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第22話 傍観者たちの列、割れる静寂
しおりを挟む傍観は罪にならない――
そう信じていた者たちの静寂が、いま、裂かれようとしていた。
***
王都・目抜き通り。
その午後、一人の女が、ただ歩いていた。
灰色の外套。深く被られたフード。
風が裾を揺らし、その顔を一瞬だけ露わにする。
――その瞬間、通行人たちは息を呑んだ。
白磁の肌。深紅の瞳。
気品と冷気が交わる、氷のような美しさ。
「……まさか」
「いや、でも……」
「あの目、あの輪郭……まさか、あれは……」
誰も名前を呼ばなかった。
けれど、“視線”という名の声が、無数に彼女へ降り注いでいた。
レイナ・アルヴィレスは、何も言わず、ただ歩く。
観客席の中を、舞台へと向かうように。
***
王都北区・衛兵詰所。
そこに姿を現したのは、セレノ・ヴァイザールだった。
黒の礼装。銀の細剣を象った紋章。
そして――瞳に宿る、何も映さぬ静謐。
「……どちら様でしょうか?」
衛兵の問いに、セレノはわずかに微笑を浮かべる。
「私は、“誰の味方でもありません”。
ただ――“誰が敵か”を見極めに来ただけです」
その一言で、衛兵の手は、腰の剣から離れた。
通り過ぎる彼に、人々は気づいていた。
通してはならぬ者が、通った。
だが、誰も止めなかった。
止める理由も、止める資格も――
もはや、持っていなかった。
***
午後。王都・中央広場。
レイナとセレノは、何の示し合わせもなく、
同じ場所に立っていた。
喧噪が、止む。
音が、空気の底に沈む。
まるで――悪夢が語られる直前の静けさ。
レイナの肌は、白磁を削ったように滑らかで、
紅の瞳は、冷たい宝石のように光っていた。
その隣に立つセレノは、別の異物だった。
整いすぎた骨格。歪みのない輪郭。
“人が触れる前の彫刻”―― それが一番近い。
その瞳は鏡のように澄み切っていたが、
何も映さず、何も訴えなかった。
二人が並ぶその姿は、美しすぎた。
だからこそ、本能が「距離を取れ」と叫ぶほどに、異様だった。
美しさは記憶に残る。
だが、“その美が沈黙の中にある”とき、
それは、断罪の予兆となる。
「誰……あの人たち」
「知らない。でも、目が……離せない」
「まるで……劇だわ。終幕の直前みたい」
誰もが理解していた。
このまま黙っていれば、
**“自分も裁かれる側になる”**と、本能で。
レイナは足を止めた。
誰に向けるでもなく、
王都全体へ囁くように、言葉を落とす。
「“見ていただけ”で、
自分が“無罪”だと思っているのなら――
それは、とても、都合のいい話ね」
その瞬間、空気が――音もなく、震えた。
誰も、返さなかった。
けれど、誰も、笑わなかった。
その言葉だけが、通行人たちの胸に、静かに刺さっていた。
***
その夜。宿の一室。
レイナとセレノは、報告を整理していた。
「これで、広場の“観客たち”は、もう静寂を保てなくなる」
セレノが頷く。
「“自分が見ていたこと”に意識が向いたとき――
彼らはもう、“舞台の外”にはいられない」
レイナは、微かに笑う。
「今まで私たちは、“目立たないこと”を選んできた。
でも――もう違う。
目立たなければ、“目を逸らす余地”を与えてしまうから」
だから、今日は歩いた。
だから、今日は立った。
その姿こそが――
王都という観客席に向けて投げた、
最も静かで、最も鋭い“問い”だった。
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