選ばれなかった者の記録 ——復讐令嬢は王を超える

SALT

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第14話 社交の裂け目、沈黙の綻び

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それは、ごく小さな“間”だった。
言葉と笑顔のあいだに生まれた、ほんの一瞬の空白。

誰も声には出さなかった。
けれど――その沈黙こそが、崩壊の兆しだった。

 

***

 

王都の夜会。
金の燭台、銀の器、きらめく音楽と舞い。
完璧に整えられた社交界の舞台は、今宵も華やかに幕を上げていた。

 

その中心に、リゼリア・クロードの姿があった。
群青のドレス。白金の髪飾り。すみれの香り。

すべてが、かつての彼女を象徴する“理想の仮面”だった。

 

けれどその夜――
誰にも見えない“裂け目”が、静かに生まれていた。

 

「リゼリア様、あの件は……」
「……ええ、もちろん覚えておりますわ」

 

言葉も笑顔も整っていた。
けれど、その返事が一拍、遅れた。

ほんの一瞬。
しかしその“間”が、会話に小さな波紋を落とした。

 

「最近……なんとなく雰囲気が違う気がして」
「そう? 私は、まったく変わっていないけれど」

 

会話は続く。
けれど、視線が合う時間がほんのわずかに短くなっていた。

その微細な“短さ”が――
仮面に走った最初の綻びだった。

 

***

 

翌朝。控室の窓辺。

 

「ねぇ……リゼリア様って、昔はもっと柔らかかったよね」
「最近、笑ってても“張ってる”感じするっていうか……」

 

「ううん、気のせいかもしれないけど……わかる気がする」
「このあいだの仕草、ちょっとぎこちなかったよね」

 

誰かがうなずき、誰かが沈黙する。
断言はない。確証もない。

けれど――「なんとなく感じたこと」だけが、空気を変えていく。

 

「……聞いた話なんだけど」
「見たわけじゃないけど、そういう噂もあるみたい」

 

あいまいな言葉のほうが、なぜか人は信じやすい。
そしてそれは、沈黙の中でゆっくりと“毒”へと変わっていく。

 

***

 

午後、舞踏会の案内状が各家に届けられた。
リゼリアのもとにも、一通の封筒が届く。

 

けれど――その筆跡は見慣れぬものだった。

副官の名もなく、文章は簡素で機械的だった。

 

「……“扱い”が変わっている」

 

言葉にはできなかった。
けれど、体が先にそれを察知していた。

それが事実か、思い込みか。
境界はあいまいになっていた。

だが、“そう感じてしまった”時点で――
それはもう、仮面の裏に染み込んでいた。

 

***

 

鏡の前。

目元に影。
唇の色は、なぜか薄く見える。

完璧に整えたはずの笑顔が、どこか不自然だった。

 

「……私、何も変えていないのに」

 

ぽつりと漏れた声が、鏡の奥に響く。

 

“変わっていない”ことが、通用しない。
誰かが、自分の“完璧さ”に疑問を抱いている。

 

それに、リゼリア自身が最初に気づいてしまった。

 

「私……なにかしたの?」

 

その問いは、自分でも驚くほど自然に口から出ていた。

なにかを“した”のではない。
“誰かに見られていた”のだ。

そして――その視線は、もう仮面の表面を貫いていた。

 

***

 

グレイド村。

焚き火の前で、レイナ・アルヴィレスが報告書に目を通していた。

王都の空気は、すでに音を立てず変わりつつある。

 

セレノがそっと近づく。

「次の一手を、少し強めにすべきかと」

 

レイナは首を振った。

 

「まだよ。
“裂け目に指を入れる”のは、もう少し先」

 

その声は、燃える火よりも静かだった。

 

「沈黙という毒はね、音を立てないぶん――
いちばんやわらかいところから、確実に腐らせるの」

 

レイナの言葉に、セレノが黙って頷いた。

その夜の炎は、なぜかいつもより長く、細く燃え続けていた。

 

***

 

そして夜。

舞踏会の準備室。

 

鏡の中、リゼリア・クロードは“理想の仮面”をまとっていた。

化粧も髪も整っている。
身だしなみも非の打ちどころはない。

 

けれど、鏡に映るその表情に――
リゼリア自身が、違和感を抱いていた。

 

「……どうして。何も変えていないのに」

 

その声が、空気を震わせる。

それは――“信じられていない”というたった一つの事実。

その無言の疑念こそが、仮面の表面に最も深く、鋭く、確かな“ひび”を走らせていた。
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