閻魔の庁

夢酔藤山

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平城帖

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               二




 式家藤原仲成を排除しようとする中核は、正三位大納言藤原雄友(南家)および従三位中納言藤原乙叡(南家)である。しかしその背後にいる大物の存在を、仲成は見逃さなかった。
 桓武第三皇子・伊予親王である。伊予親王の生母・吉子は雄友の妹で、それゆえに南家側の公卿に肩入れしていたのである。しかも南家公卿は朝廷の要職である大中納言に任じられているのだから、まともに遣り合っては藤原仲成には勝ち目がない。
 しかし仲成は信じられない奇策を用いるのである。

 この年九月、藤原宗成という人物が伊予親王に「式家討伐」の旗頭になって欲しいと同意を求めてきた。式家とは、仲成・薬子兄妹を意味していた。伊予親王はこの二人こそ
「国を乱す奸賊や」
と信じていた。即座にふたつ返事で、これを引き受けた。そして母・吉子に
「このこと」
を打ち明け、藤原南家一門の助力助勢の口添えを頼った。
 吉子はさっそく大納言藤原雄友にこの話をした。
 しかし、雄友は胸騒ぎを覚え
「暫し自重召されますよう」
と諌言した。
 何よりも内通者・藤原宗成など、今の今まで排斥の同志として
「聞いたことのない名前」
だったからである。
 何やら陰謀が感じられた雄友は、すっかりやる気になっている伊予親王の軽挙妄動を押さえようとした。そして公卿最高地位の右大臣藤原内麻呂に相談をした。この一連の動きは、すべて仲成の予定行動であった。
「伊予親王不審の行動を、内大臣は承知の御様子」
などと薬子の口から平城天皇に吹き込ませると、事態はいよいよ公のものとなり収拾が不可能な様となった。
 一〇月、伊予親王は平城天皇に召し出されると、藤原宗成なる人物から
「仲成排斥の誘い」
を受けたことを正直に訴えた。
 この場にはその藤原宗成も引き出されていたが、彼の口から出た言葉は意外なものであった。
「帝への御謀叛これあり。すべては伊予親王を次の帝へ擁立せんが為のものなり。また、その意は親王の御心に従ったまで」
 つまり首謀者は伊予親王で、すべては帝位を奪うためのものだというのだ。
「違う……違う!」
 どんなに弁明しても、怒り狂う平城天皇は聞く耳を持ってくれない。
 これを宥めようとした大納言雄友も
「さては加担の一味か」
と疑われる始末であった。
 伊予親王はこのとき初めて気がついた。すべては仲成のシナリオ通りに陰謀が成就してしまったのである。藤原宗成などは、ただただ仲成の言われるままに動いた、無意思な一己の駒に過ぎない。その正体にもっと早く気づかなかった己の不始末であった。
 一一月になり、伊予親王は飛鳥川原寺に幽閉された。
 母・吉子も同様に幽閉された。
 親王の位を剥脱された伊予親王に、もはや生きる希望はなかった。同月一二日、母子はこの世に失望して、服毒自殺をして果てた。
 伊予親王に加担したという罪を問われて、否定しようも連座を理由とされて、大納言藤原雄友は伊予国へと配流された。それに連座した者として、中納言藤原乙叡も職を解任されて野に下った。
 すべては藤原仲成の陰謀であった。
 かくして藤原南家勢力は、朝廷から姿を消した。

 伊予親王事件は、早良親王のそれを彷彿させる事件である。その顛末も、また似たり、だった。
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