35 / 51
第34話 声なき者たちの記名、その炎に刻まれて
しおりを挟む名がなければ、存在しなかったことになる。
声がなければ、殺されても叫べない。
だからこそ――
「名前を与える」という行為は、世界に対する最大の“祈り”であり、
そして“呪い”となる。
***
夜。グレイド村の森の奥。
風は止み、木々は沈黙し、すべてが息を潜めていた。
その中心で、焚き火だけが微かに揺れていた。
レイナ・アルヴィレスは、静かにその前に座っていた。
膝に置かれていたのは、あの古びた魔術書。
傍らには、“名を奪われた紙片たち”――
記録されることなく、ただ白いまま消えていった命の痕跡が並んでいた。
「……始めましょう」
静かな声が、夜を割った。
レイナの指が魔術書の一節をなぞる。
『名なき者に記名せよ。
炎を通して、記録へと繋げ。
その名を与える者は、記録の門を開く権を持つ』
それは、“存在しなかった者たち”を世界に再接続する魔術――
記録復元呪文だった。
***
セレノ・ヴァイザールは、少し離れた場所に立っていた。
死を見慣れた彼でさえ、この夜の空気には言葉を選べない“重さ”を感じていた。
レイナが、一枚の白紙を手に取る。
罪状も番号もない。だが、そこには確かに“気配”があった。
羽ペンを取り出し、彼女は一行ずつ記していく。
【名:ルファ・セリオン】
【理由:罪なき処理、記録なき死】
【記録印:RA】
そして、無言で焚き火へと差し出す。
ぱち、と火花が弾けた。
一瞬だけ、青白い炎が立ちのぼる。
その光に照らされたレイナの横顔は、影すら凛としていた。
セレノが、息を呑む。
「……今のは?」
「“名が受理された”のよ」
レイナの声は淡々としていた。
だが、その目には、確かにわずかな揺らぎがあった。
「魔術の基盤に、彼の存在が刻まれた。
ようやく、彼は“死ぬこと”ができたの。
誰にも知られずに消された命が――ようやく、“終わり”を与えられた」
それは赦しではなかった。
だが、記録されることで“孤独”から解放される。
***
次の紙を手に取る。
【名:エリン・ドナード】
【名(仮):サルヴァ】
【番号746:女性/年齢不詳】
誰にも知られず、記録にも残らず、ただ葬られた者たち。
だが、炎だけは、確かに彼らを受け止めた。
青白い光が、夜の闇に何度も瞬く。
そのたびに、レイナの表情は少しずつ――“人間”へと還っていった。
セレノは気づいていた。
これは復讐ではない。
これは、供養だ。
彼女は世界を書き換えているのではない。
ただ、“存在しなかった者たち”を、記憶の側に呼び戻しているだけだった。
***
最後の一枚を炎にくべたとき、
レイナは魔術書を閉じかけて、ふと手を止めた。
背表紙に、うっすらと文字が浮かび上がっていた。
『記録の累積により、系統呪文《ヴィア・ネイム》解放可能』
『対象:制度構造基盤/記録魔法回路』
それは――
制度そのものの“記名魔術構造”を破壊可能とする、
禁呪の解禁通知だった。
レイナは、静かに笑った。
「……ようやく見えたわ。
この国の心臓。“名前”で縛られた檻の中枢が」
セレノが、ゆっくりと一歩、近づく。
「では次は、“制度の名”そのものを燃やす番ですね」
レイナは、迷いなく頷いた。
「ええ。
“国”に名前を与えた者たちへ――
今度は、私が名を与える」
それが祈りか呪いかは、まだわからない。
だが、少なくともそれは――
“赦されなかった世界”に刻まれる、最初の声となる。
その名を告げる夜は、もうすぐそこに迫っていた。
11
あなたにおすすめの小説
公爵令嬢アナスタシアの華麗なる鉄槌
招杜羅147
ファンタジー
「婚約は破棄だ!」
毒殺容疑の冤罪で、婚約者の手によって投獄された公爵令嬢・アナスタシア。
彼女は獄中死し、それによって3年前に巻き戻る。
そして…。
悪役令嬢の慟哭
浜柔
ファンタジー
前世の記憶を取り戻した侯爵令嬢エカテリーナ・ハイデルフトは自分の住む世界が乙女ゲームそっくりの世界であり、自らはそのゲームで悪役の位置づけになっている事に気付くが、時既に遅く、死の運命には逆らえなかった。
だが、死して尚彷徨うエカテリーナの復讐はこれから始まる。
※ここまでのあらすじは序章の内容に当たります。
※乙女ゲームのバッドエンド後の話になりますので、ゲーム内容については殆ど作中に出てきません。
「悪役令嬢の追憶」及び「悪役令嬢の徘徊」を若干の手直しをして統合しています。
「追憶」「徘徊」「慟哭」はそれぞれ雰囲気が異なります。
悪役令嬢を陥れようとして失敗したヒロインのその後
柚木崎 史乃
ファンタジー
女伯グリゼルダはもう不惑の歳だが、過去に起こしたスキャンダルが原因で異性から敬遠され未だに独身だった。
二十二年前、グリゼルダは恋仲になった王太子と結託して彼の婚約者である公爵令嬢を陥れようとした。
けれど、返り討ちに遭ってしまい、結局恋人である王太子とも破局してしまったのだ。
ある時、グリゼルダは王都で開かれた仮面舞踏会に参加する。そこで、トラヴィスという年下の青年と知り合ったグリゼルダは彼と恋仲になった。そして、どんどん彼に夢中になっていく。
だが、ある日。トラヴィスは、突然グリゼルダの前から姿を消してしまう。グリゼルダはショックのあまり倒れてしまい、気づいた時には病院のベッドの上にいた。
グリゼルダは、心配そうに自分の顔を覗き込む執事にトラヴィスと連絡が取れなくなってしまったことを伝える。すると、執事は首を傾げた。
そして、困惑した様子でグリゼルダに尋ねたのだ。「トラヴィスって、一体誰ですか? そんな方、この世に存在しませんよね?」と──。
悪役令嬢に仕立て上げたいなら、ご注意を。
潮海璃月
ファンタジー
幼くして辺境伯の地位を継いだレナータは、女性であるがゆえに舐められがちであった。そんな折、社交場で伯爵令嬢にいわれのない罪を着せられてしまう。そんな彼女に隣国皇子カールハインツが手を差し伸べた──かと思いきや、ほとんど初対面で婚姻を申し込み、暇さえあれば口説き、しかもやたらレナータのことを知っている。怪しいほど親切なカールハインツと共に、レナータは事態の収拾方法を模索し、やがて伯爵一家への復讐を決意する。
婚約破棄されたのでファンシーショップ始めました。 ― 元婚約者が、お人形さんを側室にしようとして大恥をかきました ―
鷹 綾
恋愛
隣国の王子から「政略的にも個人的にも魅力を感じない」と婚約破棄された、ファンタジア王国第三女王タナー。
泣きも怒りもせず、彼女が考えたのは――「いつか王宮の庇護がなくなっても困らない生き方」だった。
まだ八歳。
それでも先を見据え、タナーは王都の片隅で小さなファンシーショップを開くことを決意する。
並ぶのは、かわいい雑貨。
そして、かわいい魔法の雑貨。
お茶を淹れてくれるクマのぬいぐるみ店員《テイデイ・バトラー》、
冷めないティーカップ、
時間になると小鳥が飛び出すアンティーク時計――。
静かに広がる評判の裏で、
かつての元婚約者は「お人形さんを側室にしようとして」赤っ恥をかくことに。
ざまぁは控えめ、日常はやさしく。
かわいいものに囲まれながら、女王は今日も穏やかにお店を開けています。
---
この文面は
✔ アルファポリス向け文字数
✔ 女子読者に刺さるワード配置
✔ ネタバレしすぎない
✔ ほのぼの感キープ
を全部満たしています。
次は
👉 タグ案
👉 ランキング用超短縮あらすじ(100字)
どちらにしますか?
婚約破棄された私は、処刑台へ送られるそうです
秋月乃衣
恋愛
ある日システィーナは婚約者であるイデオンの王子クロードから、王宮敷地内に存在する聖堂へと呼び出される。
そこで聖女への非道な行いを咎められ、婚約破棄を言い渡された挙句投獄されることとなる。
いわれの無い罪を否定する機会すら与えられず、寒く冷たい牢の中で断頭台に登るその時を待つシスティーナだったが──
他サイト様でも掲載しております。
悪役令嬢はモブ化した
F.conoe
ファンタジー
乙女ゲーム? なにそれ食べ物? な悪役令嬢、普通にシナリオ負けして退場しました。
しかし貴族令嬢としてダメの烙印をおされた卒業パーティーで、彼女は本当の自分を取り戻す!
領地改革にいそしむ充実した日々のその裏で、乙女ゲームは着々と進行していくのである。
「……なんなのこれは。意味がわからないわ」
乙女ゲームのシナリオはこわい。
*注*誰にも前世の記憶はありません。
ざまぁが地味だと思っていましたが、オーバーキルだという意見もあるので、優しい結末を期待してる人は読まない方が良さげ。
性格悪いけど自覚がなくて自分を優しいと思っている乙女ゲームヒロインの心理描写と因果応報がメインテーマ(番外編で登場)なので、叩かれようがざまぁ改変して救う気はない。
作者の趣味100%でダンジョンが出ました。
誰もが我儘な私ではないお方が良かったようなので、悪役の私は残忍な猛将達に手酷く扱われに行きます。戻れ? 絶対に離れるなと脅されているのですが
迷路を跳ぶ狐
ファンタジー
魔法もろくに使えない役立たずと言われ、婚約者にも彼の周りの人達にも馬鹿にされてきた私。ずっと耐えてきたつもりだったけど、誰もがこんな私よりも、もっと優秀な魔法使いがいたはずなのに、とため息をつく。
魔法によって栄え、王都にまでその名を知らしめた貴族の婚約者は、「なんでこんな役立たずが……」と私を蔑み、城の中で魔法使いたちを統率する偉大な魔法使いは、「こんな女がこの領地を任されるだなんて! なんて恐ろしく愚かなことだ!!」と嘆く。
貴族たちに囲まれ詰られて、婚約者には見放され、両親には罵声を浴びせられ、見せ物のように惨たらしく罰せられた。「なんでこんな役立たずがこの城に来たんだ……」そう落胆されながら。
魔法が苦手でここを出る手段はないけど……もうこんなところにいられるか!
そう決意した私に、私を虐げていた誰もが腹を立てる。激しくぶたれた私は、機嫌を損ねた残忍な竜たちに、枷をされて隣の領地まで連れて行かれることになった。
重労働を言いつけられ、魔物や魔獣、竜たちがうろつく森の城についてからは、暗く小さな部屋に放り込まれた。
たった一人で食事をして、何もない部屋から見窄らしい格好で窓の外を見上げる。
なんだこれ…………
「最高…………」
もう、私を踏み躙る奴らに好きに扱われることはないんだ! それだけで、何もかもが最高!!
金もなければ能力もまるでない! 魔法すらまともに使えない! だけど今は思いのままに身につけに行ける!! 何もないのでこれから欲しいもの全部、手に入れに行きます!
そんな風にして竜族の城に住むことになった私。気づいたらやけに皆さんとの距離が近い? 元婚約者も「戻って来い」なんてうるさいけど、知りません!! 私は忙しいので!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる