NeverPromise-火竜の神子の私と王子が結婚するのかと思ったら竜違いだった件-

逢坂一可

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Episode00 竜の神子

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 象牙色の柔らかな壁を手で伝い、母の赤みがかった美しいブロンドを眺めながらたどり着いたのは、箱のように小さな部屋だった。扉は今まで見たものの中で一番質素で、記憶を手繰り寄せてみると納屋や雑多なものを押し込んでおく物置小屋に建てつけられたものと似ていた気がする。
 子供ながらにおかしく思ったものだ。


(へいかのお城なのに、なんでこんな小さいお部屋に入るんだろう)


 母はたびたび「大切な仕事がある」と国王陛下の元へ参上していたが、この時初めて母の仕事の供として連れられた。
 一国の王と会う謁見の間が、こんな粗末な小部屋でいいはずがないと幼い私も疑問に感じたのを覚えている。本当に陛下がこんな場所に来るのだろうか、そんな不安はすぐに消え失せる。

 何に使うのか解らない埃を被った道具が立ち並ぶ棚が石造りの壁を覆い、唯一裸になった箇所を隠すかのように国の象徴であるエンブレムが描かれた紅いビロードのタペストリーが飾られていた。それが、風が吹くわけもない部屋で突然うごめいた。エンブレムが凹凸を繰り返すのを母の後ろに隠れて見ていると、タペストリーがひらりと舞って、ひとつの人影がそこから現れたのだ。


『すまんな。東国の情勢を探っていたところだったのだ。』


 声からすると、まだ若い――けれど私からすれば大人に見える男は、大仰に振る舞って見せた。母はそれに嫌な顔ひとつせず、恭しく腰を下げて私にも同じように礼を取るようにと促す。


『……ここしばらくは、内乱は治まらないでしょうから…。』
『そうか。お前もそうたのか、ルビア』


 きっとこの男が国王陛下なのだろう。
 陛下はやや親しみの込められた眼差しで母の名を呼ぶと、母は深く頷いた。

 母は――母の一族は特別なのだと、物心ついた時には教えられていた。
 その血が私や兄弟にも流れていて、とても尊いものなのだと。けれど実際、どういったふうに特別なのか、当時の私にはよく解っていなかった。ただ特別な血筋だから、母は陛下と会えるのだろうなと、小さいながらに考察していると、ふと陛下の赤い瞳に捉えられた。


『ルビア。この娘が例の――郊外で生んだという新たな神子姫か。』
『はい、陛下。この子ももう六つになりますので、陛下のお役に、国のお力になれるようにと、連れ歩くようにしているのです。』
『確か竜の一族は六つ年を経るごとに力が明確になってゆくのだったな。』
『その通りでございます。』


 母は見とれてしまう笑みで優雅に手を私の背に回し、もう片方の手を広げ「ご挨拶をなさい」と言外に告げる。なんとなく悟れた私は、怯える事も慌てることもせず、ただありのままの状況を受け入れ陛下の前に出た。


『……アドルファス・シグムントのだいさんし、セツナともうします、へいか』
『ほう、これはこれは』


 六歳の子供が慌てもせず礼儀正しく挨拶したのが気に入ったのだろう。
 良い評価を貰えたと思ったのだが、陛下は別のところに惹かれたようだった。


『<セツナ>か。良い名を付けたものだな。涼やかで、清廉した響きだ。――セツナ、お前の髪と瞳のようで、羨望すら抱く』


 陛下は私の前にしゃがみ込むと、私の目を見てそう言った。
 母のブロンドを何度も色抜きしたような冷たい白銀の髪と、真夏の海のような明るい青の目は、幼稚舎の子供たちからからかわれていた所為でちっとも好きになれない。
 このルーンバルト国の人間は、皆茶から金色の髪を持ち、瞳はすべからくルビーのような目をしている。――例外は、もちろんいるけれど。
 その例外の内のひとりである私は、羨ましいと言う陛下が信じられなかった。
 その言葉は幼い私には難しく理解できなかったが、陛下の苦い笑みは悲しそうだということだけは気付いた。


『さて、それでは我が茜色の神子よ。火竜の契約を。そろそろ戻らねばならんからな』
『かしこまりました』


 母が深く頭を下げると、それが合図とでもいうようにふたりは目を閉じた。


(どうしたの?)


 そう思い、問おうとする前に事は起きた。
 蝋燭の僅かな灯火しかない部屋に、他の柔らかな明かりがふたつ灯ったのだ。それは驚いたことに、母の額と陛下の額から溢れていた。ふたりが目を閉じていることで、遠慮せずにまじまじと監察することが出来る。
 それは紅色を水で希釈したような色をしていた。
 ふたりの額には燃え盛る焔を一本の線でゆるゆると書き上げたような紋様が、淡い光となって浮き上がっていたのだ。――私はそれに、言葉にし得ない何かを感じ取っていた。
 胸を焦がすような、逸らせるような、何かを待ちきれない想いが身体中に満ちていく。


(なに?これは、なにをしているの?)


 子供ながらに思ったのは、まるでこの儀式が父と母が毎日交わしている親愛のキスのようで、目を逸らしたくても逸らせない、胸がざわついて、けれど見てはいけないもののような気がして。
 この儀式が終わると、ふたりは声を合わせた。


『火竜の加護の下、ルーンバルトに更なる栄光があらんことを。』


 これが、私たち竜の一族の神子としての仕事なのだと母は言った。
 火竜の国・ルーンバルトに仕える私たちの務めなのだと。




 この頃から私は儀式に――【竜の契約】に憧れを抱いていたのかもしれない。
 誰かに仕え、その誰かを心から信頼し、愛し尽くし、守ることに。


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