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第21話 整えていた者、崩す者
しおりを挟む整えていた者は、何も語らなかった。
語れば偏る。動けば崩れる。
だから彼は、黙って均衡だけを保ってきた。
だが――
**均衡の上に築かれた“地獄”**に、誰も気づかないふりをしていた。
***
名は、カシウス・デ・レヴェナント。
王宮の式典監。
謁見、舞踏、追悼、裁定――
どんな場でも“完璧な進行”を求められる部署で、
彼は沈黙と均整を武器に、
**「何も起こらせない職務」**を全うしてきた。
その名が広く語られることはなかったが、
王宮の中枢ではこう囁かれていた。
「誰よりも有能な“調整役”だ」と。
彼は常に、“中立”だった。
誰の味方にもつかず、敵にもならず。
「波立たせないことが秩序だ」――
それが口癖であり、
**「責任を取らないための呪文」**でもあった。
***
数年前。
レイナ・アルヴィレスの家が崩れた日。
王弟毒殺の罪が読み上げられた、あの処分式典。
進行票には――カシウスの印が残されていた。
証人の席順。報道の発表タイミング。
処刑部隊の導線。空調、光の角度まで。
彼は“何も決めていない”。
けれど、すべてを“整えた”。
感情に触れず、誰の肩も持たず。
ただ――完璧な“場”を用意した。
それが、彼の仕事だった。
だが、レイナにとっては――
それは**“静かに殺された日”**だった。
***
グレイド村の夜。
レイナ・アルヴィレスは、封筒の色見本を見つめていた。
「“整えた”という言葉には、責任が含まれない。
でもね、セレノ――」
指先が、一枚の紙を押さえる。
「その均衡のせいで人生が崩れたのなら、
あの男は間接的に――**“私を殺した”**のよ」
セレノが、群青の封筒を差し出す。
王都で最も無難で、最も格式を帯びた色。
安全と平穏を装う、“偽りの象徴”。
レイナは、唇にわずかな笑みを浮かべた。
「ええ、似合ってる。
何も変わらないようでいて、内側から腐っていく――
そんな毒を、彼に贈るわ」
***
王宮・式典部局、西棟。
その朝、カシウスの机に一通の封書が届いた。
差出人はない。
けれど、紙質と香りが語っていた。
これは、“ただの手紙”ではない。
中には、一行の文と一枚の進行票。
『貴方は、何一つ選ばなかった。
それが、最大の選択だった』
それは、あの処分式典の進行票。
封印されたはずの内部資料だった。
そこに、確かに自分の印が残っていた。
カシウスの目が、細められる。
「……これは、どういうことだ……」
戸惑いではなかった。
それは、“思い出しつつある声”だった。
誰かが、この資料を保存し、選び、
明確な意志で――舞台を壊しに来ている。
***
夜、書庫の奥。地下記録庫。
灯りもなく、無音の闇。
カシウスは、進行票を一枚ずつめくっていった。
粛清。追放。失脚。
そのすべてに、自分の印があった。
「私は、“整えていた”のではない」
「私は、“壊さなかった”のだ」
呟きは、まるで告解のように響く。
沈黙と中立の果てに、
他人の人生が、音もなく崩れていった。
「……私は、何人、殺した?」
答える者はいない。
ただ、記憶の喉が鳴っていた。
***
翌朝。
式典部局に一通の辞職届が届く。
署名:カシウス・デ・レヴェナント
理由欄:空白。
添えられた紙には、ただ一文。
『王都に均衡は要らない。
秩序が誰かの命を押し潰すのなら、
その秩序こそが最も醜い暴力だ』
***
グレイド村。
報告を聞きながら、レイナは目を閉じた。
「彼が崩れたからって、王都が揺らぐわけじゃない。
でも、“舞台”を整える者がいなくなれば――
いずれ、“観客”も立ち止まるわ」
セレノが目を細める。
「つまり、次は“見ている者”ですね」
「ええ。
次は、“観客席”に棘を刺すのよ。
……静かで、美しい棘をね」
レイナは手袋を外し、机の上の封筒に触れた。
その色は、白。
無垢。平穏。
そして――
“赦されると勘違いしていた者”へ向けた、最後の警告だった。
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