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第三部 元悪役令嬢は原作エンドを書きかえる
13 学期末試験
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気が付けば夏季休暇間近。学期末試験の季節である。
昨年はそれほど苦戦することはなかった。実技のテストもそうだし、座学に関しても長年の積み重ねのお陰で(前世では考えられないほど)好成績を残すことができていた。今回も同様の成績は残せそうだ。唯一心配なのが、
「薬学かぁ~~~」
これ、私とルカは頑張らなければならない。なんせ母親が薬学研究所を立ち上げている。そこそこプレッシャーを感じる学問だ。
夏季休暇明けから始まる授業を前に生徒達に『初級薬学指南書』なるものが配られた。もちろん予習しておけよ、という意味で。
(治癒魔法とは全然方向性が違うってのに……!)
こればかりは一から勉強するしかない。これから国内で普及するにあたって学院の必須科目になったので誰もが逃れられないものとなった。
「でもまぁ提出課題でよかったよ。テーマも基礎的なものだし」
「最初はそんなものよね」
指南書を読み、まとめレポートを夏季休暇までに提出すればよし、とは言えども初めて見る名詞や初めて見る図解が多々あり、解読までに時間がかかりそうだ。
「これは翻訳が大変だったでしょうね」
ジェフリーの目の輝きようと言ったら。
「この魔獣からこんな薬が作れるのか! ……ん? 東方では魔獣の牙や骨が薬や調合器具としても人気がある……? この指南書、追加で購入したいなぁ……兄上が大喜びしそうだ」
フィンリー様も食い入るようにして読んでいたので、私もあらためてパラパラとページをめくる。
(えーっとなになに……食材としても使えるが毒にも薬にもなる素材……キノコ系はまあそうよね……ヒスイ草、花弁は毒に根は薬に……え! カロニアの花の根っこて強心剤になるんだ! って、過剰摂取で心臓麻痺とか……こわっ)
カロニアの蜜はお菓子作りに我が国ではよく使われている。大きなスズランのような釣鐘型なのだが、様々な色合いを楽しめる花だ。少し前までは輸入がメインだったのだが最近では国内の温暖な地方で栽培が一般的になりつつある。だからこそ教科書に掲載されているのだろうか。
「調合器具と薬草によっても効能が変わるのか。奥が深いな」
「投与量が年齢で違うの!? 保存方法もこんなに注意事項って……そりゃ治癒師が優遇されるわけだ」
レオハルトもルカも難しい顔をしながら読み込んでいた。
「しかし我々にはちょうどいい課題だ。なんせ薬学は毒にも通じている。聖女様にいただいた情報を生かす手はない」
レオハルトは正妃の死の真相を知ってからというもの、家族や友人の健康状態がひどく気になるようになったのか、毎週末王城に帰るようになっていた。
(うーん。情報を絞るべきだったか)
あれから私とアイリスは話し合って、叔母に協力してもらいアイリスが前世から持ち帰った情報を一部叔母からのものとして共有したのだ。
正妃シャーロットは毒殺された。
ただし、その毒の詳細まではわかっていない。映像としての記憶だったからだ。アイリスの話では繰り返し食事シーンが原作者の中に流れ込んできていたそうだ。
だから食事にほんの少しだけ、毎日、毎日、毎日混入させ、ある日突然効果を発揮する毒だということはわかっている。そして肉体が死を迎えるとすぐにその痕跡を体から消してしまう。まさに暗殺向きの毒。
その毒を作ったのはルーベル家。彼らはどうやら近年、魔獣の改良に心血を注いでおりその副産物としてその毒を作り出したようだった。
(いくら魔力が大好きでも、魔獣を使って魔力量を上げようとするなんて)
氷石病の原因となるキモマも、ルカが倒した新種のキノコ型魔獣も魔力を集めるタイプ。これらはルーベル家の手によって作られたものだったのだ。
『植物型の魔物は魔力を貯め込むのが得意だ。それを使って人間の魔力量を補填しようと考えているのかもしれない』
流石フィンリー様は魔獣に詳しい。
この魔力集めは原作の私がしていたことだ。キモマを使い魔力を集め、自分の力として取り込んでいた。
(原作じゃ私がキモマを研究して莫大な魔力を手に入れたってことになってたけど、実際はルーベル家と手を組んでたってわけね)
だが原作の私はルーベル家に騙されていたわけか。なんせ奴らが作った魔獣に家族を殺され、最後は自分も……。
(ああ~~! 腹立つ!!)
予知夢では龍王の死以降の未来はわからない。だが、あの時点でまだ第一側妃もルーベル家も元気、ということは、その後の我が国の未来は暗い。
「そうだリディ。次の週末は一緒に王城に来てもらえるか? レシピ帳を見せてもらえることになったんだ」
「おぉ! やりましたね!」
レオハルトは絶妙なタイミングを狙ってその許可を取り付けた。
『異国の郷土菓子に興味があるのです。ヴィンザー帝国のジュード様とそんな話になりましてね。皇子といえどもヒダカ国の菓子類には驚かれたようで』
王との食事の席で、最近学生街で流行っているプリン(クリーム付き)を前にレオハルトが切り出したそうだ。
『そうだな。ヒダカ国のものは季節感を大切にすると言っていた。見た目も繊細で……』
王はやはりこの手の話は楽しいらしく、それから周辺諸国の食文化の違いを語っていたそうだ。
『リディアナ嬢に感謝だな。こうやって味の幅が増えた。つまりは食事の楽しみが増えたということだ』
そう言ってプリンを堪能する。そうしてフと懐かしそうに、
『ああ……リディアナ嬢のお陰でまた甘味を感じるようになったのだった』
表情が柔らかくなり、王は胸元からレシピ帳を取り出した。
『……セフィラ王国のものはどのようなお味なのですか?』
一瞬、周囲に緊張が走ったそうだ。私も想像するだけで心臓がキュッとなる。
『蜜を使ったものが多かったよ。元々は素朴な菓子が多かったそうなんだが、シャーロットは自分でより美味しいレシピを考えていたそうだ』
王が優し気な口調で正妃の名前を出したことで、周囲はホッとしたそうだ。
『……食べてみたいか?』
『ええ。もちろんです』
『そうだな……私も食べたくなったよ』
そうしてレシピを写すことが許された。でかした! と言いたい。しかし、
「私が作るんですか!?」
責任重大過ぎる!
「いや。もちろん料理人が作るんだが、リディもきっと興味があると言ったらアッサリ許可がおりたんだ」
確かに王に取り入るために、前世のレシピを使って美味しいお菓子を提供した。それがどうやら正妃同様、研究熱心に見えたようだ。
「陛下も少しずつ気持ちが落ち着かれているんでしょうか」
「最近は『いい思い出』が心に浮かぶようになったんだと思う。正妃様との記憶が悲しいものだけではなかったと」
美味しいお菓子に味覚が反応して、楽しかった日々があったことを思い出せるようになったということか。
「それから、父は第一側妃のことを疑ってらっしゃるのではないかと思う」
これは第三側妃と侍女達の情報。
――王は第一側妃を嫌っている。一度も彼女の部屋を訪れたことはない。
正妃の死後、王宮へやってきた側妃マリーは昔から王に惚れ込んでいたのは有名だった。はじめこそ、正妃様を深く愛しているから……と思っていた家臣達だったが、第二側妃、第三側妃を娶った後はそれぞれと交流を重ねた。
「それはそれはマリー様からのアタリは強烈だったそうだ」
「うへぇ……」
思わず令嬢とは思えぬ声が漏れてしまう。
(どろどろじゃん!)
それに、
(この潔癖さ、流石レオハルトと親子なだけあるわ)
私との婚約式の時の態度を思い出して苦笑いしてしまう。
第一側妃側はプライドもあるのだろう。決して王に相手にされないことを外部には漏れないよう画策した。王も対外的にはどの側妃とも親密であるという態度は取らなかったので、王宮の外の人間にはわからなかった。
「マリー様周辺は口がかたい。侍女達の話も噂の域を出ないそうだが、少なくとも母が側妃になってからはほとんどと言ってもいいほどマリー様と父は交流がないそうだ」
(マリー様が黒幕っていうのもこの辺の感情から来てるのかしらね……)
恋と戦争においてはあらゆる戦術が許される、というやつだろうか。
予知夢から得られた情報は大きかったが、それぞれの動機に関してはわかっていないことも多い。
「陛下が疑っていて罰を下していないということは、やはり証拠がないのでしょうね」
「ああ……レシピ帳がそれを変えてくれるといいのだが」
レシピ帳は私達の未来も変えてくれるだろうか。
昨年はそれほど苦戦することはなかった。実技のテストもそうだし、座学に関しても長年の積み重ねのお陰で(前世では考えられないほど)好成績を残すことができていた。今回も同様の成績は残せそうだ。唯一心配なのが、
「薬学かぁ~~~」
これ、私とルカは頑張らなければならない。なんせ母親が薬学研究所を立ち上げている。そこそこプレッシャーを感じる学問だ。
夏季休暇明けから始まる授業を前に生徒達に『初級薬学指南書』なるものが配られた。もちろん予習しておけよ、という意味で。
(治癒魔法とは全然方向性が違うってのに……!)
こればかりは一から勉強するしかない。これから国内で普及するにあたって学院の必須科目になったので誰もが逃れられないものとなった。
「でもまぁ提出課題でよかったよ。テーマも基礎的なものだし」
「最初はそんなものよね」
指南書を読み、まとめレポートを夏季休暇までに提出すればよし、とは言えども初めて見る名詞や初めて見る図解が多々あり、解読までに時間がかかりそうだ。
「これは翻訳が大変だったでしょうね」
ジェフリーの目の輝きようと言ったら。
「この魔獣からこんな薬が作れるのか! ……ん? 東方では魔獣の牙や骨が薬や調合器具としても人気がある……? この指南書、追加で購入したいなぁ……兄上が大喜びしそうだ」
フィンリー様も食い入るようにして読んでいたので、私もあらためてパラパラとページをめくる。
(えーっとなになに……食材としても使えるが毒にも薬にもなる素材……キノコ系はまあそうよね……ヒスイ草、花弁は毒に根は薬に……え! カロニアの花の根っこて強心剤になるんだ! って、過剰摂取で心臓麻痺とか……こわっ)
カロニアの蜜はお菓子作りに我が国ではよく使われている。大きなスズランのような釣鐘型なのだが、様々な色合いを楽しめる花だ。少し前までは輸入がメインだったのだが最近では国内の温暖な地方で栽培が一般的になりつつある。だからこそ教科書に掲載されているのだろうか。
「調合器具と薬草によっても効能が変わるのか。奥が深いな」
「投与量が年齢で違うの!? 保存方法もこんなに注意事項って……そりゃ治癒師が優遇されるわけだ」
レオハルトもルカも難しい顔をしながら読み込んでいた。
「しかし我々にはちょうどいい課題だ。なんせ薬学は毒にも通じている。聖女様にいただいた情報を生かす手はない」
レオハルトは正妃の死の真相を知ってからというもの、家族や友人の健康状態がひどく気になるようになったのか、毎週末王城に帰るようになっていた。
(うーん。情報を絞るべきだったか)
あれから私とアイリスは話し合って、叔母に協力してもらいアイリスが前世から持ち帰った情報を一部叔母からのものとして共有したのだ。
正妃シャーロットは毒殺された。
ただし、その毒の詳細まではわかっていない。映像としての記憶だったからだ。アイリスの話では繰り返し食事シーンが原作者の中に流れ込んできていたそうだ。
だから食事にほんの少しだけ、毎日、毎日、毎日混入させ、ある日突然効果を発揮する毒だということはわかっている。そして肉体が死を迎えるとすぐにその痕跡を体から消してしまう。まさに暗殺向きの毒。
その毒を作ったのはルーベル家。彼らはどうやら近年、魔獣の改良に心血を注いでおりその副産物としてその毒を作り出したようだった。
(いくら魔力が大好きでも、魔獣を使って魔力量を上げようとするなんて)
氷石病の原因となるキモマも、ルカが倒した新種のキノコ型魔獣も魔力を集めるタイプ。これらはルーベル家の手によって作られたものだったのだ。
『植物型の魔物は魔力を貯め込むのが得意だ。それを使って人間の魔力量を補填しようと考えているのかもしれない』
流石フィンリー様は魔獣に詳しい。
この魔力集めは原作の私がしていたことだ。キモマを使い魔力を集め、自分の力として取り込んでいた。
(原作じゃ私がキモマを研究して莫大な魔力を手に入れたってことになってたけど、実際はルーベル家と手を組んでたってわけね)
だが原作の私はルーベル家に騙されていたわけか。なんせ奴らが作った魔獣に家族を殺され、最後は自分も……。
(ああ~~! 腹立つ!!)
予知夢では龍王の死以降の未来はわからない。だが、あの時点でまだ第一側妃もルーベル家も元気、ということは、その後の我が国の未来は暗い。
「そうだリディ。次の週末は一緒に王城に来てもらえるか? レシピ帳を見せてもらえることになったんだ」
「おぉ! やりましたね!」
レオハルトは絶妙なタイミングを狙ってその許可を取り付けた。
『異国の郷土菓子に興味があるのです。ヴィンザー帝国のジュード様とそんな話になりましてね。皇子といえどもヒダカ国の菓子類には驚かれたようで』
王との食事の席で、最近学生街で流行っているプリン(クリーム付き)を前にレオハルトが切り出したそうだ。
『そうだな。ヒダカ国のものは季節感を大切にすると言っていた。見た目も繊細で……』
王はやはりこの手の話は楽しいらしく、それから周辺諸国の食文化の違いを語っていたそうだ。
『リディアナ嬢に感謝だな。こうやって味の幅が増えた。つまりは食事の楽しみが増えたということだ』
そう言ってプリンを堪能する。そうしてフと懐かしそうに、
『ああ……リディアナ嬢のお陰でまた甘味を感じるようになったのだった』
表情が柔らかくなり、王は胸元からレシピ帳を取り出した。
『……セフィラ王国のものはどのようなお味なのですか?』
一瞬、周囲に緊張が走ったそうだ。私も想像するだけで心臓がキュッとなる。
『蜜を使ったものが多かったよ。元々は素朴な菓子が多かったそうなんだが、シャーロットは自分でより美味しいレシピを考えていたそうだ』
王が優し気な口調で正妃の名前を出したことで、周囲はホッとしたそうだ。
『……食べてみたいか?』
『ええ。もちろんです』
『そうだな……私も食べたくなったよ』
そうしてレシピを写すことが許された。でかした! と言いたい。しかし、
「私が作るんですか!?」
責任重大過ぎる!
「いや。もちろん料理人が作るんだが、リディもきっと興味があると言ったらアッサリ許可がおりたんだ」
確かに王に取り入るために、前世のレシピを使って美味しいお菓子を提供した。それがどうやら正妃同様、研究熱心に見えたようだ。
「陛下も少しずつ気持ちが落ち着かれているんでしょうか」
「最近は『いい思い出』が心に浮かぶようになったんだと思う。正妃様との記憶が悲しいものだけではなかったと」
美味しいお菓子に味覚が反応して、楽しかった日々があったことを思い出せるようになったということか。
「それから、父は第一側妃のことを疑ってらっしゃるのではないかと思う」
これは第三側妃と侍女達の情報。
――王は第一側妃を嫌っている。一度も彼女の部屋を訪れたことはない。
正妃の死後、王宮へやってきた側妃マリーは昔から王に惚れ込んでいたのは有名だった。はじめこそ、正妃様を深く愛しているから……と思っていた家臣達だったが、第二側妃、第三側妃を娶った後はそれぞれと交流を重ねた。
「それはそれはマリー様からのアタリは強烈だったそうだ」
「うへぇ……」
思わず令嬢とは思えぬ声が漏れてしまう。
(どろどろじゃん!)
それに、
(この潔癖さ、流石レオハルトと親子なだけあるわ)
私との婚約式の時の態度を思い出して苦笑いしてしまう。
第一側妃側はプライドもあるのだろう。決して王に相手にされないことを外部には漏れないよう画策した。王も対外的にはどの側妃とも親密であるという態度は取らなかったので、王宮の外の人間にはわからなかった。
「マリー様周辺は口がかたい。侍女達の話も噂の域を出ないそうだが、少なくとも母が側妃になってからはほとんどと言ってもいいほどマリー様と父は交流がないそうだ」
(マリー様が黒幕っていうのもこの辺の感情から来てるのかしらね……)
恋と戦争においてはあらゆる戦術が許される、というやつだろうか。
予知夢から得られた情報は大きかったが、それぞれの動機に関してはわかっていないことも多い。
「陛下が疑っていて罰を下していないということは、やはり証拠がないのでしょうね」
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