選ばれなかった者の記録 ——復讐令嬢は王を超える

SALT

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第34話 声なき者たちの記名、その炎に刻まれて

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名がなければ、存在しなかったことになる。
声がなければ、殺されても叫べない。

 

だからこそ――
「名前を与える」という行為は、世界に対する最大の“祈り”であり、
そして“呪い”となる。

 

***

夜。グレイド村の森の奥。
風は止み、木々は沈黙し、すべてが息を潜めていた。
その中心で、焚き火だけが微かに揺れていた。

 

レイナ・アルヴィレスは、静かにその前に座っていた。
膝に置かれていたのは、あの古びた魔術書。
傍らには、“名を奪われた紙片たち”――
記録されることなく、ただ白いまま消えていった命の痕跡が並んでいた。

 

「……始めましょう」

 

静かな声が、夜を割った。
レイナの指が魔術書の一節をなぞる。

 

『名なき者に記名せよ。
炎を通して、記録へと繋げ。
その名を与える者は、記録の門を開く権を持つ』

 

それは、“存在しなかった者たち”を世界に再接続する魔術――
記録復元呪文だった。

 

***

セレノ・ヴァイザールは、少し離れた場所に立っていた。
死を見慣れた彼でさえ、この夜の空気には言葉を選べない“重さ”を感じていた。

 

レイナが、一枚の白紙を手に取る。
罪状も番号もない。だが、そこには確かに“気配”があった。

 

羽ペンを取り出し、彼女は一行ずつ記していく。

 

【名:ルファ・セリオン】
【理由:罪なき処理、記録なき死】
【記録印:RA】

 

そして、無言で焚き火へと差し出す。

 

ぱち、と火花が弾けた。
一瞬だけ、青白い炎が立ちのぼる。
その光に照らされたレイナの横顔は、影すら凛としていた。

 

セレノが、息を呑む。

 

「……今のは?」

 

「“名が受理された”のよ」

 

レイナの声は淡々としていた。
だが、その目には、確かにわずかな揺らぎがあった。

 

「魔術の基盤に、彼の存在が刻まれた。
ようやく、彼は“死ぬこと”ができたの。
誰にも知られずに消された命が――ようやく、“終わり”を与えられた」

 

それは赦しではなかった。
だが、記録されることで“孤独”から解放される。

 

***

次の紙を手に取る。

 

【名:エリン・ドナード】
【名(仮):サルヴァ】
【番号746:女性/年齢不詳】

 

誰にも知られず、記録にも残らず、ただ葬られた者たち。
だが、炎だけは、確かに彼らを受け止めた。

 

青白い光が、夜の闇に何度も瞬く。
そのたびに、レイナの表情は少しずつ――“人間”へと還っていった。

 

セレノは気づいていた。
これは復讐ではない。
これは、供養だ。

 

彼女は世界を書き換えているのではない。
ただ、“存在しなかった者たち”を、記憶の側に呼び戻しているだけだった。

 

***

最後の一枚を炎にくべたとき、
レイナは魔術書を閉じかけて、ふと手を止めた。

 

背表紙に、うっすらと文字が浮かび上がっていた。

 

『記録の累積により、系統呪文《ヴィア・ネイム》解放可能』
『対象:制度構造基盤/記録魔法回路』

 

それは――
制度そのものの“記名魔術構造”を破壊可能とする、
禁呪の解禁通知だった。

 

レイナは、静かに笑った。

 

「……ようやく見えたわ。
この国の心臓。“名前”で縛られた檻の中枢が」

 

セレノが、ゆっくりと一歩、近づく。

 

「では次は、“制度の名”そのものを燃やす番ですね」

 

レイナは、迷いなく頷いた。

 

「ええ。
“国”に名前を与えた者たちへ――
今度は、私が名を与える」

 

それが祈りか呪いかは、まだわからない。
だが、少なくともそれは――
“赦されなかった世界”に刻まれる、最初の声となる。

 

その名を告げる夜は、もうすぐそこに迫っていた。
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