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第二部 元悪役令嬢の学園生活
28 聖女になるなら
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学園長室を前にして、私もアイリスも緊張している。私は前世で校長室に呼び出された経験はないし、アイリスは何度か親同伴で呼び出しにあっていたそうだ。今回の主犯であるレヴィリオ本人から、学園長に真実を報告する。
「なんで謝んのに他人がでてくんだよ。だいたい助けを求めるなら俺から言うのが筋だろ。つーか当たり前だろうが!」
大丈夫? 自分で言える? 代わりに言おうか? などと、直前までお節介全開でいたのだが、正論で断られてしまった。身体の方はアイリスの治療魔法のおかげか回復しており、自らの足で学園長室へと向かっていった。
申し訳ないが、校医のワイルダー先生にはご遠慮いただいた。レヴィリオがまた暴れたらという心配があったのか、学園長室まで同行しましょうと言ってくれたのだ。多分彼は『家』とは距離を置いているが、『家』からの指示には逆らえない。だからアイリスを雇うことはしなかった。
「ワイルダー先生、そんな悪い人じゃないんだろうけどねぇ」
それでも信用できない以上、話を聞かせるわけにはいかない。そんなことをアイリスとしながら学園長室の前でレヴィリオが出てくるのを落ち着かない気持ちのまま待っている。
「例の……ぶっ潰す方法なんだけどさぁ」
学園長室の周りに人気はないが、念のためぼかしながらアイリスに話しかける。
「うんうん。なんかアイデアある?」
私は言葉を選びながら、考えているストーリーをアイリスに話した。
「高貴な血を持つ人物を傷つけたり貶めるのって、この国では絶対に許されないことなのよ」
「まぁどこの国でもそうでしょ」
「高貴な血を持つのってさ、王族とそれから……」
「あーなるほど読めたわ」
アイリスの身元をバラすのだ。近い将来に本物の聖女になるという話ではなく、ただ初代聖女の末裔であるというその事実を。レヴィリオのクソ両親がアイリスに何かした後に。
(派閥のある王子じゃなくって初代聖女の末裔なら、どんな貴族もどんな平民も大騒ぎだろうしね)
そのくらい大きく未知な存在だ。ただ、粗末な扱いは許されないことだけはハッキリわかる。
「それでいこう! レヴィの話的に平民の私にならいくらでも粗相してくれそう~」
そうすればレヴィリオではなく、その両親が直接罰を受ける対象になる。リッグス家が爵位剥奪されるかはわからないが、主犯が動けなくなれば、それ以上奴隷が増えはしないだろう。
「うちのクソ親がなにすっかわかったもんじゃねぇぞ!?」
学園長室から出てきたレヴィリオが大声を上げたのですぐにいさめる。彼は膨大な課題と補習と反省文と社会奉仕と引き換えに無事学園への残留が決まり、尚且つ何かあった時に助けてもらえることになったそうだ。ただ、学園長がレヴィリオの両親を止める為に積極的に動くということではなく、あくまで補助的な役割のみということで話が付いた。
「生徒を守るのが私の仕事の一つです」
思っていた以上にアッサリと承諾を得ることができ、なんとも腑抜けた顔をして重そうな扉から出てきたレヴィリオは、私達の顔を見て大きく長い溜息をついたのだった。
「なぁんか今までの俺が馬鹿みてぇじゃねーか」
「いやいや、これまでの行動があったからこその今だって!」
その言葉を受け入れたわけではなさそうだったが、そう思い込むことにしたようだった。
場所を変えて朝食を取りながら、コソコソと先ほどの説明をレヴィリオにするも、いちいち反応が大きい。アイリスの正体をバラした時なんかは椅子から落ちんばかりのリアクションを披露してくれた。
「別に本当にどうこうさせる必要ないわよ。いくらでもでっち上げられるし」
「なっ!? でっち上げ!?」
別にアイリスの身体に傷をつける必要はない。というかそんなことさせられない。服でもなんでも持ち物に傷を付ければ大事にはできる。そのくらいこの国では初代聖女は特別だ。その子孫も例外ではないだろう。レヴィリオと違って私とアイリスの目標設定は低い。
屋敷からレヴィリオの妹と彼女の好きな相手を連れ出せれば勝ちだと思っている。リッグス家の屋敷内が混乱して当主夫妻が不在であればそれも可能だろう。レヴィリオは家族全員で罰を受けるべきだと考えているようだから爵位剥奪にこだわっているが。
「ちょい痛い程度の怪我ならいいよ~~~」
よくないよくない! アイリスもちょっとフィンリー様みたいなところがあるから気を付けないと。
「怪我させられたけど治療しましたって言ってもいいかもね。私ら治癒師だし」
「……これが若き聖女と噂される女から出てくる言葉かよ」
「何それ!?」
なんと一部の平民の間で私のことをそのように呼ぶ人達がいるらしい。奨学金も含め、平民向けの奉仕活動を多くしているためだろうが、悪役令嬢のはずが聖女と呼ばれるまでになるとはなんとも感慨深いものがある。ほとんどが人気取りのためにしたことだから相変わらず罪悪感はあるのだが。
「なんで初代のこと黙ってんだ? 言えば贅沢三昧な毎日だぞ」
「別にそれはあんま興味ないかな~治癒師としての力があればそれなりに稼げるしさ」
「嫌味な奴だな」
アイリスはわざとらしくほくそ笑んで、レヴィリオはわざとらしく呆れた表情を返した。
「それより大騒ぎになる方がダルいっていうか……本当は公表するなら来年以降狙ってたんだけどまあいいわ」
個人的に驚いたのは、アイリスが聖女になることを望んでいたということだ。てっきり平々凡々と暮らしたいものだと思っていた。華やかな暮らしにも権力にもあまり興味がないようだし。聖女の責任はなかなか重い。現聖女の叔母が身内にいるからこそのその大変さがわかる。だがアイリスはそれを理解しているようだった。その上で望んでいる。
『アランがさ……あの……あたしの好きな人がさ、聖騎士に憧れててさ!』
ほんの数日前、自室のベッドの上で、顔を背けながら照れたように笑っていたアイリスは挙動不審な動きをしながら教えてくれた。聖騎士は聖女を守るためだけに存在する。この国では彼らだけ王や王族以外を一番に考えることが許されているのだ。
『私が聖女になればアランの夢も叶いやすくなるっつーか……聖女権限で聖騎士も選べるって聞いたし』
『へぇ~』
急に出てきた恋バナに反応が出遅れてなんとも気のない返答になってしまったのだが、アイリスはそれが疑いの声に聞こえてしまったようだ。
『いやごめんうそっ! アイツが他の女守るのが嫌なだけ! あたしだけがいい! だから聖女になりたいの! ずっと一緒にいられるし!』
捲し立てるように語り始めたかと思うと、うわぁぁぁ! と突然頭を抱えたまま枕にうずくまってしまった。
『大丈夫!!! わかる! わかるよ!!!』
『ホント……?』
『ガチ恋してたら同担拒否は当たり前じゃん』
『ダサい告白したついでに聞いてほしんだけどさ……』
むくりと顔を上げて、ポツポツと話し始めた。
どうやらアイリスはその彼が聖騎士に憧れるよう仕向けたらしい。彼女の住んでいた村では、アイリスやその家族を守ることが第一とされていた。初代聖女は静かにひっそり暮らすことを望んでおり、その願いを代々受け継いでいたのだ。そのアランも村の決まり通り、アイリスをいつも守っていた。だがそれはアイリスが村を出ることによって終わりを告げる。あくまで村内で暮らす限り、という決まりも同時に定められていたからだ。
『自分が聖女になるって決まってるもんだと思って生きてきたらさぁ……聖騎士団の訪問に合わせて村を抜け出してね。あの人達ってマジでいい人達の集まりじゃん? わざとぶつかってみたんだけど、親切で優しくて、計画通りアランの憧れの職業になったわけよ』
聖騎士は騎士の中でもエリート中のエリートだ。腕前はもちろんだが、知性、品性、経験を問われ、その上で聖女である叔母に選ばれないといけない。叔母は人を見抜く力に長けているので現聖騎士達の人柄は間違いないだろう。
(罪悪感ありありって顔しちゃって……)
きっかけはどうであれ、よっぽどの覚悟と努力がなければ聖騎士にはなれない。アイリスの想い人はそのくらい強く憧れたということだ。
『なかなかやるじゃん!』
思いっきり笑顔でアイリスを褒めてみる。少しでも罪悪感が薄れるように。
『でしょ? だけどまずは村から出るためにこの学園に入学してもらわなきゃ』
『必要なら奨学生の枠増やすわよ?』
聖騎士にしてあげることはできないが、お陰様で入学のための支援実績はできている。
アイリスが聖女になってくれたら私としても安心だ。私達の世代で聖女になるようなレベルというと、我々二人を除くと妹のソフィアかシェリーだが、どちらも聖女向きの性格ではない。
だが出自が明らかにならなくとも、聖女には一番の治癒能力を持つ者がなるのだから、現時点ではアイリスだろう。それでも確実に聖女になるために、学園入学後公表するつもりだったそうだ。
『アハハ! 怪しい時は土下座しようと思ってた!』
冗談っぽく笑っているが、アイリスならやりかねないな……。
レヴィリオ妹救出作戦は夏季休暇中に決行する。
「なんで謝んのに他人がでてくんだよ。だいたい助けを求めるなら俺から言うのが筋だろ。つーか当たり前だろうが!」
大丈夫? 自分で言える? 代わりに言おうか? などと、直前までお節介全開でいたのだが、正論で断られてしまった。身体の方はアイリスの治療魔法のおかげか回復しており、自らの足で学園長室へと向かっていった。
申し訳ないが、校医のワイルダー先生にはご遠慮いただいた。レヴィリオがまた暴れたらという心配があったのか、学園長室まで同行しましょうと言ってくれたのだ。多分彼は『家』とは距離を置いているが、『家』からの指示には逆らえない。だからアイリスを雇うことはしなかった。
「ワイルダー先生、そんな悪い人じゃないんだろうけどねぇ」
それでも信用できない以上、話を聞かせるわけにはいかない。そんなことをアイリスとしながら学園長室の前でレヴィリオが出てくるのを落ち着かない気持ちのまま待っている。
「例の……ぶっ潰す方法なんだけどさぁ」
学園長室の周りに人気はないが、念のためぼかしながらアイリスに話しかける。
「うんうん。なんかアイデアある?」
私は言葉を選びながら、考えているストーリーをアイリスに話した。
「高貴な血を持つ人物を傷つけたり貶めるのって、この国では絶対に許されないことなのよ」
「まぁどこの国でもそうでしょ」
「高貴な血を持つのってさ、王族とそれから……」
「あーなるほど読めたわ」
アイリスの身元をバラすのだ。近い将来に本物の聖女になるという話ではなく、ただ初代聖女の末裔であるというその事実を。レヴィリオのクソ両親がアイリスに何かした後に。
(派閥のある王子じゃなくって初代聖女の末裔なら、どんな貴族もどんな平民も大騒ぎだろうしね)
そのくらい大きく未知な存在だ。ただ、粗末な扱いは許されないことだけはハッキリわかる。
「それでいこう! レヴィの話的に平民の私にならいくらでも粗相してくれそう~」
そうすればレヴィリオではなく、その両親が直接罰を受ける対象になる。リッグス家が爵位剥奪されるかはわからないが、主犯が動けなくなれば、それ以上奴隷が増えはしないだろう。
「うちのクソ親がなにすっかわかったもんじゃねぇぞ!?」
学園長室から出てきたレヴィリオが大声を上げたのですぐにいさめる。彼は膨大な課題と補習と反省文と社会奉仕と引き換えに無事学園への残留が決まり、尚且つ何かあった時に助けてもらえることになったそうだ。ただ、学園長がレヴィリオの両親を止める為に積極的に動くということではなく、あくまで補助的な役割のみということで話が付いた。
「生徒を守るのが私の仕事の一つです」
思っていた以上にアッサリと承諾を得ることができ、なんとも腑抜けた顔をして重そうな扉から出てきたレヴィリオは、私達の顔を見て大きく長い溜息をついたのだった。
「なぁんか今までの俺が馬鹿みてぇじゃねーか」
「いやいや、これまでの行動があったからこその今だって!」
その言葉を受け入れたわけではなさそうだったが、そう思い込むことにしたようだった。
場所を変えて朝食を取りながら、コソコソと先ほどの説明をレヴィリオにするも、いちいち反応が大きい。アイリスの正体をバラした時なんかは椅子から落ちんばかりのリアクションを披露してくれた。
「別に本当にどうこうさせる必要ないわよ。いくらでもでっち上げられるし」
「なっ!? でっち上げ!?」
別にアイリスの身体に傷をつける必要はない。というかそんなことさせられない。服でもなんでも持ち物に傷を付ければ大事にはできる。そのくらいこの国では初代聖女は特別だ。その子孫も例外ではないだろう。レヴィリオと違って私とアイリスの目標設定は低い。
屋敷からレヴィリオの妹と彼女の好きな相手を連れ出せれば勝ちだと思っている。リッグス家の屋敷内が混乱して当主夫妻が不在であればそれも可能だろう。レヴィリオは家族全員で罰を受けるべきだと考えているようだから爵位剥奪にこだわっているが。
「ちょい痛い程度の怪我ならいいよ~~~」
よくないよくない! アイリスもちょっとフィンリー様みたいなところがあるから気を付けないと。
「怪我させられたけど治療しましたって言ってもいいかもね。私ら治癒師だし」
「……これが若き聖女と噂される女から出てくる言葉かよ」
「何それ!?」
なんと一部の平民の間で私のことをそのように呼ぶ人達がいるらしい。奨学金も含め、平民向けの奉仕活動を多くしているためだろうが、悪役令嬢のはずが聖女と呼ばれるまでになるとはなんとも感慨深いものがある。ほとんどが人気取りのためにしたことだから相変わらず罪悪感はあるのだが。
「なんで初代のこと黙ってんだ? 言えば贅沢三昧な毎日だぞ」
「別にそれはあんま興味ないかな~治癒師としての力があればそれなりに稼げるしさ」
「嫌味な奴だな」
アイリスはわざとらしくほくそ笑んで、レヴィリオはわざとらしく呆れた表情を返した。
「それより大騒ぎになる方がダルいっていうか……本当は公表するなら来年以降狙ってたんだけどまあいいわ」
個人的に驚いたのは、アイリスが聖女になることを望んでいたということだ。てっきり平々凡々と暮らしたいものだと思っていた。華やかな暮らしにも権力にもあまり興味がないようだし。聖女の責任はなかなか重い。現聖女の叔母が身内にいるからこそのその大変さがわかる。だがアイリスはそれを理解しているようだった。その上で望んでいる。
『アランがさ……あの……あたしの好きな人がさ、聖騎士に憧れててさ!』
ほんの数日前、自室のベッドの上で、顔を背けながら照れたように笑っていたアイリスは挙動不審な動きをしながら教えてくれた。聖騎士は聖女を守るためだけに存在する。この国では彼らだけ王や王族以外を一番に考えることが許されているのだ。
『私が聖女になればアランの夢も叶いやすくなるっつーか……聖女権限で聖騎士も選べるって聞いたし』
『へぇ~』
急に出てきた恋バナに反応が出遅れてなんとも気のない返答になってしまったのだが、アイリスはそれが疑いの声に聞こえてしまったようだ。
『いやごめんうそっ! アイツが他の女守るのが嫌なだけ! あたしだけがいい! だから聖女になりたいの! ずっと一緒にいられるし!』
捲し立てるように語り始めたかと思うと、うわぁぁぁ! と突然頭を抱えたまま枕にうずくまってしまった。
『大丈夫!!! わかる! わかるよ!!!』
『ホント……?』
『ガチ恋してたら同担拒否は当たり前じゃん』
『ダサい告白したついでに聞いてほしんだけどさ……』
むくりと顔を上げて、ポツポツと話し始めた。
どうやらアイリスはその彼が聖騎士に憧れるよう仕向けたらしい。彼女の住んでいた村では、アイリスやその家族を守ることが第一とされていた。初代聖女は静かにひっそり暮らすことを望んでおり、その願いを代々受け継いでいたのだ。そのアランも村の決まり通り、アイリスをいつも守っていた。だがそれはアイリスが村を出ることによって終わりを告げる。あくまで村内で暮らす限り、という決まりも同時に定められていたからだ。
『自分が聖女になるって決まってるもんだと思って生きてきたらさぁ……聖騎士団の訪問に合わせて村を抜け出してね。あの人達ってマジでいい人達の集まりじゃん? わざとぶつかってみたんだけど、親切で優しくて、計画通りアランの憧れの職業になったわけよ』
聖騎士は騎士の中でもエリート中のエリートだ。腕前はもちろんだが、知性、品性、経験を問われ、その上で聖女である叔母に選ばれないといけない。叔母は人を見抜く力に長けているので現聖騎士達の人柄は間違いないだろう。
(罪悪感ありありって顔しちゃって……)
きっかけはどうであれ、よっぽどの覚悟と努力がなければ聖騎士にはなれない。アイリスの想い人はそのくらい強く憧れたということだ。
『なかなかやるじゃん!』
思いっきり笑顔でアイリスを褒めてみる。少しでも罪悪感が薄れるように。
『でしょ? だけどまずは村から出るためにこの学園に入学してもらわなきゃ』
『必要なら奨学生の枠増やすわよ?』
聖騎士にしてあげることはできないが、お陰様で入学のための支援実績はできている。
アイリスが聖女になってくれたら私としても安心だ。私達の世代で聖女になるようなレベルというと、我々二人を除くと妹のソフィアかシェリーだが、どちらも聖女向きの性格ではない。
だが出自が明らかにならなくとも、聖女には一番の治癒能力を持つ者がなるのだから、現時点ではアイリスだろう。それでも確実に聖女になるために、学園入学後公表するつもりだったそうだ。
『アハハ! 怪しい時は土下座しようと思ってた!』
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