NeverDream ~魔王軍が世界を救ってもいいですか?~

逢坂一可

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Chapter03 白光の戦女神(偽)パーティー、結成しました。

Episode37 色のない笑み

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 オイゲン遺跡に程近い場所まで近づくと、遺跡観光のために作られた村がいくつか集まって出来たような小さな町へとたどり着いた。観光地とあって、風に晒されボロボロになった木製の看板に「星見の町」だなどと色褪せた文字がうっすらと見える。
 ――ゲーム時にも同じように町の名前は特にはなく、「星見の町」と呼ばれていた。
 魔物たちの動きが活性化し、ルク鳥などが遺跡に巣を作る前までは観光地として流行っていたものの、今は建物の老朽化が目に見えたままであったり、作り過ぎた土産屋や観光客向けに作られた家屋が無人のまま数年が過ぎた、物悲しい光景が広がるばかりだ。しかし今日ばかりは、王都カンデラリアでの春華祭を終え、帰路につく旅行者で活気付いている姿が私たちの目に映る。
 その頃には、既に太陽は地に隠れ町の名前の意味が解る時間になっていた。

 旅の鉄則として陽が落ちる前に、安心できる寝床を確保しなければならないのだけれど、オイゲン遺跡が目と鼻の先ということで、陽が暮れても足を動かし続けたのだ。そしてようやっとこの町にたどり着けたのは、夜空にキラキラと星が瞬く頃だった。確かに「星見の町」と銘打つだけあって、夜でも街が光の海と化している日本など比べようがないくらい、毎日が天の川状態のこの世界でも、この町で見る夜空は一段と色とりどりの宝石を散りばめられたように美しかった。

 さて、人数の増えた私たちを受け入れてくれる宿はあるだろうかと、一軒一軒探していく。しかしこんな寂れた土地でも春華祭の影響は強いようで、ひとりなら、2人部屋ならなんとか、と言った対応だ。3軒目を回ったところで、もういっそバラバラでもいいのでは?という考えがみんなの脳裏によぎった。
 本当ならそれでもいいのだろうが、四天王の彼らからすれば監視しているクロードたちから離れるのは好ましくない。
 最後の宿でようやく部屋を確保できたのだが、さすがに元観光地とあって、元宿という家屋は多く春華祭の時期だけ宿として解放しているところも少なくなかったのが救いだった。
 ――しかし、だ。

 とあるふたり部屋の一室。
 歩き通しでぱんぱんになった足を休めようと、脱力するようにベッドに腰掛けた時だった。
 入口でばたん、とけたたましくドアを開く音がしたかと思うと、オレンジの髪を振り乱し、クロードがこの一室の主となったオズに珍しく声を荒げて詰め寄ってきたのだ。


「あ、あのな!さすがに女の子を男連中の部屋に押し込むなんてありえないだろ?!」
「あーもう、お前も相当しつこいねぇ。っつっても、2人部屋が3部屋しかねぇんだし、仕方ないでしょ。いいじゃん、その分安くしてくれるっつってんだし。」
「安いかどうかじゃないだろ!男2人がいる部屋に、女の子ひとりって…そ、それに寝る場所はどうするつもりなんだよ?!」
「どうって、おんなじベッドで寝ればいいことでしょうが。なに、ヤラシイことでも考えてる?」
「そ、そういう意味じゃ……あるけどっ。じょ、常識として言ってるんだよ!なんだよおんなじベッドってっ」
「言葉通りだけど?……もしかして勇者代理殿は、羨ましいの?」
「ああもうっ!!」


(うわあ…。)


 私は少し硬いけれど寝るには申し分ない柔らかさのベッドに腰を沈めながら、部屋の入口で問答しているオズとクロードに小さく溜息を吐いた。
 ――実はここまでたどり着くのに、もう一バトルありました。
 ユリアンとフィルの壮絶な言葉の応酬です。

 どうも四天王たちにも相性があるようで、フィルはルシオと、ユリアンはオズといることが多い。
 おそらく相手も諦めているか心を許しているかなので、ふたりきりというのも慣れているのだろう。
 いつの間にか決められた2人組の代表が、私がどちらの部屋に寝るのかというどうしようもないバトルを始めてしまったのだ。
 とはいえ、前回言いくるめられたユリアンが私を掴んで離さなかったし、オズもしたり顔でここぞとばかりに便乗して援護するしで、さすがのフィルも興醒めしたのかすぐに身を引いた。
 そういうわけで、今夜はオズとユリアンの部屋にお邪魔することになったのだが、クロードの「女の子を男部屋に押し込むなんてありえない」と言う、久々に訊いた常識にはっとさせられたのは私だったりするのである。


(クロードがいろいろ庇ってくれるのはありがたいとは思うけど、だからってこの宿のひとり部屋は埋まってるし、別の宿を取るって言うのもちょっと怖いし…。)


 この世界の鍵、というのは現代日本に近いものではあった。
 木製のドアに鉄製の錠が埋め込まれていて、それに合う鍵を挿し捻って解錠する。しかし、私から言わせればあるだけマシ、というレベルだ。王城内で見た鍵とは比べ物にならないくらい質が悪く、ドアだってちょっと力のある人間なら、ドアごと押し破れるだろう。
 町の宿の鍵なんて、それだけ簡易だということだ。

 ひとり部屋を優先して、私だけ別に宿を取ったとして、何があるかわからないじゃないか。
 前回泊まった温泉付の宿だって、何かあったときのためにオズが荷物番として残っていたのだ。鍵を信頼していたのならば、そんな気遣いをすることもなかった筈だ。――きっとそういう安全面では、日本と同じ感覚でいては危険だということだろう。ちょっと治安の悪い外国に来た、という感覚でいなければ、席に荷物を置いたまま席を離れたら何もなかった、なんてことも普通にありそうだ。
 ――クロードには申し訳ないけれど、ひとり部屋に移りたい、とは言えなかった。

 しばらくして、クロードを言い負かしたオズの功績により、やっと2人部屋に私たち3人が残された。ふっと吐いたため息を、隣りに座していた彼が拾う。


「やっと、一緒に寝れる。」
「あはは。前にも言ってたもんね。私、大したネタ持ってないよ?」
「だいじょうぶ。」


 以前、私と一緒に話したい、と言ってくれたのは、ふわりと柔らかく微笑むユリアンだ。
 よこしまな想いはやはり今の彼からは感じられない。以前はみんなばかりと、その、そういうことをしてずるい、と言っていたのだけれど、彼の相変わらずピュアな反応に安堵する。


(いくら魔力が必要だからって、今度はユリアンとだなんて……どれだけ尻軽なんだって感じだよね、私。)


 こうも立て続けてに男をとっかえひっかえしているなんて、日本にいる友人に言ったら絶句された後にものすごいマシンガンで説教されそうだ。
 それにユリアンは弟のような存在だし、精神的に守ってあげたいという気持ちが私の中にある。
 ちょっとここ最近たくましくなって言動にもはっとさせられることもあったけれど、けれどまだ私の中では大事な弟ポジションなのだ。
 「女なのだからもっと身体を大事にしろ」ときっと友人からは叱られるだろうというのもあるけれど、ユリアンは初めてをよくわからない間に経験してしまったのだし、もし次があるのなら仕方なく私と致すのではなく、心に決めたひとと大事な時間を分かち合ってほしいと思う。

 私はユリアンの花がほころぶのを見て同じように笑みを返すと、改めて部屋を見渡した。
 つくりは以前泊まった温泉宿と同じようなもので、サイドテーブルを間に挟んでベッドがふたつ佇んでいる。
 ただ前と違うのは、窓際にテーブルセットがないことだ。申し訳程度にデスクと鏡台、そこに洗面器とたっぷり水の注がれたピッチャーがあるだけのこじんまりとしたものだ。あまり広いとは言えないが、こんなものだろう。

 ユリアンは頬をほんのりと朱色に染めたまま私の手を引いた。
 どうしたの?と問う私に答える代わりに、彼はその意外に引き締まった諸手を広げた。


「ヒナ。」
「…え?え?」


 ユリアンの純粋すぎる菫青石アイオライトの瞳が、何かを訴えるようにキラキラと輝いている。
 ――こ、これは。
 胸がとくん、とくんと優しく鼓動するのを感じながら、私の手を掴む熱くもなく冷たくもない、心地よい体温の主を見つめる。


(これって、その。ユリアンの腕に飛び込めと…?)


 100%の確立で間違っていないだろう答えに、頬に熱が集まってくるのが解る。
 どうすればいいのか思案していると、その沈黙に今度は彼の婉麗えんれいな顔が悲しく歪んでしまうから、どうしたものか。
 すると突然、腰かけていたベッドが不自然に沈んだ。
 どうしたのかと周囲に視線を向けようとしたところで、背後からにゅっと伸びた逞しい2本の腕が、私の肩と腰に回ったかと思うと、強い力で引かれてそちらに倒れこむ。
 しかしそこには厚い胸板があったから、ベッドに伏すことはない。


「こらユリ。ちび困らせてどーするよ。」
「オズ、ずるい」
「ずるくねぇって。いつも後ろからこうするのが俺のルーティンなの。」
「え、そうなの?!」
「そうでしょ?」
「お…う…」


 私の背後から抱き締めてきたオズが、私の肩越しに身を乗り出してその薄い唇を耳に押し当ててくる。
 ぶる、とほとんど条件反射に身体が震える。
 ――確かに思い返せば、気がつくとオズの腕の中にいた気がする。しかもほとんどが後ろから抱きしめられるという形で。
 なんだか異様に恥ずかしくなってきて、慌ててオズの腕から抜け出そうとしたときだ。
 ユリアンに繋がれたままの手が、ぐ、と引かれる。


「じゃあ……俺も。」
「「 ……え? 」」


 背後のオズと声が重なったと思った瞬間、引かれた力のままに今度は前方に倒れこむ。
 バランスが保てずにユリアンに倒れこむ私たちに、更に大きく腕を広げて彼がオズごと私を抱きとめた。
 ――傍から見たら、ちょっと異様だ。


「うん。俺、これでいい。」
「いやちょっと、よくないよくないよくない。なんのサンドウィッチよお前。」
「う、お、重い…っ」
「ああ、っと悪い。」


 男の厚い胸板に押しつぶされた私に気付いてくれたオズが、ベッドに手を着いて距離を取ってくれる。
 ふっと胸に空気が入り込んで安堵した私だったけれど。
 なんとも幸せそうに私たちを抱き締めていたユリアンが、オズが離れたことで小さく「あ」と呟いた。
 やっぱり兄のように慕っているし、離れるのはちょっと切ないのかな、なんて思ったのに。

 これ幸いと、なんと身体全部を密着させるように私をぎゅぅううと抱き締めて来たのである。
 耳元で小さく「ふふ」と幸せそうな声が聞こえて、胸の奥がむず痒い。


「う、うわっ?!」
「あ、こらユリ、お前はかったな?!」
「ふふ。ヒナ、つかまえた。」
「ああもう。幸せそうで何も言えねえわ、俺…」
「う、うん…。」


 今度こそユリアンの望み通り、彼の腕の中に納まってしまった。
 しかしオズの言うとおり、彼が幸せそうに小花を散らせながらふわふわと微笑むものだから、「苦しい」だなんて言えない。
 オズとは対照的にユリアンに正面から抱きしめられて、もう抵抗するのは止めようと力を抜く。
 ユリアンの広い胸板でオズの表情は窺えなかったけれど、聞こえて来た諦めたようなため息に、苦く笑っているのかな、なんて思う。


「っとに、まぁいいわ。ちびは、ユリと一緒な。」
「え?あ、ああうん。そっか。」
「………」


 オズの言葉に、そういえばどちらのベッドで眠るのかもちゃんと決まっていなかったことを思い出した。
 まぁクロードの言う常識がこの部屋に存在するのなら、男が床で寝るようなイケメン発言があるのだろうけれど、さすがにそれを言われたところで容認したくはないし、かと言って私がひとりベッドを占拠し、その代わりこの狭いシングルベッドに大の男ふたりが寄り添うのも不気味だ。
 ――男ふたりでもユリアンならまぁ可愛いかなと思ってしまったけれど、四天王の中で実は一番大きな体格だし、窮屈なのは変わりない。
 日本人の私からすれば外人サイズを想定したシングルベッドだから、まだ小柄な私ならそこまで窮屈だとは思わないだろうというのもあるから、この四天王のメンバーの誰かと同じベッドになろうが、敢えて何も突っ込まないことにしている。

 しかし、驚いたことにオズの発言に喜ぶかと思った正面のユリアンは、何故かそこで押し黙ってしまった。
 どうしたことか、と同じタイミングで思ったのだろう。
 「ん?」という小さな声が、私とオズから発せられた頃に、ユリアンがぽつりと問う。


「オズ、さみしい?」
「………は?なんだって?」
「……ちょっと待ってて。」
「は、え、ちょ、おま」


(お、おおお?)


 また盛大に噛み合わないなぁとユリアンの腕の中で苦笑する。
 すると彼は私に一度目を落とし、なにやらそっとそれを三日月に細めた。
 ちょっと大人びた微笑にどきりとしてしまった私を置いて彼は立ち上がると、悠然と歩いて2つのベッドの隙間に置かれたサイドテーブルを事もなげにひょい、と掴み上げた。それを私が座っているベッドの足元付近に移動させると、今度はオズが使用するはずのベッドを、これまたひょいと持ち上げたのである。


(サイドテーブルは、座布団くらいの面積だし解る。解るんだけど。……ベッド、ベッドだよ?!)


 シングルベッドとはいえ、背の高い外人さんがひとり横になれる大きさだ。
 それを足元から両手を広げて、難なく持ち上げたのである。腕や胴体にベッドをくっつけて支えているわけでもない。その握力のみでベッドを掴んで支えていることに、私は驚愕している。

 私が金魚のように口をぱくぱく開閉させていると、横から肩がとんと小突かれる。
 目をやると、いつの間にか身体を滑らせて私の横に並んでベッドに腰を落ち着けたオズが、自身の肩で軽く小突いてきたようだ。
 彼は私と同じように半ば諦めたような疲れたような、そんな目をユリアンに向けている。


「うちの子ね、ああ見えて脳筋だったりするんだわ。」
「い、意外です奥様…。」
「でしょう?市場で気に入ったってんで持ってきた有り合わせの武器も捨てて新調したの、拳鍔メリケンサックだから。」
「え、えええええ…?!」


 オズの言葉にまたも驚愕して、思わず2つのベッドをせっせとくっつけるユリアンの背中を見やる。
 確かに彼の腰には、今までになかった腰に直接巻きつけるタイプの小さなポシェットが装備されている。
 その上蓋の隙間から覗く、環についた鈍色のトゲトゲが見えなくもない。
 私の中で拳鍔メリケンサック=ヤンキーという認識があるせいで、あのほんわか微笑むユリアンがそれをたずさえていることに軽く衝撃を受ける。


「そ、そそそそんな、ゆ、ユリアンが、ヤンキー…!!」
「いやいや、拳鍔メリケンサックもちゃんとした武器だからな?」
「そ、そうなんでしょうけども!なんか、なんかイメージがさ?!」
「っつっても、考えるより先に手だの足だの出すほうが速ぇんだって、ユリは。」
「う……そ、そっか…。」


 戦闘ではちょっとの隙が命取りになる。
 ただでさえ、ユリアンは天然でマイペースなところがあるから、武器を持つことで余計な事を考えるくらいなら接近戦がいいと思ったのかもしれない。
 確かにロンベルク教会で助けてもらったときの跳躍力やオズを呼びに行った素早さに、さすがは毒鳥だなぁなんて思ったし、どこぞの有名な謳い文句のように「蝶のように舞い、蜂の様に刺す」というスタンスなのかもしれない。

 うーん、とこのショックをなんとか飲みこんだところで、一仕事終えたユリアンがキラキラ目を輝かせてこちらに振り向いた。
 その成果はベッドがふたつ綺麗に並んでいることだ。
 オズは可笑しそうに笑って、部屋の隅から予備のシーツを探し出すと、ベッド同士の隙間にそれを押し込んだ。
 恐らくこの3人だと私が川の字の真ん中に眠ることになるだろうから、ベッドの境目に不快感を感じさせないためにひと手間加えてくれたのだと言うことが解った。

 オズは仕上げとばかりにぽんぽん、と溝を失くしたベッドを叩くと、背を正してこちらに振り向いた。


「さて、そろそろいい時間だし、さっさと風呂入って来い。明日はもうオイゲン遺跡だからな。何があるか解んねぇし、とっとと休むぞ?」
「…うん、わかった。」
「えっと、オズはお留守番?」
「まぁな。お前らが戻ってきたら、俺も風呂行くわ。」
「そっか。ありがと、早めに戻るね。」


 私は市場で購入した巾着に、着替えなどを詰め込む。
 ユリアンは私よりも少ない荷物をタオルでくるりと巻き込んで、私を待つようにドアの前で足を止めた。


(うーん。ユリアンって、お風呂上がってもこうやって待っててくれそうだよなぁ。)


 忠犬わんこのようににこにこして待っているのかと思うと、オズのこともあるし急いでいるとは言え気が気ではない。
 私は行き掛けに「ちょっと時間かかるから、お風呂から上がったら先に部屋に戻っててね」とユリアンに念押しをすると、オズに手を振って部屋を出た。



   ※   ※   ※



 今回宿で借りたのは浴衣ではなく、ボタンのついたシャツにゆったりとした長ズボンのパジャマだった。私はそれを身に纏い、温まった身体を冷まさぬ内に足早に廊下を歩む。
 今回も自然から湧いて出た温泉だったけれど、以前とは異なり露天ではなかった。それでも1日中歩き通しだった身体から緊張が解けて、充分にリラックスできたと思う。――やっぱり日本人、まったり入浴できるのは幸せだ。

 どうやらユリアンも先に帰ってくれたようだし、少しだけ速度を上げる。
 するとふと窓辺にやった視界に映った後ろ姿に、思わず足を止めた。
 いつもならルシオに纏わりついて離れないのに、どうしたというのだろう。

 その彼は宵闇の漂う庭に佇み、何かを思いつめたように夜空を見上げていた。
 時折吹く風が彼の細い髪を揺らして、更にその姿が儚げに映る。


(どう、したんだろ。)


 彼がこちらに背を向けている所為で、どんな表情をしているのか見当もつかない。
 ただその後ろ姿が彼らしくもなく小さく見えて、思わず庭に続くドアを探して外へ身を滑らせた。
 彼はきっととうに私の存在には気付いていただろう。
 それでも肩越しに振り向いて、「おいで」と言うようにその目を細めて見せた。
 ――コバルトブルーの瞳に、無数の星屑が映っている。


「ふふ。見つかっちゃったね。」
「……フィル、どうしたの?」
「うん。ちょっと、星を見ていたんだ。」
「星?」


 もうフィルからは先程までの儚げな雰囲気はなく、いつものように完璧な微笑を浮かべて、促すようにまた夜空へと視線を向けた。私もそれに倣う。
 濃紺の空には、さすが「星見の町」というだけあって、眩しいくらいに小さな星々で彩られていた。まるでダイヤモンドを敷き詰めたかのような煌めきに、思わず目を瞬く。


「占い、のようなものかな。たまにこうやって、先を読んでいるんだ。まぁ、外れることが大概だけれど。」


 そう言って笑うフィルは、やはりどこかいつもと違うような気がする。
 何が違うのか、と言えばやはり笑顔だろうか。
 以前も思った仮面のような笑み。いつも完璧な笑みだからこそ、完璧すぎる色のない笑みにどこか違和感を覚えるのかもしれない。


(そもそも、外れるような占いをしてたって言うのが、らしくないっていうのかな。)


 まるでその場しのぎのような言葉が、上手く飲みこめない理由でもあった。
 これまでのフィルは合理的で、結果を決めてから行動をするようなところがある。その結果の為なら無駄と思えることもするだろうし、いらないと思えば経緯すらばっさり切り捨てるだろう。だからだろうか。「外れるかもしれない占い」をしていた、ということが酷く嘘くさく思えたのだ。

 しかしそれでも、フィルの言ったことを疑って掛かりたくはなくて、彼の横に並んで問う。


「そっか。……それで、何か解った?」
「うん、そうだね。……あまり、よくはないかな。」
「え、そうなの?!」
「ふふ、まぁ占いだからね。必ず当たるというわけではないから。」


 まさか悪いとは思っていなかった占いの結果に思わず驚くと、フィルはようやく色のなかった笑みにほんのりと温度を宿してこちらを見る。
 けれどすぐにそれを元の仮面のような笑みに戻して、解らないほど小さく息を吐いた。
 ――どうしたんだろう。本当に彼らしくない。
 今度は地を見つめる彼の背に、自然と手を伸ばす。

 ひんやりとした体温に触れて、そこをそっと撫でた。


「え、とその。そんなに…つらいの?」
「……つらい?」
「うん。そう見えるよ。」
「……そうか。そう、かな。」


 フィルがつらそうな表情を浮かべたわけじゃない。
 そんな発言をしたわけでもない。
 ただ彼の後ろ姿や、仮面のような笑みが彼らしくないと思えたから。


(それに、この前も思ったんだけど。フィルって時々、鈍いよね?周りのことじゃなくて…)


 以前あの温泉宿に泊まった時の事だ。
 いつも周囲のことはよく観察していてすぐに悟ってくれるのに、自分の感情に対しては鈍いように思えた。――というか、そもそも気にも留めていないような気さえする。

 フィルは私の言葉に、納得するようにゆっくりと頷いた。
 そして彼の背を擦っていた私の手を握ると、強く引いて私を腕の中に閉じ込めた。
 ひんやりと冷たいフィルの身体から放たれるどくん、どくんと脈打つ心臓の音が、とても身近にある。

 私の髪を掻き上げるように、しなやかな指が私の頭部を支えて、彼の腕が縛り付けるように腰に回る。
 私の耳に紡がれたのは、静かな――けれど嘆きのような言葉にしきれぬ声音だった。


「……ああ。本当に、君は。」
「え、ふぃ、フィル…?」
「ずっと傍にいてほしい、と言ったら……君はどうするんだろう。」
「フィル…?」


 泣いているんじゃないか。
 そう錯覚してしまう程に不安定だったそれを拭うように、すぐにフィルの「ごめん」という言葉が紡がれる。
 少し身を離して泣くように微笑むフィルの後ろで、数千の星がキラキラと輝いて。
 ――まるでフィルが星の精霊のような、神々しい何かにも想えた。


「ほら、そろそろ戻った方がいい。せっかく温まったのに、僕といては冷えてしまうよ。」
「え、でも」
「ヒナ。」


 「目の前に君がいるのに、抱き締めないなんてことはできないから」と冗談めかして言う彼は、いつものように笑っていた。色のない仮面のような笑みではなかったけれど、それでも私の中にもやもやとしたものが残る。
 言いながら彼に背を押されて、たたらを踏むように距離を取る。


(ひとりにしてくれ、ってことなのかな…?)


 もしかしたら、四天王として何か懸念することでもあったのだろうか。
 ひと目に付かない夜に外に出ていたということは、カラスと連絡を取り合っていたのかもしれない。
 きっと問うても答えてくれないだろうフィルに、自分なりに推測してみるけれど答えを聞かない限りはこの不安は胸に巣食ったままなんだろう。けれど当人が放っておいてくれというなら、それに従うしかない。
 ――けれど、だ。
 このままフィルを独りにしていてはいけない気がする。
 ひとりになりたいと言うのなら、せめて言葉だけでも置いていきたい。

 私は彼の頑なな意思を曲げることが出来ないのならと、宿に戻りながら背中越しに声を掛けることにした。


「ねぇフィル。私、フィルにぎゅってされるの、すきだよ。」
「ヒナ?」
「お風呂上がりなんて特に、冷たくて気持ちいいもん。」
「……ありがとう。」


 ちょっとだけ照れくさくて笑って誤魔化す。
 フィルが珍しく驚いた顔をしたのが新鮮で、頑なだった何かが崩れたように微笑んでくれた。
 ふふ、と小さく笑う声が聞こえた気がする。

 私は今度こそ後ろ手に手を振って、宿に戻ることにした。
 それでも少しだけ気になって、ドアに手を掛けたところでもう一度フィルに振り返る。

 彼は相変わらず、高い高い夜空を仰いでいた。
 その姿は1枚の絵にでもなりそうな程に、とても美しかった。
 濃紺の夜空に無数の星。夜にさえ映える眩いアイスブルーの髪。後ろ姿は、やはり儚くて。

 その時強い風が一陣吹いて、フィルの絹糸のように細い髪をたなびかせた。



「ああ、貴方は……――こんなにも、想っていたのか」


 
 夜空に向けられた、強い想いを秘めた震える声。
 ――その声が誰にも届くことはなく、ただ無数の星が散る夜に、舞って消えたのだった。


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