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続章_35
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失意のサクラを乗せた車は脇道に入ると、高い白壁に沿ってしばし走り、やがて関所の様な門をくぐり抜け、武家屋敷を思わせる建物の前で停車した。
いったい何百坪あるのか、夜闇の中でも尋常でないと分かる広さを持った敷地である。
しかし今のサクラに、そんな事を気にしている余裕がある筈も無く、先に降りたヒカリに支えられる様に車から降りると、
「「「お帰りなさいませ。旦那様、お嬢様方!」」」
メイド服姿の三人の女性が頭を下げた。
うつむきつつ、微かに頭を下げ返すサクラ。
ふと、
(……ヒカリちゃんの家も……お金持ちなんだ……でも……)
何の気なしに、その様な事を考えていると、
助手席から降りた樹神がメイド達に、
「すまんが誰かサクラ君の為に、何か落着ける温かい飲み物を用意してもらえるか」
すると樹神の気遣いに対し、ヒカリが血相を変え、
「何言ってるのパパ……お父さん! お風呂が先でしょ!」
メイド達も同調し、
「まったくです樹神様! お風呂が先です!」
「女の子に、いつまでパジャマ姿を晒させるおつもりなのですか!」
「いつもながら樹神様の女性に対する気遣いの足りなさには呆れます!」
女性陣の集中砲火に樹神はたじろぎ、
「そ、そこまで言うかぁ? ねぇ伊那路さん」
同意を求めたが、
「おそれながら樹神様、メイド達の言う通りに御座います」
伊那路は深々頭を下げ、
「えぇ!? 伊那路さんまでぇ!? 俺がヘンなのかぁ?」
腑に落ちない顔をすると、
「「「「「ヘン!」」」」」
一斉に、止めの一撃。
ガクリとうなだれる樹神。
その姿に、先程までの威厳に満ちた風格は無い。
するとメイドの一人が落ち込む樹神を横目に、
「さぁサクラ様、こちらへ」
微笑みながら室内へと促し、浴室に導いた。
うつむいたまま、黙って後に続くサクラ。
(ヒカリちゃんの家は、ウチとは違うんだ……)
皮肉交じりにそう思う。
気落ちしている時の人間は、人の優しさにさえ、反発心や嫉妬心などのマイナス感情を抱いてしまう事のある、弱い生き物である。
サクラの実家は東北地方の過疎化の進む村にあり、場所にこそ違いはあるものの、ヒカリの家と同様に地元の名家で、屋敷もヒカリの家と同等かそれ以上の敷地に、由緒ある母屋や離れ屋が数棟立ち、侍女も六名ほど雇っていた。
しかし決定的に違っていたのは屋敷内の空気。
雇用者と被用者が言い合いの出来る、アットホームなヒカリの家とは対照的に、サクラの家の両親と侍女達の関係は形式的で、紋切り型。
必要な会話を必要な分だけ、事務的に交わしている所しか見た事が無く、それはサクラの父親と母親の間でも同様であった。
似た様な環境でありながら温かみのあるヒカリの家に、気落ちしているサクラが「妬み」を感じてしまうのは、やむを得ない事なのかも知れない。
「こちらです、サクラ様」
メイドの穏やかな声に、ハッと我に返るサクラ。
入る様に促されたのは脱衣所であった。
そこは脱衣所だけで優に十畳を超え、床には竹が敷き詰められ、個人宅のと言うよりもはや銭湯の一室。
メイドはたおやかな笑みを浮かべ、幾つもの籐籠が収められた棚の前に立つと、
「お召し物はコチラへお入れください」
会釈をし、
「わたくしは外に居りますので、何かございましたらお声を掛けて下さい」
サクラを残して、脱衣所から出て行った。
無駄とも思える広さを持った脱衣所に、ポツンと残されるサクラ。
「…………」
何も考えられず、一先ず言われた通り着ていた衣類を脱いで籠に入れると、ガラスの引き戸を開け、浴室へ足を踏み入れた。
温かな湯気に混じる、ほのかなヒノキの香り。
浴室内も、いったい何畳分あるのか、壁にはシャワーが何本も並び、湯船は二、三十人が一度に入れそうな大きさを持った、岩風呂風デザイン。
しかし置かれた現状を、ただ受け入れるしかない今のサクラは感動に浸る事も無く、黙々と作業をこなす様にシャワーを浴び始めた。
サクラの体に付いていた煤と一緒に排水溝へ流れて行く、黒い水。
それと同時に、黒から徐々に変わって行くサクラの髪の色。
黒い水の正体は、彼女の髪染めであった。
次第に露わになって行く、赤と白の中間の淡いピンク色。
サクラの名前の由来にもなった髪ではあったが、人の感情を色で識別する事が出来た彼女の能力と相まって、地元では忌むべき存在の象徴でもあり、故に彼女は家に訪れた人に不快感を与えない為、いつの頃からか髪を黒く染め、本来の色を隠す様になっていたのである。
鏡に映る艶やかな薄桜色の髪を、悲し気に見つめるサクラ。
「どうして……いつもいつも私だけ……」
悲痛な声が口からこぼれ落ちる。
いったい何百坪あるのか、夜闇の中でも尋常でないと分かる広さを持った敷地である。
しかし今のサクラに、そんな事を気にしている余裕がある筈も無く、先に降りたヒカリに支えられる様に車から降りると、
「「「お帰りなさいませ。旦那様、お嬢様方!」」」
メイド服姿の三人の女性が頭を下げた。
うつむきつつ、微かに頭を下げ返すサクラ。
ふと、
(……ヒカリちゃんの家も……お金持ちなんだ……でも……)
何の気なしに、その様な事を考えていると、
助手席から降りた樹神がメイド達に、
「すまんが誰かサクラ君の為に、何か落着ける温かい飲み物を用意してもらえるか」
すると樹神の気遣いに対し、ヒカリが血相を変え、
「何言ってるのパパ……お父さん! お風呂が先でしょ!」
メイド達も同調し、
「まったくです樹神様! お風呂が先です!」
「女の子に、いつまでパジャマ姿を晒させるおつもりなのですか!」
「いつもながら樹神様の女性に対する気遣いの足りなさには呆れます!」
女性陣の集中砲火に樹神はたじろぎ、
「そ、そこまで言うかぁ? ねぇ伊那路さん」
同意を求めたが、
「おそれながら樹神様、メイド達の言う通りに御座います」
伊那路は深々頭を下げ、
「えぇ!? 伊那路さんまでぇ!? 俺がヘンなのかぁ?」
腑に落ちない顔をすると、
「「「「「ヘン!」」」」」
一斉に、止めの一撃。
ガクリとうなだれる樹神。
その姿に、先程までの威厳に満ちた風格は無い。
するとメイドの一人が落ち込む樹神を横目に、
「さぁサクラ様、こちらへ」
微笑みながら室内へと促し、浴室に導いた。
うつむいたまま、黙って後に続くサクラ。
(ヒカリちゃんの家は、ウチとは違うんだ……)
皮肉交じりにそう思う。
気落ちしている時の人間は、人の優しさにさえ、反発心や嫉妬心などのマイナス感情を抱いてしまう事のある、弱い生き物である。
サクラの実家は東北地方の過疎化の進む村にあり、場所にこそ違いはあるものの、ヒカリの家と同様に地元の名家で、屋敷もヒカリの家と同等かそれ以上の敷地に、由緒ある母屋や離れ屋が数棟立ち、侍女も六名ほど雇っていた。
しかし決定的に違っていたのは屋敷内の空気。
雇用者と被用者が言い合いの出来る、アットホームなヒカリの家とは対照的に、サクラの家の両親と侍女達の関係は形式的で、紋切り型。
必要な会話を必要な分だけ、事務的に交わしている所しか見た事が無く、それはサクラの父親と母親の間でも同様であった。
似た様な環境でありながら温かみのあるヒカリの家に、気落ちしているサクラが「妬み」を感じてしまうのは、やむを得ない事なのかも知れない。
「こちらです、サクラ様」
メイドの穏やかな声に、ハッと我に返るサクラ。
入る様に促されたのは脱衣所であった。
そこは脱衣所だけで優に十畳を超え、床には竹が敷き詰められ、個人宅のと言うよりもはや銭湯の一室。
メイドはたおやかな笑みを浮かべ、幾つもの籐籠が収められた棚の前に立つと、
「お召し物はコチラへお入れください」
会釈をし、
「わたくしは外に居りますので、何かございましたらお声を掛けて下さい」
サクラを残して、脱衣所から出て行った。
無駄とも思える広さを持った脱衣所に、ポツンと残されるサクラ。
「…………」
何も考えられず、一先ず言われた通り着ていた衣類を脱いで籠に入れると、ガラスの引き戸を開け、浴室へ足を踏み入れた。
温かな湯気に混じる、ほのかなヒノキの香り。
浴室内も、いったい何畳分あるのか、壁にはシャワーが何本も並び、湯船は二、三十人が一度に入れそうな大きさを持った、岩風呂風デザイン。
しかし置かれた現状を、ただ受け入れるしかない今のサクラは感動に浸る事も無く、黙々と作業をこなす様にシャワーを浴び始めた。
サクラの体に付いていた煤と一緒に排水溝へ流れて行く、黒い水。
それと同時に、黒から徐々に変わって行くサクラの髪の色。
黒い水の正体は、彼女の髪染めであった。
次第に露わになって行く、赤と白の中間の淡いピンク色。
サクラの名前の由来にもなった髪ではあったが、人の感情を色で識別する事が出来た彼女の能力と相まって、地元では忌むべき存在の象徴でもあり、故に彼女は家に訪れた人に不快感を与えない為、いつの頃からか髪を黒く染め、本来の色を隠す様になっていたのである。
鏡に映る艶やかな薄桜色の髪を、悲し気に見つめるサクラ。
「どうして……いつもいつも私だけ……」
悲痛な声が口からこぼれ落ちる。
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