閻魔の庁

夢酔藤山

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平城帖

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               六




 九月一〇日、朝廷は藤原仲成・薬子を捕らえた。上皇を惑わす罪状は明白であると、薬子を宮中から追放し、仲成も佐渡権守という閑職に左遷させてしまう。そして両名から綺羅を飾る位階を剥脱してしまう。
「これは朕に叛きしことなり!」
 平城上皇は濁った眼で激昂し、ならば東国へ下って新たなる国家を創立せんと激しく息巻いた。
 これには大和地方に勢力を持つ輩が加担した。大和地方に強大な勢力を培ってきた者たちは、平安遷都により政治的経済的地盤を失い新京への不満を抱いていた。そんな貴族たちが平城上皇や藤原仲成に同調したのである。彼らは結集し軍勢を仕立て、平城上皇を支援する行動を取った。
 京都朝廷はこれを察知し、征夷大将軍として知られる兵部卿坂上田村麻呂にこれの討伐を命ずる。藤原仲成は勅命に叛き、あくまでも平城上皇の臣たらんと、牢を破って南都へ駆けた。実は藤原内麻呂が監視を緩めて
「わざと」
逃がさせた。そうすれば今度の乱の首謀者は藤原仲成ということになる。畏れ多くも先の帝が首謀者では困るのだ。藤原仲成は右兵衛府で射殺されて、絶命した。
 九月一二日、大和国添上郡越田村で天皇勢と上皇勢は対峙、既に仲成が死したことを知った平城上皇は戦意を喪失し恭順を示した。平城上皇は得度したおかげで罪を問われなかったが、この乱にはもうひとり戦争犯罪人がいた。藤原薬子である。式家隆盛を望んで陰謀を重ねた兄妹の罪は赦されるものではなかった。
 それを覚悟したものか、藤原薬子は毒を呑んで自殺した。
 平城上皇の起したこの一連の騒動を「薬子の乱」と人は呼んだ。

 平城院はこののち一四年を以て崩御した。
 この罪の重さは、現世一四年間の謹慎で赦されるようなものではない。閻魔大王の逆鱗は凄まじかった。しかし閻魔大王を激昂せしめているのは、平城院個人に向けたものだけではなかった。
「安殿の佞者たる女、己の罪を顧みることなく未だ現世に留まるとは、断じてけしからぬ」
 藤原薬子は怨霊となり、閻魔庁に来ることを未だ拒み続けているのだ。何を恨み何に呪うのか、根拠はない。強いて申すなら、権力欲を満たすことを奪われた逆恨みであろうか。
 なんとも自分勝手な話である。
「そんな馬鹿を増長させたのは、人の上に立って導く王がもっと馬鹿だからだ。そのことも重々罪であるぞ」
 閻魔大王は平城院に地獄行きの決裁を下した。泣きながら、平城院はこれに従うのであった。

 藤原薬子は怨霊となり、薬子の乱より二年後の弘仁三年に藤原内麻呂を祟り殺す。げに恐ろしきは女の欲である。小野篁の説得にも関わらず、藤原薬子は閻魔庁への出頭を遂に承知しなかった。
 やがて、閻魔大王が直々に現世へ干渉し、薬子の首根っこをむんずと掴むと
「この浅はかな女め!」
 そう咆哮し、地獄へと引摺り落としていった。
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