閻魔の庁

平城帖

　　　　　　　　　　　　　　　一


　いつの世にも、権力に寄り添う輩がいるものだ。大樹という名の権力者にそっと寄り、時には御零れを頂戴し旨味を掠め取らんと欲する者。平城天皇の身辺にも、当然そんな輩はいた。
　正四位下兵部大輔藤原仲成。
　早良親王事件のきっかけとなった中納言藤原種継の子である。この種継を心から頼りとしていた桓武天皇だからこそ、早良親王への憎悪を滾らせ、最悪な結果を出してしまった事はもはや語る必要がない。
　平城天皇は二世の縁で、この仲成をとかく身辺に招いた。野心家の彼にとっては
（有難き話なり）
というところである。
　ところで仲成が重宝がられるのは、もうひとつ理由がある。
　式家藤原縄主に嫁いだ種継の娘・薬子は三男二女を設けたが、その長女が即位前の平城帝（当時の安殿親王）の宮に入っていた。その後見役として藤原薬子も東宮宣旨となったのだが、なんと彼女は母子とも歳の違う安殿親王と関係を結んでしまうのである。おぞましい話ではあるが、平城天皇は母と娘を姦通するといった、変態的な楽しみを覚えてしまったのだ。
　生前、桓武天皇はこの為されように
「人倫に反する」
と激昂し、その存命、薬子を東宮坊から追放した。だから、桓武崩御を待っていたかのように、平城天皇は薬子を再び身の傍に招いて淫靡に更けた。そうしなければならない程に、帝は心から怯え疲れていたのである。
　怨霊から逃避するには、やはり女に限る。しかも母の温もり安らぎを備える者でなければならない。
　このような事情により、薬子は
（年増ゆえに）
帝を自在に操れる特権を得たのである。藤原家は大化の改新の功労者・藤原鎌足以来、血と性を武器に宮中の権力を握ろうと発展してきた。その藤原家も大きく四家に分派し、各々が権力を巡り対立していた。四家のひとつ、式家の血統を継ぐ仲成・薬子兄妹は、この好機に
「一族台頭」
を目論み、平城天皇の傍に侍ったのだ。
　藤原仲成は凡庸な男ではない。権力の座から式家以外の目障りな輩を追放せんと、次々と策を巡らせた。このとき、仲成にとって都合がよいことがある。
「帝の御心を乱す怨霊を鎮めることこそ政の第一なり」
　つまり早良親王を利用することで、帝の絶対的信頼を得ることが出来るのである。元々見えもしない怨霊を信じるような仲成ではないが、利用次第では如何な虚言も真実へすり替えられる。そのツボを突いてきたのだが、平城親王はその言葉をすべて信用した。
　平城天皇即位ののち、朝廷制度にひとつの変化が起こる。
「参議制度廃止」
　すなわち参議職を廃止し、代わりに六道観察使を職制に取り入れるというものである。
　観察使は怨霊を鎮めるために務める役職であり、つまり職制とすることで、国家レベルでそれを行なうことに繋がる。仲成の入れ知恵に、帝が同意したのは道理だった。
　観察使制度は大同二年（８０７）四月二二日付より任官されていることが、公卿補任に記録されている。表向きは
「地方の現状を観察する任」
とされたが、その真意を知らぬ者はなかった。
　そして宮中の有様を嘆く者も少なくなかった。
「世を乱すは式家の兄妹」
と、成り上がる二人を蔑む者も多く、地下では排斥運動さえ画策する者もいた。
　無論、この動きに気がつかぬ仲成ではない。これに乗じて反対勢力中核の藤原南家を朝廷から一掃しようと、更に一計を案じるのである。