メンタリスト

むらもんた

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本間南⑦

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 ーーカランカランーー

 開店前のバー【luce】の扉を開けると、意外な光景が目に飛び込んできた。
 マスターが1人の女性に封筒を渡していたのだ。
 その女性は、雰囲気などはいつもと違っていたが間違いなく南だった。
 トレードマークの眼鏡はしておらず、化粧もいつもより濃い。

「あーあ、見られちゃった。本当にタイミング悪いなぁ」

 そう話す南の言葉には一切の訛りや癖はなく標準語だった。
 目の前で何が起きているのか頭の中で整理できていなかったが、よくない事が起きているのだけは確信できる。

「えっと……どういう事?」と恐る恐る聞くと

「見ての通り南にお金を渡していたんだよ。拓海、メンタリストはお前だけじゃないんだ」

「そういうこと。ごめんなさいね。賭けはあたしの勝ち」と2人が答えた。

 ここまできてようやく、何が起きているのか分かった。
 今まで俺がしてきたように南も俺を落とせるか、マスターと賭けをしていたという事だ。
 冷静に考えると、不自然な点は幾つもあった。年齢や地方出身といった偶然の一致。それだけならまだしも、あまりにおかしな心理テストの答えや見透かされているような感覚……
 【騙す側】という先入観のせいで、普段ならすぐに気付けるような不自然さを俺は完全に見逃してしまっていた。

 俺の性格を見抜いて潜在的に求めている人物像を演じていた事など、南がメンタリストだとすると全て辻褄が合う。
 最初から全部、南の手のひらで踊らされていたわけだ。

「ハハッ……そういう事か」

 あまりに自分が惨めで少し笑えた。

「言ったよな? お前だけが客だとは思うなよって。メンタリストがメンタリストに騙される。凄く面白いものが見れたよ」

 確かに『お前だけが客だとは思うなよ』と言われた記憶がある。
 御丁寧にヒントまでくれていたのか……
 もしかしたら亜矢や香織とのやりとりの中で生まれた心の変化も冷静さを失う要因になっていたのかもしれない。
 こんなに単純に騙されるなんて……

「かなり簡単に誘導出来るからビックリしちゃった。君さぁもう少し勉強した方がいいよ」

 ここまで言われても南に何も言えなかった。
 たったさっきまで浮かれていた自分が惨めで恥ずかしくなって、この場にこれ以上いる事は出来なかった。

「…………」

 ーーカランカランーー

 俺は無言のままバーを飛び出した。
 自分をメンタリストと名乗り、沢山の人を騙したり、誘導してきた。
 そんな自分がこんなにも簡単に騙されるとは思ってもいなかった。
 そして何よりも大切な人を一瞬で失った事が辛かった。一緒に過ごした時間や感じた感情など、全てがなかった事にされるような虚無感。
 南とマスターという心から信用していた2人を同時に失って、始めて騙された人の気持ちを理解した。

 今なら香織が何故、俺が描いた絵を欲しがったのか少し分かる気がする。
 今まで過ごした時間や感じた感情が幻だったのではないと確認したかったのだと思う。
 心を許した相手に裏切られるという事は、余りにも衝撃的で相手と過ごしてきた時間全てがまるで夢を見ているかのように感じるのだが、その絵を見る事で現実だったのだと実感する。
 そして過ごした時間や感じた感情が、たとえ騙されていたものだとしても、その現実をしっかり受け止めて少しずつ向き合っていきたい。それをあの絵が可能にするのだと今分かった。

「何がメンタリストだよ……」

 街には沢山の人が歩いたり、沢山の車が走っていたが、俺は1人時間が止まっている世界を歩いているような感覚になっていた。
 すると大きな劇場の壁に貼ってあったチラシが目に入る。
 チラシには有名な舞台の出演者が記載されていて、主演の所には松田亜矢の名前が載っていた。
 数ヶ月前まで小さな舞台でも主演ではなかった彼女が少しのキッカケで本気で舞台女優を目指し努力した。
 そしてその成果がでた。皮肉なものでその奇跡を可能にしたのもメンタリズムだった。
 使い方次第でプラスにもマイナスにも大きな影響を与えるのがメンタリズムであり、メンタリストという人間なのだ……



******************


 ーーカランカランーー

 拓海が飛び出していく姿を見て南が口を開く。
「マスター、本当にこれで良かったの? ここまで傷付けなくても良かったんじゃない?」

「これで良かったんだよ。あいつには俺みたいになって欲しくなかったから……」

 そう言ってサングラスを外すマスター。マスターの黒目は休む事なく左右に揺れていて少し色味が薄い。

「その目……」

 マスターの目を見て南が驚いている。

「ある事件がキッカケで俺の目はこうなってしまってな。サングラスをかけていないと黒目が今みたいにずっと左右に揺れて、ほとんど見えないんだよ」

 サングラスをかけ、カウンターの裏に飾ってある絵を手に取った。
 絵にはバーテンダーの服を着た若い女性が描かれている。マスターが拓海に依頼して描いてもらったものだ。

「その女性ってマスターの彼女?」

「婚約していたんだよ。お腹にはもうすぐ生まれる予定の赤ちゃんもいた。俺がメンタリストとして仕事をしていたせいで2人は命を落としたんだよ……」

 写真を見つめるマスター。

「そっか……」

 掛ける言葉が見つからない南。

「拓海はな、若い頃の俺にそっくりだったんだよ。心理学を勉強して、人間に個性を感じられなくなり、心を開くことをやめた。特にやりたい事もなく、全てを操れると思っているそんな姿が自分にダブっちまってな。
 それで今回賭けを持ちかけてみたんだよ。相手に告白させて付き合う。簡単な事ではないが、上手くいかなければ拓海はその程度。俺が心配しなくてもメンタリストとしてやっていけず、普通の生活に戻るしかない。
 だがあいつは成功させてしまった……それも俺が予想するよりもずっと短い時間でな。このまま放っておいたらいずれ拓海も俺みたいに大切な物や人を失う事になる。そこでお前に依頼したってわけだ。あそこまで騙されればもう一度自分と向き合う事が出来るし、メンタリズムの恐ろしさも認識出来る。それを分からせたかったんだ」と優しい目をしてマスターが話した。

「あたしに依頼したのはそれでだったんだぁ。マスターは本当にあの子の事、大事だったんだね。でも多分もうこの店には来ないよ……」

「なんかなぁ、関わっているうちに弟みたいな感じに思えてな。もう会えないのは寂しいが拓海にとってのベストはこれだから悔いはないさ」

 拓海と深く関わる中で、いつしか拓海を弟のように感じていたマスター。
 そして拓海を大切に思うからこその今回の行動だった。

「じゃあそろそろ行くね。またなんかあったら依頼待ってまーす」

 ーーカランカランーー

 南がバーから出て行き、マスターはグラスを拭き始め開店の準備をした。
 そしてバーには今日も昭和60年代に流行したと思われる洋楽が流れ、数人の客が訪れるのであった。




 END
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