悪役令嬢は推しのために命もかける〜婚約者の王子様? どうぞどうぞヒロインとお幸せに!〜

桃月とと

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第三部 元悪役令嬢は原作エンドを書きかえる

19 新薬

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 新学期の学院の中に龍王の気配など少しもない。夏休みボケも抜けた頃、フィンリー様の元にライアス領の隠れ薬師へスラーから手紙が届いた。

「……血液の解析は順調だが、薬で特殊状態メタモルフォーゼを解除するにはもう一つ何かが足りないだろう、といったところらしい」

 フィンリー様は複雑そうな表情をしながら手紙に目を落としたまま。

「この討伐に効果のある薬なら作製可能だそうだ」
「討伐ね……」

 やはり簡単にはいかないか。
 へスラーにはこの血を新種の龍のものだと説明している。フィンリー様曰く、それに納得しているかどうかは怪しいが、つっこまれることもなく依頼を引き受けてくれたそうだ。

「半年あれば薬は作れるらしい」
「思ったより早いですね」

 薬が出来上がるまでの時間など想定も出来なかったが、思ったより早いのはありがたい。数年はかかる、と言われたらどうしようかと思っていた。

「そもそも龍種に対抗する基礎となる薬はもう開発されていて、あとは調整次第で効果が変わると言っていたな……」

 それも血液があるので難しくはない、と。

「他国の魔獣対策というのはやはり興味深いですね」

 ジェフリーが感心するように言った。魔術で太刀打ちできないなら別ん方法を考えるまで、ということだ。それが我々には新鮮に映る。

「時代が進んでるって感じする~」

 ルカも同じく。うちの国でもきっと今後はこういった方法を用いて魔獣に対抗することもあるだろう。ルカが作った魔道具も当初より普及したいるのもあり、以前ほど警戒するような反応も減ってきていた。新しい技術も少しずつだが受け入れられ始めているのだ。

(それまできっちり国が残ってますように……!)

 なんてつい願ってしまうのがちょっぴり悲しい。

 今学期から始まった薬学の講義にもそろそろ慣れてきた……と言いたいところだが、多くの生徒は苦戦中。今日もまた聞きなれない専門用語と初めて知る素材名が黒板に次々と書き連ねられ、その説明を聞き逃さないように必死になっている。

 だがどれほど集中していても、突き刺すような視線に邪魔されていた。

(……な~によもぉ~~ま~~~た見てるんだけど……)

 斜め後ろからだ。振り向かずとも誰かは分かっていた。
 ライザ・カルヴィナ。なぜか夏季休暇明けからやたらと私を見ている。気がつくと視線を感じる。
 最初はもちろん気のせいかと思った。相手がライザでなければ自意識過剰とすら反省しただろう。しかし、そうではない。私がライザの方を見るといつも目が合うのだ。

(悪いけどしばらく相手できないわよ~~~……)

 こっちは色々と忙しい。ライアス領から『薬』が出来上がるのを待っているだけじゃないのだ。
 龍王の現在の居所はまだわかっていない。ルーベル家も怪しい動きがあるわけでもなく……。レオハルト(とジェフリー)が魔封石設置事業に正式に参加できるようになったので、魔力溜まりの調査に見せかけて堂々とあちこち探れているが、手がかりは見つからないまま。
 第一側妃については、今、第三王子ショーンに協力をお願いしている。例の毒入りと思われる茶葉の存在の有無を確認するために。かなり濁したお願いだったにも関わらず、快く引き受けてくれた。彼は今、将来を見据えて王宮の記録官見習いとして勉強している。

 なんにしてもライザの行動が不思議でらならない。謎すぎる。文句があれば即日こちらに突っかかってくるのがライザだ。第二側妃が幽閉されても彼女は変わらず強気だった。驚いたことにそれなりに貴族派の令嬢達から人望はあるのか、学院内での地位もそれほど変わらない。

(何見てんのよ! ってこっちから突っかかっていくのもなぁ)

 彼女の不可思議な行動の真相を知りたいが、やはり今はそれどころではない。時間は着実に進んでいる。
 
(何より今は授業中だしね~)

 ちょうど今、講師が気になることを話し始めた。

「さてこれから話すのは試験にはでませんが、是非皆さんには知っておいていただきたい情報になります」

 その一言で、教室の中がざわめく。パタンともったいつけるように講師が教科書を閉じた。 
 
「さて、皆さん。天馬……ユニコーンはご存知ですね?」

 雑談モードに入ったのか、講師の声はいつもより軽やかだ。何人かの生徒が頷いているのを確認してから、

「薬学の立場からいうと、ユニコーンのツノというのは、治癒・再生素材のうちでも伝説級の素材の一つ。喉から手が出るほど欲しいものです」

 ざわっ、と生徒たちの間に小さなどよめきが走った。薬学後進国の我々の国でもそれは有名な話だった。薬としてではないが、治癒魔法との合わせ技でより強力な治療を行ったという記録が過去に残っているのだ。

「けどユニコーンはもう絶滅したんだよな」
「百年くらい前までいたんだっけ?」

 生徒達が小声で囁き合う中、今度は講師は満足げに頷いた。

「そう! かつては癒しと浄化の象徴とされた神獣ともいうべき存在でした。この国だけでなく、全世界で狩り尽くされすでに絶滅した存在。――ところが! 最近、とある小さな島で目撃情報が上がったんです!」

 おぉ! と、どよめきが上がる。隣に座るアイリスが目を輝かせていた。彼女の愛馬に仲間が増えたのが単純に嬉しいようだ。

「もっとも、それがかどうかは現在調査中ですが……」

 はい。ここからが本題です。と、講師はドヤ顔になる。

「この発見を受けてここ最近『ユニコーンのツノ』が市場に出回っている、という報告がありました」

 端的に言って詐欺です。と、なんだか面白そうにしている。

「なので今日は、本物のユニコーン素材の見極め方、そしてその効能、さらに! 半端な知識がもたらす危険性についても触れていきます」

 突如真顔に戻った講師が黒板に【魂干渉/高純度再生素材】と書き出し始めた。

(魂!!? 再生!!?)

 講師が言うには、ユニコーンのツノには怪我や病気だけでなく、魂にすらその影響を与えると記録が残っている。強力な浄化作用で魂すら癒すという話だ。
 チラリと周囲を確認すると、明らかに我らが仲間の目の色が変わった。龍王を正妃に戻す薬に使えるのではないか、という考えが瞬時に浮かんだのだ。

「ここはかなり複雑な話になってくるので結果だけお伝えすると、ユニコーンのツノには超強力な作用があるので、たいして悪くないのに使うと逆に魂と身体にズレが生じて死同然の状態になってしまうということです」

 だから素人が手を出していいものではありません。と、またも真顔になる。表情で語るタイプのようだ。

「中途半端な知識は、時として命取りになります。この学院にはユニコーンのツノを手に入れられる権力も資金力もある学生が多い。今日は学院長にお願いし、講義の時間を使わせてもらいました」

 教室の中は静まり返っている。数名が青い顔になっていた。もしかしてすでに思い当たる節があるのかもしれない。

「と、こんな風に断言しておいてなんですが、今出回っているのは全て偽物といっても過言ではなので心配は不要です」

 講師がわざとらしく一拍置いて、教室をゆっくり見渡す。

「ただ私としてはどんなものが偽物として売られているかも興味があります。もしも資金力に余裕のある方がいたら、是非とも拝見させてください」

 ちらほらと苦笑が漏れていた。なかなか親切な講師だ。プロに鑑定してもらえるのはありがたい。

「何か質問は?」

 瞬時にたくさんの手が上がった。

「そもそも魂が傷つく状況とは?」

 一人の男子学生が好奇心いっぱいといった表情で質問する。

「そうですね。エルディア王国は強力な治癒師がいる国なのであまり知られていないかもしれませんが……」

 チラリ、と講師が私達の方に目をやった。

「瀕死の状態から魔法薬で回復させると稀に起こります。魔法薬は基本的に身体に作用するものですから、魂にまで効果がなく結果、ズレが発生し死に至ります」

 私達が使う治癒魔法はその点万能で、トータルケアをしてくれ問題ないということだった。講師からすると、だからこそこの国が魔術にこだわるのはよくわかる、と。

(勉強になるわ……)

 まさかこんなところで龍王攻略のヒントが出てくるとは思いもしなかった。
 
「他には……これは雑談程度に聞いてください。大昔は強力な呪いや死者蘇生魔術も盛んに研究されていましてね。そう言う時にも使われていたんですよ、ユニコーンのツノ」

 呪いと聞いてルイーゼが反応したのがわかる。
 
「結局話は戻りますね。ユニコーンのツノは万能薬! ただし、使用法を間違うと死を招きます! そもそも今流通しているものは全部偽物! と、今日は覚えて帰ってください」

 講義が終わったとの生徒達は満足気だった。これまで珍紛漢紛だった薬学の授業だったが、少し感覚が掴めたような感覚になったのだ。
 なによりうちの国の人間は貴族階級であっても薬学知識が乏しいので、詐欺師からしたらこれ以上ないほどの相手だろう。今日の講義で救われた財布は多いはずだ。

 私達からしても、とんでもない有益情報が手に入った講義だった。あの講師に金一封送りたい。というか、うまくいったら送らなければ……!

「リディアナ……あたしちょっと村に帰るわ」
「……うん。お願いできる?」
「まかせて!!」

 本物のユニコーンのツノが手に入る。久しぶりにいいニュースだ。

(大丈夫。正妃様を救える可能性はまだ残ってる……大丈夫……)

 どうかうまくいきますように。
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