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第1話 微笑の裏に刃を
しおりを挟む彼女は、笑っていた。
人々の前に立たされ、罪を告げられているというのに――
静かに、穏やかに、まるで祝福でも受けているかのように。
まるでそこが処刑台ではなく、
舞台の上であるかのように。
季節は春のはずだった。
だが、王都ヴェリナクトには花が咲いていなかった。
代わりに咲いていたのは、
一人の女の冷たい微笑みと、
それを見つめる群衆の興奮だった。
大聖堂の前は、ざわめきに満ちていた。
貴族も、市民も、使用人も、浮浪者までもが集まり――
噂はすでに一つの物語になっていた。
「王弟を殺そうとした罪で、貴族の娘が断罪されるらしい」
声は冷たく、興味は熱を帯び、
視線はただ一人の女に吸い寄せられていた。
レイナ・アルヴィレス。
旧伯爵家の令嬢。
社交界では“最も清らか”と称された美しい女。
だがその名は今、
王弟を裏切った“魔女”として読み上げられている。
「王弟毒殺未遂の罪により、アルヴィレス家は爵位を剥奪。
財産は没収、領地は王家へ返還。
レイナ・アルヴィレス、追放処分とする――」
処分の言葉が読み上げられても、
レイナは顔を伏せなかった。
涙も、怒りも見せなかった。
それでも――
多くの者が、その笑みにぞっとしていた。
悔しさでも、悲しさでもない。
ただ冷たく、きっぱりとした――“決別”の笑みだった。
人々は、彼女を“死んだ者”として見ていた。
だがその笑みには、滅びの気配はなかった。
――それは、まだ“始まりですらなかった”。
***
「……始まったわね」
護送馬車の中、レイナはひとりごちた。
その声は小さく、誰にも届かない。
けれど――
彼女の中で、何かが確かに動き始めていた。
手錠はなかった。
王都はもう彼女を“終わった存在”だと思っていた。
だが本当に終わったのは――
嘘だらけの人生のほうだった。
王弟の死は、彼女のせいではない。
けれど証拠も証人も、“都合よく”揃っていた。
婚約者は嘘を吐き、
家族は背を向け、
友人たちは、ただ黙っていた。
王都が求めたのは、真実ではない。
――美しい者が堕ちる光景だった。
人は、誰かが落ちるのを見て、安心する。
嫉妬、憧れ、劣等感。
それらが他人の不幸を“ごちそう”にする。
「人って、誰かが落ちるのを見ると、気持ちよくなるのね」
レイナはそう思った。
そして、気づいた。
この世界に必要なのは、
優しさや赦しではない。
――毒よ。
「この美しさで、あの人たちの終わりを飾ってあげる」
その言葉は、
心の中に刻まれた誓いだった。
もう裁かれる側ではない。
これからは――裁く側に立つ。
***
夜。
馬車は、王都から遠く離れた小さな村にたどり着いた。
雪と灰に覆われた、静かな場所。
まるで、“死者を葬るため”だけに用意された土地のようだった。
けれど、レイナは気に入った。
誰も彼女を知らず、誰も見ようとしない。
期待も、呪いも届かない――ただの村。
「……ちょうどいいわね」
彼女が、初めて自分の足で立った瞬間だった。
振り返らない。泣かない。
名前も家も、すべてを奪われた女は、
胸の奥に、毒と誓いを宿していた。
「さあ、始めましょう。
この世界に、ひとつずつ棘を返してあげる」
それは、復讐ではない。
“訂正”だった。
嘘で書かれた歴史に、
もう一度、本当の名前を刻むための戦い。
――まず訂正すべき名は。
グレン・ルクレール。
名を奪われた女、レイナ・ヴェルシュタインの物語は、ここから始まる。
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