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続章_34
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火事は放火による可能性が高いとの事で、サクラを含めた住人達は警察署で事情聴取される事になり、待合室として用意された会議室から聴取の終わった順に、一人、また一人と各々身を寄せられる場所へ去って行った。
申し訳程度のタオルケットを頭から被り、最後にポツンと残る、煤にまみれたパジャマ姿のサクラ。
「どうしますかね、あの子」
「誰か来てくれるらしいが、肉親じゃないらしいし、児童相談所に連絡するしかないんじゃないかぁ?」
遠巻きに、困惑顔でサクラを見つめる警察官たち。
火事に関する聴取は終わっているものの家族の事を一切話さないため、扱いに苦慮していたのである。
そんな警察官達の前に、とある人物が姿を現した。
会議室の扉が開き、
「サクラちゃん!」
悲痛な声で煤まみれのサクラに抱き付く一人の少女。
ヒカリである。
「ヒカリちゃん……」
堰を切った様にボロボロと泣き出すサクラ。
「ケガは? 痛い所は? 火傷なんてしてないかい!?」
「うん……うん……」
涙ながらに頷くサクラにヒカリも安堵し、とめどなく涙を溢れさせた。
泣きながら抱き合う、二人の少女。
一先ずほっと胸を撫で下ろす警察官たちの下に、
「私がその子の身元引受人になりますが、構わないですかな?」
着物姿の中年男性が歩み寄った。
「失礼ですが、あなたは?」
「失礼しました。私は「東海林 樹神(しょうじ こだま)」。こっちは娘のヒカリです」
名刺を差し出すと、警察官は緊張感を持った怪訝な表情から一転、
「おぉ~。いやぁ助かりました。そちらのお嬢さんの事以外、何も話そうとしてくれなくて、困っていたのですよぉ」
「彼女を早く休ませてあげたいので、共に帰って差し支えありませんかな?」
「地元で東海林さんの事を知らぬ者はおりませんし、何よりお嬢さん同士が、お知り合いの様ですから問題ありません。ただ改めてお伺いする事があるかとは思いますが……」
「構いません。家には誰か必ず居りますので、いつでもお越し下さい」
「助かります」
「では二人共、行こうか」
ヒカリは無言で頷くとサクラを抱き支え、樹神の後に続いた。
警察署の正面ロビー前に停車する、黒塗りのフォードアセダン。他を寄せ付けないその圧倒的存在感は、車に詳しくない人間でも高級であると一目で認識出来る。
運転手であろうか、後部座席のドアの前に燕尾服を纏った初老の男性が立ち、男性は三人の姿が視界に入るや否や、静かにドアを開けた。
ヒカリは笑みを浮かべ、
「ありがとう、伊那路(いなじ)さん!」
微かな笑みを返し、小さく会釈する伊那路と呼ばれた男性。
ヒカリは後部座先に乗り込むと、サクラに向かって手を伸ばし、
「サクラちゃん、来てぇ!」
「でも……」
躊躇するサクラ。
煤まみれの服のまま乗り込み、車内を汚す事にためらいを感じたのである。
するとサクラの心の内を察した伊那路がニコリと微笑み、
「汚れなど拭けば落ちます。それよりも、いつまでもその様な格好で外に居ては、体に障ります。そうでございますよね、旦那様」
サクラの背後に立つ樹神に促すと、樹神も武骨な笑みを浮かべ、
「些末な事を気にしなくて良いのだよ、サクラ君。同じ状況の人間が目の前に居れば、私は例えヒカリの友達でなくとも同じ事をする」
そう語る言葉の色に、ウソはなかった。
(!)
心の内でハッとするサクラ。
人の親切心さえ疑い、声の色で確認している自分に気付き、
(なんて浅ましいだろ……私……)
自身に不快感を抱きつつ、
「……ありがとうございます」
静かに頭を下げ、後部座席に乗り込んだ。
樹神を助手席に乗せ、静かに、滑る様に夜闇の中へ走り出す車。
この世の終わりの様な顔をした失意のサクラは、車窓に流れる夜景をぼんやり見つめていた。
家を出る時、手切れ金として三年間の学費の他、当座の生活費と称して三百万円を両親から受け取っていたサクラ。
しかし納付済みの学費と反し、現金として持っていたお金は、今回の火事で全て灰と化していた。
未成年が親の了承なしに、銀行口座を開く事が出来なかった為である。
つまりサクラは学校に行く事は出来るが、制服や教科書が無いだけでなく、今日から住む場所、着る服、生活費など、生きてく為に必要な全てが失われてしまったと言う事である。
今サクラが持っている物は「煤にまみれたパジャマ」と、隣の席から手を強く握ってくれている「ヒカリの手の温もり」だけ。
ヒカリ達に、これ以上の心配と負担を掛けまいと気丈に振る舞っていたが、ヒカリ達の優しさに気が緩み、思わず一筋涙がこぼれ、車窓に煤まみれの顔が映った途端、サクラの華奢な体に苛酷な現実がのしかかった。
(私……これから、どう生きたら良いの……!)
堪えていた涙は、泣き腫らしたサクラの両目から再び溢れ出した。
優しく抱き寄せるヒカリ。
「大丈夫。大丈夫だよ、サクラちゃん。ボク達がついてる」
サクラはヒカリの腕の中で嗚咽を漏らし泣き崩れた。
申し訳程度のタオルケットを頭から被り、最後にポツンと残る、煤にまみれたパジャマ姿のサクラ。
「どうしますかね、あの子」
「誰か来てくれるらしいが、肉親じゃないらしいし、児童相談所に連絡するしかないんじゃないかぁ?」
遠巻きに、困惑顔でサクラを見つめる警察官たち。
火事に関する聴取は終わっているものの家族の事を一切話さないため、扱いに苦慮していたのである。
そんな警察官達の前に、とある人物が姿を現した。
会議室の扉が開き、
「サクラちゃん!」
悲痛な声で煤まみれのサクラに抱き付く一人の少女。
ヒカリである。
「ヒカリちゃん……」
堰を切った様にボロボロと泣き出すサクラ。
「ケガは? 痛い所は? 火傷なんてしてないかい!?」
「うん……うん……」
涙ながらに頷くサクラにヒカリも安堵し、とめどなく涙を溢れさせた。
泣きながら抱き合う、二人の少女。
一先ずほっと胸を撫で下ろす警察官たちの下に、
「私がその子の身元引受人になりますが、構わないですかな?」
着物姿の中年男性が歩み寄った。
「失礼ですが、あなたは?」
「失礼しました。私は「東海林 樹神(しょうじ こだま)」。こっちは娘のヒカリです」
名刺を差し出すと、警察官は緊張感を持った怪訝な表情から一転、
「おぉ~。いやぁ助かりました。そちらのお嬢さんの事以外、何も話そうとしてくれなくて、困っていたのですよぉ」
「彼女を早く休ませてあげたいので、共に帰って差し支えありませんかな?」
「地元で東海林さんの事を知らぬ者はおりませんし、何よりお嬢さん同士が、お知り合いの様ですから問題ありません。ただ改めてお伺いする事があるかとは思いますが……」
「構いません。家には誰か必ず居りますので、いつでもお越し下さい」
「助かります」
「では二人共、行こうか」
ヒカリは無言で頷くとサクラを抱き支え、樹神の後に続いた。
警察署の正面ロビー前に停車する、黒塗りのフォードアセダン。他を寄せ付けないその圧倒的存在感は、車に詳しくない人間でも高級であると一目で認識出来る。
運転手であろうか、後部座席のドアの前に燕尾服を纏った初老の男性が立ち、男性は三人の姿が視界に入るや否や、静かにドアを開けた。
ヒカリは笑みを浮かべ、
「ありがとう、伊那路(いなじ)さん!」
微かな笑みを返し、小さく会釈する伊那路と呼ばれた男性。
ヒカリは後部座先に乗り込むと、サクラに向かって手を伸ばし、
「サクラちゃん、来てぇ!」
「でも……」
躊躇するサクラ。
煤まみれの服のまま乗り込み、車内を汚す事にためらいを感じたのである。
するとサクラの心の内を察した伊那路がニコリと微笑み、
「汚れなど拭けば落ちます。それよりも、いつまでもその様な格好で外に居ては、体に障ります。そうでございますよね、旦那様」
サクラの背後に立つ樹神に促すと、樹神も武骨な笑みを浮かべ、
「些末な事を気にしなくて良いのだよ、サクラ君。同じ状況の人間が目の前に居れば、私は例えヒカリの友達でなくとも同じ事をする」
そう語る言葉の色に、ウソはなかった。
(!)
心の内でハッとするサクラ。
人の親切心さえ疑い、声の色で確認している自分に気付き、
(なんて浅ましいだろ……私……)
自身に不快感を抱きつつ、
「……ありがとうございます」
静かに頭を下げ、後部座席に乗り込んだ。
樹神を助手席に乗せ、静かに、滑る様に夜闇の中へ走り出す車。
この世の終わりの様な顔をした失意のサクラは、車窓に流れる夜景をぼんやり見つめていた。
家を出る時、手切れ金として三年間の学費の他、当座の生活費と称して三百万円を両親から受け取っていたサクラ。
しかし納付済みの学費と反し、現金として持っていたお金は、今回の火事で全て灰と化していた。
未成年が親の了承なしに、銀行口座を開く事が出来なかった為である。
つまりサクラは学校に行く事は出来るが、制服や教科書が無いだけでなく、今日から住む場所、着る服、生活費など、生きてく為に必要な全てが失われてしまったと言う事である。
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(私……これから、どう生きたら良いの……!)
堪えていた涙は、泣き腫らしたサクラの両目から再び溢れ出した。
優しく抱き寄せるヒカリ。
「大丈夫。大丈夫だよ、サクラちゃん。ボク達がついてる」
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