選ばれなかった者の記録 ——復讐令嬢は王を超える

SALT

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第7話 噂と沈黙

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これは――
物語の隅に、かすかに残された“小さな声”の記録。

名前を持たなかった人たちのつぶやき。
声に出せなかった思い。
飲み込まれ、届かなかった願い。

それらは、ただの陰口ではなかった。
それは、確かな“火種”だった。

 

***

 

「レイナ様が追放されたあの日、
リゼリア様は……笑っていたの。
誰よりも泣くはずの人が、“芝居の終わりに満足した客”みたいな顔で」

——旧アルヴィレス家付き侍女・匿名

 

「彼女はよく言ってたわ。“悪い噂には触れないのが一番”って。
でも今度は、自分が噂の中に入ったら……どうするのかしら。
黙って、やり過ごすの?」

——王都の音楽教師・元舞踏会補佐員

 

「レイナ様に手紙を書こうとしたの。
でもリゼリア様に見つかって……
“あなたまで巻き込まれたら困るのよ”って、優しい声で封筒を燃やされた。
何も言えなかった」

——同窓会員・令嬢・名伏せ希望

 

「第二王子との縁談が決まってから、リゼリア様は変わった……
いや、違う。最初から“そういう人”だったのかもしれない。
笑ってるのに、目だけが――ずっと、何かを測っていた」

——街の香水店主・王立記録係

 

***

 

王都には、いつも“噂”が流れている。
誰が最初に言ったのか。誰が広めたのか。
そんなものは、すぐに忘れられる。

けれど――今、ある噂だけが静かに波紋を広げていた。

 

「……リゼリア様って、レイナ様を裏切ったの? 本当なの?」

 

“問い”は、やがて“感想”へと変わる。

 

「そういえば、あのとき変だったよね」
「完璧すぎる人って、何か隠してる気がする」
「私、しばらく距離を取るつもり」

 

誰が言ったかではなく、“みんながそう言っている”こと。
それが、現実を形づくる。

 

それが、レイナが仕掛けた――“最初の揺らぎ”だった。

 

***

 

その夜。
王都の路地裏。月の光すら届かない、記録にも載らぬ場所。

そこに立っていたのは、セレノ・ヴァイザール。

 

黒衣の男は、古い図書館の裏口を静かに叩く。
応じたのは、かつて王都で使用人たちをまとめていた男。

彼らの記憶には、表の世界ではもう忘れられた
**“小さな証拠”と“声なき証言”**が眠っていた。

 

「彼女の過去にいた人間を、すべて探し出せ」

 

それだけを告げ、彼は姿を消す。

命じられてはいない。
けれど、彼はすでに動いていた。

言葉がなくても、レイナの舞台は、整っていく。

 

***

 

翌朝。
リゼリアは、夢から跳ね起きた。

汗ばんだ首筋。からからに乾いた喉。
目覚めた瞬間――**「誰かに見られていた」**という感覚だけが、鮮烈に残っていた。

 

窓の外には誰もいない。
けれど、空気が“誰かの気配”を留めている。

 

「……また、この夢」

 

ここ数日、同じ夢を見ていた。

王立神殿の舞踏会。
その会場の隅――誰かが、冷たい目で彼女を見ている。
顔は見えない。けれど、視線だけが、突き刺さってくる。

 

現実でも、似た感覚が増えていた。

買い物の途中。
ドレスの試着室。
ふとしたとき、**“誰かに見られている気配”**がする。

振り返っても、誰もいない。
だが、気配だけが――確かに残っていた。

 

「……気のせいよ。
私には、やましいことなんて――」

 

その言葉が、喉で止まった。

“ない”と言い切れなかった。

 

その一瞬の沈黙が、胸の奥を静かに冷やしていく。

 

***

 

その日、リゼリアは化粧を三度やり直した。

まつげが揃わない。
口紅がにじむ。
髪がうまくまとまらない。

すべてが、ほんの少しだけ“ずれて”いた。

 

「大丈夫。整えてさえいれば、誰も気づかない……」

 

鏡の前でつぶやいた声は、かすかに震えていた。
微笑もうとした唇は、左右でわずかに非対称だった。

 

それ以来、彼女は鏡を見る回数が増えた。
何かを取り戻すように。

けれど、どれだけ整えても――
目だけが、“他人のもの”に見えた。

 

***

 

そして、翌朝。

鏡台の上に並ぶ香水瓶のひとつが、妙に目立っていた。

紫のラベル。
もう使っていない――レイナからの贈り物。

棚の奥にしまったはずのそれが、なぜか元の場所に戻っている。

 

リゼリアは無言でそれを片づける。
けれど、次の日にはまた――そこにあった。

 

「……誰が?」

 

誰も触っていない。
けれど、“意志”だけが確かに、そこにあった。

 

その夜、彼女は眠れなかった。

音はない。誰もいない。
それでも、“何か”が部屋の奥にいた。

 

それはまだ、形を持たない気配だった。

けれど、確かに――

「レイナ」という名の沈黙が、音を持ちはじめていた。

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