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第2話 灰の村と黒の影
しおりを挟む空も、地面も、村人の目も、すべてが灰色だった。
ここはグレイド村。
王都の地図にも載っていない、国の外れの忘却地帯。
レイナ・アルヴィレスが送りこまれたのは、まさにその墓標のような村だった。
まるで、生きながら“埋められた”かのように。
食料の支給は三日に一度。
水場は村の外。
住まいは、今にも崩れそうな納屋の残骸。
それでも、レイナは生きていた。
生かされたのではない。
“自分の意思”で、生き残っていた。
朝は水を汲み、昼は薪を集め、夜は藁の上で眠る。
雨の日は骨まで冷え、雪の日には指の感覚が消える。
それでも、彼女は誰にも助けを求めなかった。
“助け”とは、“代償”を差し出す契約にすぎないと知っていたから。
「貴族が水汲みなんてね」
「罪人でも、服だけは立派」
「目つきが怖い。何かやったんだわ」
そんな言葉にも、レイナは何も言わなかった。
悪意というより、“関わりたくない”という村人たちの防衛本能。
王都の人間たちと、どこも変わらない。
口では綺麗ごとを並べながら、心は誰よりも冷たい。
レイナは黙々と水を運び、食料を探し、
そして、村人の様子をじっと観察していた。
誰が誰を見て、どんな表情をするのか。
誰が怒り、誰が笑い、誰が、誰を羨んでいるのか。
王都での日々は、仮面をかぶって剣をふるう毎日だった。
笑いながら嘘を操るのは、彼女の得意技。
だから、この村の人間たちの演技なんて――
退屈しのぎの“遊び”にすぎなかった。
***
ある日。
薪を拾っていたとき、手を切って血がにじんだ。
それを見た子どもが、おびえたように走り去っていく。
レイナは自分の指を見つめ、小さく笑った。
「魔女の血って、黒くはないのよ。……残念ね」
その言葉を――誰かが、聞いていた。
村のはずれ。
一本の枯れ木の影から、一人の男がこちらを見ていた。
黒い外套。息すら音を立てない沈黙。
動かないのに、“強い気配だけが存在している”。
整った骨格。感情の抜けた瞳。
まるで、生きていない彫像のような静寂をまとっていた。
セレノ・ヴァイザール。
レイナがその名を知るのは、もう少し先のこと。
彼は村の人間ではなかった。
けれど、誰も近づかない。
誰も話しかけない。
まるで、存在ごと“なかったこと”にされているかのようだった。
けれど、レイナは感じていた。
どこかで見たことのあるような気配。
懐かしくもない。怖くもない。ただ、既視感のある沈黙。
薪を抱え、彼の前を通り過ぎようとしたとき――
その男が、ぽつりと呟いた。
「魔女じゃない。ただの生き残りだ。
……だがこの村では、“生きている”こと自体が異端なんだ」
静かな声だった。
温度はなく、けれど言葉だけが鋭く心に刺さった。
「……知らない人にしては、よくしゃべるのね」
「よく見ていれば、言葉は少なくてすむ」
短い対話。けれど、余計な言葉はなかった。
お互い、引かない。
目も逸らさない。
だが心の奥だけは、決して見せない。
やがて、レイナは言葉を返さぬまま背を向けた。
その背に、もう一度だけ声が届く。
「毒を使うなら、自分の中でろ過しろ。
さもなくば、最初に死ぬのは――お前自身だ」
返事はなかった。
けれどその夜、レイナはその言葉を何度も反芻していた。
***
翌朝。
納屋の扉に、小さな包みがぶらさがっていた。
中には、羊皮紙と黒曜石の触媒。
その表面には、銀の印が刻まれていた。
手紙も、名前もなかった。
だが――レイナには分かった。
これは、“あの男からの問い”だ。
教えでも導きでもない。
味方を名乗るわけでもない。
ただ、“見せてきただけ”。
だがそこには、確かな意思があった。
――私を見ている。
何を選び、どう生きるか。
私が“選ぶに値する存在”かどうかを。
レイナは無言で包みを手に取り、納屋の奥へと戻る。
触媒を手に取った指が、かすかに震えていた。
もし彼が敵であっても、構わない。
そのほうが、都合がいい。
私は、何でも利用する。
だから私は、生き続ける。
“誰にも選ばれないまま”――この世界を壊すために。
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