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影なる者達

91.地下道のロマン

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 ガルディの街の地下には古代都市が眠っている。そういう話をジョシュアも耳にしたことがあった。
 実際、街の中心部から各地区へと延びる地下道が確認されており、ジョシュア達も順にそれらを捜索して回っている所だった。

(地下に捜索の手を回していたのは正解だったな……こうなっては今更だが)

 地中へと引きずり込まれてすぐ、ジョシュアはそのショックから立ち直ることができた。もしもこの街で先に奴ら魔族に発見されたのなら、きっと表へは出ずに招かれるだろうと、そう予想していたのが役に立った。
 自分の脚に絡みつくその手が小憎たらしく思われた。
 いっそ蹴り飛ばすか爪で引き裂くかしてしまおうとも思ったが、発動中の魔術に干渉して無事でいられる自信がなかった。ならば地に足をつけるまでは大人しくしていよう、それでいて少しでも隙を見せれば目に物を見せてやる、といつになく腹立たしい気分になりながら、ジョシュアは大人しくその瞬間を待った。

 視界が開けたのはそれから間もなくの事だった。地中にぽっかりと開いた穴のような真っ暗闇が、瞬く間に消え去った。自分の足元に魔族の姿が見える。ジョシュアは認識した途端、その手を力一杯切り蹴とばした。

「いっ――!!」

 悲鳴が上がるのと同時、蹴った反動でくるりとその場で身を翻して地面に着地する。周囲を警戒しながら目をやれば、そこは地下に広がるだだっ広い空間のようだった。おそらくはあの廃屋の地下。
 イライアスが彼らに捕まり、連れて行かれたのが地下のこの空間が広がるあの廃屋で、そして不完全な結界が故にジョシュアはこんな所に連れてこられてしまった。偶然が重なったにしては出来過ぎているような気がした。

(もしかしてあの異国の奴ら、魔族連中にマークされてたのか……?)

 そう考えるとしっくりくる。あれだけ派手に暴れていたのだ。諸方面から常に行動を見張られていたと考えればそうおかしい事ではない。問題児なんていう生易しいものではなかった。彼らはとんだ疫病神だった。

「痛いなぁ……ようやく見つけたから折角招待してやったってのに」

 そういう声につられてそちらを見れば、あの魔族――ヴィネアと例の黒づくめの吸血鬼の姿が視界に入った。予想してはいたが、ジョシュア一人ではどうにもならない状況だ。
 その場から一歩も動かず声も出さず、ジョシュアは注意深く周囲を探った。

「……つまんないの。お前、ここを知って無事に帰れると思うなよ」

 自分で引きずり込んでおきながらその言い草はない。そう思いはしたが口にはしなかった。

 なにせ、そうやって不服そうにしているヴィネアよりもそこにいるミライアと同等の吸血鬼よりも、ジョシュアには気になる存在があったのだ。この空間の端の方、暗がりに息を潜めて佇んでいる人影。その姿がどうしても気になって仕方なかった。
 顔も体も、すっぽりとローブで覆っている。ジョシュアの吸血鬼由来の視力をもってしても、その顔をほとんど見ることができない。

 その人影を見ているとどうしてだか不安に駆られる。それが、ジョシュア達の様子をジッと眺めているようだった。観察でもしているかのようだ。
 ジョシュアはその場から一歩も動くことができなかった。

「お前、随分と大人しいけど……もしかして、我らが魔王様に腰抜かしてんのかぁ?」

 ふと呟かれたその言葉に、ジョシュアはようやくその人影から視線を逸らすことができた。今ヴィネアは一体何と言ったか。怪訝に見遣るジョシュアの視線を受けても、その魔族ヴィネアはにやにやと、いつもの嫌な笑みを浮かべるばかりだった。

「どうして自分だけって顔してるなァ。……ただの気まぐれだよ。いくらそっちの人数多くたってな、お前一人じゃあ何もできないだろう? ――クロ、そいつ縛って連れてこい。移動する」
 
 ヴィネアにそう言われた途端、ミライア曰く黒助は、あっという間にその背後を取ったかと思うと、抵抗すらままならないジョシュアをその場に組み伏せてしまった。首根っこを掴まれて上に乗られれば、もう暴れる気力すら湧かなかった。彼に何度か痛めつけられた経験のあるジョシュアは、どうにか背伸びをして頑張った所で、全く歯が立たない事を知ってしまっている。

 ヴィネアの魔力から編み上げられた縄に全身を縛られ、ジョシュアの身体は黒助の肩に担ぎあげられた。

「そのまま大人しくしていろ」

 チラリとジョシュアを見てから、ヴィネアはだっとあの人影の所へと走り寄って行った。その後ろ姿はまるで、子供が親の下へと駆け寄っているようにも見えて、ジョシュアはすこしばかり面食らった。

「バルト様終わった! ねぇ、あの吸血鬼飼ってもいいでしょ? おとなしい奴だから嚙みついたりしないし」

 まるで捨て犬でも拾ってきたかのような言いぐさである。
 “バルト様”、と呼ばれたその男は、少しだけ考えるように首を傾げて沈黙した後で、うんと首を縦に振ってそれに答えていた。

 許可を得たヴィネアはというと、チラリとジョシュアを見て嘲笑うような笑みを浮かべた。その後は器用にも満面の笑みにパッと切り替わり、バルト様とやらを見上げながら彼に抱き着いていた。監禁されたり戦ったりの記憶しかないジョシュアからすると、ヴィネアのその行動は非常に奇妙なものに映った。

 あれだけ我欲も強くて傲慢なヴィネアが、こうも従順に従うそぶりを見せている。
 ともすれば本当にこの魔族らしき者はヴィネアの言う魔王という存在なのではないか。そんな想像がジョシュアの中に膨らんでいった。そうでなければ、地下へと連れてこられた時、その場で居竦んでしまったジョシュアの身体の説明がつかない。

 吸血鬼というのは魔族の一種で、魔族というのは力の強い相手に対する気配に敏感だ。人間以上に。だから反射的に強力な相手を前にすると身体も固まるし服従しそうにもなる。意思の強さでどうにかできる事もあるが、そういう点、人間であった頃よりも不便になった所の一つだった。

(……あれ、俺はこのままコイツに飼われる事になるのか? ……なぜ?)

 ジョシュアの目的はこのヴィネア達をすることであるが。今のこの状況では、ジョシュアがひとり暴れた所で戦いにすらならないだろう。黒助がこの場に居るのでは、逃げることすらきっと難しい。
 歯がゆかった。まるで、ジョシュアが人として生きていた頃のようだ。そう考えるとやはり、ジョシュアは吸血鬼になってよかったとすら思うのである。


 上機嫌で歩くヴィネアとバルトとやらの後を付いて行くようにして、黒助に担がれながらジョシュア達は移動していた。
 かれこれ四半刻ほどにはなるだろうか。真っ暗で曲がりくねった地下道を、彼らは迷いなく進んでいる。担ぎ上げている黒助の肩の骨がジョシュアの腹に食い込んで、いい加減痛くなってきていた。

(まだ、つかないのか……参ったな。どこを歩いているのかさっぱり分からなくなった)

 暗闇を歩いている事に問題はないのだが、地上でいえばここがどの付近になるのかが途中から分からなくなってしまったのだ。ジョシュアがそういう作業に慣れていないせいもあるだろうが、それ以上にこの地下道の構造が複雑すぎた。

 曲がりくねって分岐の多い地下道は、街全体に張り巡らされているとされる。しかし、発見されて何年も経っていながら、この街の技術者ですらその全容を把握できていない。長年にわたりこの都市が栄えてきた所以でもある。
 古くはこの隠された地下道を用いて、そして現在においてはこの地下道の全容を明らかにするために、多くの人々がこの都市に集まるのである。

 ジョシュアは丁度その、地下道の複雑さにすっかりやられてしまっていたのである。仲間はきっとジョシュアを探し回っているはず。もしかするとこの地下道のどこかに脚を踏み入れているのかもしれない。
 なにせ、あんな皆のいる目の前で引きずり込まれたのである。地上では騒ぎになっているに違いない。

 だが、その助けがジョシュアの元へとたどり着けなければ意味がないのである。冷静なミライアやヴェロニカ達なら、万が一ここへの道を見つけられるかもしれないが。それも保証はできない。

(こんな状況ではヴィネアに手が届く前に叩き潰されるのがオチだ。ここでは大人しくしている以外に道はないんだが……俺の方から助けを呼ぶにしろ道が分からないとなぁ。……魔術はからきしだし、逃げようにもそもそも出口が分からない)

 八方塞がりだった。地下道の閉塞感と相俟って、思考を終えたジョシュアは、たちまちぐったりとして力を抜いた。
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