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悲劇ってわらいごと

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 生徒会長、というのは、この学園における最高権力者である。それ故に生徒会長たる資格を持つ者は自ずと絞られる。
 高等学校レベルの学業を難なくこなし、学校運営にも携われる能力を持つような人間、そういう人物が不幸にもこの俺達の代には不足していた。

 そのせいだろうか、俺、仙崎 海せんざき かいは、他に人材がいないからと半ば強制的に押し付けられた形で、生徒会長という役職に就いた。
 たとえそれが、他の生徒からは喉から手が出るほど羨ましいものでも、なりたくてなれるような役職ではなくても、俺にとってはただの足枷《あしかせ》でしかなかった。この俺の楽しみを奪う疫病神。
 そうやって、俺はこの役職に就かせた野郎共を恨みながら仕事をこなしていた。
 そう、こなしていたのだ。過去形。

「生徒会長、仙崎海のリコールをここに宣言する!」

 その瞬間、会場となった体育館はどよめきに包まれた。体育館の壇上に立たされた俺はまるで憮然《ぶぜん》としたように見える態度で突っ立ってはいるのだが、内心は歓喜に踊り出したいほどだ。
 俺がこの瞬間をどれ程待ち望んだ事か。もう感謝の言葉しか浮かばない。ありがとうクラスメイト達よ。ありがとう親衛隊のみんな。この恩は一生忘れない。

「仙崎何をしているんだ、早く前に立て」

そんな歓喜に胸を膨らませていたら、どうやら名前を呼ばれていたようだ。その声にようやく気付いた俺は、壇上《だんじょう》に設置された演説台の前に立った。ここから伝えたいことは一つしかない。いつかは仲間だったはずの役員達の顔が醜悪《しゅうあく》に歪むのにはもう何も感じない。

「先の発表にあった通り、俺はこの時をもって会長職を辞任する事になった。会長につかされてから何だかんだと一年間やってきたわけだが……ようやく仕事も全部一人でこなせるようになって、この調子でこの学校乗っとっちまおうかなんて考えもしたが、まあこうなって少し寂しくもある。しかし――」

 と、俺は言葉を切った。演説には慣れているが、どう言葉にすべきか一瞬悩む。このまま連中に勘違いさせたまま泣く泣く会長職を辞す、なんて演出を考えもしたが、それでは俺が学校一のヤリチンだという不名誉極まりない、かつ気味の悪い誤解をさせておくことになる。
 俺はこの同性愛の蔓延はびこる男子全寮制の学園において、珍しくも未だノンケだ。ゲイじゃない。
 そんなのは俺の気がすまない。別に蔑《さげす》むつもりはないが、区別くらいはしてほしい。そしてそれ以上に、こんな晴れ舞台は皆の協力の賜物《たまもの》だ。この場を借りて盛大にを言いたかった。

「こうしてこの時を迎えられたのは、我が親衛隊の皆と、三年A組のクラスの皆のお陰だ、本当に感謝する」

 ニコリ、笑みを浮かべ会場全体を見回す。俺の言葉の意味が解らず、クエスチョンマークを頭に浮かべながら鳩が豆食らった顔をする諸々。その目の前では、学校一の穏健派ともっぱらの噂な俺の親衛隊とクラスメイト達が、一斉にわああ! っと歓声を上げた。
 何事かと、カッと目を見開く生徒会と、最近何かと話題の転入生が目に入った。

「こうして俺はめでたく会長職を下りるわけだが……こんな場だがちょうどいいしここで連絡しておく、今夜はオールでパーティーやるぞ!各自ソフト一本持ってこい!被らせんなよ!あ、あと俺んとこにはP4とWしかねえからな、それ以外のハードは各自持参しろよ。会場は……まあ寮のどっか借りるから、参加する奴は、親衛隊が隊長の朝比奈《あさひな》の部屋、クラスは俺か委員長の前に集合しろ、夜7時だ! 遅れるなよ! これからが俺の時間の始まりだ! 以上、仙崎海」

 はーい! だなんて小学生のような返事を耳に、俺はにこやかに周囲を見回した。こんな俺の言葉から分かるだろう、俺の正体は、ゲーム好きの唯の顔が良いだけの高校生だ。



 この学園に入ってからと言うもの、俺は男好きの生徒が多すぎる事にカルチャーショックを受けつつノンケを守り続けていた。俺も顔はなまじ良いせいで親衛隊はできてしまった。しかし俺の親衛隊は彼らのいうところの親衛隊ではない。

 言ってしまえば、ただのゲーム好きサークルだ。親衛隊を作らせる際、とあるゲームで俺に勝てたという条件を出した。最初こそ、他の親衛隊のようにキャーキャー騒ぎたかったらしいのだが、俺に勝つために必死こいて練習した結果、様々なゲームを攻略した俺と対戦し、皆でその対戦に勝つ事が目的という、何とも俺好みの隊に出来上がってしまったのだ。

 そしてそれだけでは済まないのが俺。俺の親衛隊入隊には、どれかのゲームで俺に勝たなければ入隊不可、なんていう決まりを作ってしまった。中には半年がかりで俺に勝って入隊する強者までいて、俺に勝つためにゲームの練習をしていたら見事にゲーマー化したなんていう話もチラホラ。

 俺としてはこんな坊ちゃん連中の中で仲間を増やせて嬉しい限りだった。中には時々何をトチ狂ったか、俺が恋愛的に好きだとのたまう物好きもいたが、丁重にお断りさせていただいている。

 結果として、そういう物好きは失恋のショックなのか、ゲームにのめり込み俺以上のゲーマーと化す人も多かった。こうして、クラスメイトも含めて俺の仲間は増殖していった。

 しかし問題は高等部二年の半ばの事。俺はあろう事か俺は生徒会長となってしまったのだ。人材不足だかなんだか知らないが良い迷惑だ。ゲームの時間を削られ、親衛隊やクラスメイトとのゲーム三昧の日々は瞬く間に消えていった。その中で持ち上がったのは、少ない時間で誰が俺と対戦するかという問題。

 なまじ数が多い俺の親衛隊プラス一部のクラスメイト。彼らは率先して強い俺と戦いたがった。何だかんだと話し合いの末、2人一組で一週間に4組づつ、というローテーションを決め、成績が少しでも傾いたら一回休みという過酷な条件を設けつつゲーム集会を続けていた。

 しかし、そのローテーションが何やら誤解を受け、3P好きのヤリチンだの何だの言われるようになってしまった。誤解を解こうにも、ゲーム集会開いてます! なんて声を大きくして言うワケにもいかず。『俺にも色々あるんだよごにょごにょ』と、不名誉な噂は何時の間にか生徒達に広まってしまった。それが嫌で、一度親衛隊長である朝比奈《あさひな》ユウジに相談した時の事。

『は? そんなの知らんわ。別に言わせときゃ良いんじゃない?』

と軽くあしらわれた。以来俺も悩むのすらバカバカしくなって、別にいいか、と噂も気にせずそのまま過ごしたのだ。

 そんな不名誉な噂が俺にとって良い方向に動いてくれたのは、時期外れの転入生が来てからだった。彼は学校のあちこちを引っ掻き回し、俺はノンケだ! なんて言っておきながら美人やら男前連中やらをはべらし積極的に仲間に加えてニヤニヤと。奴のダブルスタンダードはすぐにバレ、他生徒の怒りを見事に買っていた。

 俺の方にもフラフラと寄っきたりなどしたが、適当にあしらって追い払っていたら、いつの間にか同じ生徒会の面々から睨まれるようになった。

 そうして俺は段々とハブられ、仕事を押し付けられ、おまけに転入生には「セフレなんかとやるのは辞めろ!そんなのhーー」だの何だの、身に覚えのない事を大勢の前で言いふらされた。

 仕事のたまり具合と風紀や教員からの嫌味、そして転入生からの精神攻撃と、ゲームすらも触れずさすがの俺もやつれていった。菓子を食いながらゲームがしたい、と。

 そしてとうとう、物憂げな表情がたまんないという変態のガチムチ野郎に襲われたり、して――、あれは思い出したくない……。ヤバいところを助けてくれた親衛隊には酷く心配されたが(ゲームの腕が鈍ってないかどうかだったが)、俺はもう限界だった。
 それを聞いて駆けつけた隊長は(酷く面倒臭そうだったが、)その時、ふととんでもない提案をしたのだ。このままサボって会長職リコールされちゃえば良くね? と。
 今思えばとんでもない計画だったが、さすがに精神的に参っていた俺は、否定もせずその計画の実行を許可した。それからクラスメイトや親衛隊全員の協力のもと、様々な噂を流し俺の評判を悪いものへと変えていき、とうとうリコールをもぎ取ったのだ。

 ステージ上でさらば、とそう言い切った俺は、清々しい気分でそのままステージを降り、皆に見送られながらさりげなくなく体育館を出た。
 いやさ正直に言おう。俺は逃亡した。

「おい待て仙崎、どこへ行くんだ!まだ授業時間中だぞ!」

 あ、やべっ教師に見つかった。
 俺はこの後の準備をすべく、教師を撒《ま》いて寮へと向かった。勉強なんて知るか、俺はこの学校をしばらく一人で運営させてたんだぞ、文句は言わせん。

 そうして俺は寮に着くと、今夜のパーティーのため準備を始めた。教師にも寮監にも文句は言わせん、ここからは俺の青春じゃボケ、そんな心持ちで、せっせと電話をかけまくったのだった。

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