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最終話 サムライたちの太平洋 完
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何もかも、外交はうまくいった。
やりかたや、感触や、リアクションはどうあれ、サムライたちの共通意識は、国際社会への脱却だった。これまでの日本ではない、あたらしい日本という希望だ。
咸臨丸がサンフランシスコを抜錨した頃、正使はまだアメリカにいた。
ハワイを経て、順調な航海を続ける咸臨丸にとって、遠くの島影と富士の嶺は、たった掌ほどのちっぽけな日本という感慨を覚えたに違いない。紛れもなく、彼らは国際人だった。
五月五日、浦賀へ着いた咸臨丸の乗員は、ひとつの事件に驚きを隠せず立ち尽くしたことだろう。
大老・井伊直弼。桜田門外にて暗殺。
そのことに、勝麟太郎は憤慨した。
「べらんめえ、こんな馬鹿な事、あっていいものか」
アメリカで忌み嫌われるテロルという手法で、安政日本の推進者が命を落とした。国際人だった咸臨丸の乗員は、この瞬間、小さな日本の更に小さな幕臣や藩士へと引き戻された。
「どうなっちまうのだろうか」
誰かの呟きが風に乗った。
何が、という問いかけを誰もしなかった。何でもよかった。各々の、何かが当てはまり、心が千々に乱れた。
安政という元号は、ひと月も前に変わっていた。
安政は、もう終わっていた。
まだ日本の辿るべき道筋は、定まっていなかった。
了
やりかたや、感触や、リアクションはどうあれ、サムライたちの共通意識は、国際社会への脱却だった。これまでの日本ではない、あたらしい日本という希望だ。
咸臨丸がサンフランシスコを抜錨した頃、正使はまだアメリカにいた。
ハワイを経て、順調な航海を続ける咸臨丸にとって、遠くの島影と富士の嶺は、たった掌ほどのちっぽけな日本という感慨を覚えたに違いない。紛れもなく、彼らは国際人だった。
五月五日、浦賀へ着いた咸臨丸の乗員は、ひとつの事件に驚きを隠せず立ち尽くしたことだろう。
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そのことに、勝麟太郎は憤慨した。
「べらんめえ、こんな馬鹿な事、あっていいものか」
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「どうなっちまうのだろうか」
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安政という元号は、ひと月も前に変わっていた。
安政は、もう終わっていた。
まだ日本の辿るべき道筋は、定まっていなかった。
了
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