選ばれなかった者の記録 ——復讐令嬢は王を超える

SALT

文字の大きさ
23 / 51

第22話 傍観者たちの列、割れる静寂

しおりを挟む

傍観は罪にならない――
そう信じていた者たちの静寂が、いま、裂かれようとしていた。

 

***

王都・目抜き通り。

その午後、一人の女が、ただ歩いていた。

灰色の外套。深く被られたフード。
風が裾を揺らし、その顔を一瞬だけ露わにする。

 

――その瞬間、通行人たちは息を呑んだ。

 

白磁の肌。深紅の瞳。
気品と冷気が交わる、氷のような美しさ。

 

「……まさか」
「いや、でも……」
「あの目、あの輪郭……まさか、あれは……」

 

誰も名前を呼ばなかった。
けれど、“視線”という名の声が、無数に彼女へ降り注いでいた。

 

レイナ・アルヴィレスは、何も言わず、ただ歩く。
観客席の中を、舞台へと向かうように。

 

***

王都北区・衛兵詰所。

そこに姿を現したのは、セレノ・ヴァイザールだった。

黒の礼装。銀の細剣を象った紋章。
そして――瞳に宿る、何も映さぬ静謐。

 

「……どちら様でしょうか?」

衛兵の問いに、セレノはわずかに微笑を浮かべる。

 

「私は、“誰の味方でもありません”。
ただ――“誰が敵か”を見極めに来ただけです」

 

その一言で、衛兵の手は、腰の剣から離れた。

通り過ぎる彼に、人々は気づいていた。
通してはならぬ者が、通った。
だが、誰も止めなかった。

止める理由も、止める資格も――
もはや、持っていなかった。

 

***

午後。王都・中央広場。

レイナとセレノは、何の示し合わせもなく、
同じ場所に立っていた。

 

喧噪が、止む。
音が、空気の底に沈む。

まるで――悪夢が語られる直前の静けさ。

 

レイナの肌は、白磁を削ったように滑らかで、
紅の瞳は、冷たい宝石のように光っていた。

その隣に立つセレノは、別の異物だった。

整いすぎた骨格。歪みのない輪郭。
“人が触れる前の彫刻”―― それが一番近い。

その瞳は鏡のように澄み切っていたが、
何も映さず、何も訴えなかった。

 

二人が並ぶその姿は、美しすぎた。
だからこそ、本能が「距離を取れ」と叫ぶほどに、異様だった。

 

美しさは記憶に残る。
だが、“その美が沈黙の中にある”とき、
それは、断罪の予兆となる。

 

「誰……あの人たち」
「知らない。でも、目が……離せない」
「まるで……劇だわ。終幕の直前みたい」

 

誰もが理解していた。
このまま黙っていれば、
**“自分も裁かれる側になる”**と、本能で。

 

レイナは足を止めた。
誰に向けるでもなく、
王都全体へ囁くように、言葉を落とす。

 

「“見ていただけ”で、
自分が“無罪”だと思っているのなら――
それは、とても、都合のいい話ね」

 

その瞬間、空気が――音もなく、震えた。

 

誰も、返さなかった。
けれど、誰も、笑わなかった。

その言葉だけが、通行人たちの胸に、静かに刺さっていた。

 

***

その夜。宿の一室。

レイナとセレノは、報告を整理していた。

 

「これで、広場の“観客たち”は、もう静寂を保てなくなる」

 

セレノが頷く。

 

「“自分が見ていたこと”に意識が向いたとき――
彼らはもう、“舞台の外”にはいられない」

 

レイナは、微かに笑う。

 

「今まで私たちは、“目立たないこと”を選んできた。
でも――もう違う。
目立たなければ、“目を逸らす余地”を与えてしまうから」

 

だから、今日は歩いた。
だから、今日は立った。

その姿こそが――
王都という観客席に向けて投げた、
最も静かで、最も鋭い“問い”だった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

公爵令嬢アナスタシアの華麗なる鉄槌

招杜羅147
ファンタジー
「婚約は破棄だ!」 毒殺容疑の冤罪で、婚約者の手によって投獄された公爵令嬢・アナスタシア。 彼女は獄中死し、それによって3年前に巻き戻る。 そして…。

悪役令嬢の慟哭

浜柔
ファンタジー
 前世の記憶を取り戻した侯爵令嬢エカテリーナ・ハイデルフトは自分の住む世界が乙女ゲームそっくりの世界であり、自らはそのゲームで悪役の位置づけになっている事に気付くが、時既に遅く、死の運命には逆らえなかった。  だが、死して尚彷徨うエカテリーナの復讐はこれから始まる。 ※ここまでのあらすじは序章の内容に当たります。 ※乙女ゲームのバッドエンド後の話になりますので、ゲーム内容については殆ど作中に出てきません。 「悪役令嬢の追憶」及び「悪役令嬢の徘徊」を若干の手直しをして統合しています。 「追憶」「徘徊」「慟哭」はそれぞれ雰囲気が異なります。

悪役令嬢を陥れようとして失敗したヒロインのその後

柚木崎 史乃
ファンタジー
女伯グリゼルダはもう不惑の歳だが、過去に起こしたスキャンダルが原因で異性から敬遠され未だに独身だった。 二十二年前、グリゼルダは恋仲になった王太子と結託して彼の婚約者である公爵令嬢を陥れようとした。 けれど、返り討ちに遭ってしまい、結局恋人である王太子とも破局してしまったのだ。 ある時、グリゼルダは王都で開かれた仮面舞踏会に参加する。そこで、トラヴィスという年下の青年と知り合ったグリゼルダは彼と恋仲になった。そして、どんどん彼に夢中になっていく。 だが、ある日。トラヴィスは、突然グリゼルダの前から姿を消してしまう。グリゼルダはショックのあまり倒れてしまい、気づいた時には病院のベッドの上にいた。 グリゼルダは、心配そうに自分の顔を覗き込む執事にトラヴィスと連絡が取れなくなってしまったことを伝える。すると、執事は首を傾げた。 そして、困惑した様子でグリゼルダに尋ねたのだ。「トラヴィスって、一体誰ですか? そんな方、この世に存在しませんよね?」と──。

悪役令嬢に仕立て上げたいなら、ご注意を。

潮海璃月
ファンタジー
幼くして辺境伯の地位を継いだレナータは、女性であるがゆえに舐められがちであった。そんな折、社交場で伯爵令嬢にいわれのない罪を着せられてしまう。そんな彼女に隣国皇子カールハインツが手を差し伸べた──かと思いきや、ほとんど初対面で婚姻を申し込み、暇さえあれば口説き、しかもやたらレナータのことを知っている。怪しいほど親切なカールハインツと共に、レナータは事態の収拾方法を模索し、やがて伯爵一家への復讐を決意する。

婚約破棄されたのでファンシーショップ始めました。 ― 元婚約者が、お人形さんを側室にしようとして大恥をかきました ―

鷹 綾
恋愛
隣国の王子から「政略的にも個人的にも魅力を感じない」と婚約破棄された、ファンタジア王国第三女王タナー。 泣きも怒りもせず、彼女が考えたのは――「いつか王宮の庇護がなくなっても困らない生き方」だった。 まだ八歳。 それでも先を見据え、タナーは王都の片隅で小さなファンシーショップを開くことを決意する。 並ぶのは、かわいい雑貨。 そして、かわいい魔法の雑貨。 お茶を淹れてくれるクマのぬいぐるみ店員《テイデイ・バトラー》、 冷めないティーカップ、 時間になると小鳥が飛び出すアンティーク時計――。 静かに広がる評判の裏で、 かつての元婚約者は「お人形さんを側室にしようとして」赤っ恥をかくことに。 ざまぁは控えめ、日常はやさしく。 かわいいものに囲まれながら、女王は今日も穏やかにお店を開けています。 --- この文面は ✔ アルファポリス向け文字数 ✔ 女子読者に刺さるワード配置 ✔ ネタバレしすぎない ✔ ほのぼの感キープ を全部満たしています。 次は 👉 タグ案 👉 ランキング用超短縮あらすじ(100字) どちらにしますか?

悪役令嬢はモブ化した

F.conoe
ファンタジー
乙女ゲーム? なにそれ食べ物? な悪役令嬢、普通にシナリオ負けして退場しました。 しかし貴族令嬢としてダメの烙印をおされた卒業パーティーで、彼女は本当の自分を取り戻す! 領地改革にいそしむ充実した日々のその裏で、乙女ゲームは着々と進行していくのである。 「……なんなのこれは。意味がわからないわ」 乙女ゲームのシナリオはこわい。 *注*誰にも前世の記憶はありません。 ざまぁが地味だと思っていましたが、オーバーキルだという意見もあるので、優しい結末を期待してる人は読まない方が良さげ。 性格悪いけど自覚がなくて自分を優しいと思っている乙女ゲームヒロインの心理描写と因果応報がメインテーマ(番外編で登場)なので、叩かれようがざまぁ改変して救う気はない。 作者の趣味100%でダンジョンが出ました。

誰もが我儘な私ではないお方が良かったようなので、悪役の私は残忍な猛将達に手酷く扱われに行きます。戻れ? 絶対に離れるなと脅されているのですが

迷路を跳ぶ狐
ファンタジー
 魔法もろくに使えない役立たずと言われ、婚約者にも彼の周りの人達にも馬鹿にされてきた私。ずっと耐えてきたつもりだったけど、誰もがこんな私よりも、もっと優秀な魔法使いがいたはずなのに、とため息をつく。  魔法によって栄え、王都にまでその名を知らしめた貴族の婚約者は、「なんでこんな役立たずが……」と私を蔑み、城の中で魔法使いたちを統率する偉大な魔法使いは、「こんな女がこの領地を任されるだなんて! なんて恐ろしく愚かなことだ!!」と嘆く。  貴族たちに囲まれ詰られて、婚約者には見放され、両親には罵声を浴びせられ、見せ物のように惨たらしく罰せられた。「なんでこんな役立たずがこの城に来たんだ……」そう落胆されながら。  魔法が苦手でここを出る手段はないけど……もうこんなところにいられるか!  そう決意した私に、私を虐げていた誰もが腹を立てる。激しくぶたれた私は、機嫌を損ねた残忍な竜たちに、枷をされて隣の領地まで連れて行かれることになった。  重労働を言いつけられ、魔物や魔獣、竜たちがうろつく森の城についてからは、暗く小さな部屋に放り込まれた。  たった一人で食事をして、何もない部屋から見窄らしい格好で窓の外を見上げる。  なんだこれ………… 「最高…………」  もう、私を踏み躙る奴らに好きに扱われることはないんだ! それだけで、何もかもが最高!!  金もなければ能力もまるでない! 魔法すらまともに使えない! だけど今は思いのままに身につけに行ける!! 何もないのでこれから欲しいもの全部、手に入れに行きます!  そんな風にして竜族の城に住むことになった私。気づいたらやけに皆さんとの距離が近い? 元婚約者も「戻って来い」なんてうるさいけど、知りません!! 私は忙しいので!

婚約破棄をしておけば

あんど もあ
ファンタジー
王太子アントワーヌの婚約者のレアリゼは、アントワーヌに嫌われていた。男を立てぬ女らしくないレアリゼが悪い、と皆に思われて孤立無援なレアリゼ。彼女は報われぬままひたすら国のために働いた……と思われていたが実は……。

処理中です...