NeverDream ~魔王軍が世界を救ってもいいですか?~

逢坂一可

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Chapter01 トリップしたら、魔王軍四天王に拾われました。

Episode06 問題

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 私がプレイしたレトロなゲームと酷似した異世界。
 夢なのか現実なのかもまだはっきりと答えを出せないまま、どちらにしろ異世界にトリップしてしまったのかもしれない、と半ば強引に納得し始めてからまだ一日と経っていない。
 <貪り食う者ディーヴァ>に襲われ、この世界の魔族や人間の話をフィルたちとしてから一夜明け、さすがにまったりするのかと思いきや、フィルはスパルタだった。

 私が昨日、<精霊王の住む森タデアーシュ>にこれから現れるであろう魔族を倒しに行くとふたりを説得するため、<夜霧の花嫁>の特殊技を使えるかもしれない・魔法も勉強したらできるかもしれない、と豪語してしまったが故に、フィル自ら指導を申し出てくれたのだ。

 ルシオの城に仕えているメイドさん――やはり羊のメイドさんであったため驚いてしまったのだが――に朝食を準備してもらって、ルシオやフィルと仲良くそれをお腹に収めると、ルシオはなにやら仕事があるらしく先に席を立ち、私たちと言えば城の中庭で特訓に励んでいた。

 が、しかし。


火精火炎ヨグ・フレイム!」


 ――っぽん!


 詠唱を終え、コントラクトと呼ばれる魔法名称を言い放つと、突き出した手から、おそらく何かが出るはずだったのだろう。わずかな空気の揺れしか生み出せなかった虚しい音が響いた。
 フィルの冷たい笑みが、ゆらりと振り向く。


「……ねえ、なんで?」
「知りませんまったく解りません私が訊きたいです」


 フィルの笑顔が怖い。
 彼が指導に当たってくれてから、かれこれ半日は経過していた。始めは失敗もあるだろうと数時間は穏やかに対応してくれていたけれど、陽が傾く頃にはその笑みが般若にしか思えなくなってくる。

 私だってファンタジー夢見る乙女だ。
 魔法あふれる異世界にきてしまったのなら、夢であれ現実であれ、魔法のひとつやふたつぶっ放したいものだろう。しかし本人の望みとは反比例して、魔法が発動する気配は欠片も感じない。


(フィルにも長いこと付き合ってもらってるのに、なんで出来ないんだろ…)


 見慣れた掌を胸の前で広げる。
 魔法とは己の魔力を用い、人以外のもの――主に自然を司る精霊に干渉し、付随する力を貸してくれと依頼することだ。簡単に言えば、自分の魔力は連絡ツールと報酬。魔力で発注書とお金を送り、それを受けた精霊たちが依頼者に力を納品する、ということだ。つまりは、その魔力が発注する力に見合わなければ、何の魔法も発動しないということ。
 ――まさに今の私が、その状態であるらしい。


(でもさっきの魔法だって、精霊魔法の火属性の中で、一番簡単な魔法なのに…!)


 ゲームの物語序盤で随分お世話になった魔法だ。
 初歩魔法過ぎて、与えられる攻撃力はたった25程度。ゲームの世界をやりつくして知識としてあるために、更に落ち込んでしまう。

 手を握ったり開いたりを繰り返して、音だけはいい不発音の感覚を思い出す。
 なんとなくだが、自分の身体の中で、何かクル!という感覚はあるのだ。不発した時も、出た!と実感もあった。なのに音以外は何も生まれることはない。

 フィルの冷たい笑みを見ないようにしながら、小さくつぶやく。


「なんでかなぁ…。何かが出るような感覚はあったのに…」
「そうだね。出てもらわなきゃ困るからね。何で出来ないんだろうね。」
「私が悪いんです不器用なんです飲み込みが悪くてごめんなさいフィルはまったく悪くないです超丁寧かつ優しい説明でした」


 「僕の教え方が悪いんだよね。」と笑顔で繰り返す彼が怖くて早口でまくし立てるけれど、彼の機嫌を直すには魔法を発動させるしか道はない。
 ここまで来ると才能とか、そういうレベルの話になるのだろうか。

 半ば諦めかけたその時、今まで私たちのやりとりを庭園の東屋あずまやから眺めていたルシオが声を上げた。
 数時間前に仕事を切り上げて、様子を見に来てくれていたのだ。


「……ヒナ。ちょっとお前、こっち来い。」
「へ?!なに!?る、るるるルシオまで責め立ててくるの?!」
「ちげーよ、ばか。」


 呆れた様に鋭い金眼を細めて、「はよ来いや」とばかりに手招きされる。
 ルシオは言葉は威圧的で乱暴だが、出会ったときの印象のせいか怖いとは思えないから不思議だ。それでも指導してくれたフィル程ではないが、ルシオも数時間と見ていてくれたのだ。
 申し訳ない気持ちでいっぱいになりながら、渋々東屋の外側から柵に手を掛ける。彼は東屋の円を描くベンチから立ち上がると、その長い足で柵を越えてこちら側へ来ると、そこに腰を預ける形で腕を組んだ。


(足長いなぁ…。どんなポーズとってもモデルにしか見えない…。)


 ちょっとワイルド系の雑誌にいそうだ。ハーレイに手を掛けて悠然とどこかを見据えてそうな、ワルっぽいけれど格好をつけているようには見えないモデル。
 知らぬ間に見とれていたのだろう。
 そんな私に気付くことなく、ルシオは相変わらず憮然と要求する。


「ヒナ。顔貸せ。」
「……」
「おい、顔。」
「……へ?!あ、か、顔?!」


(やばい、いつまで見てたんだろ?!)


 こんなイケメンと同じ空気を吸うことなんて、21年間生きてきた中で一度もなかったよなぁなんて考えていたら、いつの間にかルシオに話しかけられていたらしい。
 恥ずかしくなって顔を伏せるけれど、その顔を貸してくれと言われているのだった。

 熱い顔を向けるのはいささかつらいものがあったが、ルシオにまでトゲトゲされたらたまったものではない。
 観念してルシオを見上げると、彼は私の目を見ずに、しかしどこかを見ながらおもむろにこちらへ手を伸ばして来た。
 呆然としていると、左頬にほのかなぬくもりを感じた。覚えのある温度だ。


   どくん。


「え?!る、るるるルシオ?!」


 いやに胸が高鳴る。
 確か魔法の話をしていたのではなかったか。
 それが何故、頬に手を当てられているのだろう。あ、そういえば「顔を貸せ」とも言われていた。


(え、なにこのドッキドキのシチュエーション!?ど、どんな状況だったっけ?!フィルに凍らされそうになってルシオにも電撃鉄拳制裁食らわされるかもって流れじゃなかったっけ?!)


 もはやパニック状態に陥っていて、頭に流れる思考もまともではなかった。いつの間にやら今まで見てきたドラマの甘いシーンまで蘇ってきて、まさかとあほなことまで考えてしまう。

 ルシオの端正な顔が近づいてくると、高鳴っている胸が更に速さを増していく。


(ま、まままさかのキス?!!まだ私たち出会ったばっかりなんですけど?!美形だしどきどきもするし、たぶん流されたらしちゃいそうなんだけどさ!!)


 全然純情乙女でない発言を心で叫ぶと、やはりこんなイケメンには耐えられませんと眼をぎゅっと瞑った。


「…………なんで目、閉じてんだよ。」
「う、や、その……なんとなく?」
「う…」


 やはりキスなどではなかったか。
 ほっと安堵したのと同時に、残念にも思うから不思議だ。
 ゆっくりと目を開けて彼を見上げると、彼の輝く金眼とかち合った。するとそれはまた瞠目し、慌てて頬に当てていた手で私の目を覆った。


「そ、そのまま目閉じてろっ。」
「ええ?ご無体すぎるよルシオっ」
「るせぇな、動くんじゃねえよ」


 今度は反対の手でガシッと乱暴に後頭部を鷲掴みにされてしまった。この状態では頭を動かしようがない。
 何をするのかと待っていると、何かがコツンと額に当たる。
 目がルシオのいかつい手で覆われているからわからないが、額に何か軽やかなものが触れて、サラサラと透明な音を立てている。――髪、だろうか。
 額からじんわりと伝わる知っているぬくもりに、ルシオの額をくっつけているのだろうかと推測する。

 しばらくすると彼から動揺する気配が感じられ、恐る恐るといったように両手が外された。
 再び見たルシオは、やはり驚愕の表情で私の肩を掴んだ。


「お、おいヒナ!お前、身体とか悪くないのか?つらいとか、だるいとか、今にも死にそうとか!」
「ええ?なんもないよ?見ての通り元気だよ?」
「………いや、まさか…っ」
「どうしたのルーシー?なにか面白いことでもわかったのかな。」


 どうやらフィルは、ルシオが今何をしていたのか知っているようで、尚その答えはなんなのかと問うているように見えた。
 ――額と額を合わせたことで、何か解ることがあるのだろうか。
 ルシオのあまりもの動揺っぷりに、まさか熱でもあったのかな?と自身でも額に手をやって確かめてみたが、幸い健康そのもののようだ。

 フィルはあの凍り付くような笑みから興味深そうなそれに変えて近付いてくる。
 そんな彼にルシオは勢いよく振り返ると、「ふざけるな」と叱り飛ばした。


「コイツ、魔力がねえんだよ!!これっぽっちも!!カス程度も!!」
「え。」


 がーん、と重い音が響いた気がする。
 もちろんそれは気のせいなのだが、いくら異世界から来たとは言え、ファンタジー世界に来た以上は少しくらい魔力があってもいいんじゃないかと思っていたのだ。
 その言葉が事実なら、今日のほとんどを費やして特訓したことは無駄だったということだろうか。

 とたんに深刻そうな雰囲気のふたりを目の端に留めて凹んでいると、フィルから更なる一撃が放たれる。


「確かにそれは……尋常じゃないね。異常だよ。」
「え。」
「ヒナ、お前……なんで生きてんだよ?!」
「えぇえええ」


(なんだよなんだよ、新手のいじめですか?!)


 あまりの言われように若干涙目になってふたりを見上げると、私の切ない想いが伝わったのか、私に見せていた戸惑いを少しだけ静めて苦笑を滲ませた。


「ヒナの世界には魔法は存在しないんだったね?」
「うん…。」


 霊能力者だとか、超能力者だとか、預言が出来るとか。
 そういうものを持っている、何か不思議なことができると言う人たちがいることはいたけれど、それが魔法かと言われると違う気がする。
 それにこの世界のように、万人に魔法の知識があってほとんどの人間がそれを扱えるわけではないのだから、「魔法はない」と言っても違いはないだろう。

 フィルは私が頷いたのを見ると、それでも納得しきれないように続けた。


「ヒナに魔力が皆無なのは、魔法のない世界の人間だから、ということかもしれないけれど、生き物は多かれ少なかれ魔力を持って生まれるものなんだ。体力と同じく、魔力は生き物にとって重要なものだ、というのは解るかな?」
「んー…。全力で走り過ぎて、酸欠になる……みたいなもの?」
「そうだね。体力を極限まで使い過ぎると倒れてしまうように、魔力も同じだと思ってくれていい。だから魔法を遣い過ぎて魔力が少なくなると、身体に限界が来る。魔力が1でも残っていたら、気を失うくらいで済むだろうね。もちろん問題がないわけではないけれど、時間が経てば1の魔力を元にして回復する。けれど、総ての魔力を使ってしまった場合――死んでしまう。」
「え…」


 フィルの重い言葉に、自然と身体が固くなった。


(ど、どうしよう。私ゲームのラスボス付近、パーティメンバーの魔力、酷使しまくってたよ…!それってかなり、拷問なんじゃ…。)


 ラスボス戦では大盤振る舞いで、体力も魔力もゼロになりかけたり、魔力が尽きた魔道士はリアルであれば屈辱的なアイテムのみでの回復役に努めさせたり、死んでしまった仲間は蘇生薬アムリタで何度も生き返らせ、もう間に合わないと思った時には今まで使えなかったレアアイテム霊薬エリクサーを乱用していた。
 ゲームのコンプリート後、それを追うような形で物語序盤にトリップしてしまったから、私の行いは反映されていないとは思うが、フィルの話を聞いてしまうとなんとえげつないことをしてしまったんだと思わざるをえない。

 私がコッソリ反省しているとも知らずに、私の両肩をガシッと掴んで不安そうにルシオが問うてくる。
 目線を合わせる為に少し屈んで、猫のような鋭い瞳が案じるように細められるのがなんだかこそばゆい。


「向こうの世界じゃ魔力はなくても平気だったのかもしれねぇ。でもこっちの世界に来ちまった以上、何かしら影響があるかもしれねえだろ。……本当に何もねえんだな?」
「うん。ほんとに、見ての通り元気だよ?心配し過ぎだよ!」
「そう、だよな。魔力がなくても、お前は生きてる。……生きてるよな?」
「生きてるよ失礼な!!あったかいでしょうに!!」
「……ああ。そう、だな」


 彼は自分を納得させるようにそう呟くと、そっと息を吐き出しながらその額を私の肩に埋めた。


(――ってなにやってるのかな?!うわわ、そ、そんな擦り付けちゃだめでしょぉおお…っ!)


 私の言葉を確かめているつもりなのか、ぐりぐりと額を擦り付けたかと思ったら、今度は私の首筋に頬を当ててくる。――なんだか頬よりも更に柔らかいものが当たったのは気のせいですか。

 恐る恐る、半ば私に身を預けているルシオにに首を捻って見る。
 安心したように目を閉じてほっぺたとかその唇で体温確かめるのやめてください。――とてもじゃないけど心臓が持ちません。
 金の長い睫毛が震えて、ゆるりと持ち上がる。


「――心臓。」
「……は?」
「心臓は、動いてんのか?」
「う、動いてますよ!それはもう激しく!!!」


 ルシオはその顔がイケメンであるということに自覚がないのか、彼と出会ってから私の心臓は働き過ぎであることを知らない。今だって同じ高さにある瞳に、軋みそうなくらいに早鐘を打っている。


(そんなに魔力ゼロっていうのが、この世界では非常識なんだ?)


 目の前でこうして生きているというのに、未だに不安そうな顔をしているルシオの様子から推測すると、私は彼らにとって不思議な生き物なんだろう。
 残念ながら私も元の世界で生きてきたために、こちらの世界の常識は解らない。自身でも解るような例えはないかと思考を巡らせる。
 魔力がゼロで生きているということが不可解ならば、身体に血が流れていないのに生きているという例えはどうだろうか。


(……うん。異常だね!異常過ぎてちょっと怖いよ!?)


 「身体に血が流れていないのに生きている」という例えは極端かもしれないが、ふたりの動揺っぷりからして考え自体は間違っていないと思う。
 この世界には不死者アンデッドも存在しているからか、体温があっても元気に動いていても信用できないのは当然かもしれなかった。

 この世界からすると異常者である自分自身に少しばかりのショックを受けていると、また視線が落ちていたようだ。その視界の隅に、ルシオの手が私に伸びているのが見えた。――それは、確かに胸に向かっていて。
 慌てて怪力であるルシオの暴挙を止める為に、諸手で彼の片手を掴む。


「る、るるるるルシオ?!い、今なにをしようとしたのかな?!!」
「……いやだから、心臓が止まってっかもしれねえだろ。」
「いやいやいやいや、だからって唐突に女性の胸を触ろうとするのはどうかと思うんだけども?!」
「ばっ、へ、変な意味じゃねーよ!なに言ってんだてめぇは!」


 私が「胸を触る」と言うと、やっと自身の犯そうとした行いに気付いたのか顔をこれでもかと言う程に赤く染めたルシオは、その羞恥を発散させるかのように声を荒げる。
 いくら下心がないとは言え、さすがに女性としては容認してはいけないと思うのだ。

 が。


「それ、いいかもしれない。」


 フィルのよく通る声が、不穏な余韻を持たせて耳に届いた。
 ――なにがいいというのか。
 あまりいいことではないだろうな、とルシオと揃ってそちらへ顔を向けると私とは真逆のキラキラした笑顔が迎えてくれた。


「この世界に来てしまった以上、今は問題なくとも今後ヒナの身体に悪影響が出ないとは言えないからね。それなら前もって、こちらの世界のルールに染めてしまった方が、君にとってもいい話だと思う。」
「う、うん…?あの、いまいち文脈が読み取れないんだけど…?」


 頬を一筋の汗が落ちていく。
 フィルは「よく考えればわかるよ」とても言いたげに微笑んでいる。
 つい先ほどまで、私に魔力がないことが問題になっていた筈だ。それならば、フィルが今口にした「この世界のルールに染める」というのは、私にも魔力があればいいということになるだろうか。

 なんとなく、ではあるけれど答えを見つけて再びフィルを仰ぐ。
 彼は私の心でも読みとったかのように頷いた。


「ヒナが<精霊王の住む森タデアーシュ>に行って<貪り食う者ディーヴァ>と応戦すると言った以上、魔力はあった方が断然いいに決まっているのは解るね。それに、いつかその身がこの世界のルールに縛られ、魔力がないことで最悪死に至る可能性もある。そのふたつを解決する方法なら――僕たちが、ヒナに魔力を与えることで解決する。」
「え?そんなことできるの?」
「……フィランダー、お前…」
「悪くないと思うよ。お互いね。」


 怒る、とは違う複雑な表情でフィルを睨みつけるルシオに、彼はその笑みを絶やさない。


(うう……なんだろ、私そっちのけになってる…。)


 ルシオとフィルの間で、またもや視線だけの会話がなされている。
 こういう時は前回と同様、フィルが纏めて話してくれるのを待った方がいいだろう。その間に、魔力のことでも考えておこうか。


(そもそも私、魔法も実は出来ると思うんだよね。ぽんって音だけは出てきたわけだし。ただ魔力が欠片もないから出来ない、ってことなんだと思うんだよ。)


 先程の感覚を思い出して、私にも可能性があることに少しだけ気分が浮上する。
 フィルは魔力を与えてくれると言っていたし、これから<貪り食う者ディーヴァ>と戦うのであればふたりのサポートをするという意味でも、自身を守るという意味でも必要となってくるだろう。
 魔力がないから、いつかこの世界で死んでしまうかもしれないという話にはどうも実感が湧かないけれど、これからしなくてはならないことを思えば、彼らから魔力をもらうということを拒否しようとは思えなかった。

 ふたりの間に流れる沈黙を裂くように、出来るだけ明るく声を出した。


「それで、魔力ってどうやってもらえばいいの?申し訳ないんだけど、ちょっとでももらえたらうれしいかなぁーって。」
「………ヒナ。」
「ふふ、ほら。ヒナもこう言っているし。それに他に方法はないんだ。仕方のないこと、なんだよ。」


 フィルの笑顔に傷がつくんじゃないかと言う程に睨み付けるルシオは、再び私を腕の中に収めて身を低くする。同じ目線で睨まれると思わず一歩引いてしまうが、彼に呼ばれたことで踏みとどまる。


「ヒナ。嫌ならやめろ。今やめろ。」
「ええ?でも、魔力もってないと危ないし、ふたりにもらう以外方法ってないんでしょ?」
「…………だから、その。方法がだな…。」
「ん?」


 先程まで私を映していたその鋭い目は、今度はあらぬ方へ逸らされてしまう。
 魔力を貰う方法とやらで口をつぐんだということは、それに何か問題があるということなんだろうか。
 ちょっとの不安と好奇心で、言葉を詰まらせたルシオに口を開くと、同時にフィルが答えた。


「僕らとの<交わり>だよ、ヒナ。」


 それが何とも忘れられぬ甘い声色だったことに、全身鳥肌が立った。
 だがいまいち言われていることが咄嗟とっさに理解出来ない。


(え、えっと?交わり…まじわりって、えーと……まじわり???)


 それはあれだろうか。
 世間でいうところの、マグワイとか抱くとかほにゃららとか、そういうことだろうか。
 ルシオに肩を掴まれたまま硬直している私に、フィルは尚も言い募る。


「魔力を与えるという目的の他に、ヒナの<夜霧の花嫁>の力を感じてみたいというのもあるしね。交われば君の涙以上に僕たちの力が増す可能性もあるし、君だけじゃなく僕たちにも利はあるということだよ。」
「…ヒナ。おい、ヒナ。」
「は、はい?!」


 びくん、と跳ね上がる肩に、ルシオが落ち着くようにぽん、とそこを叩く。
 一度逸らしていた視線が戻り、やさしげに案じるように目が細められていた。


「お前が嫌なら、する必要はねえんだよ。魔力がねえと危険だってんなら、他の方法を探せばいいだけだからな。」
「それもいいね。いつ見つかるかは解らないけれど。」
「おい…!」


 ルシオとフィルの声が遠い。


(私、そのにゃんにゃんしようかって言われてる、ってことだよね?)


 頭の中で今までの会話を反芻してみる。
 魔力がないといつか弊害が出るかもしれない。魔法が使えなければ今後戦闘となった時困るかもしれない。それなら魔力を私に与えればいいとフィルは言った。その方法が、彼らとの交わり。

 顔を上げて、フィルと言い合いをしているルシオの横顔を盗み見る。
 やはり見れば見るほど格好いい。横顔だから尚のこと解る鼻筋と、鋭い金眼に健康的な浅黒い肌。うなじに視線を落とすと、男らしく鎖骨から延びる筋にドキドキしてしまう。
 ――初めて出会った時に触れあったことや、異世界から来たことを話す時にぎゅっと手を握ってくれたことを思い出す。

 続いて少し離れた位置でルシオの言葉をさらりとかわすフィルを見る。
 彼はルシオとは真逆の女性的な美しさを持っている。秀麗な面立ちに真白の肌、身体付きも細いというわけではないのに流れるような仕草の所為で、どこかの王子様のようにも見える。
 ――<貪り食う者ディーヴァ>から私を守り通し、そして抱き締めあったことを思い出す。


(う……。)


 彼らを男として見ていることは、否定のしようがない。
 私とて21歳、あとちょっとで22歳だ。これでも年相応に恋愛し、あれもそれも経験くらいしている。今更行為自体怖いなどとは思わないが、それでも昨日今日会っただけでそういった行為に至るのは、少しだけ良心が咎める。


「あ、あのさ。」


 何とか勇気を振り絞る。
 ふたりの視線が私に集中するのを感じながら、彼らを見ることが出来ずに呟いた。


「ええ、とその。<精霊王の住む森タデアーシュ>からの報告が来るまでの間、ちょっと時間もらってもいいかな…?」


 この時、この答えを出して正解だったと思う。
 なんとなく流れさてしまいがちな性格だから、ここは慎重に考えるべきだと思ったのだ。魔力の事だけで考えれば、結果的には身体を預けた方がいいと答えてしまうし、どんなラッキーかふたりは超が頭に付く程の美形だ。女としてはついその魅力に圧倒されてしまうというのも本音。
 ――だから、ここは時間をもらおうという決断をした。

 向かいのルシオは安堵したかのように息を吐き出し、フィルはやさしげな笑みで頷いてくれた。


「うん。それがいいと思うよ。カラスが戻るのは、恐らく明日の夜だろうから、ゆっくり悩んでくれていい。」
「……うん。」


 なんとなくふたりと顔を合わせるのが気恥ずかしくて、ルシオが私からそっと手を離した頃合いに、ふたりを置いて城へ戻ることにした。
 カツン、カツン、とひとり分の足音が響く。
 相変わらず不気味な廊下だけれど、今は恐れる余裕はない。


(どうするのが正解なんだろう…。)


 これはゲームでも、夢でもないのなら。
 私が出す答えはやり直しのきかない、重いものだ。




 私はもらった時間のほとんどを使っても、ギリギリまでその答えを出すことは出来なかった。


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