぁ……聖騎士団の訪問に合わせて村を抜け出してね。あの人達ってマジでいい人達の集まりじゃん? わざとぶつかってみたんだけど、親切で優しくて、計画通りアランの憧れの職業になったわけよ』

 聖騎士は騎士の中でもエリート中のエリートだ。腕前はもちろんだが、知性、品性、経験を問われ、その上で聖女である叔母に選ばれないといけない。叔母は人を見抜く力に長けているので現聖騎士達の人柄は間違いないだろう。

(罪悪感ありありって顔しちゃって……)

 きっかけはどうであれ、よっぽどの覚悟と努力がなければ聖騎士にはなれない。アイリスの想い人はそのくらい強く憧れたということだ。
 
『なかなかやるじゃん!』

 思いっきり笑顔でアイリスを褒めてみる。少しでも罪悪感が薄れるように。

『でしょ? だけどまずは村から出るためにこの学園に入学してもらわなきゃ』
『必要なら奨学生の枠増やすわよ?』

 聖騎士にしてあげることはできないが、お陰様で入学のための支援実績はできている。
 アイリスが聖女になってくれたら私としても安心だ。私達の世代で聖女になるようなレベルというと、我々二人を除くと妹のソフィアかシェリーだが、どちらも聖女向きの性格ではない。
 だが出自が明らかにならなくとも、聖女には一番の治癒能力を持つ者がなるのだから、現時点ではアイリスだろう。それでも確実に聖女になるために、学園入学後公表するつもりだったそうだ。

『アハハ! 怪しい時は土下座しようと思ってた!』

 冗談っぽく笑っているが、アイリスならやりかねないな……。

 レヴィリオ妹救出作戦は夏季休暇中に決行する。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

一級魔法使いになれなかったので特級厨師になりました

しおしお
恋愛
魔法学院次席卒業のシャーリー・ドットは、 「一級魔法使いになれなかった」という理由だけで婚約破棄された。 ――だが本当の理由は、ただの“うっかり”。 試験会場を間違え、隣の建物で行われていた 特級厨師試験に合格してしまったのだ。 気づけばシャーリーは、王宮からスカウトされるほどの “超一流料理人”となり、国王の胃袋をがっちり掴む存在に。 一方、学院首席で一級魔法使いとなった ナターシャ・キンスキーは、大活躍しているはずなのに―― 「なんで料理で一番になってるのよ!?  あの女、魔法より料理の方が強くない!?」 すれ違い、逃げ回り、勘違いし続けるナターシャと、 天然すぎて誤解が絶えないシャーリー。 そんな二人が、魔王軍の襲撃、国家危機、王宮騒動を通じて、 少しずつ距離を縮めていく。 魔法で国を守る最強魔術師。 料理で国を救う特級厨師。 ――これは、“敵でもライバルでもない二人”が、 ようやく互いを認め、本当の友情を築いていく物語。 すれ違いコメディ×料理魔法×ダブルヒロイン友情譚! 笑って、癒されて、最後は心が温かくなる王宮ラノベ、開幕です。

将来を誓い合った王子様は聖女と結ばれるそうです

きぬがやあきら
恋愛
「聖女になれなかったなりそこない。こんなところまで追って来るとはな。そんなに俺を忘れられないなら、一度くらい抱いてやろうか?」 5歳のオリヴィエは、神殿で出会ったアルディアの皇太子、ルーカスと恋に落ちた。アルディア王国では、皇太子が代々聖女を妻に迎える慣わしだ。しかし、13歳の選別式を迎えたオリヴィエは、聖女を落選してしまった。 その上盲目の知恵者オルガノに、若くして命を落とすと予言されたオリヴィエは、せめてルーカスの傍にいたいと、ルーカスが団長を務める聖騎士への道へと足を踏み入れる。しかし、やっとの思いで再開したルーカスは、昔の約束を忘れてしまったのではと錯覚するほど冷たい対応で――?

【完結】乙女ゲーム開始前に消える病弱モブ令嬢に転生しました

佐倉穂波
恋愛
 転生したルイシャは、自分が若くして死んでしまう乙女ゲームのモブ令嬢で事を知る。  確かに、まともに起き上がることすら困難なこの体は、いつ死んでもおかしくない状態だった。 (そんな……死にたくないっ!)  乙女ゲームの記憶が正しければ、あと数年で死んでしまうルイシャは、「生きる」ために努力することにした。 2023.9.3 投稿分の改稿終了。 2023.9.4 表紙を作ってみました。 2023.9.15 完結。 2023.9.23 後日談を投稿しました。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

悪役令嬢ですが、当て馬なんて奉仕活動はいたしませんので、どうぞあしからず!

たぬきち25番
恋愛
 気が付くと私は、ゲームの中の悪役令嬢フォルトナに転生していた。自分は、婚約者のルジェク王子殿下と、ヒロインのクレアを邪魔する悪役令嬢。そして、ふと気が付いた。私は今、強大な権力と、惚れ惚れするほどの美貌と身体、そして、かなり出来の良い頭を持っていた。王子も確かにカッコイイけど、この世界には他にもカッコイイ男性はいる、王子はヒロインにお任せします。え? 当て馬がいないと物語が進まない? ごめんなさい、王子殿下、私、自分のことを優先させて頂きまぁ~す♡ ※マルチエンディングです!! コルネリウス(兄)&ルジェク(王子)好きなエンディングをお迎えください m(_ _)m 2024.11.14アイク(誰?)ルートをスタートいたしました。 楽しんで頂けると幸いです。 ※他サイト様にも掲載中です

王子の片思いに気付いたので、悪役令嬢になって婚約破棄に協力しようとしてるのに、なぜ執着するんですか?

いりん
恋愛
婚約者の王子が好きだったが、 たまたま付き人と、 「婚約者のことが好きなわけじゃないー 王族なんて恋愛して結婚なんてできないだろう」 と話ながら切なそうに聖女を見つめている王子を見て、王子の片思いに気付いた。 私が悪役令嬢になれば、聖女と王子は結婚できるはず!と婚約破棄を目指してたのに…、 「僕と婚約破棄して、あいつと結婚するつもり?許さないよ」 なんで執着するんてすか?? 策略家王子×天然令嬢の両片思いストーリー 基本的に悪い人が出てこないほのぼのした話です。 他小説サイトにも投稿しています。

実は家事万能な伯爵令嬢、婚約破棄されても全く問題ありません ~追放された先で洗濯した男は、伝説の天使様でした~

空色蜻蛉
恋愛
「令嬢であるお前は、身の周りのことは従者なしに何もできまい」 氷薔薇姫の異名で知られるネーヴェは、王子に婚約破棄され、辺境の地モンタルチーノに追放された。 「私が何も出来ない箱入り娘だと、勘違いしているのね。私から見れば、聖女様の方がよっぽど箱入りだけど」 ネーヴェは自分で屋敷を掃除したり美味しい料理を作ったり、自由な生活を満喫する。 成り行きで、葡萄畑作りで泥だらけになっている男と仲良くなるが、実は彼の正体は伝説の・・であった。

転生してモブだったから安心してたら最恐王太子に溺愛されました。

琥珀
恋愛
ある日突然小説の世界に転生した事に気づいた主人公、スレイ。 ただのモブだと安心しきって人生を満喫しようとしたら…最恐の王太子が離してくれません!! スレイの兄は重度のシスコンで、スレイに執着するルルドは兄の友人でもあり、王太子でもある。 ヒロインを取り合う筈の物語が何故かモブの私がヒロインポジに!? 氷の様に無表情で周囲に怖がられている王太子ルルドと親しくなってきた時、小説の物語の中である事件が起こる事を思い出す。ルルドの為に必死にフラグを折りに行く主人公スレイ。 このお話は目立ちたくないモブがヒロインになるまでの物語ーーーー。

処理中です...