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1 テレポーター
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ただの平社員である麻倉 陸はテレポートの能力を持つ超能力者だ。アッチへコッチヘ瞬間移動が出来るとても便利な能力だが、無条件で使えるわけではない。彼自身も自分の能力を全て理解できているわけではないが、彼が具体的に想像できない場所へはテレポート出来なかった。
「いやぁ。いい世の中になった」
1番いいのは一度行った事がある場所だったが、今はインターネットでいくらでも情報が入ってくる。画像も動画も盛りだくさんだ。
「本場のパスタ……うまっ!」
ゴンドラを眺めながら、イカ墨パスタを幸せそうにすすっていた。
(でも……そろそろこういう旅行も厳しいな)
世界中あっちこっちに監視カメラが設置され始め、テレポートの瞬間を撮影されでもしたら大変だ。
もちろん彼はこの能力をひた隠しにして生きてきた。
彼は幼い頃、両親に捨てられて施設で暮らしていた。ボロボロの恰好で言葉も話せなかったそうだ。その頃の記憶はほどんどないが、何かから逃げている記憶だけは朧気にあった。
「バレたら絶対にヤバい組織に連れていかれる……!」
自分の能力に気が付いた幼い陸は、両親はそのせいで自分を捨てたか、もしくは既に悪の組織の手に落ちたのかもしれないと考えた。
(さて、遊んだらきっちり稼がないと……)
楽しい0泊2日の旅行を終えて、月曜日から仕事だと思うと急激に憂鬱な気分に襲われていた。テレポート能力があっても、生活費は稼げない。
「生きてるだけでなんでこんな金がかかんだろ~」
「それな~」
上司や同僚達と居酒屋でぐだつきながらストレス解消だ。会社に不満がないわけではないが、同僚には恵まれたと思っている。それを友人に言うと、社畜の第一歩だ、と辛辣なコメントを貰った。
「またお前他の客に絡まれてたな」
「それな~ダルいわ」
人畜無害そうな顔をしているからか、酒に酔った客に度々絡まれていた。
「麻倉くんは他のお客さん庇ってたからだよ。あのオヤジ、女の子に声かけまくっててさ」
「あたしにもさっきベタベタ触ってきてさ。麻倉くんがバシっと注意してくれたのよ」
「マジか! やるじゃん」
「へへへ」
少し照れながら頭をかいた。見てくれている人はちゃんといる、そのことがわかっていたから、陸は出来る範囲の善意はするようにしている。
「ええ! 気づかなかった……悪かったな……」
「いやいや、別に何にもなかったですし」
後からそのことを知った気のいい上司が自分がちゃんと対応するべきだった……と少し凹んでいた。
(まあ俺には、いざとなれば逃げられるってのがあるからな)
それが自分の気を大きくしている自覚はあった。陸はテレポート能力で自分の痛みすら移動させられるのだ。だから相手が殴り掛かってきても問題ない。まるっと全て相手に返すことが出来る。
その力は幼い頃、近所のガキ大将から毎日殴ったり蹴られたりした時に発動した。
「税金で生きてる施設のヤロォのくせ生意気なんなよ!」
ただそれだけの理由でターゲットにされたのだ。
あまりにも痛かったからか、もしくはピンチだったからか、陸は自身の身体に関わるものも移動できると気が付いたのだ。もちろん、移動先を具体的に想像出来なければいけなかったが、目の前で殴り掛かってくる相手を想像するのは簡単だ。
ガキ大将はあまりの痛みに大泣きしていたが、目撃者は多く、しかも傷跡は陸の方に残っていたので、ガキ大将のイジメが発覚するきっかけになり、その両親が施設で涙を流しながら幼い陸に深く深く頭を下げた。もちろんたくさんのお見舞いの品も持って。
(こんな普通の親がいてもあんな人間になるんだな)
陸にはそれが不思議だった。
傷跡を自分に残したのは陸の悪知恵だが、常に意識しなければ痛みの移動は継続できなかった。試しに膝の傷痕を例のガキ大将に移すと、その痛みも一緒に移動し消え去った。
陸にとってこれはかなり大きな収穫だ。どんな怪我をしても誰かに移せばそれで解決する。
(俺、最強じゃん!)
一瞬、興奮で胸が高鳴った。だが、
(でも……誰に移す?)
それが何より大きな問題だった。
(やられた相手に返すのはいいとして、ただの事故や怪我は……?)
その夜、陸の体は少しばかり痛んだ。
その後余罪が発覚したガキ大将一家は引っ越したが、そいつを倒したという噂が回ったおかげで、それ以降誰も施設の子に手を出すことはなかった。
「麻倉って結構遠くから通ってるよな。終電とか大丈夫なのか?」
「ああ。運動がてらランニングしてんだ」
それらしく運動着と靴を鞄に入れてはいたが、まともに着たことはない。普段はヒョイ! とテレポートで一瞬だ。少し大きな荷物だったが、陸には苦にもならない。だから会社から通っても違和感のないギリギリ、家賃の安い部屋を借りていた。
(防犯カメラとか人気のないところ探す方が大変なんだよな~)
ここは彼の能力を存分に発揮できる世界ではなかった。
ある日の仕事帰り、いつものテレポートに適した、人気も防犯カメラもない場所へと歩いて移動していると、歩きながら真剣にスマートフォンを見ている女性を見かけた。どうやら道に迷っているのか、キョロキョロしたりまた画面の地図を見たりと忙しそうだ。
(危ないぞってほら……)
案の定、女性は向かいから歩いてきた別の女性とぶつかった。そしてその衝撃でスマートフォンが車道へと投げ出されてしまっていた。
「おい! 嘘だろ!?」
陸以外の人も彼女の行動に声を上げた。
そのスマホを拾おうとその女性が急に車道へと飛び込んでいったのだ。もちろん、車が行きかっているにも関わらず。
一瞬、陸は迷った。そして迷った自分を恥じた。自分の保身と彼女の命と天秤にかけたのだ。
(クソッ! もう知るか……!)
目を見開いたトラックの運転手の顔が見える。ブレーキを踏みこむ音がするが、間に合う距離でないのは感覚的にわかった。陸は猛ダッシュで女性を追いかけ、彼女を突き飛ばす。悲鳴が聞こえる中、女性が向かいの歩道に倒れこんだのを確認して、トラックにぶつかる直前、彼はテレポートした。
(これって異世界に転生するやつじゃん!)
漫画やアニメのような出来事に、陸は思わず現実逃避のような思考をした。
ついに人目につくところでテレポートしてしまった。それだけじゃない。今のトラックにはドライブレコーダーだってついていることが多いだろう。例え運よくあのトラックにはついてなくても、他にも車は走っていた。
(あーあ。これで逃亡生活かな……)
そんなことを考えながら着地したテレポート先を確認する。
(そういえばあの時、俺は何を想像した?)
あまりにも必死だった。あれほど切羽詰まったテレポートは過去にあっただろうか。
目の前は大きな広場のようだった。整えられた石畳が広がっている。少し離れた所に大きな銅像が見えた。
広場を取り囲むようにたくさんの屋台が出ているようだ。食べ物だけでなく、布地やガラス製品、剣や盾のようなものまである。そろそろ店仕舞いの時間なのが、ぽつぽつ片付け始めている店も多い。
レトロな街灯が辺りを照らしている。
「ん!? ヨーロッパのどっかまで来ちまったかな?」
急激な疲労を感じ、陸は戸惑った。テレポートをして疲れたことなど一度もない。たとえ地球の反対側へ行ったとしてもだ。
念のためテレポートではなく自力で急ぎキョロキョロと身を隠せそうは場所を探すが、全く見当たらない。
それにしても人々の恰好がレトロというよりアンティークのようだ。剣を腰に差している人までいる。観光客だろうか……陸と同じ黒髪黒目の男達も何人も見かけた。
しかし誰もが急に現れた自分を見て、少しだけ驚いたように目を大きく開いた後、すぐにまた目的地へと向かって歩き始めた。魔法のように急に現れた自分に、たいして興味はないようだった。スマートフォンを向けられることもない。
「なんかの祭りかな……?」
周囲の関心のなさに逆に不意打ちをくらった気分になる。
陸はただその場に立ち尽くしていた。
「いやぁ。いい世の中になった」
1番いいのは一度行った事がある場所だったが、今はインターネットでいくらでも情報が入ってくる。画像も動画も盛りだくさんだ。
「本場のパスタ……うまっ!」
ゴンドラを眺めながら、イカ墨パスタを幸せそうにすすっていた。
(でも……そろそろこういう旅行も厳しいな)
世界中あっちこっちに監視カメラが設置され始め、テレポートの瞬間を撮影されでもしたら大変だ。
もちろん彼はこの能力をひた隠しにして生きてきた。
彼は幼い頃、両親に捨てられて施設で暮らしていた。ボロボロの恰好で言葉も話せなかったそうだ。その頃の記憶はほどんどないが、何かから逃げている記憶だけは朧気にあった。
「バレたら絶対にヤバい組織に連れていかれる……!」
自分の能力に気が付いた幼い陸は、両親はそのせいで自分を捨てたか、もしくは既に悪の組織の手に落ちたのかもしれないと考えた。
(さて、遊んだらきっちり稼がないと……)
楽しい0泊2日の旅行を終えて、月曜日から仕事だと思うと急激に憂鬱な気分に襲われていた。テレポート能力があっても、生活費は稼げない。
「生きてるだけでなんでこんな金がかかんだろ~」
「それな~」
上司や同僚達と居酒屋でぐだつきながらストレス解消だ。会社に不満がないわけではないが、同僚には恵まれたと思っている。それを友人に言うと、社畜の第一歩だ、と辛辣なコメントを貰った。
「またお前他の客に絡まれてたな」
「それな~ダルいわ」
人畜無害そうな顔をしているからか、酒に酔った客に度々絡まれていた。
「麻倉くんは他のお客さん庇ってたからだよ。あのオヤジ、女の子に声かけまくっててさ」
「あたしにもさっきベタベタ触ってきてさ。麻倉くんがバシっと注意してくれたのよ」
「マジか! やるじゃん」
「へへへ」
少し照れながら頭をかいた。見てくれている人はちゃんといる、そのことがわかっていたから、陸は出来る範囲の善意はするようにしている。
「ええ! 気づかなかった……悪かったな……」
「いやいや、別に何にもなかったですし」
後からそのことを知った気のいい上司が自分がちゃんと対応するべきだった……と少し凹んでいた。
(まあ俺には、いざとなれば逃げられるってのがあるからな)
それが自分の気を大きくしている自覚はあった。陸はテレポート能力で自分の痛みすら移動させられるのだ。だから相手が殴り掛かってきても問題ない。まるっと全て相手に返すことが出来る。
その力は幼い頃、近所のガキ大将から毎日殴ったり蹴られたりした時に発動した。
「税金で生きてる施設のヤロォのくせ生意気なんなよ!」
ただそれだけの理由でターゲットにされたのだ。
あまりにも痛かったからか、もしくはピンチだったからか、陸は自身の身体に関わるものも移動できると気が付いたのだ。もちろん、移動先を具体的に想像出来なければいけなかったが、目の前で殴り掛かってくる相手を想像するのは簡単だ。
ガキ大将はあまりの痛みに大泣きしていたが、目撃者は多く、しかも傷跡は陸の方に残っていたので、ガキ大将のイジメが発覚するきっかけになり、その両親が施設で涙を流しながら幼い陸に深く深く頭を下げた。もちろんたくさんのお見舞いの品も持って。
(こんな普通の親がいてもあんな人間になるんだな)
陸にはそれが不思議だった。
傷跡を自分に残したのは陸の悪知恵だが、常に意識しなければ痛みの移動は継続できなかった。試しに膝の傷痕を例のガキ大将に移すと、その痛みも一緒に移動し消え去った。
陸にとってこれはかなり大きな収穫だ。どんな怪我をしても誰かに移せばそれで解決する。
(俺、最強じゃん!)
一瞬、興奮で胸が高鳴った。だが、
(でも……誰に移す?)
それが何より大きな問題だった。
(やられた相手に返すのはいいとして、ただの事故や怪我は……?)
その夜、陸の体は少しばかり痛んだ。
その後余罪が発覚したガキ大将一家は引っ越したが、そいつを倒したという噂が回ったおかげで、それ以降誰も施設の子に手を出すことはなかった。
「麻倉って結構遠くから通ってるよな。終電とか大丈夫なのか?」
「ああ。運動がてらランニングしてんだ」
それらしく運動着と靴を鞄に入れてはいたが、まともに着たことはない。普段はヒョイ! とテレポートで一瞬だ。少し大きな荷物だったが、陸には苦にもならない。だから会社から通っても違和感のないギリギリ、家賃の安い部屋を借りていた。
(防犯カメラとか人気のないところ探す方が大変なんだよな~)
ここは彼の能力を存分に発揮できる世界ではなかった。
ある日の仕事帰り、いつものテレポートに適した、人気も防犯カメラもない場所へと歩いて移動していると、歩きながら真剣にスマートフォンを見ている女性を見かけた。どうやら道に迷っているのか、キョロキョロしたりまた画面の地図を見たりと忙しそうだ。
(危ないぞってほら……)
案の定、女性は向かいから歩いてきた別の女性とぶつかった。そしてその衝撃でスマートフォンが車道へと投げ出されてしまっていた。
「おい! 嘘だろ!?」
陸以外の人も彼女の行動に声を上げた。
そのスマホを拾おうとその女性が急に車道へと飛び込んでいったのだ。もちろん、車が行きかっているにも関わらず。
一瞬、陸は迷った。そして迷った自分を恥じた。自分の保身と彼女の命と天秤にかけたのだ。
(クソッ! もう知るか……!)
目を見開いたトラックの運転手の顔が見える。ブレーキを踏みこむ音がするが、間に合う距離でないのは感覚的にわかった。陸は猛ダッシュで女性を追いかけ、彼女を突き飛ばす。悲鳴が聞こえる中、女性が向かいの歩道に倒れこんだのを確認して、トラックにぶつかる直前、彼はテレポートした。
(これって異世界に転生するやつじゃん!)
漫画やアニメのような出来事に、陸は思わず現実逃避のような思考をした。
ついに人目につくところでテレポートしてしまった。それだけじゃない。今のトラックにはドライブレコーダーだってついていることが多いだろう。例え運よくあのトラックにはついてなくても、他にも車は走っていた。
(あーあ。これで逃亡生活かな……)
そんなことを考えながら着地したテレポート先を確認する。
(そういえばあの時、俺は何を想像した?)
あまりにも必死だった。あれほど切羽詰まったテレポートは過去にあっただろうか。
目の前は大きな広場のようだった。整えられた石畳が広がっている。少し離れた所に大きな銅像が見えた。
広場を取り囲むようにたくさんの屋台が出ているようだ。食べ物だけでなく、布地やガラス製品、剣や盾のようなものまである。そろそろ店仕舞いの時間なのが、ぽつぽつ片付け始めている店も多い。
レトロな街灯が辺りを照らしている。
「ん!? ヨーロッパのどっかまで来ちまったかな?」
急激な疲労を感じ、陸は戸惑った。テレポートをして疲れたことなど一度もない。たとえ地球の反対側へ行ったとしてもだ。
念のためテレポートではなく自力で急ぎキョロキョロと身を隠せそうは場所を探すが、全く見当たらない。
それにしても人々の恰好がレトロというよりアンティークのようだ。剣を腰に差している人までいる。観光客だろうか……陸と同じ黒髪黒目の男達も何人も見かけた。
しかし誰もが急に現れた自分を見て、少しだけ驚いたように目を大きく開いた後、すぐにまた目的地へと向かって歩き始めた。魔法のように急に現れた自分に、たいして興味はないようだった。スマートフォンを向けられることもない。
「なんかの祭りかな……?」
周囲の関心のなさに逆に不意打ちをくらった気分になる。
陸はただその場に立ち尽くしていた。
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