選ばれなかった者の記録 ——復讐令嬢は王を超える

SALT

文字の大きさ
21 / 51

第20話 綻びに染まる王都、蠢く影たち

しおりを挟む

最初は、誰も気づかなかった。
けれど今――王都全体が、“何かがおかしい”と感じ始めていた。

***

衛兵はわずかに目を逸らし、
侍女は慎重に言葉を選び、
商人は、客の背後に気配を見る。

何も起きていない。けれど皆が、
**「何かが始まっている」**と、言葉にせず共有していた。

「最近、様子が変だ」
「誰かが崩れている……けど、“誰か”が見えない」
「空気が重い。何かが、見えない場所で割れてる」

それは噂ではなかった。
言葉ではなく、“都市の呼吸”そのものが、確かに変わりはじめていた。

視線が交わらず、会話の“間”が不自然に長くなる。
人と人のあいだに、説明できない“距離”が生まれていた。

まるで王都全体が――
“何かを喉に詰まらせたまま”、日常を続けているようだった。

***

王都・西門。

警備副長の老衛士は、最近になって奇妙な報告を受けていた。

「配達される封書の色が統一されていないのです」
「差出人の記録もなく、紙質は上質。けれど――“妙に揃っている”」

「……暗号じゃないのか?」
副長は眉をひそめる。

報告係は小さくうなずいた。

「ええ。でも、それより奇妙なのは……
封筒を受け取った者が、その後“異様に静かになる”んです」

明言はされない。
だがその沈黙が、何かを変えた証であることを、誰もが肌で感じていた。

静かに、確実に――
“何か”が届いていた。

***

王宮・侍女控室。

若い侍女たちが化粧の手を止め、そっとささやき合う。

「また……届いたらしいわ」
「今度は、貴族じゃなくて……城の外の人に」

「誰に?」

「わからない。……知らないふりをしてるの」

会話はそれで終わる。
だが誰もが、“知っている”ことを知っていた。

口にせずとも――名は、沈殿していた。

――レイナ・アルヴィレス

誰もその名を声に出さない。
けれど、その名の匂いだけが、王都の隙間に染みついていた。

忘れかけた毒のように。
身体の奥で、じわじわと目を覚ましていた。

***

情報屋ギルド・地下室。

かつてリゼリアに情報を売っていた男が、尋問を受けていた。

「何かが回ってる。名前も姿も見えねぇが……
“確実に回ってる”。それだけは、間違いねえ」

「目的は?」

「記録の再編。感情の燃焼……いや、違う。
あれは、“真実の再演”だ」

「真実?」

「……お前らが“目を逸らしたもの”を、
もう一度、見せてやる――って顔さ」

誰のことか、誰も口にしない。
けれど、知らない者はもういなかった。

名前のない噂が、静かに。だが確実に、
王都の深部を染めはじめていた。

***

グレイド村の廃屋。

レイナ・アルヴィレスは地図の上に、淡々と赤い印をつけていく。
その横では、セレノが報告を続けていた。

「王都に“綻び”が出始めています。
確信は誰にもない。けれど皆、“何かがいる”と感じています」

レイナは口元にだけ微笑を浮かべる。

「今までは、“毒”として撒いていた。
これからは、“熱”として広げる」

「毒は見えない。けれど、熱は感じる。
その違いが――人を恐怖に変えるのよ」

セレノが一歩、前に出る。

「……次の標的は?」

レイナの指が、地図上のある名をなぞる。

「“誤魔化し続けた者”。
罪も正義も曖昧にして、舞台だけを整え続けた者」

セレノの目が細められる。

「整えていた“舞台”ごと、崩しますか」

レイナは頷く。

「ええ。静かに、確実に――優雅に」

そう言って手に取ったのは、今までのどれとも違う色の封筒。

群青――夜空のように深く、沈黙のように冷たい色。

それは、“最も安全な顔”を装う者へ向けた、
ひとつの冷たい熱だった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

公爵令嬢アナスタシアの華麗なる鉄槌

招杜羅147
ファンタジー
「婚約は破棄だ!」 毒殺容疑の冤罪で、婚約者の手によって投獄された公爵令嬢・アナスタシア。 彼女は獄中死し、それによって3年前に巻き戻る。 そして…。

悪役令嬢の慟哭

浜柔
ファンタジー
 前世の記憶を取り戻した侯爵令嬢エカテリーナ・ハイデルフトは自分の住む世界が乙女ゲームそっくりの世界であり、自らはそのゲームで悪役の位置づけになっている事に気付くが、時既に遅く、死の運命には逆らえなかった。  だが、死して尚彷徨うエカテリーナの復讐はこれから始まる。 ※ここまでのあらすじは序章の内容に当たります。 ※乙女ゲームのバッドエンド後の話になりますので、ゲーム内容については殆ど作中に出てきません。 「悪役令嬢の追憶」及び「悪役令嬢の徘徊」を若干の手直しをして統合しています。 「追憶」「徘徊」「慟哭」はそれぞれ雰囲気が異なります。

悪役令嬢を陥れようとして失敗したヒロインのその後

柚木崎 史乃
ファンタジー
女伯グリゼルダはもう不惑の歳だが、過去に起こしたスキャンダルが原因で異性から敬遠され未だに独身だった。 二十二年前、グリゼルダは恋仲になった王太子と結託して彼の婚約者である公爵令嬢を陥れようとした。 けれど、返り討ちに遭ってしまい、結局恋人である王太子とも破局してしまったのだ。 ある時、グリゼルダは王都で開かれた仮面舞踏会に参加する。そこで、トラヴィスという年下の青年と知り合ったグリゼルダは彼と恋仲になった。そして、どんどん彼に夢中になっていく。 だが、ある日。トラヴィスは、突然グリゼルダの前から姿を消してしまう。グリゼルダはショックのあまり倒れてしまい、気づいた時には病院のベッドの上にいた。 グリゼルダは、心配そうに自分の顔を覗き込む執事にトラヴィスと連絡が取れなくなってしまったことを伝える。すると、執事は首を傾げた。 そして、困惑した様子でグリゼルダに尋ねたのだ。「トラヴィスって、一体誰ですか? そんな方、この世に存在しませんよね?」と──。

悪役令嬢に仕立て上げたいなら、ご注意を。

潮海璃月
ファンタジー
幼くして辺境伯の地位を継いだレナータは、女性であるがゆえに舐められがちであった。そんな折、社交場で伯爵令嬢にいわれのない罪を着せられてしまう。そんな彼女に隣国皇子カールハインツが手を差し伸べた──かと思いきや、ほとんど初対面で婚姻を申し込み、暇さえあれば口説き、しかもやたらレナータのことを知っている。怪しいほど親切なカールハインツと共に、レナータは事態の収拾方法を模索し、やがて伯爵一家への復讐を決意する。

婚約破棄されたのでファンシーショップ始めました。 ― 元婚約者が、お人形さんを側室にしようとして大恥をかきました ―

鷹 綾
恋愛
隣国の王子から「政略的にも個人的にも魅力を感じない」と婚約破棄された、ファンタジア王国第三女王タナー。 泣きも怒りもせず、彼女が考えたのは――「いつか王宮の庇護がなくなっても困らない生き方」だった。 まだ八歳。 それでも先を見据え、タナーは王都の片隅で小さなファンシーショップを開くことを決意する。 並ぶのは、かわいい雑貨。 そして、かわいい魔法の雑貨。 お茶を淹れてくれるクマのぬいぐるみ店員《テイデイ・バトラー》、 冷めないティーカップ、 時間になると小鳥が飛び出すアンティーク時計――。 静かに広がる評判の裏で、 かつての元婚約者は「お人形さんを側室にしようとして」赤っ恥をかくことに。 ざまぁは控えめ、日常はやさしく。 かわいいものに囲まれながら、女王は今日も穏やかにお店を開けています。 --- この文面は ✔ アルファポリス向け文字数 ✔ 女子読者に刺さるワード配置 ✔ ネタバレしすぎない ✔ ほのぼの感キープ を全部満たしています。 次は 👉 タグ案 👉 ランキング用超短縮あらすじ(100字) どちらにしますか?

悪役令嬢はモブ化した

F.conoe
ファンタジー
乙女ゲーム? なにそれ食べ物? な悪役令嬢、普通にシナリオ負けして退場しました。 しかし貴族令嬢としてダメの烙印をおされた卒業パーティーで、彼女は本当の自分を取り戻す! 領地改革にいそしむ充実した日々のその裏で、乙女ゲームは着々と進行していくのである。 「……なんなのこれは。意味がわからないわ」 乙女ゲームのシナリオはこわい。 *注*誰にも前世の記憶はありません。 ざまぁが地味だと思っていましたが、オーバーキルだという意見もあるので、優しい結末を期待してる人は読まない方が良さげ。 性格悪いけど自覚がなくて自分を優しいと思っている乙女ゲームヒロインの心理描写と因果応報がメインテーマ(番外編で登場)なので、叩かれようがざまぁ改変して救う気はない。 作者の趣味100%でダンジョンが出ました。

誰もが我儘な私ではないお方が良かったようなので、悪役の私は残忍な猛将達に手酷く扱われに行きます。戻れ? 絶対に離れるなと脅されているのですが

迷路を跳ぶ狐
ファンタジー
 魔法もろくに使えない役立たずと言われ、婚約者にも彼の周りの人達にも馬鹿にされてきた私。ずっと耐えてきたつもりだったけど、誰もがこんな私よりも、もっと優秀な魔法使いがいたはずなのに、とため息をつく。  魔法によって栄え、王都にまでその名を知らしめた貴族の婚約者は、「なんでこんな役立たずが……」と私を蔑み、城の中で魔法使いたちを統率する偉大な魔法使いは、「こんな女がこの領地を任されるだなんて! なんて恐ろしく愚かなことだ!!」と嘆く。  貴族たちに囲まれ詰られて、婚約者には見放され、両親には罵声を浴びせられ、見せ物のように惨たらしく罰せられた。「なんでこんな役立たずがこの城に来たんだ……」そう落胆されながら。  魔法が苦手でここを出る手段はないけど……もうこんなところにいられるか!  そう決意した私に、私を虐げていた誰もが腹を立てる。激しくぶたれた私は、機嫌を損ねた残忍な竜たちに、枷をされて隣の領地まで連れて行かれることになった。  重労働を言いつけられ、魔物や魔獣、竜たちがうろつく森の城についてからは、暗く小さな部屋に放り込まれた。  たった一人で食事をして、何もない部屋から見窄らしい格好で窓の外を見上げる。  なんだこれ………… 「最高…………」  もう、私を踏み躙る奴らに好きに扱われることはないんだ! それだけで、何もかもが最高!!  金もなければ能力もまるでない! 魔法すらまともに使えない! だけど今は思いのままに身につけに行ける!! 何もないのでこれから欲しいもの全部、手に入れに行きます!  そんな風にして竜族の城に住むことになった私。気づいたらやけに皆さんとの距離が近い? 元婚約者も「戻って来い」なんてうるさいけど、知りません!! 私は忙しいので!

婚約破棄をしておけば

あんど もあ
ファンタジー
王太子アントワーヌの婚約者のレアリゼは、アントワーヌに嫌われていた。男を立てぬ女らしくないレアリゼが悪い、と皆に思われて孤立無援なレアリゼ。彼女は報われぬままひたすら国のために働いた……と思われていたが実は……。

処理中です...