選ばれなかった者の記録 ——復讐令嬢は王を超える

SALT

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第10話 レイナ、毒を研ぎ澄ます

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森の奥、
グレイド村の外れにひっそりと建つ、古びた廃屋。

そこが、レイナ・アルヴィレスの“拠点”だった。

 

屋根の瓦は落ち、机は虫食いだらけ。
埃にまみれたランプ、ひび割れた窓ガラス。

けれどいま、この空間には整然とした静寂があった。

レイナは、それらを一つひとつ磨き、整え、毒を仕込む“部屋”へと変えていった。

 

飾りはない。記念もない。感情を映すものも、すべて排除された。
残されたのは、必要最小限の構成。

 

机の上には、地図と人脈図。
その中央に置かれた一枚の紙には――

 

リゼリア・クロード
その名と並んで、小さく赤い×印。

 

それは誰に見せるでもない。知らせるものでもない。
ただ、レイナの中で“理解”が完了した証だった。

 

部屋の奥に、セレノ・ヴァイザールの影。

何も言わず、何も求めない。
ただ“そこに在る”という気配だけを残して。

だがレイナにはわかっていた。
この沈黙こそが、言葉より重い――共犯の呼吸だということを。

 

「……手紙、届いたかしら」

レイナの声は、ただの独り言に似ていた。
けれどその言葉は、明確に“あの女”へ向けられていた。

 

セレノは答えない。
ただ目をそらす。それだけで、すべてが伝わる。

 

「よかったわ」
「“名前を呼ばれる重さ”を、思い出させるだけで十分よ」

 

レイナの唇に、火の軋みに似た笑みが浮かぶ。
乾いた音のしない微笑。

 

***

 

レイナはペンを取り、紙に言葉を記し始めた。

それは誰に送るものでもない。
ただ、自分の中を研ぎ澄ますための“文字の毒”。

 

――裏切りは罪じゃない。
でも、それが“記録”されたときだけ、罰になる。

 

――名前を消すとは、記録を殺すこと。
――名前を書くとは、過去を生かすこと。

 

――美しさは武器じゃない。
けれど、人を信じさせる力があるなら、それは“毒”に変わる。

 

レイナがリゼリアを“最初の棘”に選んだのは、
ただの私怨ではない。

 

あの女は、王都でもっとも“美しい嘘”を演じた。

社交界に歓迎され、庶民に憧れられ、
誰よりも“正しさ”を装った女。

 

「――だからこそ、崩れたときがいちばん綺麗なのよ」

 

言い終えて、紙を破く。
破れた断片が、風に乗って床へ落ちる。音もなく。

 

セレノの視線が、ひとつ動いた。
言葉ではない。“観察”のまなざし。

それを、レイナは黙って受け取った。

 

***

 

「……次は?」

静かに、セレノが訊く。

 

レイナは立ち、窓辺へ向かう。
鈍い色の空を、長く眺めたあとで言った。

 

「“次”を決めるには、もう少し時間がいるわ」
「この毒は、効率で殺すものじゃない。“密度”で殺すの」

 

その言葉は、器の中で鳴る水音のようだった。

 

セレノはうなずく。そして一歩だけ、彼女に近づいた。

 

「それでも……“人を殺す”という自覚は、忘れないでください」

 

レイナは目を細める。

 

「自覚があれば、正しく殺せると思う?」

 

セレノは答えなかった。
けれど、その目がわずかに揺れた。

それは沈黙ではない。
理性と感情のあわいにある、わずかな“温度”。

 

レイナは再び机に戻る。
その目が、紙の上の×印を見つめる。

 

揺れはない。迷いもない。

 

毒は、静かに磨かれていく。
音も立てずに。けれど、確実に。

 

仕留める準備が、いま――完成へと向かっていた。
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