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桓武帖
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三
平安京は碁盤の目のように形成される。
その都市形状は現在の京都市よりも西に寄っており、すなわち鴨川以西までが桓武天皇の望んだ都の領域だ。
のちに弘法大師空海をして開山となる東寺や、守敏僧都による西寺は、羅城門を中心に対局を為す位置に建てられている。だから現在の京都駅からみて西寄りに見える東寺五重の塔は、平安京のメインストリートである朱雀大路から東に位置することとなる。朱雀大路を縦の軸とし左右対照的に大路小路が走っているとするなら、横の軸は一条大路である。これは大内裏の北側面を走る大路で、平安京の北端である。これを起点として南へ横の大路が九つ走っている。だから九条大路が南端ということになる。
つまりは、現在、我々の知っている京都と遷都間もない平安京は、都市の位置が微妙にズレていた。唐の都・長安を模した都市の街区は立派だが、しかし、虚ろな器のように、ここに棲むすべての民は幸せとは程遠い。
当時、五条大路とされる道は、現在の松原通りになる。この古えの五条大路を東へ進めば、やがて鴨川に辿り着く。そこから対岸までは五条大橋が懸かり、都の外の世界への玄関口としての役割を果たす。五条大路は鴨川を渡りきると、突然、抹香臭い界隈に差し掛かる。陰惨にして気の重い路を進み、やがては鳥辺野山へ坂道を登る。その行着く先には、ほんの八年程前、参議近衛中将・坂上田村麻呂が建立した清水寺がある。
武威まさる大将軍とこの地に関係はあった。
鴨川から東は、都人にとって夷狄の地であり、引いては鬼の棲む彼岸の地であると。馬鹿げたことだが、当時の都人はそう信じていた。だから五条大橋の彼方は、この世にあらず涅槃の地である。すなわち鴨川とは、この世とあの世の境界なのだ。
この陰気の正体も、必然だった。五条大橋の先は、葬送の地である。
当時、京の葬送地は、三つある。蓮台野・化野・鳥辺野。五条大橋の彼方は、葬送地のひとつ鳥辺野である。鳥葬の地といえば聞こえがいいが、ようは死体捨て場であり、野晒しの骸を、烏が始末してくれる場所なのだ。
平安時代、鳥辺野葬送地への野辺送りには定法があった。弔いは深夜に行なわれ、松明を掲げた葬送行列は厳かに五条大路を進んだ。五条大橋を渡ると、間もなく六道の辻に差し掛る。ここから先は人間の世界ではないと定義されているので、この界隈の住民である清水坂の非人に死体を預けることとなる。人間界の葬送はここで終了し、後始末はこの清水坂の非人により行なわれるのである。
六道の辻は
「地獄・餓鬼・畜生・修羅・人間・天上」
の六つの世界を意味し、それを意味する六つの寺で形式的な法要を執り行う。
つまり、引導を渡すのである。それが済むと、骸は非人たちによって清水坂を登っていく。夜明け前に清水寺大舞台まで運ばれた骸は、そこから投げ捨てられた。鳥辺野の斜面を転がり落ちた骸は、朝日が昇ると同時に鳥に啄ばまれるのである。
この葬送スタイルは平安時代独特のものである。
六道の辻あたりまで死体が転がってくることも多く、この辺りを別称して髑髏原と呼んだ。これが平安後期には〈六波羅〉に変じる。
平安京は碁盤の目のように形成される。
その都市形状は現在の京都市よりも西に寄っており、すなわち鴨川以西までが桓武天皇の望んだ都の領域だ。
のちに弘法大師空海をして開山となる東寺や、守敏僧都による西寺は、羅城門を中心に対局を為す位置に建てられている。だから現在の京都駅からみて西寄りに見える東寺五重の塔は、平安京のメインストリートである朱雀大路から東に位置することとなる。朱雀大路を縦の軸とし左右対照的に大路小路が走っているとするなら、横の軸は一条大路である。これは大内裏の北側面を走る大路で、平安京の北端である。これを起点として南へ横の大路が九つ走っている。だから九条大路が南端ということになる。
つまりは、現在、我々の知っている京都と遷都間もない平安京は、都市の位置が微妙にズレていた。唐の都・長安を模した都市の街区は立派だが、しかし、虚ろな器のように、ここに棲むすべての民は幸せとは程遠い。
当時、五条大路とされる道は、現在の松原通りになる。この古えの五条大路を東へ進めば、やがて鴨川に辿り着く。そこから対岸までは五条大橋が懸かり、都の外の世界への玄関口としての役割を果たす。五条大路は鴨川を渡りきると、突然、抹香臭い界隈に差し掛かる。陰惨にして気の重い路を進み、やがては鳥辺野山へ坂道を登る。その行着く先には、ほんの八年程前、参議近衛中将・坂上田村麻呂が建立した清水寺がある。
武威まさる大将軍とこの地に関係はあった。
鴨川から東は、都人にとって夷狄の地であり、引いては鬼の棲む彼岸の地であると。馬鹿げたことだが、当時の都人はそう信じていた。だから五条大橋の彼方は、この世にあらず涅槃の地である。すなわち鴨川とは、この世とあの世の境界なのだ。
この陰気の正体も、必然だった。五条大橋の先は、葬送の地である。
当時、京の葬送地は、三つある。蓮台野・化野・鳥辺野。五条大橋の彼方は、葬送地のひとつ鳥辺野である。鳥葬の地といえば聞こえがいいが、ようは死体捨て場であり、野晒しの骸を、烏が始末してくれる場所なのだ。
平安時代、鳥辺野葬送地への野辺送りには定法があった。弔いは深夜に行なわれ、松明を掲げた葬送行列は厳かに五条大路を進んだ。五条大橋を渡ると、間もなく六道の辻に差し掛る。ここから先は人間の世界ではないと定義されているので、この界隈の住民である清水坂の非人に死体を預けることとなる。人間界の葬送はここで終了し、後始末はこの清水坂の非人により行なわれるのである。
六道の辻は
「地獄・餓鬼・畜生・修羅・人間・天上」
の六つの世界を意味し、それを意味する六つの寺で形式的な法要を執り行う。
つまり、引導を渡すのである。それが済むと、骸は非人たちによって清水坂を登っていく。夜明け前に清水寺大舞台まで運ばれた骸は、そこから投げ捨てられた。鳥辺野の斜面を転がり落ちた骸は、朝日が昇ると同時に鳥に啄ばまれるのである。
この葬送スタイルは平安時代独特のものである。
六道の辻あたりまで死体が転がってくることも多く、この辺りを別称して髑髏原と呼んだ。これが平安後期には〈六波羅〉に変じる。
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