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第13話 裂ける仮面、誰が最初に気づくか
しおりを挟む季節は、春から初夏へと移ろいはじめていた。
けれど――リゼリア・クロードのまわりには、どこか冷たい空気が漂っていた。
それは彼女自身が放っている冷気ではなかった。
まわりの人々が、ほんのわずかに――距離をとりはじめていたのだった。
***
「リゼリア様って、昔はもっと話しやすかったよね」
「最近、笑ってても目が笑ってないっていうか……」
「ううん、気のせいかもしれないけど……ちょっと怖いよね」
社交界の控室。
ドレスの裾を整えながら、令嬢たちが小声でささやく。
本人の前では決して言わない。
けれどその声は、誰かに聞かれることを前提にしていた。
リゼリアは、鏡の前でぽつりとつぶやく。
「噂って、根拠がなくても形になるのね……」
それは、独り言ではなかった。
“他人事”でもなかった。
彼女は知っていた。
人々が見ているのは、自分の中身ではなく――仮面のほうだということを。
「……これは本当に、“リゼリア・クロード”なのかしら」
問いかけるような視線が、
日々、彼女の輪郭を削っていく。
***
舞踏会の前夜。式次第を決める最終会議。
リゼリアは例年通り、王家の調整役として席についた。
けれどその日、ほんの小さな“噛み合わなさ”が続いていた。
「……飾り付けの変更は、私の指示ではありませんが?」
「そちらは別の係の判断で……」
書類のやりとり、指示の確認、応答のタイミング。
そのすべてが、ほんの少しだけ遅れ、ズレていた。
そして、ついに一言が投げられた。
「リゼリア様、もしお疲れでしたら……
今年の役目は他の方にお任せいただいても……」
声はていねいだった。
態度も礼を失っていなかった。
けれど――その裏に込められた意味は、誰よりもリゼリアが知っていた。
“もう、前に出る顔ではないのでは?”
リゼリアは微笑む。
優しく、穏やかに。
そして――痛みを、誰にも見せずに。
「ありがとう。でも、大丈夫。
……私は、まだ“失敗”していませんから」
場は静かに和んだ。
けれどその瞬間、ひとりの若い侍女が、そっと首をかしげた。
「……あれ?」
小さな声。
でも、それは確かに――最初の“気づき”だった。
***
夜。屋敷に戻ったリゼリアは、
いつものように鏡台の前に座った。
笑顔を整える。
声のトーンを練習する。
姿勢を、指先の角度まで正す。
けれど――なにかがおかしい。
目の奥に、わずかな“揺れ”がある。
自分でも、その正体をわかってしまっている。
そして、あの侍女がそれに気づいたことも。
「……私は、まだ崩れていない」
そのつぶやきには、わずかな“願い”が滲んでいた。
もうそれは、自信ではなかった。
***
王都の片隅。月明かりが静かに差し込む部屋。
セレノ・ヴァイザールは報告書に目を落としていた。
控室のささやき。
若い侍女の視線。
式次第の変更案。
誰もが気づかないふりをしている“変化の兆し”。
だが、レイナにとっては――十分すぎる成果だった。
「……ひとりが気づけば、十分です」
セレノは、そう呟いた。
手にした報告書を火にくべる。
燃え上がる炎の奥に、
“裂けはじめた仮面”が、ゆっくりと浮かびあがる。
その背後で、レイナ・アルヴィレスが静かに立っていた。
「始まったわね」
彼女は、ゆっくりと窓の外を見つめた。
「崩れるんじゃない。
“気づかれる”ことが、最初の毒なのよ。
仮面なんて、裂けてしまえばただの飾り。
あとは、誰がその音を聞くか――それだけ」
その瞳には、まだ笑いはなかった。
けれど確かに――次の刃を研ぐ光が宿っていた。
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