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実力と証明 ④

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「グガアアアアアァアッ!!」

 炎が降る。
 怒れる竜は不遜なる人間を罰するために、草原を一瞬にして焼け野原にして見せた。

「う。あ、っつ──」
「『水は』」
 
 一言の詠唱。水はそれだけで湧き上がり吹き上がり、空に落ちる滝のように激流が立ち上る。
 ルルの魔法により、すんでのところで丸焦げだけは免れたシャーロット。
 そそり立つ水壁は瞬時に蒸発、濃い霧は姿を眩ませる幸運を生み出し、知性なき竜はあらぬ方向へと攻撃を仕掛け始めている。
 近くの木はその被害者。灰すら残らぬ高火力に、丸焦げなんてものでは済まないのが現実だとシャーロットは思い知った。

 ……壁を背にして戦うのは危ない。
 霧に隠れ、マキナとジークの方へ二人は隙をついて移動した。
 
「ほうらやっぱり。余計なことをしてたね、ルル」
「ち、違うわっー!! あれは私のせいじゃないっての!!」
 
 必死の否定をするも、封印が解かれるような異常事態を引き起こしたのは、ルル以外に原因は無い。意図したかそうでないにかかわらず、実際竜はこうして襲ってきたのだから。

「やれやれ、相も変わらずお茶目なことで。俺の前で竜をお披露目するサプライズだとは、いつものそれも、中々極まってきたじゃないか?」
「ジークまで! ……く、分かったわよ。あれくらい私だけでも倒してみせるわよ!!」

 やけくそ気味にそう言って竜に向きなおるルル。
 
「おい待て待て。竜を前にして、この俺がただ見ているだけだと? あの首は俺が落とす。ルルは援護を頼むよ、いいな?」
 
 今にも杖を振るいかけるルルに、肩をポンと叩いて制止したジーク。
 相対してもなお、まるでいつもと変わらない調子は、場数が違うということを物語っていた。
 ルルはその言葉に渋々といった感じで、「……そーね」と納得を示す。

「……悔しい話、確実に私のやらかしだろうケド……。後始末はプロにお願いするのが一番ね。そう、竜狩り──ジークってば、そういう人だったわ」
「ルル! 僕も──」
「シャーロット……。アンタも手伝うって? 無理よ、体と魂が分離してる状態じゃあ、魔法なんて使えっこないでしょう。生前どれだけの実力があった魔法使いかは知らないけれど、その状態で初戦が竜じゃ荷が重すぎるわ。
 いいからあんたはそこで、最高のネクロマンサー実力をみてなさいって」
「おっと。であれば私も要らないようだね、ルル。シャーロットと一緒に、私はここで見学させてもらうよ。
 ──ふふ、だが安心した。もう少し落ち込んで、下手をすれば再起不能の有様かと思ったが、意外と元気じゃないか」
「うっさい!! これでも少しは落ち込んだのよ、蒸し返すとまためんどくさいんだから、そっとしておいてよね! 
 それよりマキナ、私たちはこの後も仕事があるんだから、その時は任せるわよ。その時は今度こそ、仕事をしてもらうからね」
「もちろんだ。この一枚の金の羽に誓おう」
「あんまり言いたくないけど、信用無いのよ、それ」


──────────────
「そこ」
「アア゛ッアアアァ!!」 
  
 ザンッ、と。手際よくあちこちから解体される竜の体。
 すべてが凶器となりえるその全身は、しかし本領を発揮する以前にボロボロと失われ、爪はもう殺傷能力を一本残らず余すことなく奪われていた。
 おまけに折れた翼はもう2度と飛ぶことのできない損傷を負い、逃げることも叶わない。

「ったく。しつこいわね、竜ってのは……」
「さっきも言っただろう。そういう生き物なんだ。追い詰めた時こそ油断しちゃダメだぞ、ルル」

 事は一瞬にして終わりに向かってはいた。
 大抵の魔物などにとっては、およそ戦闘不能に陥るであろう損傷を、二人は確かに与え続けていたからだ。

 さりとて竜は、人のスケールを遥かに凌ぐ強大な存在である。
 その心、『竜の心』は上位者たる証であり、駆動する体躯に絶え間なく魔力を供給し続ける竜種の力の源。そこから生み出される生命力は、簡単には途切れることは無い。
 
「──っ来るぞ」

 だから、まだ動く。
 竜は未だ残る尻尾で、大地を薙ぎ払った。
 自らを中心としてぐるりと一帯を削りながらの、地形を均すかのようなその攻撃。
 風を切る音は、予期していても避けられないだろうという素早さを示し、巻き上がった土煙に二人の影がぼんやりと消えた。 
 ──けれど。

「──グゥゥゥ……」

 
 ウレーヴェルは、確かな感触を得られなかった瞬間から分かっていた結果を目の当たりにする。
 未だ、五体満足で平然と立つ、二人の人間の姿を。

「あっ、ぶな……。今のはちょっと死にかけたんじゃないの、これ」
「だから言っただろ。手負いになった時こそ油断するなって。
 ルルだって、追い詰められてけがを負ったら、何をするか自分でも分からないだろう?」
「私は熊か!! もっとか弱い存在だっての」

 ウレーヴェルは。
 霧が晴れたというのに、視界を遮るものは無いというのに……一度たりともその攻撃を、ルルとジークへ与えられていなかったのだ。
 右へその巨大な前脚と爪を振るったかと思えば、左前脚とその爪が完膚なきまでに使い物にならなくなった。
 その負傷から、後ろへ飛ぼうとした瞬間、翼は2度と使い物にならぬほどの衝撃を受けた。
 
 竜に映る二人の姿は、すべてが後追いのように遅れ、気が付いた時にはもうそこにはいない。影を追う竜に、攻撃は当てようのない事であった。

「あははは。竜狩りって言うのは伊達じゃないのね、ジーク。指示通り戦えばこの通りってワケ?」
「なに、ルルのセンスがいいだけだ。『逃走させない』という俺の考えに合わせた動き、見事という他ない。
 それを、しかもおまけに一撃で翼を折るとは……君の魔法は、決してか弱いだなんて評価にはならないな」
 
 余裕飄々。
 戦いは、あまりにも一歩的な戦局に終始していた。

──────────────
 「光竜ウレーヴェル」
「?」
 
 戦う二人の姿を見ながら、突然マキナはそう話し始めた。
 話した言葉は一言、光竜ウレーヴェル、と。それがあの竜の名前だということは、ルルの絶叫でその名前を聞いていたために、シャーロットは覚えていた。

「あの竜、ご存じなんですか? その、マキナ……さん?」 
「ルルから聞いたか? 大丈夫、合っているよ。私はマキナだ。
 それと今の質問だが、もちろん知っている。ウレーヴェルは私にとって一番馴染み深い竜だからね」
「馴染み深い……?」
「そう。今から20年前、あれは聖女が聖都へ連れて来た竜だった。ウレーヴェルという名も、その聖女のつけた名前だ」

 マキナは言った。
 かつて聖都を守護すると約束し、聖女への従属を約束した竜。しかし、その高貴なる竜の姿に──人々は誰も、その本性を見破ることはできなかった、と。

「ある日突然聖都の中心で暴れまわったウレーヴェルを見て、瓦礫の山に佇んだ人々は、もう取り返しのつかなくなってから初めてアレが、実の所は邪竜であったという事に気が付いたのさ」
「な、聖女が連れてきたのではなかったんですか? 貴族を騙すだなんてそんな……」
「そうだね。もっとも当時の聖女は貴族の称号を継いだだけの人間ではあるが、選ばれた、継ぐにふさわしい人間だ。それを騙したというのは、相当頭の冴えた竜であったわけだよ、シャーロット。
 ……いや。前置きが長くなったが、つまり私と馴染みがあるいうのは、アレを私が退治してやったからだ」

 さらりと、前置きよりもずっと短くそう言ったマキナ。
 ウレーヴェルを退治したはいいが、聖女の情けから実際はまだ生きていたらしく、こうして王都に封印される最後になったと、そう続けた。

「ところでシャーロット、君、そんなに畏まらなくて構わないよ。姿はルルとそう変わりはしない年頃だが、君はもう1000年の時を重ねているんだ。私よりも年上なのは明白だろう?」
「う、1000年……。ええ、そうですね。寝ていた分でも経過した時間は真実ですから、そういうことになるのかもしれませんね……」
 
 ……個人的にはまだ、生まれたばかりのような気持ちなのだが。と、そんな思いを頭に浮かべる。
 シャーロットは空いた時間があまりの長さのために、生き返ったという実感よりも、むしろ生まれ変わったとする方がしっくりしており、どうにもすんなり1000の経過を受け入れるのが難しい。
 マキナはそれを知ってか知らずか、「だが──」と、言葉を紡ぎ始めた。

「しかし、だとしても私は畏まって話はしないし、ならば君も同じようにそんな態度でいてくれると、こちらとしてもありがたい。堅苦しい仲はつまらない話しかできないし、そういうの、私の嫌いな退屈を生み出すからね。
 まあ、何事にも例外はあるように、一部例外はいるが……。そうだな、帰ったら君にも紹介しようか」

──────────────
「おっと、もう終わったみたいだ。先に馬車に乗っていようか、シャーロット」

 見れば、ジークは竜の首をいつの間にか落としていたようで、音がすっかり止んだあたりからもう、戦闘は終わっていたらしい。
 時間にして30分ちょっとくらいの、およそ竜を相手にしていたとは思えない早さであった。
 あるいは、それ以前に長きにわたる封印が竜の本来の力を弱めていたのだろうか。そんなことは比べられない自分にとって分からないことだが、聞いた話よりずっとあっけない終わり。
 馬車に乗り込む背中を追って、シャーロットはそんなことを思った。

「マキナさん、今更ですけど──というか何故、僕の名前を知っているんです?
 僕と同じように、ルルが僕をそう呼んでいたから……?」
「ふふ。さて、どうしてだろうね……」
 
 追いつき、乗り込んだ残りの二人を乗せて、馬車は動き出した。
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