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青木 森

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15_宿縁の章_5

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 衣料品店を、ただ渡り歩くだけの三人。
 当然である。
 極寒の地に適した被服など、夏は暖かく、冬は涼しい、降雪とは縁遠い地中海性気候のケープタウンにおいて易々と手に入る筈も無い。
 初めから批判的であったアナスが、
「いい加減に、諦めたどうでござるぅ? 元より灼熱の大陸において「極地用の装束」など売られているとは思えぬでござる」
 早々に音を上げると、
「ならば立札(看板)にあったツアー会社とやらに行き、店(たな)の場所を聞くでありんす!」
 願い(ファティマを着せ替えて愛でたい)が叶わねば叶わぬほど、悲願成就に燃えるアナクス。
 その眼は、もはや誰にも止める事が出来ない事を物語っていた。
「好きにすると良いでござるよぉ」
 諦めの境地に達するアナスと、苦笑うしかないファティマ。
 しかし意気込んでツアー会社に乗り込んだアナクスを待っていたのは、より残念な現実であった。
『何を着ても似合うファティマに、最も似合う「可愛らしい防寒着」を探しているでありんす』
 と、真剣に伝えるアナクスに、
(面倒臭いのが来た)
 と、初めから面倒臭げな若い男性店員は呆れ半分、
「飛び立った途端に撃墜されかねないこんなご時世に、南極へ行くツアーなんてある訳ないでしょ。核戦争の後、欠航したままですよ」
「なんと言う事でありんしょう……ファティ坊の御着替えが楽しめぬでありんすぅ……」
 ショックを受けるアナクスに対し、
(何を言っているのござるのか……趣旨がズレているござる……)
 アナスは怪訝な顔で、
「ならば使っていた飛行機はどうなっているでござる?」
 カウンターに身を乗り出すと、
「はぁ? 知りませんよぉ。倉庫で埃でも被ってるんじゃないですかぁ」
 するとそこへ、
『どうした? また何かモメ事をしでかしたのか?』
 不機嫌な声色をした、上司と思われる年配男性が寄って来た。
「人聞きが悪いなぁ、ボス。ちゃんとやってますよぉ。こっちの客が「南極ツアーは無いのか」って、しつこくてぇ」
 部下の話に、上司の男性は不機嫌な表情の度合いを更に深め、客であるアナクス達に向かって、
「何処のバ、」
 馬鹿と罵ろうとした瞬間、店の奥から、
『ボスッ!』
 若い女性店員が慌てて駆け出して来て耳打ち。
「ナニィ!」
 驚愕の表情で一瞬にして固まった上司は、すぐさま「愛想の良い商い人」の顔になり、
「本日はようこそいらっしゃいましたぁ♪」
 ご機嫌を窺う様に手もみまでしながら、
「当店の若い者が、何やら失礼致したようでぇ♪」
 イスに座る男性店員を尻でどかして自らが座り、「向こうに行け!」と目配せ。男性店員は仕方なく女性店員と共に店の奥へ引っ込むと、日頃の上司への不服も含め、
「いつも家柄と経歴を鼻にかけて、客にも横柄なボスが、何をあんなジャパニーズコスプレの「御上りさん」にペコペコと、」
(シィィィ! 聞こえたらどうすのよォ!)
 声を潜めながらも必死に黙る様に促す女性店員に、
「何が?」
 平然と首を傾げると、
(アンタ……よく殺されなかったわねぇ……)
「は? 何で俺がボスに殺され、」
(ボスじゃないわよ! あの三人に、よォ!)
 即座にツッコミ。
「三人???」
 事の重大さに未だ気付かない男性店員に、呆れ顔して頭を抱え、
(アンタも、ゲリラや軍隊を手玉に取ってる三人組の話は知ってるでしょ!)
「それが、あの三人だってのぉ?」
 半笑いで、にわかに信じがたいといった顔をすると、女性店員は固唾を呑みながら、
(オーナーから電話があって「今入店した三人を絶対に怒らせるな」と国から言われたそうよ)
(売り上げが落ちた時にしか電話して来ない、あのオーナーからかぁ!? マジでかぁ)
 物陰から、そっと様子を窺う男性店員と女性店員。
「っと言う訳でございましてぇ、どこの航空会社も南極行の便は無いのですよぉ。すでに空港も軍事転用されておりましてぇ」
 額から滝の様に冷や汗を流しながら、懸命に説明する男性店員の上司。話の最後に添える様に、
「今のご時世、まともに動く飛行機を持っているのは軍隊位ではないでしょうねぇ」
 愛想笑いをすると、
「よく分かったでござるよ」
 穏やかな表情で立ち去ろうとするアナス。未だ諦め切れずカウンター前に陣取るアナクスに、
「ここに居ても、事態は何も解決策しないでござるよ」
 共に店を出る様に促したが、動く気配を見せずにいると、
「ワム、行くなぉぅ。ずっといるとメイワクになるなおぅ」
 少し大人びた、気遣い口調のファティマにまで促され、渋々カウンター前から離れた。
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