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局中法度
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京都が勤皇佐幕で大いに揺れ、徳川のために治安維持を徹底したのが、新選組だ。
後の世に嫌われた剣客集団は、ともすれば、維新の勝ち組にとって大いなる障壁となった。それゆえの憎しみを込めた、強敵だったと考えてもいい。だから、維新が成ったあとの扇動は徹底したのだ。
新選組こそ、悪の集団なり、と。
それほどまでに恐れられた新選組の力の源泉はどこにあるか。
それは、結束を誓う鉄の掟に他ならない。
新選組平隊士に、田内知という男がいる。
武州羽生の出身で、江戸で隊士募集を知り新選組に参加した。この男、勤めは地味でありながら、華もなく、いつも存在感がない。何かしらの捕り物にあって、激しい死闘の末に見回せば、ちゃっかりとそこにいる。手柄のぜひも分からないが、仕事を成した体はあるのだ。
「あいつは、いるのかどうかも分からねえ」
副長の土方歳三は、憮然と吐き捨てるしかない。事実、監察に内偵させれば、たしかに捕り物に参加はしているのだ。感情は抜きとして、一応の働きが認められる。
「むっつりは、苦手でい」
土方歳三は田内知をよく思っていなかった。
新選組には禁令と呼ばれる決まりがある。後世、作家の子母澤寛が局中法度と称したものだが、当時、それは禁令と呼ばれる規則に過ぎない。それとは別に、隊規もあった。隊規では、幹部になれば妾を持てることが記される。手柄をあげて出世すれば、京女を欲しい侭にできた。平隊士はそれが出来ぬから、島原遊廓へ繰り出すこととなるのだ。
新選組の監察は情報収集に長けている。これが土方歳三の目となり耳となる。情報は脳裏で練られ、局長・近藤勇に献策されるのだ。
「副長」
監察の山崎丞が土方歳三を呼び止めた。
「実は」
「……妾だと」
むっつり田内は、隊の誰にも内緒で、妾を囲っていたというのだ。
「隊規に叛きます」
「ああ、罰則ものだ。しかし隊規では、叱り程度で、ちと弱い」
どうしたものか。土方歳三は考えあぐねて、近藤勇に相談した。少し考えて、近藤は暫く放っておくよう呟いた。
「これで仕事を真面目にやりゃあ、小さいことじゃないか?」
「むっつりは、平隊士だぜ」
「どうせ叱るなら、大事のなかにまとめればいい。小言など、なきに等しいと思わぬか」
「ああ、そうだな」
たしかに、通常の職務に問題を起こした訳ではない。
公然と、むっつり妾を囲っている様は腹立たしいが、近藤のいうことならば、見てみぬふりをするしかない。
このように隠し事が露見していることを、滑稽だが、本人は知る由ない。
地味でむっつりな田内知は大きな手柄こそないが、小さな捕り物では結果を出した。この日も、市中の小さな騒ぎで田内知はひとりの浪人者を捕縛した。叩けば余罪もあり、これはこれで手柄には違いなかった。浪人者は獄舎へ送られた。長州との関わりが露見したことで、斬首と決まった。
師走二十日は忌み日である。
京の罪人は、毎年師走二十日に処刑執行が為される。これは六角獄舎の慣例で、京わらべはこの日を〈果の二十日〉と呼んで恐れた。恐れるのは、意味がある。
「罪人かて、死ぬのん、こわいやろ。そんで人をみたら、ついてきてゆうんや」
京わらべは家に引き籠もり、引き回しを見物しようとは決してしなかった。娘たちは特に恐がった。斬られるのを恐がる罪人についてきてと誘われたら、つれていかれてしまう。物理的ではない、言霊の祟りというべきか。
だから、隠れて出てこないのだ。
よって引き回しを見物するのは、決まって余所者と相場が決まっていた。
武州生まれの田内知は、京のしきたりに疎い。ましてや、このような暗黙の禁忌を、知る由もなかった。この禁忌のためか定かでないが、引き回しを見物するため辻々に群衆することを京では禁じていた。引き回しは〈晒しもの〉という、江戸のそれとは、些か感覚に隔たりがある。江戸の引き回しは娯楽だ。対して京都のそれは
「今度生まれてくるときは真人間たれ」
という仏事にも似た臭いがあった。
京の処刑場はふたつ、粟田口と紙屋川である。
この浪人者は、粟田口で処刑されることとなった。六角獄舎を出た罪人たちは、後ろ手で縛られ裸馬に乗せられた。油小路通を真直ぐ上がり、一条戻橋で一旦馬から降ろされて、罪人たちは橋の上に座らされる。戻橋の東南詰にある花屋から仏花が置かれ、東北詰の餅屋から華束餅が与えられるのだ。
まるで仏様同然の振舞いだが、つまりはそういう意味である。
「成仏されよ」
僧から引導を渡されると、もう、扱いは死人そのものとなる。
罪人たちは再び馬に乗せられて、一条通から室町通を真直ぐに下がり、十念ケ辻まで来て東西に分かれていく。東は粟田口、西は紙屋川。それぞれの刑場へと、罪人たちは別れゆくのである。
これを見学に行こうと、平隊士がはしゃいだ。
「そういう無粋は止めろ」
と井上源三郎が制止した。
「京の禁忌を知らぬのか」
源三郎の貫禄は土方・近藤以上である。彼らは同門の剣客で、源三郎は兄弟子にあたるから、貫禄があって当然だった。震え上がった平隊士は、神妙になった。
「儂は、行きます」
田内知は、自身の手柄だった浪人者の引き回しを見届けると告げて、走り出した。
「馬鹿者め」
源三郎は低い声で呟いた。
田内知が三条大橋で引き回される罪人を観たのは、未刻ノ半(午後三時頃)だった。
「あれ、みぶろや」
田内を知る童が呟く声は、妙に響いた。
だれ彼の言葉に、並んで橋を渡る罪人たちの一人が、顔を上げた。それはまさしく田内知に捕えられた浪人だ。お前はと、浪人はみるみると凶相を浮かべ田内を睨んだ。
「お前のおかげで、この様だ。いいか、このままで済むと思うなよ。祟ってやるからな」
浪人は明瞭な大声で、田内知に向かって叫んだ。
死人の呻きに等しい響きだ。田内は胆を潰した。奇声を上げ、逃げるように走り出す田内の背にふたたび、祟るという浪人の声が響いた。
顔面蒼白で転がり込んだ田内を、平隊士たちが囲んだ。
「だから、見物など、やめとけばよかったのに」
井上源三郎が見かねて近寄り、いきなり殴り倒した。これで正気を取り戻した田内知は、やがて、浪人の声を思い出し、わなわなと震え出した。このような恨み、新選組である限りは誰もが背負う宿命だ。人の命を奪うことも日常である以上、恨みに負けぬ自我が不可欠である。
が、田内知にはその自覚が足りなかったのである。
一〇日ほどのち、田内知は妾宅へ足を運んだ。妾はこのとき、浮気相手をこっそりと宅に迎えていた。ここが京の女のしたたかさである。いきなり田内知が訪問してきたので
「殺そう」
と間男が呟いた。男は押入れに隠れ、妾は何食わぬ顔で田内知を迎え入れた。
「師走二十日に嫌な思いをした」
田内知は胸の奥に封じていた嫌な出来事を、やっとのように振り絞った。薄気味悪い出来事だったという田内知に
「果ての二十日やわ。それ、当たります」
「はあ?」
「ゆわれたもんは、つれてかれる」
「どこに」
「決まってますやろ、あの世に、です」
うわぁぁぁと、田内知はすっかり昂って、妾を押し倒した。胸元を大きく広げて、放漫な乳房を夢中でむしゃぶりついた。こわい、こわい、だいてくれ、田内は譫言のように繰り返した。
無我夢中で、背後ににじり寄る男にも気がつかない。
「あっ!」
田内知が気づいたとき、男が肩先と両足を斬りつけた。応戦しようにも、刀掛けは遠い。斬り刻まれた激痛でのたうち回る田内知を尻目に
「行くぞ」
男と妾は手に手を取って走り去っていった。
間抜けな話だ。妾をまんまと間男に寝取られ、殺されかけて抵抗も出来ず、刀傷を負い捨て置かれたのである。武士として、これ以上の恥辱はない。
「ちくしょおおお」
田内知は血塗れで激高し、悶え苦しんだ。あまりの騒ぎに、これは何ごとかと、近所の百姓が覗き込んだ。
「新選組の屯所に報せよ。不審の者に斬られた。儂は新選組の者だ!」
田内知の悲鳴に、百姓は屯所へと走った。
このことは近藤の耳にも達した。さては斬りあい負傷かと応援が駆けつけた。しかし土方の指図により、監察はすべてを見ていた。妾を囲い、その間男に斬られた無様は、さすがに近藤の怒りを沸騰させた。
「あるまじき事じゃ」
近藤は土方に処分を任せた。それは、決して許されない断罪を意味する。戸板で運ばれてきた田内知は、土方から叱責された。
「血止めを……副長、血止めを……」
「田内!禁令を復唱せよ!」
「副長!」
「局長はご立腹である。覚えがないとは云わせぬぞ!」
土方は鬼の形相で一喝した。それは怪我人に対する姿勢ではない。このとき田内知は、己の運命を悟り、自覚した。
一.士道ニ背キ間敷事
鉄の掟である禁令の第一が、まさしくこれだ。田内知は幹部のみに許された妾を抱えた。その妾に背かれ、間男に斬られ取り逃がした。武士として、これ以上の無様はない。
「わかるか?」
血を流しすぎて混濁しながらも、明瞭に
「士道に背きまじきこと」
という言葉が振り絞られた。
「誰か、介錯してやれ」
それきり云うと、土方は背を向け、二度と振り返ることはなかった。
田内知の切腹は、新選組粛清者のなかでも屈指の苦痛を伴った。本人が手負いのまま割腹し、介錯者の手際も悪く、二度三度と首を痛めつけても斬首に至らない。苦痛だけが果てしなく続いた。
「こんなズタズタにする介錯など、ない」
土方は報告に顔を顰めた。
「切腹よりも、殺してやった方が楽だったかもな」
と、近藤も眉を顰めた。
平隊士たちの間で、罪人引き回しの見物は恐ろしいという噂が流れた。
「果ての二十日、な。あれ、当たるそうだぞ」
が、新選組の激務の中で、そんな噂もすぐに忘れ去られた。
了
後の世に嫌われた剣客集団は、ともすれば、維新の勝ち組にとって大いなる障壁となった。それゆえの憎しみを込めた、強敵だったと考えてもいい。だから、維新が成ったあとの扇動は徹底したのだ。
新選組こそ、悪の集団なり、と。
それほどまでに恐れられた新選組の力の源泉はどこにあるか。
それは、結束を誓う鉄の掟に他ならない。
新選組平隊士に、田内知という男がいる。
武州羽生の出身で、江戸で隊士募集を知り新選組に参加した。この男、勤めは地味でありながら、華もなく、いつも存在感がない。何かしらの捕り物にあって、激しい死闘の末に見回せば、ちゃっかりとそこにいる。手柄のぜひも分からないが、仕事を成した体はあるのだ。
「あいつは、いるのかどうかも分からねえ」
副長の土方歳三は、憮然と吐き捨てるしかない。事実、監察に内偵させれば、たしかに捕り物に参加はしているのだ。感情は抜きとして、一応の働きが認められる。
「むっつりは、苦手でい」
土方歳三は田内知をよく思っていなかった。
新選組には禁令と呼ばれる決まりがある。後世、作家の子母澤寛が局中法度と称したものだが、当時、それは禁令と呼ばれる規則に過ぎない。それとは別に、隊規もあった。隊規では、幹部になれば妾を持てることが記される。手柄をあげて出世すれば、京女を欲しい侭にできた。平隊士はそれが出来ぬから、島原遊廓へ繰り出すこととなるのだ。
新選組の監察は情報収集に長けている。これが土方歳三の目となり耳となる。情報は脳裏で練られ、局長・近藤勇に献策されるのだ。
「副長」
監察の山崎丞が土方歳三を呼び止めた。
「実は」
「……妾だと」
むっつり田内は、隊の誰にも内緒で、妾を囲っていたというのだ。
「隊規に叛きます」
「ああ、罰則ものだ。しかし隊規では、叱り程度で、ちと弱い」
どうしたものか。土方歳三は考えあぐねて、近藤勇に相談した。少し考えて、近藤は暫く放っておくよう呟いた。
「これで仕事を真面目にやりゃあ、小さいことじゃないか?」
「むっつりは、平隊士だぜ」
「どうせ叱るなら、大事のなかにまとめればいい。小言など、なきに等しいと思わぬか」
「ああ、そうだな」
たしかに、通常の職務に問題を起こした訳ではない。
公然と、むっつり妾を囲っている様は腹立たしいが、近藤のいうことならば、見てみぬふりをするしかない。
このように隠し事が露見していることを、滑稽だが、本人は知る由ない。
地味でむっつりな田内知は大きな手柄こそないが、小さな捕り物では結果を出した。この日も、市中の小さな騒ぎで田内知はひとりの浪人者を捕縛した。叩けば余罪もあり、これはこれで手柄には違いなかった。浪人者は獄舎へ送られた。長州との関わりが露見したことで、斬首と決まった。
師走二十日は忌み日である。
京の罪人は、毎年師走二十日に処刑執行が為される。これは六角獄舎の慣例で、京わらべはこの日を〈果の二十日〉と呼んで恐れた。恐れるのは、意味がある。
「罪人かて、死ぬのん、こわいやろ。そんで人をみたら、ついてきてゆうんや」
京わらべは家に引き籠もり、引き回しを見物しようとは決してしなかった。娘たちは特に恐がった。斬られるのを恐がる罪人についてきてと誘われたら、つれていかれてしまう。物理的ではない、言霊の祟りというべきか。
だから、隠れて出てこないのだ。
よって引き回しを見物するのは、決まって余所者と相場が決まっていた。
武州生まれの田内知は、京のしきたりに疎い。ましてや、このような暗黙の禁忌を、知る由もなかった。この禁忌のためか定かでないが、引き回しを見物するため辻々に群衆することを京では禁じていた。引き回しは〈晒しもの〉という、江戸のそれとは、些か感覚に隔たりがある。江戸の引き回しは娯楽だ。対して京都のそれは
「今度生まれてくるときは真人間たれ」
という仏事にも似た臭いがあった。
京の処刑場はふたつ、粟田口と紙屋川である。
この浪人者は、粟田口で処刑されることとなった。六角獄舎を出た罪人たちは、後ろ手で縛られ裸馬に乗せられた。油小路通を真直ぐ上がり、一条戻橋で一旦馬から降ろされて、罪人たちは橋の上に座らされる。戻橋の東南詰にある花屋から仏花が置かれ、東北詰の餅屋から華束餅が与えられるのだ。
まるで仏様同然の振舞いだが、つまりはそういう意味である。
「成仏されよ」
僧から引導を渡されると、もう、扱いは死人そのものとなる。
罪人たちは再び馬に乗せられて、一条通から室町通を真直ぐに下がり、十念ケ辻まで来て東西に分かれていく。東は粟田口、西は紙屋川。それぞれの刑場へと、罪人たちは別れゆくのである。
これを見学に行こうと、平隊士がはしゃいだ。
「そういう無粋は止めろ」
と井上源三郎が制止した。
「京の禁忌を知らぬのか」
源三郎の貫禄は土方・近藤以上である。彼らは同門の剣客で、源三郎は兄弟子にあたるから、貫禄があって当然だった。震え上がった平隊士は、神妙になった。
「儂は、行きます」
田内知は、自身の手柄だった浪人者の引き回しを見届けると告げて、走り出した。
「馬鹿者め」
源三郎は低い声で呟いた。
田内知が三条大橋で引き回される罪人を観たのは、未刻ノ半(午後三時頃)だった。
「あれ、みぶろや」
田内を知る童が呟く声は、妙に響いた。
だれ彼の言葉に、並んで橋を渡る罪人たちの一人が、顔を上げた。それはまさしく田内知に捕えられた浪人だ。お前はと、浪人はみるみると凶相を浮かべ田内を睨んだ。
「お前のおかげで、この様だ。いいか、このままで済むと思うなよ。祟ってやるからな」
浪人は明瞭な大声で、田内知に向かって叫んだ。
死人の呻きに等しい響きだ。田内は胆を潰した。奇声を上げ、逃げるように走り出す田内の背にふたたび、祟るという浪人の声が響いた。
顔面蒼白で転がり込んだ田内を、平隊士たちが囲んだ。
「だから、見物など、やめとけばよかったのに」
井上源三郎が見かねて近寄り、いきなり殴り倒した。これで正気を取り戻した田内知は、やがて、浪人の声を思い出し、わなわなと震え出した。このような恨み、新選組である限りは誰もが背負う宿命だ。人の命を奪うことも日常である以上、恨みに負けぬ自我が不可欠である。
が、田内知にはその自覚が足りなかったのである。
一〇日ほどのち、田内知は妾宅へ足を運んだ。妾はこのとき、浮気相手をこっそりと宅に迎えていた。ここが京の女のしたたかさである。いきなり田内知が訪問してきたので
「殺そう」
と間男が呟いた。男は押入れに隠れ、妾は何食わぬ顔で田内知を迎え入れた。
「師走二十日に嫌な思いをした」
田内知は胸の奥に封じていた嫌な出来事を、やっとのように振り絞った。薄気味悪い出来事だったという田内知に
「果ての二十日やわ。それ、当たります」
「はあ?」
「ゆわれたもんは、つれてかれる」
「どこに」
「決まってますやろ、あの世に、です」
うわぁぁぁと、田内知はすっかり昂って、妾を押し倒した。胸元を大きく広げて、放漫な乳房を夢中でむしゃぶりついた。こわい、こわい、だいてくれ、田内は譫言のように繰り返した。
無我夢中で、背後ににじり寄る男にも気がつかない。
「あっ!」
田内知が気づいたとき、男が肩先と両足を斬りつけた。応戦しようにも、刀掛けは遠い。斬り刻まれた激痛でのたうち回る田内知を尻目に
「行くぞ」
男と妾は手に手を取って走り去っていった。
間抜けな話だ。妾をまんまと間男に寝取られ、殺されかけて抵抗も出来ず、刀傷を負い捨て置かれたのである。武士として、これ以上の恥辱はない。
「ちくしょおおお」
田内知は血塗れで激高し、悶え苦しんだ。あまりの騒ぎに、これは何ごとかと、近所の百姓が覗き込んだ。
「新選組の屯所に報せよ。不審の者に斬られた。儂は新選組の者だ!」
田内知の悲鳴に、百姓は屯所へと走った。
このことは近藤の耳にも達した。さては斬りあい負傷かと応援が駆けつけた。しかし土方の指図により、監察はすべてを見ていた。妾を囲い、その間男に斬られた無様は、さすがに近藤の怒りを沸騰させた。
「あるまじき事じゃ」
近藤は土方に処分を任せた。それは、決して許されない断罪を意味する。戸板で運ばれてきた田内知は、土方から叱責された。
「血止めを……副長、血止めを……」
「田内!禁令を復唱せよ!」
「副長!」
「局長はご立腹である。覚えがないとは云わせぬぞ!」
土方は鬼の形相で一喝した。それは怪我人に対する姿勢ではない。このとき田内知は、己の運命を悟り、自覚した。
一.士道ニ背キ間敷事
鉄の掟である禁令の第一が、まさしくこれだ。田内知は幹部のみに許された妾を抱えた。その妾に背かれ、間男に斬られ取り逃がした。武士として、これ以上の無様はない。
「わかるか?」
血を流しすぎて混濁しながらも、明瞭に
「士道に背きまじきこと」
という言葉が振り絞られた。
「誰か、介錯してやれ」
それきり云うと、土方は背を向け、二度と振り返ることはなかった。
田内知の切腹は、新選組粛清者のなかでも屈指の苦痛を伴った。本人が手負いのまま割腹し、介錯者の手際も悪く、二度三度と首を痛めつけても斬首に至らない。苦痛だけが果てしなく続いた。
「こんなズタズタにする介錯など、ない」
土方は報告に顔を顰めた。
「切腹よりも、殺してやった方が楽だったかもな」
と、近藤も眉を顰めた。
平隊士たちの間で、罪人引き回しの見物は恐ろしいという噂が流れた。
「果ての二十日、な。あれ、当たるそうだぞ」
が、新選組の激務の中で、そんな噂もすぐに忘れ去られた。
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かねがね新撰組は、連合赤軍に似てるなあ、と思ってました。佐幕という保守と共産主義という革新と、目指すものは真反対であるのに、鉄の規律で組織を引き締め、内部崩壊していく様がそっくりだなあ、なんて。
武士道が思想であるなら、新撰組も赤軍派も共に、思想に殉じたんだと思います。キリスト教も仏教もその思想が定着する前には、極端な思想のウルトラ化・純化が起こる。例えば奇跡とか。予言とか。それを丸ごと信じないと、その先には進めない。進めて、初めて一般化する。が、新撰組も連合赤軍も、その前段階で自滅してしまった。戊辰戦争があって見えにくいけど、この時点でも充分自壊していたと思います。
いいとか悪いとかではない、思想に囚われた人間集団が平気で起こしてしまう残酷を、淡々と記述していく書き方に唸りました。
潮田クロ様
調べていくと、子母澤寛や司馬遼太郎カラーで「組織ファースト」な冷徹の印象が、やや変わってきているのが現代の新選組評みたいです。しかし日本人そのものも当時と現代とでは違いますし、正も邪も、その場でコロコロ変わるのが世評です。
今回は昭和解釈の延長線である新選組に、京都の古い風習を重ねてみました。戦国でも江戸中期でも、いつの時代でも、この因習がからまると、おどろおどろしい狂気が描けます。お試しください。
いつもありがとうございます。
本年もよろしくお願いします。
笹目先生
おそれいります。果ての二十日モノはアレンジを重ねて2024年末バージョンに達しました。カタリネコでも云わしめたので、単語としては皆様の内へ、魚の骨のように違和感を残せたと思います。
京の因習風習は極めて湿度が気味の悪いものが多く、その数だけ、ネタが浮かんで参ります。鳥辺野が「閻魔の庁」へ用いられたように、まだ引出しに閉まってございます。使い方を間違えないよう、躊躇している処です。
いつもありがとうございます。