選ばれなかった者の記録 ——復讐令嬢は王を超える

SALT

文字の大きさ
20 / 51

第19話 見て見ぬふりをした者、赦さぬ眼差し

しおりを挟む

“何もしなかった”という事実が、
ときに――最も深い裏切りになる。

 

***

名は、レオナ・ミリステル。
かつて王立学会の研修職員だった女。

 

レイナの父が病に倒れ、立場を追われたあの頃――
彼女は、黙って帳簿を処理していた。

 

処分を下したわけでも、告発を行ったわけでもない。
ただ、渡された書類に目を通し、言われた通りに“何も書かなかった”。

 

けれど――彼女は知っていた。

 

それらが“おかしかった”ことを。
誰よりも早く、誰よりも深く。

 

「記録に名前を残すな」
「上からの指示だ」
「気にするな、考えすぎだ」

 

そのたびに、自分に言い聞かせていた。
**「関わらなければ、責任はない」**と。

 

でも本当は、知っていた。
レイナの父が不当に追われ、
その隙を突くように政敵が台頭していったことを。

 

証拠が整いすぎていた。
記録が、妙に滑らかに仕上がっていた。

 

あのとき、誰かが――何かを仕組んでいた。

 

そして、彼女はそれを“見ていた”。
けれど――見ていないふりをした。

 

***

今、彼女は王都の片隅に身を寄せていた。
南区の寮にある、薄暗い職員宿舎。

名誉も失わず、罰も受けず。
ただ時間に押し流されるように暮らしていた。

 

「私は関係ない。ただの書記だった」

 

壁に向かって、そう呟く癖がついていた。
それは誰かに聞かせる言葉ではない。
ただ、自分自身に返すための――空虚な反響だった。

 

***

ある日。
彼女の元に、一通の封書が届く。

無記名、無地。香りもない。
けれど、そこには“気配”があった。

 

封を開ける。
中には、たった一文――

 

『あなたは、何を見て、何を見なかったのですか?』

 

質問の形をしていたが、答えなど求めていなかった。
それは、赦しを装った断罪だった。

 

同封されていた帳簿。
――かつての職場で、自らが触れた資料の写し。

 

廃棄されたはずの記録。
けれど、そこに記されていた。

 

《当時の書記補佐:レオナ・ミリステル》

 

目が止まる。呼吸が詰まる。
心臓が、何かに掴まれたように跳ねた。

 

「なぜ……私の名前が、まだ……」

 

紙を握りしめる手が震える。
けれど、思い出してしまった。
封じた記憶の底に、確かにあった“事実”――

 

知っていたのに、黙っていた――それだけだった。

 

***

その夜。グレイド村。

 

レイナは報告を聞きながら、静かに微笑んでいた。

 

「見ているだけの人間ほど、よく覚えているものよ。
何も言わなかったその沈黙が――
あとから、いちばん刺さるの」

 

セレノが、淡く頷く。

 

「彼女には、言葉は不要です。
ただ、“思い出させるだけ”で――十分に崩れます」

 

レイナは目を伏せ、紅茶に口をつけた。

 

「沈黙ってね、誰の味方もしない。
でも――あのときの沈黙だけは、私を殺したのよ」

 

その声には、怒りも悲しみもなかった。
ただ、澱のように冷えた結論だけがあった。

 

***

翌日。王都。

 

レオナはふらつく足取りで、旧図書塔の裏手に向かった。
鍵はまだ使えた。

 

薄暗い書庫。忘れられた棚の隙間。
彼女はそこに、紙片を一枚差し込んだ。
誰にも見られないように。誰にも知られないように。

 

《私は、知っていた。だが、何もしなかった》

 

それは懺悔でも、告白でもなかった。
ただ――**自分が生きてきた“記録”**だった。

 

「……私は、生きていていいのかな」

 

誰にともなく呟いたその声に、返事はなかった。
けれど、風が一枚の紙を床に落とす。

 

それは、もう一通の手紙。
白ではない。灰のような封筒。

 

中には、一行だけ。

 

『私は、あなたを赦さない。
けれど――あなたが“あなたを赦せる”なら、それでいい』

 

その言葉に、レオナは膝をついた。
崩れるように、力が抜けた。

 

それは裁きではなかった。
罰でも、断罪でもなかった。

 

けれど――
それ以上に、残酷だった。

 

**“目をそらさせない眼差し”**だった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

公爵令嬢アナスタシアの華麗なる鉄槌

招杜羅147
ファンタジー
「婚約は破棄だ!」 毒殺容疑の冤罪で、婚約者の手によって投獄された公爵令嬢・アナスタシア。 彼女は獄中死し、それによって3年前に巻き戻る。 そして…。

悪役令嬢の慟哭

浜柔
ファンタジー
 前世の記憶を取り戻した侯爵令嬢エカテリーナ・ハイデルフトは自分の住む世界が乙女ゲームそっくりの世界であり、自らはそのゲームで悪役の位置づけになっている事に気付くが、時既に遅く、死の運命には逆らえなかった。  だが、死して尚彷徨うエカテリーナの復讐はこれから始まる。 ※ここまでのあらすじは序章の内容に当たります。 ※乙女ゲームのバッドエンド後の話になりますので、ゲーム内容については殆ど作中に出てきません。 「悪役令嬢の追憶」及び「悪役令嬢の徘徊」を若干の手直しをして統合しています。 「追憶」「徘徊」「慟哭」はそれぞれ雰囲気が異なります。

悪役令嬢を陥れようとして失敗したヒロインのその後

柚木崎 史乃
ファンタジー
女伯グリゼルダはもう不惑の歳だが、過去に起こしたスキャンダルが原因で異性から敬遠され未だに独身だった。 二十二年前、グリゼルダは恋仲になった王太子と結託して彼の婚約者である公爵令嬢を陥れようとした。 けれど、返り討ちに遭ってしまい、結局恋人である王太子とも破局してしまったのだ。 ある時、グリゼルダは王都で開かれた仮面舞踏会に参加する。そこで、トラヴィスという年下の青年と知り合ったグリゼルダは彼と恋仲になった。そして、どんどん彼に夢中になっていく。 だが、ある日。トラヴィスは、突然グリゼルダの前から姿を消してしまう。グリゼルダはショックのあまり倒れてしまい、気づいた時には病院のベッドの上にいた。 グリゼルダは、心配そうに自分の顔を覗き込む執事にトラヴィスと連絡が取れなくなってしまったことを伝える。すると、執事は首を傾げた。 そして、困惑した様子でグリゼルダに尋ねたのだ。「トラヴィスって、一体誰ですか? そんな方、この世に存在しませんよね?」と──。

悪役令嬢に仕立て上げたいなら、ご注意を。

潮海璃月
ファンタジー
幼くして辺境伯の地位を継いだレナータは、女性であるがゆえに舐められがちであった。そんな折、社交場で伯爵令嬢にいわれのない罪を着せられてしまう。そんな彼女に隣国皇子カールハインツが手を差し伸べた──かと思いきや、ほとんど初対面で婚姻を申し込み、暇さえあれば口説き、しかもやたらレナータのことを知っている。怪しいほど親切なカールハインツと共に、レナータは事態の収拾方法を模索し、やがて伯爵一家への復讐を決意する。

婚約破棄されたのでファンシーショップ始めました。 ― 元婚約者が、お人形さんを側室にしようとして大恥をかきました ―

鷹 綾
恋愛
隣国の王子から「政略的にも個人的にも魅力を感じない」と婚約破棄された、ファンタジア王国第三女王タナー。 泣きも怒りもせず、彼女が考えたのは――「いつか王宮の庇護がなくなっても困らない生き方」だった。 まだ八歳。 それでも先を見据え、タナーは王都の片隅で小さなファンシーショップを開くことを決意する。 並ぶのは、かわいい雑貨。 そして、かわいい魔法の雑貨。 お茶を淹れてくれるクマのぬいぐるみ店員《テイデイ・バトラー》、 冷めないティーカップ、 時間になると小鳥が飛び出すアンティーク時計――。 静かに広がる評判の裏で、 かつての元婚約者は「お人形さんを側室にしようとして」赤っ恥をかくことに。 ざまぁは控えめ、日常はやさしく。 かわいいものに囲まれながら、女王は今日も穏やかにお店を開けています。 --- この文面は ✔ アルファポリス向け文字数 ✔ 女子読者に刺さるワード配置 ✔ ネタバレしすぎない ✔ ほのぼの感キープ を全部満たしています。 次は 👉 タグ案 👉 ランキング用超短縮あらすじ(100字) どちらにしますか?

平民とでも結婚すれば?と言われたので、隣国の王と結婚しました

ゆっこ
恋愛
「リリアーナ・ベルフォード、これまでの婚約は白紙に戻す」  その言葉を聞いた瞬間、私はようやく――心のどこかで予感していた結末に、静かに息を吐いた。  王太子アルベルト殿下。金糸の髪に、これ見よがしな笑み。彼の隣には、私が知っている顔がある。  ――侯爵令嬢、ミレーユ・カスタニア。  学園で何かと殿下に寄り添い、私を「高慢な婚約者」と陰で嘲っていた令嬢だ。 「殿下、どういうことでしょう?」  私の声は驚くほど落ち着いていた。 「わたくしは、あなたの婚約者としてこれまで――」

悪役令嬢はモブ化した

F.conoe
ファンタジー
乙女ゲーム? なにそれ食べ物? な悪役令嬢、普通にシナリオ負けして退場しました。 しかし貴族令嬢としてダメの烙印をおされた卒業パーティーで、彼女は本当の自分を取り戻す! 領地改革にいそしむ充実した日々のその裏で、乙女ゲームは着々と進行していくのである。 「……なんなのこれは。意味がわからないわ」 乙女ゲームのシナリオはこわい。 *注*誰にも前世の記憶はありません。 ざまぁが地味だと思っていましたが、オーバーキルだという意見もあるので、優しい結末を期待してる人は読まない方が良さげ。 性格悪いけど自覚がなくて自分を優しいと思っている乙女ゲームヒロインの心理描写と因果応報がメインテーマ(番外編で登場)なので、叩かれようがざまぁ改変して救う気はない。 作者の趣味100%でダンジョンが出ました。

誰もが我儘な私ではないお方が良かったようなので、悪役の私は残忍な猛将達に手酷く扱われに行きます。戻れ? 絶対に離れるなと脅されているのですが

迷路を跳ぶ狐
ファンタジー
 魔法もろくに使えない役立たずと言われ、婚約者にも彼の周りの人達にも馬鹿にされてきた私。ずっと耐えてきたつもりだったけど、誰もがこんな私よりも、もっと優秀な魔法使いがいたはずなのに、とため息をつく。  魔法によって栄え、王都にまでその名を知らしめた貴族の婚約者は、「なんでこんな役立たずが……」と私を蔑み、城の中で魔法使いたちを統率する偉大な魔法使いは、「こんな女がこの領地を任されるだなんて! なんて恐ろしく愚かなことだ!!」と嘆く。  貴族たちに囲まれ詰られて、婚約者には見放され、両親には罵声を浴びせられ、見せ物のように惨たらしく罰せられた。「なんでこんな役立たずがこの城に来たんだ……」そう落胆されながら。  魔法が苦手でここを出る手段はないけど……もうこんなところにいられるか!  そう決意した私に、私を虐げていた誰もが腹を立てる。激しくぶたれた私は、機嫌を損ねた残忍な竜たちに、枷をされて隣の領地まで連れて行かれることになった。  重労働を言いつけられ、魔物や魔獣、竜たちがうろつく森の城についてからは、暗く小さな部屋に放り込まれた。  たった一人で食事をして、何もない部屋から見窄らしい格好で窓の外を見上げる。  なんだこれ………… 「最高…………」  もう、私を踏み躙る奴らに好きに扱われることはないんだ! それだけで、何もかもが最高!!  金もなければ能力もまるでない! 魔法すらまともに使えない! だけど今は思いのままに身につけに行ける!! 何もないのでこれから欲しいもの全部、手に入れに行きます!  そんな風にして竜族の城に住むことになった私。気づいたらやけに皆さんとの距離が近い? 元婚約者も「戻って来い」なんてうるさいけど、知りません!! 私は忙しいので!

処理中です...