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第三部 元悪役令嬢は原作エンドを書きかえる
15 魔封石
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学院は夏季休暇に入った。ルンルンとした雰囲気の同級生達が羨ましくもあるが、そんなことを言っていられないほどやることが盛りだくさんだ。
「例の茶器、もしかしたらセレーナ様も貰ってるんじゃない!?」
「ありえるな」
レオハルトの母、第三側妃リオーネ様からはルーベル家から贈られた茶器を回収することができた。どさくさに紛れて壊すことも考えたのだが、これも一応証拠品。レオハルトが借りると言う形で預かることにしたのだ。
『母上、この美しい茶器をお借りしても? 今度これでリディアナとお茶を楽しみたくて』
『もちろんどうぞ。……でも、その茶器……』
リオーネ様はどうやら例の茶器からただならぬ気配を感じていたらしい。
『見た目は美しいけれど私にはどうも……いえ、こんなこと言ってはダメね……』
大商人の娘だからか、彼女はかなりの目利きだ。塗りこまれたものまで感じ取るとは。使用したのもたった一度だけという話だった。
「側妃となってすぐマリー様が訪ねて来た時らしい。特別な茶葉をお土産に……」
「真っ黒じゃん!」
青い顔をしたアイリスがツッコむ。王都にある私の部屋に持ち込まれたその茶器を恐々と眺めていた。
「セレーナ様がもし貰ってたとしても大丈夫じゃなーい? 幽閉先へは持ち込めないだろうし」
ルカとしてはこれ以上危険を冒す必要はない、と言いたいのだ。最近どこでも『王の目と耳』らしき気配を感じる、というより魔道具が反応するのだそうだ。それは魔力ではなく魔術探知機。人の姿が見当たらないのにこの魔道具が反応すると言うことは、魔術で隠れている人間がいるということになる。我々を探っているわけではなさそう……とは言っていたが。
「いや、他の誰かが使う可能性もある……ライザ嬢がいない隙をついて第二側妃の私物を盗むやからが現れたとも聞いた。それに証拠は多い方がいいだろう。ショーンにそれとなく尋ねてみよう」
レオハルトはあれ以来王へ進言しようと言うことはなくなっている。
(ライザも大変ねぇ~)
学院ではそんな風には見えなかったが、第二側妃の失脚のダメージは計り知れない。
「じゃああとは正妃様の分? あったんでしょ?」
肝心要なそれは王により厳重に管理されていた。持ち出すことは難しそうだ。
『正妃様がお使いになられていた料理道具を拝見したいのですが』
という私のナイスな機転によって、保管庫に入ることを許可されたが王の従者と共に……だったので存在を確認するにとどまっている。
「敵も手に入れられないなら急ぐ必要もないかもしれないな」
「そうだね」
フィンリー様の言葉に一同同意する。
「あとは茶葉の方か」
リオーネ様はすでにその茶葉を飲み終えていた。もちろん違う茶器を使っていたので体に異変はない。
「なんのお茶かはレシピ帳に載ってたからわかるけど」
「しかしお茶単体なら毒にはなりませんからね……」
茶葉が置かれていそうなそれらしき戸棚はあったのだ。珍しい調味料や酒類が収められていた。あるならそこだろう。
「セレーナ様が残してないかな~」
「あの人も気が強いからなぁ。そんなもの捨ててしまいなさい! くらい言ってそう」
全員が、ありえるなと思った顔をした。
「それでも一応は確認をとろう。ショーンと関係を築けていてよかった」
第三王子は穏やかで優しく、それでいて芯のある少年だった。私に大変な恩義を感じているようで、王宮で見かけるといつも嬉しそうに声をかけてくれる。きっと力になってくれるだろう。
「残るはルーベル家の方か……」
フィンリー様の表情が曇る。
ライアス領では魔封石仮運用の成果が出ており、居住区の夜間の魔獣被害がゼロになっていた。魔獣の素材産業には特に影響もなく、おおむね好評ということだが……。
「ルーベル家がうちに王家から管理強化されてもいいのか! と、焚きつけてきてるんだ」
ライアス家の家臣の中にも魔封石導入は慎重に、と考えている者もいる。なんせライアス家も魔力量に優れた家系だ。せっかくの強みが、とつい思ってしまうのだろう。
「最近のルーベル家は過激すぎますね」
ジェフリーの声色が鋭くなる。王家に――レオハルトに仇なす者は許さんモードだ。
『魔力を制限していったいなんになるというのか。いざという時に自分の身を守る力を失うということだ』
『我々を魔獣だとでも? 王と言えども我々国民の権利を奪っていいわけがない!』
などど言いがかりともいえる際どい発言をしているので、それに対して不敬だ! と大騒ぎする貴族もおり毎回会議が紛糾しているとレオハルトが教えてくれた。
「ルーベル家はいよいよことを起こす気なんだろう……」
叔母が言っていた、最近ルーベル家の動きが雑、と言っていた話に繋がる。もうこの国を潰す気なのだから、王の機嫌をとっても無駄だと。
「彼らの目的は魔力至上主義の再興ってとこかしら。魔力量にこだわりまくってるし」
「魔力がなくたって生活は遅れるのに」
私とアイリスはその世界を知っている。人間が魔力を持たない世界を。だからこの問題に関しては少し楽観的なところがある。一方でこの世界の人間はそうではないのだから、そのことに不安を抱くのは当然だ。レオハルトもジェフリーもフィンリー様もアイリスの発言に少しだけ困ったような顔になっていた。
「僕達の世代は頑張らないとね~魔力がなくなった時に備えてやることはいっぱいあるだろうし」
ルカはよくわかっている。こういうとレオハルトが俄然やる気を出すことに。そうすれば自然の残りのメンバーも引っ張られる。
「そうだな。なかなかやり甲斐はありそうだ」
そう言ってくれると、私も少しだけ未来のことを考えられるような気がした。
◇◇◇
第一側妃マリーは久しぶりに王への謁見を許されていた。
執務机に積まれた書類に王は視線を落としたまま、という状況ではあるが。
「それで。何のようだ」
場違いなほどに着飾った第一側妃など目に入れる気もないようだった。
「陛下、どうか。どうか私を正妃にお迎えくださいませ。子はもう諦めます。ですが正妃の座だけでも」
今更王の態度にとやかく言うことはないと、第一側妃は堂々と声を上げた。その瞳にはどこか熱狂的ともいえるほどの炎が宿っている。
「正妃の座は長らく空いたまま。これでは国民だけでなく対外的に軽んじられてしまいます。あげく第二側妃はあんなことに。今こそ正妃を立てる時でございましょう」
聞いているのかいないのかわからない王に向かって、まくし立てるように話続けた。だが、それども一向に王は手元の書類から顔を上げることはない。
「私はこれまで陛下のために……すべて陛下のためを思って側妃の務めを全うしてまいりました」
第一側妃がグッと唇を噛み、ほんの少しだけ声を震わせたその時、
「私のためだと?」
王が小さく呟いた。その声を聞いた途端、第一側妃は目を見開き、異様な熱をはらんだ微笑を見せる。
「もちろんでございます! 私はずっとずっと幼い頃から陛下だけをお慕いしておりました! 陛下のことを誰よりも理解しているのは私でございます! 私だけが誰よりも陛下を愛しているのです!」
その言葉を聞いた途端王は顔を上げ、凍てついた視線で第一側妃を貫いた。
「愛だと? そんなもの、私がお前に求めていないとは理解していないのだな」
第一側妃の表情が消えた。
「お前が私に何をしてくれたというのだ。私が今、何に力を入れているのか知っているか? 魔封石の導入だ。一番足かせになっているのが何か知っているか? お前が懇意にしているルーベル家の妄言だ。それでお前は何をしてくれたんだ? 教えてくれ」
答えがないことを王は知っていた。書類をまとめ、席を立つ。控えていた従者が執務室の扉を開けた。
「そんな……私を、私をきちんと見てくださいませ……そうしたらきっと……」
王は縋りつこうとする第一側妃の手を無情に振り払う。
「二度と私に触れようとするな」
冷たく、吐き捨てるよう王は言い放った。
呆然と座り込んだ第一王妃は虚ろな瞳で王の背中を見送った。
「いや……いやよ……」
誰にも届かない声だった。
◇◇◇
王都にほど近いルーベル領には人の立ち入りが禁じられた小さな洞窟があった。魔力を貯め込みやすく、そのせいで魔獣が頻繁に現れ危険だから、とされていたが……。
「あと少し……あと少しだ……」
デルトラ・ルーベルは大きな龍の前で感動するように腕を組んでいた。その体からドクンドクンと心臓が動いているのが見て取れる。側にはキモマや他の植物型の魔獣の残骸が転がっていた。
「あとはマリー様が心を決めてくださるか……龍王の核がなければどうにも……」
学者風の男は深刻そうな表情だ。龍王の核。第一側妃マリーの実家であるナヴァール家が代々密かに受け継いでいる、大昔この国を襲った龍王の額に埋め込まれていた魔石のカケラだった。
「なあに。それは心配いらないさ。あの王がマリー様を正妃にすることなど天地がひっくり返ってもないよ」
デルトラはカラカラと明るく笑っている。彼はよく知っていた。王が第一側妃に対して憎しみに近い感情を抱いていることに。それを必死に抑えて第一側妃として近くに置いたのは、正妃シャーロットの死の真相を探るためだと。
「もうすぐ核を取りに来いと連絡をよこすに決まってる。そうしたらこの国を私が手に入れた後は王くらいあの方にくれてやろう。なに、別に私だって王のことが憎いわけじゃない。ただ政策方針の違いが大きすぎるってだけだ」
またも明るく朗らかに笑っていた。
だが突然、家臣の一人が息を切らしてデルトラの前に駆け寄って来る。
「デルトラ様! 王が魔封石をこの洞窟で試したいと!」
「……はぁ~……こういうことするんだよな~あの王は……」
「それから、【王の目と耳】も最近こちらの領に頻繁に現れているようです」
やれやれと言いつつ、デルトラは家臣達に龍王の肉体の移動するよう指示を出し始めた。
「ここを離れてしまうと魔力の補充が……次の場所はここほどの効果は得られません……魔力が足りなければ核が手に入ったとしてもいつ目覚めるやら」
学者風の男は苦々しい顔になっている。
「そうだったなぁ……うーん……あ! ほら、リディアナ嬢なんかどうだ!? アイリス嬢でもいいなぁ~! あの二人の魔力量は目を見張るものがあった! うんうん。やはり選定会に行っておいてよかった」
周囲もなるほど、と頷き不気味な笑顔が洞窟の中に広がっていった。
「例の茶器、もしかしたらセレーナ様も貰ってるんじゃない!?」
「ありえるな」
レオハルトの母、第三側妃リオーネ様からはルーベル家から贈られた茶器を回収することができた。どさくさに紛れて壊すことも考えたのだが、これも一応証拠品。レオハルトが借りると言う形で預かることにしたのだ。
『母上、この美しい茶器をお借りしても? 今度これでリディアナとお茶を楽しみたくて』
『もちろんどうぞ。……でも、その茶器……』
リオーネ様はどうやら例の茶器からただならぬ気配を感じていたらしい。
『見た目は美しいけれど私にはどうも……いえ、こんなこと言ってはダメね……』
大商人の娘だからか、彼女はかなりの目利きだ。塗りこまれたものまで感じ取るとは。使用したのもたった一度だけという話だった。
「側妃となってすぐマリー様が訪ねて来た時らしい。特別な茶葉をお土産に……」
「真っ黒じゃん!」
青い顔をしたアイリスがツッコむ。王都にある私の部屋に持ち込まれたその茶器を恐々と眺めていた。
「セレーナ様がもし貰ってたとしても大丈夫じゃなーい? 幽閉先へは持ち込めないだろうし」
ルカとしてはこれ以上危険を冒す必要はない、と言いたいのだ。最近どこでも『王の目と耳』らしき気配を感じる、というより魔道具が反応するのだそうだ。それは魔力ではなく魔術探知機。人の姿が見当たらないのにこの魔道具が反応すると言うことは、魔術で隠れている人間がいるということになる。我々を探っているわけではなさそう……とは言っていたが。
「いや、他の誰かが使う可能性もある……ライザ嬢がいない隙をついて第二側妃の私物を盗むやからが現れたとも聞いた。それに証拠は多い方がいいだろう。ショーンにそれとなく尋ねてみよう」
レオハルトはあれ以来王へ進言しようと言うことはなくなっている。
(ライザも大変ねぇ~)
学院ではそんな風には見えなかったが、第二側妃の失脚のダメージは計り知れない。
「じゃああとは正妃様の分? あったんでしょ?」
肝心要なそれは王により厳重に管理されていた。持ち出すことは難しそうだ。
『正妃様がお使いになられていた料理道具を拝見したいのですが』
という私のナイスな機転によって、保管庫に入ることを許可されたが王の従者と共に……だったので存在を確認するにとどまっている。
「敵も手に入れられないなら急ぐ必要もないかもしれないな」
「そうだね」
フィンリー様の言葉に一同同意する。
「あとは茶葉の方か」
リオーネ様はすでにその茶葉を飲み終えていた。もちろん違う茶器を使っていたので体に異変はない。
「なんのお茶かはレシピ帳に載ってたからわかるけど」
「しかしお茶単体なら毒にはなりませんからね……」
茶葉が置かれていそうなそれらしき戸棚はあったのだ。珍しい調味料や酒類が収められていた。あるならそこだろう。
「セレーナ様が残してないかな~」
「あの人も気が強いからなぁ。そんなもの捨ててしまいなさい! くらい言ってそう」
全員が、ありえるなと思った顔をした。
「それでも一応は確認をとろう。ショーンと関係を築けていてよかった」
第三王子は穏やかで優しく、それでいて芯のある少年だった。私に大変な恩義を感じているようで、王宮で見かけるといつも嬉しそうに声をかけてくれる。きっと力になってくれるだろう。
「残るはルーベル家の方か……」
フィンリー様の表情が曇る。
ライアス領では魔封石仮運用の成果が出ており、居住区の夜間の魔獣被害がゼロになっていた。魔獣の素材産業には特に影響もなく、おおむね好評ということだが……。
「ルーベル家がうちに王家から管理強化されてもいいのか! と、焚きつけてきてるんだ」
ライアス家の家臣の中にも魔封石導入は慎重に、と考えている者もいる。なんせライアス家も魔力量に優れた家系だ。せっかくの強みが、とつい思ってしまうのだろう。
「最近のルーベル家は過激すぎますね」
ジェフリーの声色が鋭くなる。王家に――レオハルトに仇なす者は許さんモードだ。
『魔力を制限していったいなんになるというのか。いざという時に自分の身を守る力を失うということだ』
『我々を魔獣だとでも? 王と言えども我々国民の権利を奪っていいわけがない!』
などど言いがかりともいえる際どい発言をしているので、それに対して不敬だ! と大騒ぎする貴族もおり毎回会議が紛糾しているとレオハルトが教えてくれた。
「ルーベル家はいよいよことを起こす気なんだろう……」
叔母が言っていた、最近ルーベル家の動きが雑、と言っていた話に繋がる。もうこの国を潰す気なのだから、王の機嫌をとっても無駄だと。
「彼らの目的は魔力至上主義の再興ってとこかしら。魔力量にこだわりまくってるし」
「魔力がなくたって生活は遅れるのに」
私とアイリスはその世界を知っている。人間が魔力を持たない世界を。だからこの問題に関しては少し楽観的なところがある。一方でこの世界の人間はそうではないのだから、そのことに不安を抱くのは当然だ。レオハルトもジェフリーもフィンリー様もアイリスの発言に少しだけ困ったような顔になっていた。
「僕達の世代は頑張らないとね~魔力がなくなった時に備えてやることはいっぱいあるだろうし」
ルカはよくわかっている。こういうとレオハルトが俄然やる気を出すことに。そうすれば自然の残りのメンバーも引っ張られる。
「そうだな。なかなかやり甲斐はありそうだ」
そう言ってくれると、私も少しだけ未来のことを考えられるような気がした。
◇◇◇
第一側妃マリーは久しぶりに王への謁見を許されていた。
執務机に積まれた書類に王は視線を落としたまま、という状況ではあるが。
「それで。何のようだ」
場違いなほどに着飾った第一側妃など目に入れる気もないようだった。
「陛下、どうか。どうか私を正妃にお迎えくださいませ。子はもう諦めます。ですが正妃の座だけでも」
今更王の態度にとやかく言うことはないと、第一側妃は堂々と声を上げた。その瞳にはどこか熱狂的ともいえるほどの炎が宿っている。
「正妃の座は長らく空いたまま。これでは国民だけでなく対外的に軽んじられてしまいます。あげく第二側妃はあんなことに。今こそ正妃を立てる時でございましょう」
聞いているのかいないのかわからない王に向かって、まくし立てるように話続けた。だが、それども一向に王は手元の書類から顔を上げることはない。
「私はこれまで陛下のために……すべて陛下のためを思って側妃の務めを全うしてまいりました」
第一側妃がグッと唇を噛み、ほんの少しだけ声を震わせたその時、
「私のためだと?」
王が小さく呟いた。その声を聞いた途端、第一側妃は目を見開き、異様な熱をはらんだ微笑を見せる。
「もちろんでございます! 私はずっとずっと幼い頃から陛下だけをお慕いしておりました! 陛下のことを誰よりも理解しているのは私でございます! 私だけが誰よりも陛下を愛しているのです!」
その言葉を聞いた途端王は顔を上げ、凍てついた視線で第一側妃を貫いた。
「愛だと? そんなもの、私がお前に求めていないとは理解していないのだな」
第一側妃の表情が消えた。
「お前が私に何をしてくれたというのだ。私が今、何に力を入れているのか知っているか? 魔封石の導入だ。一番足かせになっているのが何か知っているか? お前が懇意にしているルーベル家の妄言だ。それでお前は何をしてくれたんだ? 教えてくれ」
答えがないことを王は知っていた。書類をまとめ、席を立つ。控えていた従者が執務室の扉を開けた。
「そんな……私を、私をきちんと見てくださいませ……そうしたらきっと……」
王は縋りつこうとする第一側妃の手を無情に振り払う。
「二度と私に触れようとするな」
冷たく、吐き捨てるよう王は言い放った。
呆然と座り込んだ第一王妃は虚ろな瞳で王の背中を見送った。
「いや……いやよ……」
誰にも届かない声だった。
◇◇◇
王都にほど近いルーベル領には人の立ち入りが禁じられた小さな洞窟があった。魔力を貯め込みやすく、そのせいで魔獣が頻繁に現れ危険だから、とされていたが……。
「あと少し……あと少しだ……」
デルトラ・ルーベルは大きな龍の前で感動するように腕を組んでいた。その体からドクンドクンと心臓が動いているのが見て取れる。側にはキモマや他の植物型の魔獣の残骸が転がっていた。
「あとはマリー様が心を決めてくださるか……龍王の核がなければどうにも……」
学者風の男は深刻そうな表情だ。龍王の核。第一側妃マリーの実家であるナヴァール家が代々密かに受け継いでいる、大昔この国を襲った龍王の額に埋め込まれていた魔石のカケラだった。
「なあに。それは心配いらないさ。あの王がマリー様を正妃にすることなど天地がひっくり返ってもないよ」
デルトラはカラカラと明るく笑っている。彼はよく知っていた。王が第一側妃に対して憎しみに近い感情を抱いていることに。それを必死に抑えて第一側妃として近くに置いたのは、正妃シャーロットの死の真相を探るためだと。
「もうすぐ核を取りに来いと連絡をよこすに決まってる。そうしたらこの国を私が手に入れた後は王くらいあの方にくれてやろう。なに、別に私だって王のことが憎いわけじゃない。ただ政策方針の違いが大きすぎるってだけだ」
またも明るく朗らかに笑っていた。
だが突然、家臣の一人が息を切らしてデルトラの前に駆け寄って来る。
「デルトラ様! 王が魔封石をこの洞窟で試したいと!」
「……はぁ~……こういうことするんだよな~あの王は……」
「それから、【王の目と耳】も最近こちらの領に頻繁に現れているようです」
やれやれと言いつつ、デルトラは家臣達に龍王の肉体の移動するよう指示を出し始めた。
「ここを離れてしまうと魔力の補充が……次の場所はここほどの効果は得られません……魔力が足りなければ核が手に入ったとしてもいつ目覚めるやら」
学者風の男は苦々しい顔になっている。
「そうだったなぁ……うーん……あ! ほら、リディアナ嬢なんかどうだ!? アイリス嬢でもいいなぁ~! あの二人の魔力量は目を見張るものがあった! うんうん。やはり選定会に行っておいてよかった」
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